簡単に強くなれるほど世の中甘くない
ホープキンス領に俺達が侵入したことは瞬く間に、此方の領地を狙っているゾルグ・メイシュールの耳に入った。
ゾルグは虎視眈々と、ソフィア殿が戻ってくる瞬間を待っていたのだ。
恐らく、町中に情報を知るべく密偵を放っていたのだろうというのが、メルビンと名乗る神父の言葉だ。
ゾルグは手に入れた情報を元に直様、家来や傭兵などを集めて進軍していたのだろう。
その結果、街の外壁の彼方には多くの軍勢が陣形を築いた状態で集まっていた。
「まるで予期していたかのように速すぎる。恐らく数日前から此方の動きは筒抜けのようです」
「そこまで分かるのですか」
「何か、近日中に動向を掴まれるような行動はしましたか」
メルビン神父の問いに、幾つかの候補が浮かぶ。
思い浮かぶ事柄が多すぎて、どれのことを言っているのか。
だが、それがどうしたというのか。
話を聞いた限りではそれほどの脅威はないと思われる。
表情に出ていたのか、神父は深い溜め息をついて何やら諦めた様子を見せる。
「話は分かった」
「では、我々と一緒に」
「いや、俺はソフィア殿が起きるまでここを離れるわけにはいかない」
「やはり、争いを選ぶというのですね」
では仕方ないとメルビン神父は若い神父達に領主の館に籠城すると指示を出し始めた。
若い神父達は危険であると口々に言うが、メルビン神父は彼らの反論に聞く耳を持たない。
どころか、嫌であればこの屋敷から出ることを主張する始末だ。
流石の俺もこの対応には違和感を覚え、神父に疑問を投げ掛けた。
「神父、何故貴方は逃げないのですか」
「私は知っているのです。その血のような赤い目も、灰のような白い髪も、私が見間違うはずがない。まだ彼らのように助祭であった頃、貴方達の殺戮を眼の当たりにしている。最強の傭兵一族、ナイトメアを」
「そうか、年配の貴方は俺の知らないナイトメアを知っているということか」
俺が生まれる前や生まれた直後、レギオンになったみんなの肉体があった頃の戦乱の時代を知っているということだろう。
「こう見えて、昔は私も傭兵をしていましてね。今でも、あの悪夢のような戦場を忘れられません。私は、あの光景から逃げるために聖職者になったのです」
「そうか」
「年を取ると話が長くていけない。つまり、私は彼らが貴方に勝てるとは思っていないのです」
「そうか」
自分の言いたいことを言って満足したのか、神父は若い神父達を引き連れて俺の目の前から立ち去った。
俺の前には残されたリッチと彼らを引き連れてきたオグマ少年がいた。
今度はいったい何だろう。
「それで、君は何のようだオグマ少年」
「俺に……俺に、みんなを助ける力をくれ!兄ちゃんなら、魔法でそれが出来るだろ!」
「君は誤解しているようだが、魔法は万能じゃない。まぁ、方法はあるが」
「何でもする、だから、お願いします!もう、見てるだけは嫌なんだ!」
見てるだけ?
