ミッション2
ミッションの遂行。これが私の最重要任務だ。
私は軽く椅子に座りなおし、背筋を伸ばす。それからゆっくりと、だがばれないように深呼吸をしてから話始める。
「実はダンウォール様に2つお願いがあります。」
「なんでしょう。貴方の願いであるならば。」
そう言って深紅の瞳が真っすぐに私を見る。また心臓が跳ねるのをどうにか落ち着かせる。
よし。
…ルーウェン様ならそう言ってくれると思っていた。なんせ変に真面目で責任感が強いからね。
私はできるだけ小さな声で話す。侍女にも誰にも聞かれたくない『お願い』だからだ。
私は気合を入れて、深紅の瞳を見つめ返す。
「1つ目は、もうここへは来ないでください。というか、私のことは忘れていただきたいのです。」
燃えるような深い紅の瞳の奥がぐらりと揺れた。何かを言おうとしているが、言葉が出てこない様子である。私はそれをいいことに2つ目の『お願い』を口にする。
「2つ目は、この先何があっても禁忌魔術だけは使用しない…と約束していただけますか。」
形の整った右眉がピクリと動く。
私はゴクリと何かを飲み込む美しい喉仏の動きを見ていた。
「禁忌魔術…ですか?どうして?」
絞り出したような掠れた声は、心底予想外だったと言わないばかりのものだった。
もしかして、もう何かやっているのかしら…?まさかね。
「理由はとくにありません。」
あなたが死ぬからと言っても理解してもらえないでしょうし。
でもこれで了承してくれたら死亡フラグは折れてはいなくてもヒビぐらいはいれられるかもしれない。
「「…。」」
暫くの間沈黙が流れる。風に揺れる葉の音だけが二人を包む。
最悪、禁忌魔術の使用禁止の約束を守ってくれれば死亡フラグにヒビは入るんじゃないかと思うけど。だけど、危険因子は除いておきたい。だからできれば2つとも約束してほしい。
「…今お願いしたことだけ守ってもらえるなら、私はそれでいいのです。お互いそのほうがいいでしょう?私はもうとっくに許しているのですから、気に病む必要はありません。けれど、約束していただけるならば、その約束だけは守ってくださると嬉しいです。」
ルーウェン様はうーんと、何やら考えている様子。
「2つ目の約束に関してはわかりました。ただ…」
よーし!約束は取り付けたぞ!とりあえず1つのミッションはクリアか!?
死亡フラグのヒビぐらいはいれることができたかもしれないよね!?
「ただ…ソフィリア嬢、貴方のことを忘れるというのは一体どうしてでしょう?」
まさか質問がくるとは!会う前はすぐに了承を得られるだろうと考えていたほうが何やら困窮を極めているように感じる。
「うーんと…、上手くは説明できませんが、ダンウォール様は私に怪我をさせてしまったことに対してとても責任を感じてらっしゃいますよね?それほど責任感が強いのですもの。私を見るたびにその時のことを思い出してしまうのでは?そして悲しい・辛い感情が自分を支配しているにも拘らず、それを発散することもできない。」
「それは…」
「私はそれが嫌なのです。私を見てダンウォール様が苦しんでいる姿を見るのも、感情を我慢している姿を見るのも私が辛いのです。だからダンウォール様には私を忘れてほしいし、今後会わないほうがいいと思っております。」
私はそう言い切ると、ダンウォール様は少し困ったように目を逸らし、ゆっくりと口を開いた。
「本当は…」
え…!?本当は…?もしかしてもうすでに禁忌魔術の準備を進めているとか…!?それとも、お前にもう会わないとか言われなくてもこっちから言うはずだったとか…!?それは願ったり叶ったりだけどね…!?
心臓がどきどきと五月蠅い。嫌な汗も更に出てきた気がする。
「本当は、直接お会いすることができたら婚約を申し込もうと思っていたのです。」
は?婚約…?こんにゃく…?
聞き間違え…?聞き間違いよね…?
余りの予想外の爆弾発言に、身体が動かなくなってしまったのは言うまでもない。