前哨戦篇
初めまして。夢喰と申します。
初投稿で非常に緊張しておりますが皆さまのいい暇つぶしになればと思い
キーボードを走らせました。
最初に言っておきますがこの主人公はすごくダサいです。
人間としても主人公としても。
でもそんなこいつが元気に走る姿は大好きです。
何が言いたいのかよくわからなくなったので前書きはこのへんで。
では、本編を心置きなくお楽しみください。
000
……………「雨…かぁ」
外か………
冷たい…寒いし…さっきまで俺…どこにいたっけ?
ダメだ…何も思い出せない。
俗に言う記憶喪失か…
「まるで映画や漫画の主人公みたいだな」
と、自分でいった台詞に思わず口角が上がる。
あぁ、今流行りの転生ものの主人公みたいに気取ってみるか…
「痛っ、ここどこだよ!てか、お前らかよ俺を召喚したのは!!」
「何ぃ!?世界を救ってくれだぁ?」
「お、俺が伝説の勇者だって!?」
「そんで、魔王を倒したら一国の王の座が俺の物になる!?」
「なら仕方ないから俺が世界を救ってやんよ!!!」
ご清聴ありがとうございました。
以上が異常な俺の異常行動でした。
もちろん周辺には誰もいないし、一応言っておくと俺は勇者じゃない。
俺はコンビニのバイトリーダー(自称)だ。
そしてここで不思議なことに気がついたが、
自分の名前と出身地が分からず何故かバイトリーダー(自称)ということだけ覚えている。
その他、言語障害も出ていないし…不思議な状態だ。
名状しがたいとは、まさにこの事だ。
という、面倒な言い回しも確かに昔からだった…はず。
先程から降っている雨も止む気配がないので、
俺は雨宿りができそうな所を探す旅に出ることにした。
………
どれ程時間が経過したか、
どれ程の距離を歩いたか、
何も見つからずその場に倒れこみ、
「本当に冷たい雨だなぁ…こりゃ氷雨だな…なら季節は…………」
ここが、晩秋から初秋あたりの季節ということが判明し
俺は意識を失った。
001
「んぁ~あ。ふぅ」
朝起きて8割以上の方がこの台詞を発するであろう。
何を隠そう俺もその8割りの一部である。
そして次はテーブルに置いてあるタバコを手に取り、口に加え火をつける。
大きく息を吸い込み、下を向いて「ハァ~~~」と吐く。
人によっては「フゥ~」派の人間もいるだろうが、残念ながら俺は「ハァ~」派である。
至福の一服を終え洗面台へむかい鏡を見る。
「相変わらず酷いクマだな…お前…」
鏡の向こうにいる自分にソッと話しかける。
人が見たら独り言に見えて奇行に思うかもしれないが、一人暮らしだとだいたい皆こんな感じだろう。
という偏見を持ちつつ、冷水を手のひらにためて6分目あたりで一気に顔面に押し当てた。
顎からポタポタと滴がしたり、首もとと床を結構濡らしてしまったが、俺は全く気にしない。
ふと、窓の外を見るときれいな快晴だった。
「にしても、暑いなぁ。」
引っ越して1年になるが、やはり暑いな。
引っ越し当時も夏本番に引っ越してきたが、その時は一人暮らしの妙なテンションで
暑さをあまり感じなかったが、1年以上経つとこの暑さに少し憤りを感じてしまう。
バイトの時間までは、まだまだ時間がある。
コンビニでバイトをしているが、あそこは天国だ。
クーラーがあって涼しいからだ。
部屋のクーラーは機嫌が良ければ、部屋の温度を下げてくれるが機嫌が悪いと反応すらしてくれない。
ちなみに今はご機嫌斜めだ。
「早くバイトの時間にならないかなぁ」
と、また独り言を呟く。
誰も見ていないから言うが、たまに奇声を挙げることもあるが、ご近所への配慮は忘れず
音量は一応さげている。
今一度言うが、一人暮らしだとだいたい皆こんな感じだろう。
ここは、海沿いの県で自宅から自転車で15分少々で海にいける。
近所には飲食店が多数構えており、24時間営業の薬局もあり立地は最高でさらに家賃も格安である。
事故物件で無いことは確認済みである。
悠々自適に過ごし2年になる。
目的があって引っ越したわけではなく突発的に
一人暮らしをしようと考え仕事を辞め引っ越してきた。
まだ、何者にもなれていないが、いずれ勇者にでも………
ん?何故勇者?
そこは、億万長者とかだろ!と自分にツッコミを入れたところで
違和感を覚える。
勇者というフレーズを一度は口にしたことがあると思うが、
どしゃ降りの中で勇者というフレーズを口にしたものは中々いないだろうが
俺には覚えがあった。
少しの沈黙の後、思い出す。
「そうだ。夢の中で…どしゃ降りで…倒れて…」断片的に思い出す。
主人公ごっこの事…雨宿りがしたくて歩き続けたこと…力尽きて倒れた後に誰かが俺に近づき
俺の背中に何度も刃物を突き立てた事…
最期に見たのは、誰かが握るナイフから滴る俺の鮮血だった。
002
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
激痛だ!本当に激痛だ!
