習慣
学生にとっての敵であるテストがやってきた。
テスト期間が終わったときの開放感といえば、賢者モードがいい例えだ。
なんてことは置いといて、あの勉強会から一週間が経った。
姫乃さんたちは平日は天堂たちと勉強をすると言って、あれからは1回も時間を共にすることはなかった。
しかし学校で話しかけてくれる分、嬉しい部分はあった。
まあまだ自分から話しかけることができないのはなんとかしたいと思っている。
そんなことを考えていて思うが、いつもならそんなことは思わない。
髪を伸ばしていた頃なんて、人に興味はなかったし、ましてや人と話すことが嫌だった。
今では姫乃さんたちと話せないかなとか、話しかけてくるかなとか、ずっとそんなことを考えて休み時間は集中できない。
僕の学校生活は少しずつ変わっていっていると体にも、頭にも実感した。
「はーい、じゃあテストを始めまーす。机の中とか確認してくださいね」
先生の指導の下、テストの注意事項を述べてからテスト用紙が配られる。
「みんな頑張っていると思うけど、2年生だからって気を抜いちゃダメですよ。そろそろ大学受験のことを考える時期ですからね」
テスト前に焦らせるようなことを言う。
隣の天堂はというと、勉強には困っていないのか、余裕そうな顔をしている。
天堂の成績は今のところ良くも悪くもない平均的な数値だった気がする。
授業でも積極的に発言しているし、陰キャラの僕にはできないような成績の取り方をしている。
それよりも、自分の心配だ。
「ふぅ……」
僕はバクバクなっている心臓を落ち着かせるよう深呼吸をする。
テストではなにかと緊張する方なので、毎回こんな感じだ。
そろそろ慣れたいところだが、今の僕にはそれはできないらしい。
そしてテスト用紙が全ての生徒の元へ届き、先生の合図によってテストが始まった。
「始め!」
僕は先生の声に驚き、机を跳ねた。
***
「テストお疲れさんっ!」
「如月くんお疲れ!」
一週間に渡るテストが終わりを告げ、開放感に浸っていたところ、姫乃さんたち
が僕の元へやってきた。
「お疲れ様」
「テストどうだった?」
僕は唯一心配な井早坂さんにそう訊いた。
1軍のグループでも少し勉強会を開いたと言っていたが、果たしてやっている
のだろうか。
僕の頭の中ではカラオケに行っているイメージしかないが。
「そりゃもちろん、死んだわ」
「おい」
「だって無理なものは無理よ」
それ言っておけばなんとかなると思ってるタイプだ。
僕はそこで暗い顔をすると、井早坂さんは慌てたように言った。
「で、でも手応えはあ、あったのよ? いつもよりはできてる感じだし、ね」
「それならいいか」
僕はいつもよりできてるなら、それでいいと思ったので、そう言った。
急に点数が良くなることはかなりの努力をしなければならない。
それに点数というのは急には伸びない。
高校受験、大学受験でずっと前から勉強しなければ、点数が伸びないのだ。
そう考えると、いつもよりは取れてる、という自信があるのは、とてもいいことだと思った。
それを伝えた井早坂さんの反応は、
「でしょでしょ! や、やっぱりあたしやればできるのよ。ね? 結愛」
「聞いてて思ったんだけど、いつもよりできても確定で平均点以下だよね」
「つまり?」
僕はそう訊ねた。
「いつも赤点だから、いつもよりできても平均点は超えないってこと!」
「ちょ、結愛! なに言ってくれてんの⁈」
「きゃ〜」
姫乃さんは余計なことを言ったらしく、井早坂さんに追いかけれる。
姫乃さんは可愛い声を出しながら、廊下にまで逃げていった。
そして、姫乃さんたちがいなくなってから、隣にいる天堂が声をかけてきた。
「お前勉強できんのか」
「あ、ああ」
いつもと違う馴れ馴れしい感じの声に、びっくりしながらも、僕は答えた。
「まあ俺よりは良くないけどな」
バスケでも自分が上手いと言っていたのを思い出す。
天堂は負けず嫌いなところがあるらしい。
でも、そう言うだけあって、それなりの自信はあるのだろう。
実際僕よりも頭がいいのでは、と少し思っている部分もある。
「天堂に勝てるわけないよ」
僕は君にはなにもかも敵いません、という意味を含めてそう言った。
「当たり前だろ」
天堂はまだ言い残すことがあるのか。少しの沈黙の後、静かな声で言った。
「……結愛はお前のもんじゃないからな」
そんなことを僕にだけ聞こえる声で言うもんだから、僕は天堂の顔色を窺う目的で、横目で天堂を見る。
だが、顔色はいつもと変わらないもんだから、気のせいかと思ったが、僕は気のせいでも頭の中にその言葉を入れておくことにした。
僕の生活が急激に変わっていく。
普通は段々と生活は変わるものだ。
部活動に入れば、挨拶をしっかりするようになる。
それも急に挨拶ができるようになるわけではない。
忘れてしまったりするときが必ずある。
しかし、日々意識し、挨拶をするからこそ習慣になっていき、更には廊下を歩いているだけで先生が通るか、と周りの視野が広がっていく。
それは僕が少しやっていたバスケなんかでは特に重要なことだ。
そうやって日々の日常が変わっていくのだが、僕の場合は違った。
始まりは姫乃さんだが、その中でも1つ重要な出来事があった。
髪を切ったことだ。
「これどうやるのよ」
今も隣にいる井早坂さん。
「くっ、時雨ちゃんうますぎ!」
ずっと隣にいてくれる姫乃さん。
テストが終わった開放感で僕たちは遊んでいた。
「なんで僕の家なんだ……」
そんな疑問を漏らす。
始まりは井早坂さんだった。「今日瑠翔の家でゲームやんない?」と姫乃さんに提案して、姫乃さんが「行く行く!」と身を乗り出しながら答えたのがきっか
けだ。
「なんか結愛ってあたしの前でも瑠翔と同じ対応し始めたよね」
「そう?」
「あんた学校でそんな笑わないじゃない。そんな元気じゃないし。なんかお姉さんって感じ」
井早坂さんは僕と同じことを思っているようだ。
「僕もそう思う」
そこで僕は井早坂さんの思ってることに同意する。
「やっぱそうよね。でもなんか、あたしも今の結愛の方がいいわ」
「うーん、自分でも分からないけど、ありがとう!」
「……その笑顔よ」
そう漏らしてゲームを続けた。
これから僕は1軍のグループと関わることになる。