鍵がない?だったら壊せばいいだろ
領主の館までやって来た俺達は契約の儀とやらを行うべく、引き継ぎの間という場所を目指した。
古くからあるという領主の館は要塞のような石造りの建物で増築や改築を繰り返したからか歪な形をしている。
これからソフィア殿が領主になり、この歪な形も変えるつもりらしい。
もし家族がいたら、変えるなんてとんでもないと反対されるだろうというのはソフィア殿の言葉だ。
その時の顔が少しだけ寂しそうだったので、また冥府から呼び出そうかと聞けば安らかに眠らせてくれと頼まれた。
閂止めされていた門は霊体化してすり抜け、内側から明けることで解決した。
施錠された扉は血液で満たして鍵を作り出し、解錠して中に入る。
鍵穴を鉛などで鋳潰された場所は物理的に壊し、通れるようにした。
そして数分のうちに俺達は目的地に辿り着いた。
「おい、意図的に誰か邪魔してるだろ!特に、鉛で鋳潰すとか気合い入りすぎ!鉄の扉だぞ、壊せるか」
「流石に骨が折れました、比喩表現ではなく物理的にですけど」
「いや、まぁ、壊せたんだけどさ……」
引き継ぎの間は地下にあり、階段を降りていかなければいけない。
階段を降りていけば、石造りの扉が俺達の行く手を阻む。
堅牢なそれは分厚く、魔法的な保護をされており、物理的に壊すのは不可能だ。
何をどうしたのか、ソフィア殿が何箇所か壁を触ると独りでに扉は動いた。
魔法の封印に見せかけて、物理的な仕掛けの扉なのだろうか、謎だ。
何でもここに契約の櫃、またの名を聖櫃があり、そこに血を使って契約するらしい。
引き継ぎの間に続く古い石造りの扉を抜けると、そこは淡い緑色の光を放つ水で部屋の半分が浸水した一室だった。
部屋の中は石で覆われており、真っ暗なはずだが昼間のように明るい。
そして籠りがちな場所にも関わらず、清浄な空気であると吸えば分かるような快適な空間となっている。
部屋の中央に棺のような大きな箱があった。
翠玉の装飾が施された黄金の箱、あれが聖櫃か。
「あのエメラルドとゴールドの棺桶みたいなのが聖櫃。あの中で一晩寝ることで契約する」
「血を入れるという話ではなかったですか?」
「指もちょっと切る、それだけだと失敗したことがあるらしい」
よく見れば、ご丁寧に箱の上には黒曜石で出来た儀式用と思わしきナイフも置いてあった。
そのまま入っても平気と聞いたが、一応靴は脱いで二人で水の中に入る。
ほぉ、この水は魔力が豊富でそれ自体に魔法が使われているようだ。
胴体の半ばまで浸かりながら、棺にしか見えない聖櫃へと近付く。
そして二人で蓋をゆっくりとだが、横に動かすようにして開くと中には人が入れるようなスペースがあった。
無論、中は水で満たされている。
「不思議なことに、この水は潜っていても息ができる。多分、水ではない何かだと思う」
「触った感じは液体ですが、服が濡れてませんしね」
「じゃあ、私、これから契約するから門番しておいて欲しい。寝てるとか危ないから、誰が来ても通さないで。仲間でも、ちょっと不安だから事情を話して誰も入れないで」
「分かりました、ところでソフィア殿。何故、固まってるんですか?」
どうしてナイフをジッと見て、固まっているんでしょうか。
何かあったんですか?