立っていられず、俺はその場に倒れこんだ。
小学校の頃、俺のクラスメイトが工作の授業でカッターで指を切ってしまい出血した。
授業は中断し先生が保健室へ運ぶ。
俺達は血で汚れたテーブルを拭いて先生を待った。
少ししてから先生が教室に戻って来て、刃物の危険性を伝える授業になった。
その後、給食が終わり昼休みに突入する時に怪我をしたクラスメイトが帰って来た。
一斉に皆がソイツのところに向かい「◯◯君、大丈夫?」「あんなに血が出てたのに泣かないなんて格好いい」と女子達が一斉に声をかけた。
男子陣は遠くからその風景を傍観していた。
「4針も縫ったよ。まっ、痛くはなかったけどね」
その発言に女子達はさらに盛り上がり、「格好いい」「見せて見せて」と、まるでスターのように
もてはやされていた。
その女子達のなかにはソイツが好意を寄せている相手もいた。
俺は知っていた。
その子と近づきたくてわざと自分の指を切った事を…
作戦は見事成功したようだ。
しばらくして、
「いやぁ、さっきは正直ビックリしたよぉ」とさぁ、話題をもっと盛り上げてくれと言わんばかりに声高らかに近づいてきた。
仲間内で一番温厚なやつが空気を読んだのか
「本当に心配したぜ。大丈夫だったか?」
「いやぁ、本当に切ったばっかの時は火傷したんじゃないかと思うくらい熱くてね!」
「んで指をみたら切れているわけさ。焼けるように痛いんだよぉ。ビックリだよねぇ!」
ウザいなぁ。早く消えてくれないかなぁ。
そう思っているうちにソイツはまた女子達のもとに消えていった。
ちなみにソイツが好意を寄せている相手は俺も好きな子だった為余計に腹がたった。
そんな事を思い出す暇もなく痛い。
誰の台詞か知らないが、背中が焼けるように痛い。
背中に手を当てても濡れてはいない。
出血はしていないようだ。
やっとの思いで立ち上がり、洗面台へ再び向かい今度は鏡に顔ではなく背中を映し出す。
背中にある黒子から毛が出ていること以外は何もなかった。
痛みもよくなってきたので居間に戻り腰掛け、テーブルに置いてあるタバコに手をのばした。
「何だったんだよ…まったく…」
タバコに火をつけ大きく息を吸いこんだ。
病院に行くべきか悩んでいる最中に痛みは完全に消えていた。
時計を見ると、なんと16時だった。
バイトの時間は17時からなので支度をしないとと思い立ち上がりパジャマを脱いだ。
脱いだ後、ベットに投げる直前でパジャマに穴が空いている事に気がついた。
背中の部分である。
このパジャマは通気性がよく気に入っていたので軽くショックを受けた。
「次の休みに買いに行こう。」とボソッと呟きパジャマをベットに投げた。
着替えが終わり後ろポケットに財布を入れスマホ片手に玄関の鍵を解除しドアを開けて出る。
バイト先までは愛用のママチャリで向かう。
引っ越し当時に買った物だが最近はチェーン回りがキィキィ鳴る。
休みの日に綺麗にしようと思いつつも、いざその日になると別の事をしてすっかり忘れてしまう。
そんな愛車にまたがり目的地を目指してペダルをこぎだす。
パジャマの背中に空いた穴の事を気にしつつ。
003
バイト先に無事到着して朝シフトの人と交代してレジにつく。
客は誰もいない。
店内には最近は入った大学生と俺の二人きり。
時間的にはそろそろ忙しくなるので今のうちにできることを済ませてしまおうと思い行動する。
大学生も、見よう見まねだがしっかり働いてくれる。
そして予想通り、仕事終わりの独り身の方々や主婦、子連れなど様々な客…お客様が出入りした。
時たま、袋詰めに苦労している場面も見受けられたが問題はなかった。
地域がらなのかこの地域は非常に温厚な方が多い。暖かいからなのか?
そんなことをしているうちに店内もまた落ち着きを取り戻した。
一息つきながら大学生とたわいもない会話をしたまに来るお客様の対応を済ませ定時になるのを待った。
ちなみに俺は大学にはいかなかった。
高校卒業後そのまま就職したのである。
そのせいか、大学生の話を聞くとたまに羨ましく感じることがあるが、後悔はない。
と格好つけているが誰も気になどしていないだろう。
店の外に設置している灰皿を掃除に出ようと思い外を見ると小雨が降っていた。
本降りになる前に済ませようと思った最中、ザァーっという音と共に盛大に降り始めた。
ソッと掃除用具をもとの場所に戻して、大学生と共に店内清掃をすることにした。
天気予報を見てこなかったので傘など持ってきていないが店の入り口に設置してある傘立てに傘があった。
帰宅時に借りて明日返せばいいと思い回収。
休憩所にパクっ…借りた傘を置きに行った。
休憩所から出て再びレジに入ったあたりで軽快なメロディとともに自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませぇ」
元気に声を出す。
時計を見ると夜中の2時。俗に言う丑三つ時であった。
入店したお客様も時間のせいもあり非常に怪しく見えた。
黒いレインコートでフードを深くかぶり口元しか見えなかった。
さらに不審なのは入り口で立ち尽くし全く入店してこないのだ。
そうして1、2分経過後にようやく歩き始めた。
時間にしたら大したことないが俺の感覚では1、2時間程度入り口で立っていたように思えた。
歩き始めた客はそのままレジに向かってくる。
店内清掃をしていた大学生はこの異常な客については目もくれず、掃除に勤しんでいた。
そしてついに目の前に立たれた。
フードの先からポタポタと滴が垂れていた。
