勝ったな、風呂入ってくる
戦利品として、死体から生成した兵士千体と鉄血のロンバルドの屍兵、領主の塩漬けにした遺体を持ち帰った。
本当は領主もアンデッドにしたかったんだが、ソフィアが使うかもしれないから一般的な方法で対処したのだ。
どれほど褒められるのか、今からでもワクワクしている自分がいる。
フッ、俺もまだまだ子供だな。
最初に街であったのはオグマが率いる親衛隊だった。
孤児というには身奇麗な状態で、揃って黒い服を着ている。
同じ色のローブを着けているのは、趣味だろうか?
オグマは此方の姿を捉えており、他の孤児達も淀んだ目で俺を見ていた。
「お帰りなさい、師匠」
「よく分かったな、出迎えか」
「仲間の一人が教えてくれたんです。ゴーストを使役出来るやつで、みんなで迎えようと」
「そうか。人の死を見たことあるからか、君達孤児は筋がいい。励むと良い、俺も出来る限りの事をしよう」
オグマが頭を下げると、習うように背後にいた孤児の集団も頭を下げる。
時間が出来たら、彼らの指導もしよう。
まずは報告と言わんばかりに、俺は城と言っても違和感のない領主の館へと顔を出す。
誰もいない玉座の間を通り過ぎ、死霊や人形の骨が歩き回る廊下を進んで、彼女の私室へと辿り着いた。
ソフィア、我らが女王陛下である彼女の私室だ。
軽くノックし、返答を貰ってから入室する。
いた、ソファーの上でだらしなく、どこか気品のある佇まいで横になった彼女がいた。
彼女はワインを飲んでいた。
琥珀色のワイン、オレンジにも似たそれは蜂蜜にも見える。
赤いドレスを着崩して、少し微睡んだ目元が扇情的で誘っているような気すらしてくる。
「ハデス、帰ったのね」
「ただいま戻りました、女王陛下」
「ハデス、私は特別に下の名前で呼ぶことを許したぞ。訂正しなさい」
「で、では……戻りました、ソ、ソフィア」
「照れられると私も恥ずかしいんだけど」
忘れるところだったと、俺は手に持っていた手土産を渡すべく近づく。
ソフィアが欲していた、敵将の塩漬け首である。
劣化することもないように死体は操作し、死化粧もしていてそれなりを自負している。
「その、木箱は何かしら?」
「献上しようと持ってきました」
「敬語はやめなさい。まぁいいわ、プレゼントとは不意打ちな行いに期待してしまうわ」
そう言って、ソフィアは意気揚々と木箱を開けてくれる。
どうだろうか、喜んでもらえるだろうか。
「あ……あーね、だ、大事に保管しておきましょうね」
「何か、ご不満でしょうか」
「いいえ、大満足よ」
「そうですか?あまり、嬉しそうではないでしょうけど」
「こういうときに限って、どうして鋭いのかしら。まぁ、ちょっと趣味に合わなかったってだけよ、ええ」
何が、もしや首だけではなく胴体も必要だったのか。
いや、女子の化粧には流行があるというし、死化粧が流行遅れだったのかもしれない。
「さて、ハデス嬉しい報告よ。コルデスから使者がやって来た。私達と停戦協定を結びたいという申し出よ、勿論乗った。こうも予想通りに事が進むと気分がいい」
「隣国が攻めてきたということですか」
「内乱状態であると難民から掴んだんでしょうね。狙わない手はないとオルフェは思ったのよ、きっとね」
「コルデスという領地の隣はロンバナードという国では?別の国が来るんですか?」
「そうよ、ロンバナードは二枚舌だからね。ロンバナードがオルフェにつくとトロイアはヤバいから優遇する。オルフェはトロイア侵攻の為に味方に着けたいから裏で工作する。あの国はトロイアと同盟を続けることに旨味がある国って、政治の授業で習ったわ」
流石、ソフィア。