いや、君はナイフで俺を殺そうとした事を忘れているのではないか。
しかし、魔法使いというのは才能が必要で一朝一夕で成れるものでもないのだ。
普通ならば、という意味ではある。
「まぁ、ソフィア殿が起きるまで暇だから方法だけ教えてあげよう。普通、魔力がない人間が魔法使いになることは出来ない。魔力がないと魔法は発動しないからだ」
「でも、さっき方法はあるって」
「なければ他所から持ってくればいいんだ。魔法使いの心臓を殺してすぐに喰らうか、他の人間の心臓を魔力が集まるまで殺してすぐに食べるのを続ける方法のどちらかだ」
「む、無理だろ」
まず人間社会では難しい部類だった。
魔法使いがまず魔法も使えない存在に殺されかけることは稀であるし、下手したら数百、数千の同族を食べないと魔法使いになれない。
魔法使いを殺せるような人間は魔法以外の何らかの手段で戦えるだろうし、食人鬼は見つかり次第どの国家でも処罰の対象だ。
「あと、魔力を自ら生成できるようになったとしても適正というのがあるので使いたい魔法を使えるとも限らん。おすすめは人間をやめたほうが手っ取り早い」
「まずは人間をやめないで魔法使いになりたい」
「何でもすると言ったのに面倒な。まぁ、一番簡単な方法でも試そう。人骨操作」
人骨操作で指先の骨が異常発達し始める。
それにより、指先を突き抜けるようにして骨で出来た棘が爪のように飛び出してくる。
鋭い骨の爪が五本、それを手刀の形にして自らの胸に向かって突き刺した。
ゆっくりと侵入する手刀、皮膚を切り裂き肉を掻き分けながら侵入する。
肺に入った血が口から逆流するが、些細なことなので気にしない。
脈動する心臓が指先に触れ、自分で自分の心臓に触れられた。
俺はその心臓を掴むようにして握り、周りの血管を引っ張り出しながら心臓を取り出した。
「さぁ、食べたまえ」
「…………えっ?」
「どうした?」
「い、頂きます」
今、何でもするって言ったよね。
オグマ少年は不満そうにしながら、吐き気を堪えながらもその心臓を喰らっていた。
俺はそれを満足気に見ながら心臓を再生させるのだった。
攻城戦というのが、今の状況らしい。
本来モンスター対策で作られた街を囲う街壁は、領主同士の闘いの時には門を閉じて要塞と化すのだ。
現在は街の出入り口を塞ぐように軍勢を配置されている。
攻城戦の基本は兵糧攻めであり、ゾルグ率いるメイシュール軍の目的は平民達による無血開城であるというのがメルビン神父の予想だ。
そのために、今まで施政者であるソフィア殿の悪評を広めていたらしい。
領内の人間は、土地に魔力を供給する資源であるので減らしたくはないらしい。
減らすとしたら最終手段だそうだ。
現在のホープキンス領の直轄地に備蓄は無い。
ゾルグ・メイシュールが持ち出しており、予想では二日で陥落するらしい。
街の民衆は農具や工具を持って領主の館を包囲しており、今にも乗り込んできそうだ。
ただ、領主の館の周囲にはリッチが徘徊しており、攻めあぐねてはいる。
あのリッチ、攻撃系の魔法が使えない結界ぐらいしか出来ない出来損ないだが見た目は怖いからな。
作ってから気付いたが、聖職者は治療と結界ぐらいしか出来ないことを失念していた。
だが、悪いこともなく今は領主の館を中心に結界を張っている。
アンデッドは睡眠を必要とせず、魔力が尽きない限り魔法を使い続けられる。
しかも感情がないので如何なる行為にも集中力を乱すことはない。
また、交代で行うことにより魔力が尽きても別のリッチが魔法を行使するという二段構えだ。
他所から聖職者を連れてこないといけないだろうが、雑多の聖職者じゃリッチを冥府へと送ることは叶わないだろう。
瞑想をしながら、ソフィア殿の帰還を待つ。
既にメルビン神父により領内の状況は確認済みだ。
後は、ソフィア殿の裁可に従い討って出るだけである。
そんな思いが漸く実を結んだのか、重苦しい音を上げながら石の扉がゆっくりと開いた。
「待たせたな」
「お待ちしておりました、ソフィア殿」
「ハデス、大儀である。褒美として、私の最初の騎士になるという名誉を与えよう」
「それは願ってもないお言葉、有り難く頂戴します」
「ごめん、堅苦しいのはここまでにするわ。契約も簡単だし」
騎士の叙任というのは本来、君主から武器を授けるという作法を行うらしいのだが、今回は簡略化して魔力を授けるという形式的な物にするらしい。
「ハデス、目を瞑りなさい」
「何故ですか」
「瞑りなさい、これは命令」
何か考えあってのことだろうと、大人しく目を瞑る。
ソフィア殿の細い手が、俺の肩を掴んだのが分かった。
一体何をしようとしてるのか、まさかと思っていると俺の耳に彼女の声が聞こえてくる。
「貴族にこんなことしてもらうなんて、光栄に思いなさい」
「ッ!?」
「……なんちゃって」
俺は目の前が真っ白になった。