近づかれて気がついたが、この男の背は結構高かった。
「…番」
急に声を発した事とあまりにも声が小さかった為、全く聞き取れなかった。
「はいっ!?もう一度よろしいですか?」
殺される覚悟で聞き返した。
「23番1つ」
なんと拍子抜けすることにこの方はタバコを御所望であった。
緊張の糸がほぐれ変な心の中で日本語が出てしまった。
23番を取りに行きレジにてバーコードを読み取り
「550円になります」
男はポケットに手を入れ500円と100円を一枚づつ取りだし、それをテーブルに置いた。
お釣りを渡そうとした瞬間、今度ははっきりと
「背中…今度は刺されないように気をつけてねぇ」
その言葉に俺は固まり、男もお釣りを受け取らず23番のタバコをポケットに入れ店をあとにした。
出る際にも軽快な音と共に自動ドアが開く。
大学生が深夜のテンションなのか元気いっぱいに「ありがとーございましたぁー!」と声を発する。
その声でハッと我に返った。
まだ、外はどしゃ降りだった。
004
その後は、何も問題なく時間が過ぎ早朝シフトの人と交代して帰路につく。
勿論、傘はありがたく使わせてもらった。
帰っている最中に雷も鳴り出した。
帰宅後時計を見ると4時を少し過ぎるあたりだった。
いつもなら、シャワーを浴びて歯を磨いて寝るのだが、今夜は全く眠くないのだ。
しかしただボーッとしていても仕方がないのでシャワーは浴びることにした。
俺は夏でも風呂、シャワーは熱いのが好きだ。
45度設定から変えたことがない。
実家に戻るといつも風呂がぬるく感じるため内緒で温度をあげるのだがそうすると
次に入る親からいつも文句を言われる。
これが実家に戻った時のお約束の流れだ。
一人暮らしはいい。
誰も風呂の温度で文句も言われないし…なんて考えつつシャワーを全身に浴びせた。
ふと、今朝の背中の痛みがフラッシュバックし軽くえずいてしまった。
まだ、鮮明に覚えている強烈な痛み…
そして思い出す。先ほどのフード男の台詞…
「背中…今度は刺されないように気をつけてね」
ゾッと背中に悪寒が走り膝をついて座り込んでしまった。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い…
どうしよう…どうしよう…どうしよう…
いや待て、アニメでも見て忘れよう。
そうだそうだ!最近はバイトが忙しくて全くアニメを見ていなかった。
だから夢見も悪いんだ!
そうと決まれば善は急げだ!さぁ、立ち上がれ!
必死に自分を鼓舞することでようやく立ち上がる事に成功しタオルで体を拭きパンツを履いて
テレビの前で腰掛けた。
「さぁて、なに見るかなぁ」
「オタクニウムが大量に摂取できる作品がいいなぁ」
ちなみにオタクニウムとは、萌え要素が非常に高い作品から放出される未知の分子であり
俺はそれを吸収し己の力とすることができる唯一の個体である。
「っても転生や転移ものばっかりだなぁ」
どちらかと言えば、俺…拙者は学園ものが好みであり転生ものはあまり興味がないのでござるよ。
「『ニートが転移したら勇者だった件!』『転生したら魔王でした!』ってどれも同じに見えるし…」
転生や転移ものは確かに昔からあったが、あの名作が火付け役となりそこから爆発的に増えた。
その後は本屋で新たな一冊を探すためラノベコーナーに向かうもどこもかしこも
「転生」「転移」「転生」「転移」となっている文化に拙者は苦言を呈したい。
と、いちバイトの若造が吠えたところでなにも変わらないんだけど。
「しょうがないから絵で決めるか…」
拙者はあまり声優にはこだわらないたちである。
「転移ねぇ…」
あの夢の中の出来事も現実の痛みという結果が現れた時点で転移として分類されるのだろうか。
昔ネットで夢の中で転んで目を覚ましたら膝に怪我をしていた女の子の記事を読んだことがあるが、
それと同一なのか…
ダメだぁ…まったくアニメに集中できない。
ゴロゴロピシャーン!!!
轟音とともに落雷が発生した。
かなり近くだが、どこかに落ちたのだろうか?
先の落雷時には一瞬明るくなったのだが、大雨のせいで外は真っ暗闇が続いている。
「一応カーテンは閉めておくか」
薄手のカーテンは常に閉まっており日中は日差しを遮って、多少の光を部屋に届けてくれる。
その上に完全に光を遮断する厚手のカーテンが控えているという二重構造なのだ。
いやまぁ、大袈裟にいってるけどただのカーテンです。
立ち上がり厚手のカーテンに手をのばしたところでもう一発
ピシャーン!!!
一瞬パッと明るくなった外…
通常視界にはベランダの柵が見えて、そのむこうにはお隣さんの愛車の軽自動車が見えるはずだが今夜は
違うようだ…
視界に入ってきたのは、黒いレインコートを着ておりフードを深く被った男の姿が目の前に現れた。
さっきタバコ買いに来た奴か?…いつから立ってた…ってか何故俺の部屋を覗いている?
こうなると完全に視界はフード男をとらえた。
次のフード男の行動はいたってシンプルで被っていたフードを脱いだ。
そして…ニタァっと効果音が聞こえそうな顔で笑った。
その瞬間俺の意識がフッと飛ぶ…
…フード男顔が脳に焼き付いた…
…目元から口元まで大きく残る切り傷…その素顔はどこかで見たような顔だったが…覚えていない…
そんなことより、今後は厚手のカーテンも帰宅後はしっかり閉めようと
心に誓ったのでした。
005
………………「また…雨…かぁ」
外か………
冷たい…寒いし…さっきまで俺…どこにいたっけ?
ダメだ…思い出せない……
ん?また??またって何だ???
