親方、空から悪役令嬢が!
朝日に照らされ朝露を纏った野菜が畑で輝くように収穫を待つ。
素晴らしい、今日の収穫もいい感じである。
『ハデスよ、何者かが此方にやってくるぞ』
「何だって?」
自家栽培した野菜を収穫していると、俺の持霊であるレギオンの長老から報告がやってくる。
ナイトメア一族のレギオン、悪霊の集合体であるモンスターで今は俺に取り憑いている存在だ。
俺の家は悪霊の幽谷の中央にあり、アンデッドだらけの場所で大変危険である。
普通、近隣の村人ですら近寄らないのだが子供でも迷い込んだのか。
低位のアンデッドは知性が低いので襲われる危険がある。
仕方ない、助けに行くか。
「ポニー、来てくれ」
『ヒヒィィィン!』
俺の呼び声に、畑仕事をしていたユニコーンの骨で出来たホーンホースのポニーが仕事を中断して走り寄ってくる。
コイツは幽谷付近の森で死にかけて、ゾンビからの付き合いだ。
やはり、馬のほうが早いので移動はこれに限る。
レギオンの長老に案内してもらって、俺が進んでいるとどうにも目的地は森ではなかった。
というのも、森とは正反対の位置する幽谷の真下に来たのだ。
「どういうことだ?」
『低位のゴーストの感知は大まかだったので座標がズレたようだ。どうやら、崖の上にいるようだ』
「ふむ、意識共有するので見てきてくれ。もしかしたら、動物に追われて追い詰められてるのかもしれない」
『ハデスよ、どうしてお前はそんなに優しく育ってしまったのか。まぁいいさ、かわいい末裔の願いじゃ』
俺は地面に座り、魂を繋げることで意識の一部をレギオンに取り込む。
久しぶり、元気にしてたか、などとレギオンに取り込まれると悪霊達が俺を構い倒す。
親戚のオジサン達である、俺が非常時以外は意識共有しないのは彼らに絡まれるからだ。
嫌じゃないけど鬱陶しい、誰だ彼女は出来たかとか聞くやつ、俺に出会いはない。
レギオンが上昇して崖の上まで見えるようにしてくれる。
崖の上には大勢の人がいた。
百は下らない、たくさんだ。
崖の先には綺麗な女の子がいる、知っているお姫様という奴だ。
綺麗なドレスを着ているので寝物語で聞いた姫に違いない。
『コイツはどういうことだ?』
『どうやら追われているようじゃな』
『あの軍服はトロイアだ!トロイア軍の兵士だ!』
『ヒュー、いい女だ。攫ってしまおうぜ、そうだ嫁にしよう』
『いい考えだ、あれほどの別嬪はそうはいない。特に鎖骨が素晴らしい』
『スケルトン趣味の変態が、吸血鬼にするのだ。永遠の美貌を手に入れられるぞ』
『待て待て、フレッシュゾンビにしろ。芳しい腐臭になるに違いない、日陰者にするなんぞダメだ』
レギオン内で緊急会議が始まる。
あぁ、もう、煩い。
意識の集合体だから耳元で騒ぐように聞こえてくる。
「ふざけんなクソが、冤罪でハメやがって!ファンタジー世界よろしく、怨霊になってやるからな!マサカドやミチザネすら及ばねぇ大怨霊になって呪ってやるわ!」
「化けの皮が剥がれておりますぞ、ソフィア殿。令嬢に思わしき発言、どうも気が触れているようだ」
「こちとら正気じゃボケェ!そんな気はしてんたんだよ、品行方正にしてたんだよ!俺の16年間の努力を台無しにしやがって、クソが!来世にワンチャン、ダイブだわ!」
「まさか、待て!」
ふむ、彼女は16歳なのか。
俺より一つ上らしい。
『なんというか口の悪い子じゃな』
『魂が男らしすぎる、というか男じゃない?』
『いやいや、入れられた訳じゃないようだ。ふむ、男として育てられたのか?』
『魂が抜けた形跡はないな、男勝りな女の子、イイ!』
あぁ、もうオジさん達は他の女に目移りしない、女の趣味とか語り合わなくていい、ほら女衆が悪口言い始めてるじゃないか。
それにしても、もしかして彼女は死ぬ気なんだろうか。
『あっ!?』
「キャァァァァァァ!」
意識共有が乱れて、肉体が目を覚ます。
頭上を見れば崖から落ちてくる女の子がいる。
ど、どどどどうしよう!
