愛深き故に。
【そんなやついねーよ】
こんな事を言ってしまうのは申し訳ないのだが、社員やアルバイトの採用試験はいつも笑いそうになってしまう。よく「日本の就職の面接は、嘘つき合戦だ」なんて揶揄している人が非常にたくさんいるが、全くその通りである。面接をしていればわかる。こいつのこの話絶対に盛ってるな〜とか、こいつのこの話絶対ウソだな〜というのがバレバレで、これを一生懸命考えてきたのならばそれが哀れで滑稽に感じてくるのだ。性格が悪いと周りからは言われてしまうのだが、こっちにはウソとバレているのに、それを頑張って頑張って取り繕う姿を面白く感じる経験は、きっと皆にもあるだろう。テレビ番組のドッキリで、芸人が怖い先輩の大事にしているものを壊してしまい、怒られるのを回避するために色々と立ち回っていく、みたいな。
しかし厄介なのは社長である。ウチの会社、株式会社チグリスは、世界中の段ボールを取り扱うという事もあって、規模も社員数もかなり大きい。だからこそ新卒、中途ともに多くの社員から履歴書を送ってくる。しかし社長は私たち人事課に、「面接はなるべく多くの人間に受けさせてあげなさい」と命じたのだ。留年の回数が多すぎたり、明らかに嘘の経歴を書いていたり、犯罪歴があったりしない限りは書類選考を通過させてしまう。そして単純に面接の数が多いと、妙な人間が面接にくる事が多々ある。自己紹介で名前しか言わなヤツ、今まで頑張ってきた事がギャンブルのヤツ、他にも志望理由が無いと言い切ってくるヤツ。これで笑うなと怒ってくる方が理不尽ではないだろうか。
ただ、逆に志望理由に関してはガチガチに固めてくるヤツも、それはそれで面白かったりする。その日面接に来たのは三十四歳のオッサンで、一応中途の採用である。ただし、見た目的にはもう少し歳をとっているようにも見える。大学を卒業して今まではいろんなアルバイトを転々としていて、最近はしばらくスーパーでアルバイトしていたらしい。今まで正社員としての歴が無いのはマイナスではあったのだが、人柄は良さそうな人だった。
「——なるほど、ありがとうございます。確かにアルバイトでも、いろんな事に挑戦するのは良いですよね」
「はい、色々頑張ってきました」
自分で言っていても変な話である。本屋、居酒屋、コンビニ、ホームセンター、ファミレス、スーパーどれをとっても、接客業ばかり。果たしてこれで『いろんな事』と表現していいのか。
「では今回、ウチの会社を志望した理由を教えてください」
問題はここだ。ウチの社長からは志望理由を一番大事にしろと言っていた。
「はい、私は小さい頃から段ボールになりたいと思っていました。なんというか段ボールの色や匂い、手触りなんかが非常に好きで、もっと近くに触れていたいと思っていたんです。時々、段ボールの上で寝たりする日もあって、私はそれぐらい段ボールが大好きでした。色々と辛い事があっても、段ボールがあるおかげで頑張って来れたんです。学校で虐められても、家に帰れば段ボールに触れると思うと、元気が出てきました。いつもいつも、段ボールがあってよかったなあと思っていたんです。だからこそ段ボールになりたいなと思っていました。
それに最近、御社の段ボールに命を助けられた事もあります。バイトしているスーパーで、在庫の棚卸しをしていた時なんですけども、結構高い棚に商品を積んでいたんです。で、そういうのもいちいち下ろして数を確認しないといけないんですけど、そこで脚立を使ったんです。そしたらその商品が結構重くて、私が脚立から落ちてしまって。『あ、これ死んだな』と思ったんですけども、棚卸しがてら商品を整理して中途半端に在庫が残っていた御社の段ボールは全部中身をまとめたりして、なので空きの段ボールがいっぱい置いてあったんです。そしたらちょうどその段ボールの上に落ちまして。で、段ボールに命を助けられたんです。
この事件をがあって、やっぱり神様が段ボールになれと言っているんだなと思ったので、株式会社チグリスを志望しました」
「ありがとうございます」
いやありがとうございますじゃないよ。まずなんだ「段ボールになる」って。意味がわからないぞ。段ボールを扱う仕事をしたい、とかならわかるけど貴方自身が段ボールになるってどういう事だ。それに段ボールの上で寝てるのか。匂い、手触りが好きとかは否定しないけれども、段ボールの上で寝ていたとなるとそれはホームレスとしか思えない。段ボールがあるから頑張れたとか、段ボールがあるから元気が出た、とかもおかしい。人の感性を否定するのは本当に気が病むのだけれども、段ボールはそんなに好きになるものではないぞ。段ボールは必要な時に必要な分用意すれば完全に事足りるもの。積極的に段ボールを好む人などいない。