俺は知ってるぞ…
またって言葉は一度体験したから出てくる言葉だろ…
鼓動が速くなる。
雨の音にも負けない脈打つ音が聞こえる。
落ち着け落ち着け落ち着け………
整理しろ…何があったのか…
朝起きてタバコ吸って、バイト行って帰って来てシャワー浴びてアニメ見て…
カーテンを…カーテンを…
あの男の顔が甦る…
「ウ、ウ、ウァーーーーーー!!!!」
この歳になってこんな絶叫をするとは思わなかった。
それ以前に俺の喉からこんな音が出せた事に自分が一番驚きだ。
そのまま尻餅をつき地面に座り込む。
お尻が冷たい。ズボンに雨が染み込んでくるのが気持ち悪いが、いかんせん起き上がれない。
大丈夫…座りながらでも確認でることはある。
まずは服装だ。
茶色のチノパンに灰色のパーカー。
靴は普通のスポーツシューズ。
うん。俺の私服じゃない。
腕には何も着けておらず
ポケットの中にはビスケットは入っておらず、くしゃくしゃの一枚の紙が入っていた。
それを濡らさないように注意しつつ広げた。
『お前が………変えろ………が……そこ…る』
所々が掠れて読めなくなってしまっている。
大分古い紙だが文字は日本語だ。
「なんだよこれ…しかも肝心なところが抜けてるし…さらに字が壊滅的に汚い…」
裏面には数字の羅列が残っている。電話番号だ。
その紙を綺麗にたたんで今一度ポケットにしまった。
さて、俺はここで考える。
記憶通りにいけば、雨宿りができる場所を探して歩き始め途中で力尽き倒れる…そして殺される。
ならばここでひたすら雨が止むのを待つのもいいかもしれない。
もし襲われても体力があれば対抗できるかもしれない可能性がある。
これでも昔は空手を習いそこそこまでいけた男だからな。
懐かしいなぁ。道場の皆は元気かなぁ。
師範にも会いたいなぁ。
なんて事を考えていたら少し元気と落ち着きを取り戻した。
よし。止むのを待とう。
だがこのまま雨に打たれるとさすがに風邪を引いてしまう。
あたりを見渡し雨宿りの策を練ろうと考えたが辺りは草原。
何も傘になる素材がない。
「パクった傘が持ち込めたらなぁ…」
寒い…どのくらい時間が経ったのだろう。
雨も止まないし誰も来ない。
座っているだけなのに疲れた。
あぁ、この感覚もわかるぞ…
歩き疲れて倒れた時もこんな感じだった。
危機感を感じた俺は、思いっきり頬に平手打ちをお見舞いした。
「寝たら死ぬぞ」っと雪山で遭難した登山者なみに自分に言い聞かせた。
まぁ実際俺は遭難したことはないので分からないが、こんな感じだろうというのは伝わった。
その後、遭難した登山者ごっこをしていると、
ザッ、ザッと背後で歩く音が聞こえた。
全身の毛が逆立ち、また鼓動が速くなる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い…でもっ!!
決死の覚悟で勢いよく振り替える。
回転しながら猫足立の構えをとる。空手の技の一つだ。
目を見開き背後に立つ存在を凝視した。
「キャ!!ビックリしたぁ。なに突然?」
目の前立っていたそれは、一瞬肩が上がりゆっくり正常な位置に戻った。
言葉通りビックリしてくれたようだ。
声と背丈からして女性…いや女の子のようだった。雨ガッパにフードを頭にかぶり傘をさしていた。
女の子だからといって警戒心を解いてはいけない。しっかり間合いを意識しつつコミュニケーションを試みる。
「お前は誰だ?」
「初対面でお前呼ばわりは失礼ね!」
なんと、しっかりこちらの言葉も伝わるようだ。
「失礼した。あなたは誰で、ここはどこだか教えてほしい」
「その変なポーズやめたら教えてあげる」
仕方なく俺は立ち方を通常に戻した。しかし警戒心はMAXである。
すると何故か彼女の方は仁王立ちになった。
しかも持っていた傘は脇に抱える形で器用に支えていた。なんなんだ、この子は。
「私はキリエ・ロックバスター」
おいおいとんでもない名前だ。キリエは桐江なのだとしてロックバスターってなんだ?
ハーフか?
そして彼女は地名について続けた…
「西都ライハットよ!!」
ついに耐えきれなくなり俺は、人生初の爆笑をしてしまった。
006
俺は生まれてこの方、笑うということに関して非常に乏しい存在だった。
勿論、笑いはするがそれは周りに合わせる形でだ。
実際一人暮らしをし始めてから部屋で笑ったことはあまり無い。
ましてや呼吸困難になるほど笑ったことは一度もない。
そう、今を除いて。
「アハハハッハハハッゲフッゲフッフフ」
笑いすぎて息が出来ない。気持ち悪くなってきたが止められない。
俺を殺した相手を見つける前に笑い死んでしまう。
不謹慎だが実際笑い死ぬこともあるらしい。
「な、何がそんなにおかしいの!?普通の事を言っただけなのに…」
「いっ、いやっ、君の名前もそうだけど、ちっ、フフ、地名もぶっ飛んでてっハハハ」
「何よ!!私の名前がそんなにおかしい!?ロックバスター家は由緒正しい王族なのよ!!」
おいおい、ロックバスターが苗字なのか!!しかも王族ってなんだ!!