「ハデス、ゆ、指とか切るの怖い。ど、どうしよ」
「私が切りましょうか?」
「ちょ、ちょっとよ。先っちょだけよ、痛くしないでよ」
ソフィア殿は少し泣きそうになりながらオロオロしていた、可愛い。
子供みたいな所も良いなと想いながら、人差し指に切れ込みを入れた。
「痛っ、たぁ!?痛くしないでって言ったのに!」
「浅いので数時間で塞がります。大丈夫ですか」
「うぅぅぅ、大丈夫よ!契約、するわ」
そう言って意を決したかのように、契約の櫃にソフィア殿は入った。
髪が揺らぎ、明るく照らされる尊顔が美しい。
神秘的な光景だ。
そんな彼女が上半身だけ起き上がらせて、水面から顔を上げる。
「あの、見られてると寝れないから。蓋、締めてくれない?一晩経ったら開けてくれればいいから」
「分かりました」
「あっ、やっぱ、ちょっと隙間は開けて。出れなくなったら怖いから」
「分かりました」
「あと、私が暇で話しかけたら答えて。寝るまでなんか落ち着かない」
「分かりました」
この後、彼女が喋り疲れるまでずっと会話することになった。
ソフィア殿が眠ってから、蓋を軽く閉めて湖を出る。
すると、俺が出た途端に湖が心臓の鼓動のように一定周期で光りだした。
部屋の明るさが一段と増えたように見えるので、儀式が始まったのかもしれない。
扉の外に出て、その場に座り込む。
胡座を掻きながら、瞑想するような姿勢だ。
そう言えば、騎士達の魂があったなと手元にあったそれを砕いて吸収する。
俺が死んだら最終的には冥府に送られるのだから、約束は破っていない。
どのくらいの時間が経っただろうか、俺が瞑想し続けていると足音が響いた。
誰かが来たなと待ち構えていると、松明の光が階段の奥から見えた。
松明を持っていたのは、甲冑を身に纏った騎士だ。
彼らの背後にはローブを纏った聖職者然とした者達、そして子供とリッチの集団。
「あぁ、お前達か」
「貴様、どうしてここにいる!」
そこにいたのは民衆に紛れていた若者、この領地の騎士であろう男達であった。
彼らは装備を一新したのか、布地の服から甲冑へと変わっていた。
その背後にいる者達はリッチを気にしながら降りてきており、元が同じ仲間だったと気付いてなさそうだ。
であれば、彼らは監禁されていた者達なのだろう。
「お嬢様は奥だな、そこを通らせてもらう」
「ダメだ。俺は誰も入れるなと言われている、通ろうとするなら殺す」
「おい、この人数を相手に正気か?可及的速やかにお話しなければならないことがあるのだ、退け」
「俺は嘘が嫌いなんだ。契約を違えることは魔法使いとして恥でしかないからだ」
既に俺の魂は騎士共を糧にしたことで、完全回復した。
それに、彼らの後ろにはリッチがおり、俺の号令一つで魔法を放つことは可能だろう。
寧ろ、潜在的な敵を後ろに配置させた状態で敵対状態に入ろうとするとは馬鹿なのか?
「ええい、退かねば斬るぞ!」
「リッチ共、迎撃準備。攻撃と同時に殺せ」
「き、貴様!背後から奇襲するつもりか、卑怯な」
「そうか、お前は馬鹿なんだな」
全員がそうなのかと視線を向ければ、他の騎士達は頭を抱えていた。
なるほど、この先頭で音頭を取っている馬鹿一人の暴走という訳か。
「モルグ殿!これでは話が違うではないですか、我々は話し合いをしにきたのだ!馬鹿なのか!」
「うるさいぞメルビン神父!こんな素性のしれない者がお嬢様の側にいてはならない!筆頭騎士は俺でなくてはならんのだ」
「いや、アンタそれ嫉妬だろ!ふざけんな、こっちまで巻き添え食いたくねぇんだよ!」
「うお、何をする離せ!坊主が暴力とは卑怯だぞ、おいお前達も裏切るのか!引っ張るな!」
頭の可笑しい馬鹿が一人、仲間の騎士と神父達に押さえられて地上へと強制的に連れてかれた。
まったく、何だったんだ。
馬鹿がいなくなったら本題と言わんばかりに聖職者達の中から好々爺然とした者が現れた。
ふむ、清澄なる魔力の波動から位の高い者なのだろう。
「お初にお目に掛かる、ハデス殿。本来なら正式な形で感謝を伝えたいが時間がないので手短に告げる。領地にメイシュール領の軍勢が迫っている。ソフィア殿を連れて逃げるか、一緒に戦って欲しい」
「分かった、詳しく聞こう」




