下駄箱——ラブレター
「如月くんってメールとかやってない?」
「やってるよ」
僕は、1人変わらず座っていると、姫乃さんからそう聞かれた。
「教えてくれない?」
姫乃さんから交換しよう、と言われ、僕は呼吸が一瞬止まる程、口を開け驚いた。
なんとか平然を装う。
「いいよ。でもなんで?」
僕は余計なことを聞いてしまう。
「友達が如月くんの連絡先知りたいらしくて」
僕はほんとに余計なことを聞いてしまったようだ。
「……そうなんだ。分かった」
姫乃さんはただ中継役として連絡先を訊いてきたらしい。
姫乃さんからのお誘いじゃないことに、残念だなと思いながら、連絡先を交換した。
それより初めてだ。連絡先を訊かれたのは。
僕は高校生になってから、誰とも連絡先を交換していない。
姫乃さんからじゃなくても、異性からの連絡先を交換するといったことに僕は少しニヤッとしてしまった。
陰キャラなので、僕は連絡先の交換だけで、胸がドキドキしてしまう。
すると、姫乃さんはその友達に僕の連絡先を送ったのか、僕の携帯が震えた。
「よろしくね!」といった文が送られてきて、僕もすぐによろしく、と返し
た。
しかし、思わぬ形ではあるが、姫乃さんとも連絡先を交換できた。
隣の天堂から視線を感じたが、僕は嬉しく思いながら、携帯を制服のポケットにしまった。
***
そしてその夜。
僕の連絡先は拡散されたのか、いろんな女子から連絡がきた。
僕は1人ずつ全員に返信をし、眠りについたが、学校で変化が訪れた。
1軍の女子から話しかけられるようになったのだ。
「瑠翔、おっはー」
またいつものように1人で座っていると、そう声をかけられた。
1軍の女子たちだ。
集団で登校しているのか、3人くらいでクラスに入ってきた。
そこにも姫乃さんの姿があった。
その他にも女子たちからの挨拶はあったが、僕は平然としていた。
「おはよう」
僕は本を読みながら、そう答える。
「あんたバスケ上手いじゃない!」
しかしこういう人たちは会話を挨拶だけで終わらせないのか、昨日の体育の話題を出してきた。
僕は読んでいた本に栞を挟む。
「天堂の方が上手いよ」
「当たり前じゃない。慎弥は運動神経いいからね」
なにを言っているの、と言いたげな言い方だ。
「如月くんも結構上手だったよ! あのレイアップいいよねー。私も打てるよう
になりたい」
そこで姫乃さんが会話に割って入ってきた。
上手だった、と言われ、僕の体がほんのり温かくなるのを感じる。
「……少しだけやってたから」
僕は身を縮めてそう言った。
「あ、そうそう。慎弥が言ってたんだけどね、如月のやつバスケやってたらしい、まあ俺の
方が上手いけどな! って言ってたよ」
天堂の声を真似しているのか、顔に力を入れて、頑張っているが、全く似ていない。
「天堂さんはプライド高い」
そこで透き通った声の女子がそう言った。
運動をやっている人はライバル視するところがある。
僕より上手いと皆に言っておきたかったんだろう。
まあそのライバル視こそが強さの秘訣だったりもする。
そんな会話をしていると、1軍の男子が教室に入ってきた。
天堂だ。
「慎弥そういえば……」
そこで、周りにいた女子たちがそう言いながら天堂の元へ行き、1軍たちで会話をし始めた。
姫乃さんも僕のところから離れ、天堂の元へ行く。
そこで天堂は僕を横目で一瞬見てから、目を逸らした。
僕もその視線から逃げるように本を開き、周りに誰もいなくなった状態でまた本を読み始める。
女子と話せただけで楽しいと感じた僕は、改めて陰キャだなと感じながら本を読み進めた。
朝のチャイムが鳴る音は、姫乃さんたちがいなくなったからか、よく耳に透き通った。
***
変化というものは突然訪れるものだ。
急に何かが変わる、たった1秒で何かが変わる。
そして今も僕が下駄箱を開けただけで変化が訪れた。
下駄箱の中には———ラブレターが1つ。
僕は戸惑いこそしたが、その手紙を取った。
そして真っ先に教室には行かずに、トイレに向かった。
「んー……」
僕は誰宛か書かれていない手紙に悩んだ。
『放課後A棟の使われていない教室に来てくれませんか。伝えたいことがあります』そう書かれている。
恋愛未経験だが、これだけでも何があるか分かる。
告白があるのだと。
その後、僕はクラスに向かい、朝のチャイムを待った。
待っている間僕は手紙のことを考えていた。
告白は初めてではない。実は中学の頃1回あった。
しかし、僕はその頃恋愛なんて考えていなかったので、その告白は断った。
でも高校生になれば、周りもカップルが多くなってくる。
それで僕も恋愛を考えるようになってきた。
それは最近だが。
高校1年生の頃は考えていなかったが、今は違うのだ。
僕は1年生と2年生で変わった。
「如月くん?」
そんなことを考えていると、姫乃さんが覗き込むように声をかけてきた。
「何か悩んでるの?」
痛いところをついてきた。
恋愛事情を話せるなんて僕にはできなかった。
「なんでもないよ」
「そう? ならいいけど!」
「うん」
姫乃さんは悩んでいたら助けたかったのか、悩みがないと知ってホッとした顔になった。
「ん? この手紙——」
そこでリュックからはみでていたのか、姫乃さんの視線がリュックに向いた。
「ちょ……」
僕は手紙を取ろうとした姫乃さんの手を咄嗟に払った。
「え」
姫乃さんは素っ頓狂な声を出した。
僕が急に荒っぽい行動をしたからだろう。
「ご、ごめん……」
僕はすぐに謝り、姫乃さんと向き合う。
姫乃さんは何か悪いことをしたのかも、と思っているのか、困惑した顔をしていた。
「私もごめん……」
姫乃さんは僕に謝り、女子の友達のところへ戻ってしまった。
「お前それはないだろ」
隣に集まっている天堂からそう言われた。
「そういうつもりじゃ……」
姫乃さんに手紙を触られるのが嫌で、暴力に近いことをしたわけではない。
咄嗟に出てしまった行動なのだ。
でも、姫乃さんにとっては、不快に思ったのかもしれない。
「お前、あんま調子乗ってんじゃないぞ」
そこで、ノリで言っているのか、ほんとに言っているのか分からない口調で言ってきた。
僕はその言葉に身を縮めながら言った。
「乗ってない……」
「そうか」
天堂は短く返し、興味を無くしたように、友達と話始めた。
その後の授業は手紙のことで頭に入ってこなかった。