「レギオン!憑依合体!」
『オォォォン!』
「くっ、身体強化!」
無理矢理に悪霊を身体に取り込み、魔力を一時的に増量して肉体を強化する。
魔力の負荷によって精神はボロボロになるし、肉体強化の負荷によって翌日から筋肉痛、下手したら骨が折れる。
だが、今は緊急事態だ。
俺は頭上から落ちてくる彼女に向かって手を広げて、抱きしめるようにしてその身体を捉える。
「くっ、あっ、ダメだぁぁぁ!」
身体の芯に響くような衝撃、肉が千切れて骨が折れてく音がする。
次いでに激痛が走り、失敗しそうな感じになった。
着地すると足が順々に折れて、肉がぐちゃぐちゃになる。
激痛で意識を失いたいが、悪霊たちがそれを許さない。
「ガハッ!?な、内臓がやられたか」
「キャァァァァ!?人、人がなんで!?」
「け、怪我はないかお姫様?」
「どういう状況!なんなの、何この人!だ、大丈夫か!」
大丈夫か大丈夫じゃないかと言えば、大丈夫じゃない。
肉体を操作して繋ぎ合わせて、延命の魔法を使っても、数時間は掛かりそうだ。
取り敢えず、無事らしい。
「す、すまないが俺を運んでくれないか?放ってくれてもいいが、そうなると君を安全に返せる気がしない。近くの森はアンデッドだらけなんだ」
「わ、分かった。待って、助けてくれたのは分かるけど、どうしてそんなボロボロに、どっちに行けばいい」
「向こうに家がある。ポニーに案内させよう」
「馬!骨!アンデッド!ってことはネクロマンサーとか?初めて見た」
骨を操り複雑骨折した骨同士をくっつける、血液を操作して問題なく循環させる。
肉は肉同士を操作して繋ぎ合わせて修復し、魔力で治癒を活性化させて完全にくっつくようにしていく。
後は精神力が回復するのを待つしか無い、しまったな数年分の力が失われた気がする。
「長老、状態確認を頼む」
『ふむ、魂に傷が少し。まぁ、十年分くらいだから大したことはない』
「6歳程度の実力か、大したことあるじゃないか」
6歳の頃の自分が出来たこと言えば、スケルトン三体程度の使役だ。
となると、ポニーとレギオンぐらいしか維持できないので畑を耕しているであろうスケルトン軍団は灰になって消えたかもしれない。
「な、なんか良く分かんないけどごめんな。多分、霊と喋ったんだよな?弱体化したとかそんなんだよな」
「気にしないでくれ、俺が好きでやったことだ」
「おうふ、なんだこのイケメンムーブ。もしかして隠しキャラか?前髪どけたらイケメンだったわ」
「きゃら?いけめん?」
多分、偉い人が使う隠語なのだろうと意味不明な言葉を無視して家に案内する。
彼女は俺を丁寧にベッドに寝かせて、簡単に料理を作り始めた。
どうにも、俺に負い目を感じているらしい。
「ありがとう、手ずからの料理を賜るなど光栄です姫様」
「え、えっと。姫ってのはやめてくれよ、俺は一応王家の血を引く公爵だけど、もうどうせ廃嫡されたしさ」
「何、お姫様じゃないのか?」
「あぁ、うん。自己紹介してなかったな。私の命をお救い頂きありがとう勇者様、我が名はソフィア・ホープキンス。ホープキンス家、フィリプス・ホープキンス公爵が娘、もはやこの身では恩を返すことは到底出来ませぬが、何れ返礼させて頂きたく思います」
「ソフィア、綺麗な名前だ」
「な、なななな!?」