命を助けられたというのも嘘くさい。いくらなんでも、話が出来すぎている。ウチの面接を受けるためにわざわざこの段ボールエピソードを用意したのだろう。ウチの段ボールの卸先は、どちらかというと機械製品を扱っている会社が多い。確かに食品メーカーにも卸してはいるが、メインは前者なのだ。
加えて、『神様が段ボールになれと言っているんだなと思った』は流石にまともな発想とは思えない。
一緒に面接を担当していた後輩は少し笑っていた。こら笑うんじゃない、とは注意できなかった。彼が退室した後少し後輩と話し、協議の必要もなく落とした。
とりあえずの感想としては、『あそこまで段ボール愛は見ていてキツい』である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【そんなやついた】
海外ではある番組が高い評価を受けている。そして、その番組と似たような内容のものが、日本でも作られた。
それは、大企業の社長が会社の現状を知るべく自ら下っ端として入社するというドキュメンタリー的な内容である。ファーストフードの会社や通販の会社の中でこのような内容を実施しており、実際に現場を見ることで問題点の認知や顧客からの評価、会社の事を真剣に考えている末端の社員を見つけたり、『社長が色々な気づきをしていく』のだ。事業を成功させているものは平均的な感覚から外れているなんて事はよくある。だからこそ、番組スタッフが潜入するという内容ではなく、社長自ら出向いていく。
今回日本版の番組作成にあたり目をつけられた会社は、段ボールを取り扱う大企業『株式会社チグリス』だ。実は社長は二代目で、前の社長から養子として育てられた子供なのである。血は繋がらないものの家庭内で経営権を譲渡した事もあり、彼は一族経営におけるデメリット的側面が出ないように気を配っていた。だからこそ、独りよがりな経営になっていないかを知るためにも、この番組にかなり乗り気であった。
現在の社長は四十九歳。世の中の社長としての平均年齢からすればかなり若いのだが、流石に今から新卒の新入社員として働き始めるのは無理がある。なので中途採用として面接を受ける事にした。見た目の年齢は、番組スタッフのメイクや髪のセット、コーディネート等を尽くして、なんとか三十代中盤、後半に見えるぐらいにはなった。
問題は面接の内容である。この面接に受からないとそもそも入社が出来ない。どんなプロフィールで、どんな自己PRを用意し、どんな志望理由を話すか。社長としては、採用担当の人事の人たちにはできるだけ面接をやってほしいと伝えており、そして実際にあってからどんな人柄かどうかを判断してほしいと願っている。となると、まずプロフィールは、決して輝かしい経歴とは言えないような内容にしておいた。それと自己PRは、段ボールに詳しいという事でいいだろう。
一番重要なのは、志望理由だ。どれだけ仕事に適正があって有望な人材だとしても、志望理由が弱すぎるとそれだけで面接に落ちたりする。なので社長は、実際に自分が会社に入り、継いだ理由を少しだけ変えて話す事にした。
二代目の社長は、幼少期はかなりの苦労人だった。詳細は不明だが、家庭の事情により一時的にホームレスとなってしまったのだ。その中で段ボールを拾い、その上で寝たりもしていた。生きるために盗みを行った事もある。その際スーパーの倉庫に忍びこんだのだが、そこで見つかってしまい、逃亡の為に二階から飛び降りた。下には偶然中身を店頭に並べたばかりの空のダンボールが大量に置かれており、軽症で済んだ。その後児童保護施設に拾われ、里子として、偶然にも株式会社チグリス先代社長の家庭に引き取られた。そこから彼は、厳しくも愛のある躾を受け、さらに自身の父親が段ボールを取り扱う会社であった事に運命を感じた。『生活を支え、命を助けた段ボールがまた私の人生を救ったのだ』と当時幼かった二代目は、そう思ったらしい。
志望理由はこれを上手く改変して伝えれば大丈夫だろう、そう踏んでいた。
結果は、不採用だった。
番組は企画倒れとなった。