記憶2
短めです。
目覚めたのは、あの日から約1年後だった。
目覚めた時は酷く混乱して不安定だった。見た目はソフィリアだが、中身は鷹城綾なのだ。何が起こったのか全くわからなかった。身体は上手く動かないし、ここがどこだかわからないし、見たことない人ばっかりいっぱいいるし。
後で聞いた話だけど、顔を青くしてすぐに眠ったり、叫んだり、挙動不審だったりしていたらしい。だけど、ソフィリアの記憶を理解し、ユリウスを実際にこの目で見て、この世界が『傾国の美男子』の世界であるということに確信を持った。
それでも不安定な時期はしばらく続いた。
ソフィリアに転生してしまったことで、周りにどう接していいのかがわからなかったのだ。ソフィリアにも家族にも申し訳なくて。
それでも時間が経過して、漸くこの状況が呑み込めてきた。というか、飲み込むしかなかった。私は今ソフィリアとして生きている。生きているのだ。
ソフィリアがどうしたかったのかはわからない。けれど決して死にたくはなかったはずだ。それに、私も死にたくない。
それならソフィリアとしてソフィリアの分まで生きていこう。
そう決意した。
そう決意すると、なんとなく心が楽になった。
一時は自分の欲求というか悶々とした心の声を寝言で叫んでいた時期もあった。
「どうせならモブよりヒロインがよかった―――!」とか「モブより悪役令嬢が良かった―――!」とか。
…まだ混乱していたのだと思う。いや、この状況を受け入れた後の話だったような気も…。まぁ、そんなこともあるだろう。ただただ恥ずかしい。因みに今はもうそんなことしてないよ?心の中では思っているけど。
その黒歴史は置いておくとして、あの時何が起こったかというと。
ルーウェン様の魔力が暴走してしまったのだった。悲しみと恨みと憎しみの黒い感情にのまれてしまい、魔力を押さえることができなくなってしまったのだ。
魔力と精神は繋がっているとされるこの世界では、精神の不安定さはそのまま魔力の不安定さに影響するらしい。ルーウェン様の魔力は大人以上に膨大で、幼い体ではコントロールが難しかった。その暴走にソフィリアは巻き込まれ、なぜかこんなことになっているという訳だ。
と同時にソフィリアの体には無数の傷。そして視力をほとんど奪われてしまっていた。全く見えないわけではない。けれど、ぼやっとした世界が広がるだけになってしまった。近くはまだ見えるけど、遠くはぼやぼやしてほとんど見えない。目覚めたらそんな状態な上に何もかも知らない場所にいるんだもの。そりゃ不安定にもなるでしょうよ。
まぁ、そんなわけで。長くなったけど、これがルーウェン様がわざわざ我が家に来る理由であり、私が転生した時の状況でもある。今、あの事故から1年半が経とうとしている。記憶が戻ってから約半年。謝罪はもういいと伝えているが、その事故が起こって以降、毎月贖罪としてこうして訪れる。
けれど私は会おうとはしなかった。いきなり記憶が蘇り、混乱していたのもある。それもあるが、何よりルーウェン様に今の姿を見られるのはなんとなく嫌だった。なんせ私の最押しメン。そっとしといてほしかった。
だけどなぜ今日会おうと思ったのか。それは、見える範囲での体の傷は癒え、混乱していたのも落ち着き、どうせならあのお顔を近くで…と。じっくりとご尊顔を拝見できるチャンスなのでは…と。そう思ってしまったのだ。どうせ私はモブ。今後関わる機会はめったにないはずだ。ソフィリアも許してくれるだろう。もちろん私は悩みに悩んだ。だけど、結局顔見たさに会うことにしたのだ。
ただ、理由はそれだけではない。いつまでも会いたくないということは立場上できないのも事実だ。お茶会は断っても大丈夫だと両親が言ってくれた。けれど、わざわざ上の家格の者が下の家格の家に訪ねてきて会わないというのは、やはり体裁が悪い。最初は体調が…といって断れていたが、さすがにもう無理だろう。
もう1年半も前からの話だ。あの事故が起こってから毎月やってくるんだから。
はぁ…。
どうしても溜息がでてしまう。
なぜ溜息をついてしまうのかというと、やはりこの姿である。一応私も乙女なのだ。この世界ではまだ13歳。前世を入れると…それは考えないでおきましょう。
兎に角!今は見た目が大事なお年頃なのだ。身体の傷跡は衣服で隠せるので問題はない。問題はこのメガネ型の魔道具だった。
今装着している魔道具はダンウォール家から慰謝料の一環としていただいたものである。詳しくは知らないが魔力によって視界の補助がされているらしく、これを装着することによってぼやけていていた視界がはっきりと見えるようになった。とても便利だが、この魔道具の見た目が何とも言えないのである…。
だって、どうみても瓶底眼鏡なのだ。もうちょっとおしゃれならよかったのに…と思わない人はいないだろう。あのご尊顔にこの魔道具をつけた顔を見られると思うと気がのらない。100人中100人のご令嬢が、この姿で会うのは嫌だと絶対に言うだろう。
けれど、聞くところによると相当高価な魔道具らしい。魔道具自体が高価であるみたいだが、ユリウスも両親もこの魔道具は見たことないと言っていたし、相当希少なものなのだろう。多分だけど、これだけで家が建てられてしまうのではないか、とも言っていた。私が使うのも恐れ多いぐらいだ。だけど、背に腹は代えられない。このメガネ型の魔道具がないと普段の生活すらも大変となるからだ。
だからこそ、贖罪なら私にとってはこの魔道具だけでもう十分だった。
だから直接会って『もう謝罪はいいです。許しています。』と私の口から伝えようと思う。
ソフィリアからしたら自分を殺した相手だ。もしかしたら恨んでいるかもしれない。どう思っているのか聞くすべもないからわからないけれど。だけど、なんとなく恨んでる感じはしない。本当に何となくだけど。
私も初めはこんな状況になって辛かったしこの状況を多少恨んだりしたけれど、今はもう誰も恨んだり憎んだりしていない。だから、謝罪を直接受け入れようと思う。今はソフィリアではなく私なのだ。私が考えて動かなければならない。ソフィリアもそうすることをきっと許してくれると思う。
だけどもう会わないほうがいいと思っている。やはりソフィリアにとっては会いたくない…会わないほうがいい相手だと思うからだ。それに、私も何度もこの姿を最押しメンに見られたくないし。ルーウェン様のご尊顔は見たいけど、私は見られたくないのだ。だから、『もう来ないでください。』とも伝えるべきだろう。
それにルーウェン様もこんな私と関わりたくないだろうと思う。私が謝罪を受け入れ、もう来なくていいよって伝えると喜んでくれるのではと思う。きっとすぐ了承してくれるだろう。
しかし…あのご尊顔相手に『もう来ないで』なんて言えるのかが不安ではある。だが、直接言葉を伝えるために会うことを決めたのだ。腹を括らねば。
実際は顔見たさ9割なのだが、それは内緒だよ。