井早坂さんと買い物
「なんで買い物なんだ……」
あの後、あんたの服がダサいし、ウザイから明日買い物するわよ、とメッセージで送られてきて、泣きそうになりながらも、僕は分かった、と答えた。
拒否してもよかったのだが、暇と答えてしまっている以上、ここで断ったら井早坂さんが嫌いみたいに思われるのでは、という発想に至り、断ることができなかったのである。
「あんたカラオケのときも思ったんだけど死ぬほど服装ダサいじゃん。あたしが恥ずかしいのよ」
「酷いなぁ」
僕みたいな人といるのは嫌だと素直に言われる。
ズサリと心臓になにかが刺さるのを感じたが、それに関しては平然としてられた。
しかし、平然としていられたのは他に問題があるからだ。
そう、2人きり。
井早坂さんと僕の2人きりでいる状況なのだ。
姫乃さんもいないし、意外に優しいところがある天堂だっていない状況。
その2人きりの状態に更に、距離感の近い井早坂さんだ。心臓が持たん。
さっきだって先に駅で待っててと言われ、待っていたら「わぁ!」と驚かしてきて、それに僕が驚いてオデコとオデコが当たってしまった。
「いくら持ってきた?」
そんな僕の考えも知らずに、僕の隣で肩と肩がぶつかる距離で歩きながらそう訊いてくる。
「1万円くらい」
念の為の思い、銀行から引き下ろした額だ。
バイトをしていることもあって、それなりに貯金は貯めているものの、1万を下ろすのには躊躇いがあった。
「そんないらないけど、まあいっか」
そんなことをボソッと言い、井早坂さんについて行く。
このでかいショッピングモールは、僕たちの地域でも誰もが知っているような場所なので、僕も行ったことがある。
しかしあまり行かない。
買い物は近くのスーパーでできるし、遊んだりはしなかったので、ほとんど初めてに近い。
そのため、井早坂さんが「この店〜」と僕に触れながら説明してくるのに対して「へぇ」としか答えられなかった。
「よし、まずはここね」
目的の店に着いたのか、その店に足を踏み入れる。
そして服やズボン、僕に合いそうな服を井早坂さんが探し回っては、僕と服を比べ、似合いそうなら確保していくという大変スムーズな服の選び方で進んでいく。
一個一個見ていくと、キリがないので、おそらくいい服を持って、それに合う
ズボンを買うのだろう。
「よし、これ瑠翔似合うっしょ!」
そうして井早坂さんが手にしたのは、派手ではなくシンプルな柄のシャツに、黒のスキニー。
僕は背中を押され、鏡の前に連れてかれる。
僕の肩や腕を掴み「シャツ持って」と言われ僕の上半身を重ねてみる。
鏡で全体が見えやすいように後ろからズボンを持って腰を巻かれる。
そしてドキリとしながらも鏡に映った自分にびっくりした。
服装だけで雰囲気が変わる。
僕の内気な立ち方の猫背も今ではピンと立ち、しっかりとした佇まいをしている。
「その顔いいわね〜」
後ろでは腰の横から顔を出し、鏡を覗いている井早坂さんがそう言った。
そして腰に巻かれた腕が離れ、
「後はネックレスと靴ね」
と言い、銀色のネックレスと、またシンプルなスニーカーを買う。
お金もないしズボンは使い回しでなんとかするとして、と言い、上半身の服だけ黒のスキニーに似合う服を複数枚買って店を出た。
「これで完璧ね」
なぜか僕の服を選んでくれているだけなのに、井早坂さんは満足そうな顔をし
ている。
「そんな僕の服装酷かった?」
「んー、なんか締まってないっていうか、とにかくなんか違った」
そこは井早坂さんも曖昧なのか、上手く言葉にできていない。
「まあ試着してみて分かったでしょ。なんか自分が変わった感じ」
あの後試着してみたが、鏡越しの自分を5分くらいずっと見てしまった。
井早坂さんに「まだ〜?」と言われなければ、僕の意識は鏡の中に持っていかれていただろう。
それほど、鏡越しにいる自分が別人で、自分でもカッコいいと思ってしまった。
まあ、現実を見ればそんなのはありえないが……。
「すごいよね。服装だけで人って変わって見えるんだ」
「そう、そこよ。だからあんたもファッションとか考えなさい」
「努力する」
そうは言うが、ファッションに関してはもう井早坂さんに訊けばなんとかなるのでは、と思ってしまった。
面倒臭いというのもあるが、こういう買い物が意外と楽しかった。
「どうする? もうすぐ夜になるけど、夜ご飯だけ食べてく?」
家に帰ってもどうせご飯がないので、と思い、僕はそこで賛同する。
「食べよう」
「おっけー!」
そう言い、フードコートに向かい、僕たちはご飯を一緒にした。
距離の近い井早坂さんだが、その分話しやすいという部分がある。
彼女の魅力はそういうところなのだろう。
一緒にいて楽しいとか、外見ではとにかく可愛いとか、笑顔が可愛いとか、井早坂さんにはそういう魅力がある。
姫乃さんとはだいぶ違った魅力だ。
そこで姫乃さんに彼氏がいたように、井早坂さんににも彼氏はいるのかな、と思い訊いてみた。
「井早坂さんって彼氏いるの?」
「え、気になる?」