ダメだ、コミュニケーションを取りたいのに笑って会話にならん。
「なによぉ…なんなのよぉ…」
あぁ、ダメだ。この子泣く。
まだ幼い子を泣かすなど俺は断じてできん。
我慢だ。そうだ、空手のキツかった修行を思い出せ!!よーし辛くなってきたぞぉ。
そして少し落ち着きを取り戻せた俺は、言葉を振り絞った。
「ごめんね。突然すぎてさ。」
「突然って…そういえばあなたは今までどこで育って何でこんなところにいるの?」
よかった。どうやら泣かせず済んだみたいだ。
「俺は日本っていう国で育って、何故か目が覚めたらここにいた」
「えっ?なにそれ!?日本!?ってどこ?」
いや、俺が聞きたい。
「名前は?」
「それも分からん。ここに来る前はしっかり名前があったんだけど…」
「ふ~ん。あっ、もし良ければ家くる?こんなところで話してても風邪引くだけだよ」
その提案について俺は考える。
付いていって本当に危険はないだろうか?だが殺されたのは外だった。
なら付いて行った方が安全ではないだろうか。
「なら、お願いしようかな。確かにここにいても濡れるだけだしね」
「うん!決まり!そしたら私に付いてきなさい!!」
空いていた腕を高く天につき伸ばし、旅行ガイドさん並みに先導してくれた。
う~ん。だんだんこの子が可愛く見えてきたな。なんて思いつつ傘を俺が持ち人生初の相合い傘を体験した。
007
「ところでキリエたんは何であんなところに一人で?」
「ん?たんって何?」
「こりゃ失敬。キリエちゃんは何であんなところに一人で?」
「散歩だよ」
「散歩って普通晴れの日にしないの?」
「あぁ、私太陽の下に出られないの」
おやおや、もしや吸血鬼属性もお持ちなのかな?
高飛車泣き虫吸血鬼幼女かぁ。オタクニウムを摂取するには十分な素材だな。
「何で太陽の下に出られないのって聞いていい?」
「うん。ロックバスター家は代々吸血鬼の家系だから。」
キタァーーーーーーー!!ビンゴ!!
「けど私って太陽を見たこと見たことないのよ」
「そりゃあそうだろ。吸血鬼っていったら太陽とにんにくが天敵なんだから…って吸血鬼!?」
「そっ、私みたいなのを吸血鬼っていうんだって」
「じゃ、じゃあ人の血を吸ったりコウモリに変身したりするの?」
「血なんか飲まないわよ!気持ち悪いこと言わないでよ!」
「いや、でも吸血鬼っていったら俺の知識だと、そんな感じなんだけど…」
「飲まないし、コウモリってのに変身もしない」
するとキリエは唇を軽く指で上げて見せた。
「これが吸血鬼の特徴なんだって」
持ち上げられた唇の奥に鋭く光る長い八重歯があった。
人間のそれとは明らかに違う。もしかしてこの子本当に吸血鬼なのか?
俺の頭が重く痛くなってきた。
こんな時、俺には奥義がある。合理化だ。
ここは異世界で、この子は吸血鬼だ………………
ダメだぁ。頭が追いつかん…キリエたんは相当な電波系のようだった。
「あなたは太陽って見たことある?」
キリエが正面を見つつ質問してきた。
「ああ。あるよ。最近はむかつくけどな…」
「なにそれ」あははと笑いながらキリエたんは続けた。
「ライハットには太陽はでてこないんだぁ…」
設定が凝っている…なんてことを考えつつ新たな疑問も浮上していた。
ここでこれを聞くことにより一層頭痛の種がまかれる事は承知の上で俺は聞いた。
「地球って知ってる?」
「地球?何それ?」
…………もしかして、認めたくないし否定したいし背けたいがここって異世か………いやいや違うだろ。
そうか!!そうだ、夢だ。そうだったそうだった。
途中で覚めた夢がもう一度寝ることにより続きから再生される経験は皆あると思うがこれもそれだ。
夢なら覚めたら終わり。なら現状を楽しむというのはどうだろう。
幸いな事にこんな可愛い子と相合い傘ができている現状を楽しもう…
と言いつつ、俺は察していたかもしれない。ここが異世界であることに…
なんてことを考えているとキリエが口を開いた。
「ねぇ。私の話ばかりじゃなくあなたの話も聞かせてよ。日本だっけ?そこの話とか」
「そうだね。日本は………あれっ?」
おいおい、どうした?
なんか記憶に霧がかかっているように断片的に思い出せなくなっている。
どうなってるんだよ………
「だ、大丈夫?や、やっぱいいや。話したくなったらまた教えてね!」
キリエの方を向くと困った顔になっていた。しまったな。
「日本…ってどこかで聞いたような…」
キリエはボソッと呟いた。
「えっ、何か言った?」
「な、何でもないよ!そ、そうだ!天気の話でもしようよ!」
キリエから切り出した。
天気の話ってあんまり仲の良くないやつと話すネタの常に上位に君臨してるネタじゃないか…
「いいよ。しよう」
「どしゃ降りだね。昨日もどしゃ降りだったんだよ」
「へ、へぇ。そうなんだ」
「うん」
はいっ。シューリョー。会話シューリョー。
自分のボキャブラリーの無さをこんなに恨んだ事はない。
「あっ、家見えてきた!!」
たっ、助かったぁ。
殺されずに済んだ助かったと雰囲気がめちゃくちゃになる前に目的地に着くという
二重の意味で助かったぁ。
「あれが、家?」
ってか、城じゃん…
「そっ、あれが私の家。ロックバスター城よ!」
王族っていうのは本当だったんだ。
しかも王族の娘に拾われるなんて、マジでラノベの主人公みたいじゃん。俺。
城の外観の話で盛り上がりつつ到着した。
歩いている最中に城下町が見えたが皆普通に生活していた。
そう。俺が今気になりだしたのは時間である。
「キリエちゃんところで今は何時頃なのかな?」
「うぅ~ん?何時って何?」
なんと時間という概念がこの世界には存在しないのか?
