11:処刑
「――剣崎先生。私、みんなから一ノ瀬先輩の女だって指を差されて、実はそれがすごく嫌で……!」
「大変だったわねぇ……」
十字架の立つ教会の中に、女生徒の泣き声とそれを受け止める温かな声が響く。
――教師兼シスターである剣崎フィアにとって、子供の悩みを聞く時間はとても好きだった。
だが、それは決して明るい理由からではない。
「(あぁ~~~~若い子がクッソどうでもいい悩みで時間を浪費してるのを見るのは楽しいわ~~~ッ!)」
聖母じみた笑顔の下でほくそ笑む。
そう、彼女にとって馬鹿で人生経験のないナイーブな子供たちがちっぽけな苦悩で青春を灰色に変えていく姿を見るのは、何よりの快感だった。
さらに、
「盾持さんだったかしら? 勇気を持ってよく話してくれたわね……っ! 危険な人物からは出来るだけ距離を取りなさい。もしもの時は、私が守ってあげるからっ!」
「はいっ、ありがとうございます先生ッ!」
あぁ、うわべだけの言葉で悲哀の涙を感涙に変えるメスガキの姿が愛らしい……!
内心では小馬鹿にしている自分のことを恩人だと思う子供たちの姿が、剣崎フィアは愛おしくて愛おしくて仕方なかった。
まるで馬鹿な子犬を見ている気分だ。
――やがて盾持という女生徒は去っていき、教会は静寂に包まれた。夜ということもあってとても静かだ。
先ほどの少女がちょうど相談の受付時刻いっぱいまで居座っていたため、剣崎フィアは安心して修道服の被りを外し――そして、
「ククッ……アハハハハハハハハッ! バァァァァァァァッカじゃないかしらァーーーーッ! ガキどもの軽い悩みなんざどうでもいいっつーーーーーのッ!」
聖母じみた表情を一変させ、悪女を高らかに笑い叫ぶ……!
「あぁ~~本当にこの仕事はやめられないわぁッ! テキトーに優しくしてやるだけで愛されてチヤホヤされるし、それにガキどもを上手いこと信者に変えてやれば、教会本部からの給料や評価も上がるしねぇ」
聖書台に豊満な尻をもたれさせる剣崎フィア。
もはやその有り様にシスターじみた雰囲気など一切なかった。ここにいるのは、我欲に満ちたただのクズだ。
「それにそれにぃ、クフフッ……さっきの女ってば一ノ瀬と最近仲良くしてた子よねぇ? でもあの様子だともう関係は終わりねッ! 絶望した一ノ瀬が私に泣きついてくるのが楽しみだわぁッ、悪い噂をブチ撒いてるのは私だと知らずにねーーーッ!」
一ノ瀬弓弦――剣崎フィアにとって彼はちょうどいい仕事道具だった。
顔面通りの邪悪な『危険人物』に仕立て上げることで、生徒たちに不安の種を植え付けたのだ。
そんな彼が築いた貴重な関係をぶっ壊せたことに、悪女はもう興奮が止まらなかった。
淫らな笑みを浮かべながら、泣き叫ぶ一ノ瀬の姿を想像する。
あぁ――なんて堪らないんだろうか……!
「ハァ、ハァッ……私の一ノ瀬に近づく他の女たちも排除してやるわァッ……!
そうして絶望しきった彼を抱き締めて、癒して、依存させて愛させて言いなりにして、あとは更生したという噂を学園中に撒けば、『どうしようもない危険人物すら生まれ変わらせた聖母・剣崎フィア』の誕生ってわけよーッ! もう誰も私の評価を止められないわーーーーーーーッ!」
頬を紅潮させながら悪女は一層高らかに笑う。
少年を危険人物とすることで生徒たちの相談してくる機会を増やし、そして最後は利用した少年すら食べて評価に変えてしまう。
まったくもって無駄のない計画だ。はじめてやったが実に上手くいっていると剣崎フィアはほくそ笑む。
そこに、罪悪感など微塵もなかった。
そうしてひとしきり感情を発散し、彼女が教会を後にしようとした――その時、
「聞かせてもらったわよ、シスター・フィア。それがアンタの本性だったのね」
突如、教会の扉がドンッと開けられた。
ギョッとしてそちらを見ると、そこには金髪碧眼の小柄な女生徒――姫宮愛理がビデオカメラを手に立っていた。
そして彼女の傍らには、こちらを敵視した目で見るもうひとりの少女の姿が。
彼女の名は盾持二葉……つい先ほど、相談の受付時刻いっぱいまで居座っていた女生徒である。
剣崎フィアはハッと驚愕する。
「なッ……まさかアンタたち、最初から私をハメるために……ッ!?」
「えぇそうよ。とっても気持ちよかったでしょう、アンタが利用しているユズルから後輩を取り上げてやった瞬間は。
しかもちょうどそれで一人になれる時間が訪れるとあったら、もう思いのままに爆笑するしかないでしょう? 窓の隅からぜーんぶ録画させてもらったわ」
「ぐぅッ……!」
苦々しく表情を歪める悪女。
もう少し警戒すべきだったと後悔するが、後の祭りだ。もはや言い訳なんて出来やしない。
あぁ、ならばもはや仕方がない――剣崎フィアは修道服の袖より、護身用のナイフを抜いた。
「ククッ……ねぇ、交渉しましょうよ? もしもそのカメラを売ってくれたら、アナタたちに三百万あげるわ。でももしも断るようなら、不幸な事故が起きちゃうかもねぇ……ッ!」
冷や汗をかきつつもニヤリと笑う。
無論ハッタリだが、この場を切り抜けるには暴力を脅しに使うしかない。
それに学生にとって三百万は目が飛び出るほどの大金のはずだ。即座に断ることはないはず。
そう思ったのだが、しかし。
「ハッ、下策ねぇシスター。それはアタシたちが金で靡くような女だと馬鹿にしてるのと一緒じゃない。それにねぇ……フタバ?」
「えぇ、本当にお馬鹿さんですよ。私たちに暴力を使うなんて……フフッ」
ナイフにも大金にもまったく動じない少女たち。それどころか彼女らはフィアを明らかに見下していた。
二人は戸惑うシスターに対し、まったく同時に言い放つ。
「「暴力で彼と争っても無駄――だって私たちの大切な人は、ヤクザなんだから」」
「は?」
そして、次の瞬間――教会の屋根が全て丸ごと蹴り飛ばされた!
ドガァアアアアアアアーーーーーーンンッ! という轟音が街中に響く中、驚いて空を見上げたフィアは恐怖することとなる。
なぜならば、これまで利用してきた一ノ瀬弓弦が、教会の頂に立っていた巨大な十字架をこちらに投げてくるのが見えたからだ――!
「死ね」
「ギャァアアアアアアーーーーーーーーーーッ!?」
夜空に響く大爆音。
半壊した教会の中より、巨大な十字架の激突音と悪女の絶叫が木霊するのだった……!