ミッション
さて、私のミッションは2つに絞られた。
1つは、謝罪を受け入れていることを伝え、お互いもう会わないほうがいいということを伝えること。
もう1つは、禁忌魔術を使用しないと約束させること。
この2つをやり遂げればミッションクリアだろう。
やはり2人で話をするようにセッティングしておいてよかった。いきなり禁忌魔術のこととか言い出したら家族は吃驚するもんね。
私は気合を入れなおす為にカップに残った紅茶を一気に飲み干し、伝えなければいけないことを話し始める。
「あの、もう一度言いますね。私の怪我は回復しています。視力も時間をかければ治ると言われています。それにこのような高価な魔道具もいただきました。たくさんの治療費も。お医者様も探してくださったと聞いています。本当に感謝しているのです。それに、私がこのようになったのは私の責任でもあるのです。なので、ダンウォール様。本当にもう気にしていただかなくて結構なのです。」
ルーウェンの目が一瞬開かれる。少し逡巡したような表情をした後、彼は思いもよらないことを言い始めた。
「…。貴方に責は一切ありません。それにまだ治っていないではないですか。…その魔道具をつけて外出されるのは嫌なのでは?お茶会などに全く参加されていないというふうに聞きました。」
むむ。まさかのその切り返しは完全に予想外。
確かに視力は戻っていないし、外から見えないところに傷跡も残ってはいるけども。だけど、傷跡に関してはルーウェン様も知らないはず。
どうやらルーウェン様は、私が魔道具をつけているから見た目を気にしてお茶会などに参加したがらないと思っているらしい。
けれど、正直に答えると、元より外に出ることが好きではないのだ。どちらかというと嫌いなほうである。それはソフィリアも私も共通している部分だ。外に出るのが好きなら、こんなに引籠って乙女ゲームばっかりやっているはずがないでしょう。
それにお茶会やパーティーなどはソフィリアも嫌いだったはず。ソフィリアは子どもの輪に入っていくのに苦労していたようだし、噂話や他人を蹴落とすような会話を耳にするのも嫌だったからあまり会話にも参加していなかったようだし。
勿論であるが、今の私もお茶会などには行きたくないと思っている。社交的ではない私には向いてない。怖いという理由もあるし、今ルーウェン様が言った理由も確かにある。
この魔道具は見た目が瓶底眼鏡なのだ。きっといろいろ囁かれるだろう。わざわざ噂の的になるのは面倒くさい。
なにより両親も許可してくれていた。こんな姿になってしまって辛いだろうと。もともとユリウスと比べると天と地の差もある顔面だ。だから多少それに瓶底眼鏡…いや、魔道具が加わったとしてもさほど変わらないとは思う。ただやはり、噂話ばっかりのお茶会やパーティーに行くのが面倒くさいし嫌だったのだ。行かなくていいならば行きたくない。いい理由ができたと思っていたぐらいだ。
私にとっては外へ出ないでいいというのはとても良かった。
正直に伝えるべきだろうか。伝えたほうがいい気がするな。
「ダンウォール様はご存じないかもしれませんが、私はもとよりお茶会などで外へ出るのがあまり好きではありません。このようになって、両親から行かなくてもいいと許可を得て、逆に喜んでいるのです。
それに、もともとたいした顔面ではありませんし。今更瓶底メガ…この魔道具を着けたところで変わりませんよ。」
そう淡々と言うと、ルーウェン様は何とも言えない表情をしている。
ルーウェン様が責任を感じないように伝えるのは難しい。だけど伝えなければならない。もう謝罪も必要がないくらい許しているということを。
どう伝えたらわかってくれるのだろう。何度も繰り返し言うしかないのだろうか。
「だから本当にもう謝罪は必要ないのです。」と。
実際にそう言って彼を見る。ああ…本当に男前だ。かっこいい。超タイプ。
「…それよりも、こうして素晴らしいご尊顔を近くてじっくり見れたことは本当に幸運だと思っております。昔のお茶会の時は(今の私じゃなかったからだけど)あまり見られなかったですから。
だからと言うか…そう!寧ろ本日、今のお顔をお近くで拝見できて私は喜んでいるぐらいなのです!!(顔見たさに会うことにしたぐらいだし)怪我の功名というやつでしょうか。私にとっては悪いことばかりではありませんでしたよ。なのでもうダンウォール様が気に病む必要はないし、謝罪も責任も本当に本当に必要ありません!」
どう伝えようか迷っているうちに言わなくてもいいようなことまで言ってしまった感はあるけれど。なんかこう…悪いことばっかりじゃなかったよ!っていうのを伝えたらいいのかな?と思って話してしまったが、完全にルーウェン様からしたら何言ってんだこいつ?ってなったような気がする。
…まぁいいでしょう。いい…よね?