普通のラノベなら一切躓かない部分だろうに…
なんて事を考えていたら城の正門に着いてしまった。
「ただいま!門兵さん!」
キリエは満面の笑みで門兵に挨拶を交わし開門を申し出た。
ちなみにキリエたんの挨拶にもピクりともせず無愛想に開門した門兵を俺は睨み付けた。
ギィーーーーー
豪快な音と共に門が開き、目の前に城の正面全貌が現れた。
昔、家族と行った夢の国をモチーフにした遊園地の城を思い出した。
俺の唖然とした顔を見て、すかさずキリエが再び俺の正面に立ち
「これが私の家でありこの国の象徴の一つ!ロックバスター城よ!!」
先ほどと同様の仁王立ちに傘を脇に挟む高等技術を再度見せてもらった。
「すげぇ」
心からの声が出てしまい、それを聞いたキリエがさらに嬉しそうに続ける。
「このロックバスター城、いえこの西都ライハットには完全な結界が施されており、決して魔の者は近づけないようになってるの」
「さらに……………!………!……!」と何かを語っていたようだが俺の耳には全く入ってこなかった。
スマホで写真を取ろうとポケットに手をいれるが肝心のスマホは入っていなかった。
それもそのはずで、俺のズボンではないからだ。
ようやく現実離れした景色に区切りがついたのか、今度は自分の服装が気になりだした。
先ほどチラッと見えた城下町の人々の服装もやはり現実離れした、
というか古風な服装だった事を思い出した。
やはりこの服は現実世界の物なのか?という事に思考を巡らすとますます自分の立ち位置が分からない。
どうやら、市販のラノベの知識は全く役にたたないという結論には到った。
「ねぇ!聞いてるの!?」
目の前で頬を膨らますキリエが立っていた。
いや、ほんとかわいいな…この生物。
「あぁ、勿論聞いていたよ。すごい建物なんだね」
しまった、フワフワした回答でしかも聞いていなかった事が丸分かりの発言ではないかと思ったが
「そうなのよ!分かればよろしい。さぁ、ついていらっしゃい!!」
キリエは上機嫌で大手をふって先導した。
門から少しの歩くとレンガ作りの橋があり、それを渡ってついに城の正面口に立った。
近くで見ると大きすぎて特に感動はなかった。
親父の名言もとい迷言で『芸術と女は遠くから見ろ』という言葉がある。
まさに今の現象にぴったりの言葉だった。
親父とお袋は元気だろうか…
最後にあったのは1年も前になる。
自慢では無いが一家は非常に仲がいい。
話題は新作ゲームやアニメと話題が尽きず、常に誰かがしゃべっていた。
そして、弟が一人いるのだが非常に癖が強くあまり家族の会話には参加してこなかった。
歳は今年で二十歳になる。
良かった…家族の記憶は消えていないようだった…
消えている記憶と残っている記憶についてはおいおい解決しようと思い我に帰るといつの間にか正門が開いており中でキリエが手招きしていた。
『考え事をすると周りが見えなくなるよなぁ。お前』誰かに昔言われたな。誰にだったかな。
内装は派手さのなかに落ち着きのある装飾で飾られていた。
「少し前のアニメで主人公が招待された城もこんな感じだったなぁ。あぁ、あれも転移ものだったっけ」
俺が装飾品をまじまじと見ていると、キリエが近づいてきた。
「どう?すごい?すごい?」
からかってやろうかと思ったがさすがにやめて素直な感想を述べた。
「あぁ、どれもとても綺麗だ」
「フフッ。母が内装を手掛けたのよ!」
「お母さんの事、キリエちゃんは好き?」
「うん!大好き!」
「そっか」と返しキリエの方を見るとすでに雨ガッパは脱いでいた。
そして改めて彼女のの全体像を見る事ができた。
髪はセミロングで、とても美しい白…いや銀髪だった。
肌は透き通るような白肌で瞳は深紅だった。
なるほど吸血鬼の典型パターンであった。
歳の見た目は中学生あたりといったところだろうか。
一応報告しておくと胸元は綺麗な地平線だった。まぁ、拙者は貧乳派なので願ったり………
と観察していることがバレて胸元を覆いつつ軽蔑な眼差しで俺を睨み付けていた。
「何見てるのよ!この変態!」
あぁ、御馳走様です。
「お嬢様。お帰りなさいませ」
背後から突然声がし俺は思わずドキッとした。
「あっ、爺や!ただいまぁ」とキリエは足早に爺やと呼ばれた老人に近寄った。
「爺や、紹介するね。さっき会った私の友達で日本っていう所から来た名前は…う~んと…」
「あっ、はじめまして。俺はさっきキリエさんに出会ってここまで連れてきてもらったんですが…そのぉ、記憶が少し欠落していましてぇ…その…」
そうだ。よくよく考えたら俺はさっき知り合ったばかりの他人で、そんな他人が家に…城に来たら誰だって怪しむだろ!なんて事を考えていたら爺やから
「キリエお嬢様が連れてきた方なら誰であっても大切な方です。詮索はいたしませんのでどうぞおくつろぎください」
なんてできた人だ。日本にもこんな人ばかりならもっと素晴らしい国になるだろう。
「ありがとうございます。本当にお恥ずかしい話ですが、実は名前まで忘れてしまっておりまして」
「なんと。それは大変でございますね」
「あっ、爺や!私たちで彼に名前をつけてあげるのはどう?」
待て、キリエたん何故爺やに問う。
「そうですね。いささか名前が無いのも不便でありましょうし」
そして爺やも何故ノる。
って、ここで茶々をいれてもややこしくなるだけだから好意に甘えるか。
「ならば爺やから一つ。う~む。クソムシというのはいかがでしょう?」
ん?
