問題
「お前ちょっと来い」
姫乃さんが急に帰ったときから、週が明けた月曜日。
学校に着くなり、天堂にそう声をかけられた。
かなり怒っている口調で怖かったが、僕は逆らえずついてくことにした。
どうやら天堂1人らしい。
「急にどうしたんだよ……」
僕は恐る恐る言った。
何か嫌な予感がしたからだ。
「まずはお前からだ」
まずは、ということは僕の他に関係がある人がいるのだろうか。
「どこに行くんだ……」
階段を登っていくだけ。
僕はどこに連れて行かれるのか。
「屋上だ。誰にも聞かれないからいいぞ。それに今の季節風も気持ちい」
屋上は鍵がかかっているはずだ。
簡単に屋上に行かせる先生なんていない。
これも陽キャラの特権ということか。
そして屋上に辿り着くと、天堂はポケットから鍵を取り出した。
何事もなく、屋上の鍵穴にさし、鍵が空いた。
あまりにもスムーズなやり方に僕は違和感を覚えたが、気にはしなかった。
どうせ放課後とか昼休みに屋上で遊んでいるのだろう。
「鍵閉めてくれ」
僕が最後に屋上に入ると、鍵を閉めるように言った。
「分かった」
鍵を閉めると同時に僕は唾を飲む。
鍵を閉めた瞬間、天堂の雰囲気が変わった気がしたからだ。
「……」
僕は天堂からの話を待つ。
「直球に言うが——」
冷や汗が垂れる。
夏で暑いのに、妙に寒い感じがした。
そしてこう言った。
「昨日——結愛となにしてたんだ」
思わぬ質問に僕は天堂から一瞬目を逸らす。
それを見逃さなかった天堂はさらに追い討ちをかけてきた。
「駅で見たぞ。お前らが2人でいるところ」
「いや……それは……」
僕は咄嗟に言い訳をしようとしたが、そこで喉が詰まる。
そこで僕はあることに気づいた。
最寄り駅での視線。
あれは気のせいではなかった。
あの状況を天堂たちに見られてしまった。
「あの後どこ行っていたんだ」
また更に訊いてくる。
僕は記憶を遡っていくと、また新たに気づいた。
姫乃さんは急に帰ったとき、天堂に呼び出されたのではないか、と。
それにまずはお前からだ、と言っていることから、呼び出しておいて、天堂は姫乃さんに詮索はしていない。
とにかく僕たちを離させるために呼び出したのだろう。
なので、僕は今、言い訳できる。
後で姫乃さんに訊くかもしれない。
しかし、僕が過去を変えて言ったことを姫乃さんにそのまま言えばいい。
だが——僕はそんなことできない。
姫乃さんとは直接学校では話せないからだ。
メールを送ったとして、見ていなかったら終わりだ。
口裏を合わせられないことになる。
そこまでのリスクを負えない。
だから、
「……僕の家だ……。僕の家に行った……」
「……は?」
天堂は眉間を寄せ、シワができている。
「……お前ら何もしてねーだろーな?」
天堂が睨み据えて言う。
「……してないよ。映画を見ただけだ……」
僕は誤解を解くため、そう言った。
「後で結愛にも訊くからな」
嘘だったらどうなるのかわかるだろうな、といった目だ。
「ほんとになにもしてない。約束する……!」
僕は強く言い、なにもしていないことを主張した。
「そうか。ならいいんだが、問題は————」
そこで朝のチャイムが鳴ってしまう。
「戻った方が……」
僕はどうかこの状況から逃げるため、クラスに戻るように言った。
天堂はなにか言いかけたが、それを言わずに屋上から出た。
先生にはトイレに行ってました、と言って遅刻扱いにはならなかったが、姫乃さんからの視線が痛かった。
心配そうな目をしていたため、僕はアイコンタクトで大丈夫、といったが、伝わっていないだろう。
ただ目力で見つめただけだ。
この後は天堂からの呼び出しはなかったが、今日1日、今までで一番長く感じた。
***
「……放課後屋上来て……」
次の日の放課後、すれ違いざまに姫乃さんが言ってきた。
天堂の目から逃げるようにだ。
聞き取りにくかったが、しっかりと僕の耳には届いた。
僕は返事をしないまま、平然とした顔を貫き通した。
そして長い時間も終わり、放課後の時間がやってきた。
姫乃さんは天堂のところに行き、先帰ってていいよ、と伝えている。
天堂は男じゃないだろうな、と彼氏でもないのにそんなことを口にしている。
それに僕の方を一瞬チラッと見た。
姫乃さんたちは少し話してから帰るのか、教室で話してから帰るようだ。
姫乃さんは僕にアイコンタクトで、先に待ってて、と言っているような気がしたので、屋上に足を向けた。
「開いてるのか……屋上」