お前ネクロマンサーだろ、首置いてけ!
巨大な骨の竜は、その白い巨体を挙動させて敵軍を蹂躙しようと迫る。
迫りくる脅威はその巨体さ故に鈍重、それは猶予でもあり敵兵達の覚悟を鈍らせる。
最初に逃げ出したのは重装歩兵の背後にいた兵士達だ。
彼らは遠目からも視認できる巨大な竜に恐れをなして踵を返した。
内訳を言えば雇われた傭兵が多く、利益にならないために逃げ出したのだ。
恐怖は伝播し、一人が逃げればその行為に続こうと誰も彼もが逃げ出した。
その殆どが、欲に目が眩んだ志願兵の平民達。
最後に、無理矢理戦わされた農民達だった。
その様子に、背後にいたゾルグ・メイシュールと家臣団は不甲斐ないと声を荒げる。
彼らは竜の脅威を知っているが、知っているが故に虚仮威しだと理解できていたのだ。
本物の竜であれば、鋼鉄のような強度と魔力を弾く性質を持つ鱗に覆われ、強靭な肉体と恐るべき再生力を誇る事を知っている。
しかし、アレは骨の痩躯を持つだけの紛い物であり聖水を浸した武器で殴れば削れる。
遠距離から魔法で攻撃しても良い、竜と違って影響を受けるのだから無意味ではない。
極めつけに、アレ程の巨体では竜のような生体としての内燃機関がないため長時間の行動は出来ないだろう。
そう判断していた。
彼らと兵士達の違いはモンスターに対する知識であった。
支配階級と違って勉学の機会が恵まれてはいない兵士達には理解できない。
故に、未知なる存在に対して目に見えた情報を鵜呑みにする。
アレは戦っても死んでしまうだろうと。
犠牲を払えば倒せなくもない敵ではあるが、誰が我先に犠牲になろうというのか。
反転した兵士達、逃亡は許さぬと家臣団に属する騎士達によって斬り殺される。
村から徴収した農民、金で雇った傭兵、彼らは竜と相対するか騎士に斬り殺されるか二択を迫られていた。
そんな立ち往生せざるを得ない状況で、戦場に変化が訪れた。
「うわぁぁぁぁ!?」
それは誰の声か、今まで鉄壁を誇っていた重装歩兵による壁が、陽光に照らされた銀の壁が崩壊する。
彼らは決して逃げなかった。
充実した装備、鍛錬による自信、そして逃げることが仲間の身を危険に晒すと理解していたからだ。
しかし、その巨大な質量による衝突は強兵である彼らを持ってしても防げるものはいない。
幸か不幸か、弛まぬ鍛錬によって死者は出なかった。
出なかったが、彼らが守るべき領主への進撃を許した瞬間だった。
重装歩兵を突破し、有象無象の兵士達を蹂躙し、防御陣形を作ろうとする騎士団へと迫るスケルトンドラゴンを見ていた。
最初からこうすれば良かったと思うような、圧倒的な戦力。
そんなスケルトンドラゴンを迂回するように動く集団が見えた。
「自陣を捨てた……いや、俺狙いか」
指揮を取っている人間の判断だろう。
バカ正直に相手するよりも、それを作り出した魔法使いを狙う。
常套手段であり、有効打でもある。
それに、目立つようにこんな場所にいれば狙われるのは必然か。
やってきているのは重装歩兵の集団。
だが、その姿は今までとは違う。
鎧も盾も投げ捨て、槍だけを持った奴らが駆けてくる。
なるほど、防御を捨て速さを優先したというところか。
「むっ」
迫ってくる槍を持った歩兵を見ていたら、その集団の中で一瞬だけ光が見えた。
瞬きの間だけの光だ、見逃してしまうほどの一瞬だ。
しかし、直感的に死を感じて塔をから飛び立つ。
このままではマズイと、そう判断したからだ。
「ッ!?」
その判断は間違いではない。
塔から飛び立った瞬間、背後で破砕音が響いた。
衝撃が背中を撫で、視界が乱れる。
すぐさま霊体化して挙動を制御し、その回転するように投げ出された体を静止させて背後を見た。