「ねぇ爺や、クソムシってどういう意味?」
「ホッホッホッ。立派な方に授ける勲章のようなものでございます」
「へぇ!いいじゃん!じゃああなたは今後クソム…」
「待ったぁぁぁ!!」
俺の横やりに二人はポカンとしている。いや、ポカンとしたいのは俺なんだが。
「じ、爺やさん?おかしいと思うのは俺だけですかね?」
「ホッホッホッ。日本とこちらで同じ言葉でも意味が違うのかもしれませんえぇ。ホッホッホッ」
いやいや、わざとだろこのじじい。
「か、かも知れませんが俺、ちょっと嫌かなぁ…なんて…」
「えっ、キリエたちがつけた名前じゃ嫌?」
あぁ、キリエたん。そんな潤んだ瞳で見ないでくれぇ…
「えっ、あっ、嫌じゃないんだけどかっこよすぎて俺にはちょっと勿体ないかなぁと思ってさ」
苦しい。何故俺がクソムシの代弁をしなきゃならないんだ。
「そ、それにクソムシって言いにくいじゃん!だからさっ」
「そういうことか。そっかぁ、じゃあ爺や他の名前にしようか」
「チッ、ホッホッホッ。そうですな。」
えっ、このじじいさっき舌打ちしなかった?
「名前無し…名無し…ナナシ!ねっ、ねっじゃあ『ナナシ』はどう?」
ナナシか…まぁクソムシの1000倍ましだな…
「うん。いい名前だね。キリエちゃんありがとう」
「えへへ!どういたしまして!」
笑みと誇らしさを全面に押し出した顔をこちらに向けた後、爺やの方に向き直して
「爺や!聞いてる?名前決まったよ」
「う~む。ゴキブ…なんと決まってしまいましたか。お役に立てず申し訳ありません」
おいおい、このじじい俺をゴキブリ呼ばわりしようとしてなかった?
「ナナシ様ですね。うむ立派な名前でございますね…ハァ」
明らかに残念そうなため息をつくなよ。なんなんだ、このじじい。
「じゃあ、私着替えるから着替えが終わったら食事にしましょ。爺や、用意して」
「かしこまりました。ではナナシ様、ホールへご案内いたします」
そういうと、キリエはすたすたと自室に向かっていった。
そして俺と爺やさんのふたりでホールへ移動となった。
「ナナシ様…」
「はいっ?」
爺やさんの後ろをついていく形なので顔は見えず、突然の呼び掛けに動揺した。
「キリエ様は由緒正しい王族であります。今後は先ほどのように全身を舐め回すように見つめる行為はお辞めください」
「いや、別に俺はそんなつもりで…」
と否定する間もなく爺やが続ける
「もし万が一、再びそのような行為をお見かけした際には…貴様を死ぬより辛い目に逢わせてやるからな…」
あぁ、見える。背中越しに鬼の形相が見える。あぁぁ、怖いなぁ…
「はい。すみませんでした」
自分が悪くなくても謝るという社会人ルールを俺は異界で知った。
008
ホールにてキリエの到着を待った。
にしても広い。このホールだけでも我が家の3倍以上の広さがある。
ここで夜には舞踏会等が開かれるのだろうか…という空想が進む。
すると爺やさんがホールのドアを開けキリエが入ってきた。
「お待たせ。じゃあ食事にしましょ」
爺やさんは一礼後ホールを後にし、その後は次々と料理を運んできた。
運ばれてくる料理はどれも見たことが無い食材ばかりで輝いていた。
さらに、キリエ曰くこの数々の料理は爺や一人で作っているのだという。
あのじじいの事だから毒でも入れたのでは?と若干心配したが問題はないようだった。
料理の中で特に目についたのは透明のスープだ。
一見深皿に何も入っていないように思えたがスプーンを入れてそこに液体が入っていることが分かった。
キリエに「どの料理もすごいな」という感想を挟みつつ食事を楽しんだ。
そういえば誰かと食事をするなんていうのも久々だった。
バイト先でも食事に一緒に行くような仲の人もいなかったので基本一人だった。
しかも、もし誘われたとしても俺は断っていただろう。
俺は大人数での行動が非常に苦手で単独を好む傾向があった。
休み時間には自由帳に自分の考えたモンスターの絵を描いて遊んでいた。
しかしクラスメイトの男子のまとめ役が俺の近所に住んでいたこともあり、よく俺に付きまとった。
そうなると必然的に俺が副リーダー格に持ち上げられて、嫌だったが常に俺の周りには人がいた。
そのまま一貫校という特性上俺は常に副リーダーだった。
社会人になっても嫌々ながら付き合いで遊んだりはしたがつまらなかった。
そんなうわべの付き合いに嫌気がさし俺は引っ越したのだった。
うむ。やはり覚えている。
幼少期から社会人までの記憶は整っている。
消えているのは主に
【名前】【衣服をいつ変えたか】【どうやってライハットに来たか】【故郷(日本)について】
そして【ダレニコロサレタノカ】【ナゼモドッテキテイルノカ】だ。
細かい話をすると、ポケットにある妙な紙切れも全く覚えがない。
問題は山積みだ。何せ日本への帰りかたも分からないのだから。
って一人で考えても仕方ない。キリエに色々聞いてみるか…
俺は本当にこの子を信用していいのだろうか…
「いかがでしたか?」
爺やさんが俺の食べきった料理の皿の回収に来ていた。
「どれも見たことない料理で本当に美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ホッホッホッ。それは良かった。食後にお茶はいかがですか?」
「いただきます」
出てきたお茶も嗅いだことのないい香りを放つ紅茶だった。
ほんのり甘く後味が深い食後にピッタリだった。
「これは【千年樹】という千年ピッタリに葉を生やす樹木から取れた千年草という大変貴重な葉から作った紅茶になります」
俺が今まで口にした高級食材とスケールが違いすぎる。
もしかしてさっきまでがっついた食事にもそのレベルが潜んでいたのか…
怖くて聞けなかった。
そんな中で気がかりが一つ。キリエの両親が何故登場しない?