にまあと笑う。
「ま、まあ。いるのかなーっと思っただけだけど」
「もしかしてあたしのこと好きなの?」
すると、距離感の近い井早坂さんだからこそ訊いても違和感のないことを言う。
「好きじゃないよ」
僕は平然と言い返した。
少し戸惑ったのは事実だが、姫乃さんから今の言葉を訊かれたら、もっと戸惑うだろう。
そして「へー」と言い、口をまた開いた。
「まああたし彼氏いないけどー」
と唇を尖らせながら言った。
見た感じでは彼氏が欲しいらしい。
でも僕からしたら、そこら辺にいるカップルは別に羨ましいとは思わない。
しかし陽キャラの人たちにとっては彼氏など、異性との関係を持ちたいのだろう。
「意外」
しかし意外だ。
井早坂さんはてっきり彼氏がいるのでは、と思っていた。
まあいたら僕なんかと遊んでいるのはおかしいと思うが。
だが、こんな魅力的な女子に彼氏がいないとなんでだろうと思う。
「あたし捨てられるタイプなのよねー」
すると、井早坂さんが自分から語り始めた。
捨てられるとはやり捨てということか、と思ったがそれは違ったようだ。
その考えをしていたのをバレたら殺されそう……。
「あたし結構重いっていうか、結構嫉妬しちゃうタイプなのよ」
そう淡々と語り出す。
恋愛経験はないが、嫉妬をするのは当たり前だと思う。
僕だって姫乃さんが天堂と仲良くしているのを見て、いいなーと嫉妬するし、ましてや彼氏にまでなった人が異性の女子と話している姿を見ると不安にもなる
だろう。
「それで長続きしないっていうか。今までで一番長かった期間2ヶ月よ? もうあたしは恋愛向いてないって分かっちゃったし」
倦怠期というのは付き合ってから3ヶ月後にくる人が多いと言われている。
彼氏、彼女の関係になってから、近くにいる分嫌なところが見えてきて——冷め始める。
2ヶ月で彼氏の方が嫌になってきたとなると、喧嘩などが多かったのだろう。
「でも」
そう言い僕を見てくる。
「あたしって結構一途なのよ?」
それなのになんで上手くいかないんだろーなー、と思っているそんな顔は、とても可愛かった。
僕は語っていく井早坂さんの話に口を突っ込まずに聞いた。
「重いってダメなのかな?」
すると、井早坂さんは黙っていた僕にそう問う。
僕の答えは絶対にダメではない。
僕の意見だと、重い人無理とかいう人は一生彼女ができないと思っている。
それだけ愛されているのに、自分が耐えられないからとかの理由で別れたりする人は恋愛に向いていない。
恋愛は愛しあってこそ成り立つものだし、その愛を嫌がっては話にならない。
と、恋愛初心者は考えています。
「ダメじゃないと思うな」
僕の答えを待っている井早坂さんにそう告げた。
「……そうよね……。あたしは間違ってないわよね」
そう自分に言い聞かせるように反芻する。
「自分にもっと自信を持っていいと思う。……井早坂さん可愛いし……」
僕は自信を持っていいと思うと、自信つけさせるため、そう言った。
可愛いし、と言ってしまって思ったが、天堂みたいなイケメンから言われないと響かなくね、と思った。
「そ……そう……?」
だが、目の前には赤面している井早坂さんの姿があった。
僕が周りに人がいる状態で言ったのがまずかった、と思ったが、目の前にいる井早坂さんは、周りなんかを気にしていない様子だった。
「瑠翔って女子に可愛いとかよく言ったりするの?」
「いや、言わない……」
そんな相手が僕にはいない。
強いて言えば異性と仲が良いのか分からないが、関係はあるのは姫乃さんだ。
しかし一生姫乃さんに可愛いなんて言えないだろう。
恥ずかしすぎるし、まず言う勇気がない。
じゃあ、なんで井早坂さんに言えたのか。
「あたしには言うんだ?」
そう、なんで言ったのか。
それは僕も自然に漏れたと言うか、結局自信を持たせるために言ったのだが、あの口は視線に可愛いと言った。
言うのが恥ずかしいとは思わなかったのだ。
その理由は簡単。僕にもなぜ言ったのか分かる。
井早坂さんの魅力とも言える距離感。
ボディータッチが多かったりするが、僕の中では一番話しやすいという存在で、なんでも言える女子の友達感覚にいる。
姫乃さんの場合は話すことはできるが、やはり一緒にいて恥ずかしいとかソワ
ソワした気持ちになったりする。
つまり今、僕の中では井早坂さんが女子の中でも一番距離が近い存在にいると
いうこと。
それでなんでも恥ずかしがらずに言うことができたのだろう。
そう思った。
「井早坂さんだから言えたのかも」
僕は正直に言った。
「あたしだから……?」
意味が分からないといった顔だ。
「まあ僕にもイマイチ分からない」
「なによそれ」
バカなの? と言って笑い出す。
「そろそろ時間ね。帰るわよ」
もう時刻は20時30頃だ。
井早坂さんの門限が迫ってきているし、外ももう暗い。
「うん」
僕は頷き、ショッピングモールを後にした。
僕たちはお互いに手を振って別れ、僕は帰路についた。
井早坂さんが、異性の中での立ち位置が近くなった気がした。