タコパ
「時雨ちゃんなにやってるの⁈」
「ち、ちがっ! これ難しいっ無理!」
「こうやって……こうやってやるんだよ!」
「もう2人でやって!」
タコパなう。
そしてひっくり返すのに苦戦している女子2人。
井早坂さんは上手くひっくり返せなくて断念したのか、棒を僕に渡し、口を膨らませながら携帯をいじり始めた。
「僕もできないんだが……」
しかし、僕もあまり器用な方ではないため、姫乃さんに任せる形に。
ここでできないのはカッコ悪いのかもしれないが、できなくてカッコ悪い姿を見せるよりかはマシだと思い、棒を置いた。
「如月くんまでー」
焦げてしまうのか、焦ってひっくり返しながら言う。
家の中はもうたこ焼きの匂いしかしなく、僕にとっては新鮮な匂いだ。
クンクンと鼻に力を入れるが、目に映るものには逆らえない。
目には姫乃さんが一生懸命たこ焼きを焼いている姿が映り、じっと眺めてしまう。
すると、断念していた井早坂さんが不意に言ってきた。
「あんた好きなんでしょー」
「はっ!」
井早坂さんの吐息に声を荒げてしまう。
井早坂さんはもっと異性に対しての距離感というものを学んでほしい。
クラスでも見てて分かるが、男子へのボディータッチや、話すときの距離感が近すぎる。
それもわざとやっているのならあざといが、無意識らしい。
それに僕はパーソナルスペースがかなり狭い。
男子と女子の距離感ではパーソナルスペースという範囲があり、女子が一定距離に迫ってくると、無理にでも意識してしまう。
「ちょっ……近い……」
そして僕はやたらと距離の近い井早坂さんから距離を置くようにして言った。
「え、そんな?」
距離を置かれて驚いたのか、井早坂さんは少し悲しそうな顔をしながら言った。
「瑠翔が慣れてないだけでしょー」
しかし井早坂さんの中ではそう解決したらしく、ただ僕の耐性がないみたいな言い方で言う。
まあそれもあるのかもしれないが、ほんとに異性との距離感は井早坂さんだけ違う。
「時雨ちゃんお皿取って!」
すると、たこ焼きを必死に作っていた姫乃さんは大きな声でそう言った。
「結愛って瑠翔といるとキャラ変わるよね」
井早坂さんは僕と同じ感想を持っているようだ。
姫乃さんは僕といるときだけ少し変わる。
学校では学級委員という立場もあるのか、みんなに頼りになるといったお姉さんキャラ的ポジションにいる。
陽キャラのグループにいるときでも、みんなの頼りになるといったポジションだ。
しかし僕といるときは違う。
こんなに無邪気な顔にならない。
笑顔も無邪気、一生懸命たこ焼きを作る顔も絶対に学校ではしない顔だ。
それも井早坂さんが一番近くで見てきているから違和感に気づいたのだろう。
「なんか如月くんといると落ち着くし、楽って感じなのかな?」
姫乃さんもまた自分がいつもと違うと自覚しているのか、そんな理由を言った。
「楽しそうね」
井早坂さんはそう答えた。
「楽しいよ!」
無邪気な笑顔で返す。
少し井早坂さんは頬を膨らませていたのが見えたが、僕はそのとき気のせいだと思い、気にはしなかった。
そしてほとんど姫乃さんが作ったたこ焼きが出来上がった。
まん丸い形に、美味しそうな色合い。それにこのたこ焼きの匂い。
僕は思わずヨダレが垂れそうになったが、なんとか飲み込み、耐えた。
この後勉強しなくていいか、と一瞬頭に過った。