私が一人で冷や汗を流していると、くすっと笑った声が聞こえた。
ふと目の前に座っている彼を見ると、ほんのりであるが笑っている。
え!?まじ!?笑っている!?微笑み程度だけど!攻略完了する直前にしか見たことなかったこの微笑み!まさかこんなに早く見られるとは!なるほど?この時期はまだ微笑んでくれるってことね?
でもそれならいつから冷酷の…とまで呼ばれるようになったんだろう?まぁ今は考えなくていいか。
とにかくこりゃ本当にラッキーだな。
私がまじまじと見ていると。それに気が付いたルーウェン様が今度は少し耳を赤くさせた。え…もしかして照れている!?照れている…だと!?え…!?え!?可愛いんですけど!私の目の前にいるイケメンが可愛いんですけど――――――――!!はぁはぁ。
「…っ。すみません。」
「え!?なんで謝るんです!?」
こちとら眼福なんですけど!?
「いえ、余りにも勢いが凄かったのでつい笑ってしまいました。直接そのようなことを言われるのは初めてだったもので。」
あら、なんて可愛いのかしら。許しましょう。私を笑ったことも何もかも許しましょう。
だけどなんだかルーウェン様の表情が冴えなくなってしまった。少し落ち込んでいるような…?もしかして急にお腹痛くなった…とか?
「あの、どうかしましたか?」
腹痛なら早めに薬を持ってきて貰ったほうがいい。
「あ、いえ、すみません。あまり感情を出してはいけないと言われていたのですが、なかなか難しいなと思っていました。」
なるほど、腹痛ではなかったようだ。よかったよかった。
って、ん…?何か聞捨てならないことが聞こえたきがした。
「えっと、すみません。少し質問いいですか?」
「ええ。何でしょうか。」
「感情を出してはいけないのですか?」
「ええ。私はまだ魔力のコントロールが上手くはないので。魔力のコントールを行うには感情をコントロールする方法が一番有効なのです。魔力コントロールがもう少し身に着くまでは、できるだけ感情を抑えるようにと言われているのです。感情の起伏によってあの時のようにまた魔力暴走をさせてはいけませんから。最近はこのほうが楽だと思っていましたが、まだまだ私には難しそうですね。」
そう言いながら遠くを見る深紅の瞳はどこか寂しげな色で。本当はゲームの中のルーウェン様も感情を捨ててしまいたくはなかったのでは?とつい考えてしまう。
そう思うのは私のエゴなのかもしれないけど。
けれど、ルーウェン様の話を聞くに『魔力コントロールが身に着くまでの期間は、できるだけ感情を抑えるように』と言われているのだ。つまり魔力コントロールができるようになったら感情を殺すようなことはしなくていいということだろう。ゲームの中のように、表情が抜け落ちたような無表情の冷たい彼とは違ってくるのかもしれない。もしかすると、ヒロインではなくても笑った顔を見ることができるようになるのかも…?
いや、無駄な期待は辞めておこう。そもそもこれで会うのは最後にしようと言っていたではないか。
もう会わないと決めたなら、言うのは今しかない。私を巻き込んだことを悪いと思っていることを利用して約束を取り付けてみよう。
そうだ、ミッションを遂行せよ!!