ちょうどゴーストのように空中に肉体を止め、見た背後には崩壊した塔のゴーレム。
「アレは、槍か?」
見れば、塔の半ばには融解した槍らしき物が埋まっている。
埋まっている場所から上部は完全に砕け散っており、その情報から何が起きたか理解する。
あの一瞬の光は煌めく槍であり、俺が飛んだ瞬間に槍は塔に突き刺さった。
そして突き刺さり、融解する程の熱量を発して膨張した空気が背中を強襲した。
ならば、槍自体が爆発したと考えるのが道理か。
「ウオォォォォ!」
声、男の野太い声が遥か下から響いた。
視線を向ける前に、霊体化を解除して肉体を重力の縛りに晒す。
重力に引かれる身体は大地へと引き寄せられるが、それによって迫る脅威から半身だけズラす事に成功した。
轟音、それと一瞬の影が視界に映り込む。
何かが千切れる音と捻り出すような不快な水滴音。
続くように右肩より先に強烈な熱を感じる。
まるで、熱した鉄を押し当てたような強烈な熱さだ。
最後に、自分から離れた場所で強烈な光と轟音が発生し、再び衝撃波に襲われる。
その状態になってようやく状況を理解する。
片腕を奪って進んだ槍、上空でそれが爆発した、理由は槍に込められた魔力による急激な自壊とそれに伴う暴発。
前面から押し寄せる衝撃は肉体を地面へと叩きつけるようにして抜けていき、背中が急激に熱くなる。
続いてやってくるのは怖気の走るような冷たさ。
強烈な熱の次は、急激な寒気、それは死の感覚に近い。
太陽が見えた。
続いて、それを遮る黒い影、人影が覗き込むようにして見ていた。
逆行で顔は見えず、鼓膜が破けているのかボソボソとしか声は聞こえない。
その人影は何かを振りかぶり、今度は腹部に痛みが発生する。
今までの苛烈さには程遠い、人が痛みを感じる程度の攻撃だ。
「畜生、さっさと死ね!魔法使い!」
「隊長、まだスケルトンドラゴンが動いてます」
「安心しろ、コイツが死に絶えりゃ崩壊する」
鼓膜が再生し、彼らの声がやっと聞こえる。
なるほど、俺は槍で狙い撃ちにされて地面に落とされたのか。
感覚からして身体の大半はグチャグチャの肉塊、地面の染みとなっているのだろう。
そんな半死半生の俺に止めとばかりに槍を突き刺したと、そういう状況か。
「油断……した……」
「しぶとい野郎だ。さっさと死にやがれ!」
「やはり、まだ俺は未熟らしい」
「ッ!?総員待避、何かする気だ!」
男の声に、槍を持った兵士達が俺から距離を取る。
近くにいた奴らを殺そうとしたのだが、それすら読まれるとは残念である。
俺はまず初めに肉体変化の応用で身体を分解して液体にした。
血液のような状態となり、槍から離れて肉体を再生させる。
血のような液体から人間の頭部や上半身が湧き出るように端から見えた事だろう。
そして、全裸の状態で復活したのを確認して、全裸であることを恥じた。
再生の応用で皮膚の一部を使って洋服を用意、全身真っ黒な服が皮膚から浮かび上がるようにして俺の身体を覆った。
「クソが、不死身の化け物かよ」
「いや、化け物染みた人間だよ」
死に掛けるには程遠いが、今までで一番の危機なんじゃないだろうか。
槍を構える兵士達に敬意を払い、騎士の戦い方らしい名乗り上げの一つでもしてみるか。
「俺の名はハデス……ハデス・ナイトメアだ。貴殿らの槍術は実に見事」
「へっ、舐めやがって。皮肉か、クソが」
「純粋な称賛だが?」
「我が名は鉄血のロンバルド!お前ら、敵は一人!再生にも限界はあるはずだ!武器の無いやつは情報を本隊へ、ある奴は俺に続け!」
俺とロンバルドという騎士の戦いが始まった。