俺には分からない政治の世界に詳しいようだ。
俺なら攻めてきたなら殺すしか思いつかないが、彼女は相手がどう動くかまで考えているのだろう。
「西部や北部は、状況は分からないけどオルフェとの小競り合いで関わってこないでしょうね。もっとも、山脈が邪魔して隣接してるバーララとコルデスくらいしか侵攻経路はないけど。さて、メイシュールの土地を抑えるわよ」
「領主や傭兵達は始末しましたが、それだけです」
「それでいいのよ。私が追い出した難民達から話は聞いてるだろう民衆が他の土地に逃げる時間を与えたいからね。私は詳しくないけど、難民問題は大変らしいから苦労することでしょうね」
頭の中に、以前見た地図を思い浮かべる。
確かバーララは、ホープキンス領と並ぶ領地であるレーヴェンシュラハイムとやらがある。
こちらと同じ、公爵家というヤツらしい。
うんと離れた所にあるグローリーと合わせて三大公爵、それで王家トロイアがある。
「バーララとツント、そこがホープキンス公爵家とレーヴェンシュラハイム公爵家の間にある領地。真っ先に戦場になる緩衝地帯とも言える領地よ。今頃、そこには難民がたくさん押し寄せてる頃よ。きっとレーヴェンシュラハイムは大領地なだけあって情報を集めて戦力を集中させてから攻めてくるでしょう。その期間をきっとバーララとツントの領主は引き伸ばすわ。自分の領地を戦場にされたくないでしょうからね」
「なるほど、すぐには攻めて来ないってことですね」
「なので私達は東に進むわ。ゴルディア、サルバトス、ゲシュト、ガルガディス、そしてグローリー。国の半分をこちらで手に入れる。私達の兵士はアンデッドだから、食糧不足になることもないわ。死者が出れば戦力は補充されるわ。戦争し続ける限り、私達は負けないのよ」
ハデスがいない間、ずっと考えていたのだという。
俺には分からないが、きっと政治や経済と言った難しい知識も織り込んでの考えなのだろう。
では、当面の目標は領主のいなくなってメイシュールを奪取することのようだ。
そうだな、せっかくだから孤児達にやらせてみるか。
アンデッドの兵を貸し与えれば、財産を押収するだけだし子供でも出来るだろう。
それから数日、今は領地の改善に取り組んでいた。
民衆はいないために税収は一気に減ってしまったが、労働力は腐るほどある。
文字通り、肉体が腐っても働き続ける死体の兵士だ。
不眠不休、文句も言わず、食料もなしに働くそれらは労働力としては大変重宝される。
そして、少なくない生者のための食料を生産するのだ。
今じゃ街は行く宛のなかった貧民や恐れ知らずの無法者ぐらいしか残ってない。
下手にソフィアの治世を殺されるので、管理された素晴らしい領地である。
治安を乱す者は誰一人としていないのだ。
また、ホープキンス家に伝わる魔法により作られた穀物や野菜はすごい。
何でも、植物を育てるだけの魔法だったらしいのだがソフィアの代で品種改良とやらを繰り返し行ったことで味や育ちやすさなどが違うらしい。
元々、育てては出荷していただけの家に勿体ないと言い、子供ながらに領地を良くしようと研究したと数少ない残った民衆から噂で聞いた。
これはいつか、女王陛下の伝記を作る際に偉業として後世に残さないといけないな。
「師匠、女王陛下がお呼びです」
「オグマか。変だな、今はあのメルビンとかいう神父と会談中のはずだが」
何かあったのかと玉座の間に赴くと、何やら頭を抱えたソフィアとメルビン神父率いる教会の人間達がいた。
「お呼びでしょうか」
「ハデス!どうしよ、レーヴェンシュラハイムが攻めてくる!」
それは、ソフィアの思い描いていた将来予想図とは掛け離れた知らせだった。