「キリエちゃん。お父さんとお母さんに俺、さすがに挨拶しないとまずい気がするんだけど…」
「えっ、あぁ、大丈夫大丈夫。今は私以外皆隣国へ会議に出てるから」
出張中であったか。そんなタイミングでよく俺を招いてくれたな。
「ねぇ、そんな事よりナナシの身辺調査しようよ」
「そうだね。もしよかったら爺やさんも参加してくれませんか?」
「ホッホッホッ。こんな老いぼれの知恵で良ければ是非お使いください」
いやいや。知ってますよ。あなたが殺気を出しながら俺を監視していたことは。
「じゃあ早速だけどこの世界について聞きたいことがいくつかあるけどいいかな?」
「勿論!私がドーンっと答えてやるわ!」
「あぁ、お嬢様。立派になられて…爺や感激!」
やりにくいが続けよう。
「まず一つ目だけど、この世界には時間の概念が存在しないようだけど皆はどんな生活をしてるの?」
「えっ、じ、じかん?が、がいねん?」
ダメか…キリエたんにはちょっと難しかったかなぁ…
「民衆は『感覚』で動いております。ライハットには他の都と違い『時間』が存在しないのです」
「時間がない?ちなみに暦は進んでいますか?」
「進みません。おっと失礼…」
何かを呟き爺やが指をパチンと鳴らすとキリエが座ったまま意識を失ってしまった。
「っ、キリエ!!」
「お静かに。眠っていただいただけにございます」
「な、なぜ?」
「ナナシ様のご質問がキリエ様の耳にはいれたくない質問でしたので…」
爺やの方からキリエの方に視線を移す。
寝息が聞こえる。気持ち良さそうに寝ている。本当に可愛いなぁ。ハッ!
爺やから鋭い殺気が向けられていた事に気付き話を戻した。
「き、聞かせたくないってどういう意味ですか?」
「ナナシ様。今からする話を決してキリエ様にはお伝えしないことを、まず誓ってください」
俺は戸惑った。なぜキリエに話してはならないのか。そしてなぜそんな機密事項を俺に条件付きとはいえ
教えてくれようとしているのか。
だが、俺は言う。堂々たる態度で俺は言う。
「誓います。だから教えてください」
「かしこまりました。少し長い話になりましょうから新しいお茶をご用意いたします」
「あ、あぁ。ありがとうございます。」
お茶のおかわりを爺やさんが用意している間、俺は眠っているキリエを見つめた。
君があの草原で俺を見つけてくれてなければ、俺はきっと殺されていた。
そして君がここまで連れてきてくれなかったらこんな話もできなかっただろう。
ありがとう。キリエ…
「おい、小僧…」
はい。感動のシーン台無し。
009
「ナナシ様。もうお気づきでしょうが、ここは地球でもあなたが見ている夢でもありません。異世界です」
平坦な口調で爺やは言った。
その言葉を俺は聞いて驚きはしたがすんなり受け止められた。
異世界ものを見続けていたからではない。
覚悟していたからだ。
若干震える指で俺はカップをとり、お茶をすすった。うん。美味しいお茶だった。
そして俺は返した。
「でしょうね。だろうなぁとは薄々思ってましたよ。夢オチも期待したんですがね」
「ホッホッホッ。飲み込みが早いですね。私の時とは違って」
ん?なんだって?私の時?まさかこのじいさん…
「そうです。私ももともとナナシ様と同じ日本で育ちました」
「そうなんですか!?」
「シッ。お静かに…と言う方が無理がありますよね。キリエ様を寝室へお運びしますので少々お待ち下さい」
そういうと爺やはキリエをお姫様だっこで持上げホールをあとにした。
手の震えがさっきより酷くなり、額から変な汗が出始めた。
しばらくして爺やが帰って来た。
静かに椅子に腰掛け続きを話始めた。
「突然でした。目が覚めると草原で目を覚ましたのです」
「えぇ。自分も同じです」
「そこからナナシ様と同様に記憶に欠落部分が多くある事に気がつき私は路頭に迷いました…」
俺は嫌な予感がしつつ黙って話を聞いた。
「そして私は出会ったのです。キリエ様に…」
「爺やさん。キリエちゃんにあった当時の姿と今の姿は…」
「お察しの通りでございます。変わっておりません。そして私もこちらの世界に入ってから年をとっておりません」
『時間という概念がない』その言葉が俺の頭のなかで復唱された。
「爺やさん。これは感覚的な話になるでしょうから分かれば教えてほしいのですが、こっちに来てどのくらいになりますか?」
「およそ100年といったところでしょうか」
「も、もとの世界に帰る…ほ、方法は…?」
「焦る気持ちは分かりますが、その話をする前にライハットの…いやロックバスター家の歴史のお話をさせてください」
「な、なぜ……」
「それがナナシ様が日本へ帰る方法に直結するお話だからでございます」
俺は気持ちを落ち着かせゆっくり頷いた。
「では…」
これから語られるのは歴史と言っていた。
俺は歴史の授業が大嫌いだった。
過去を勉強することになんの意味があるのか理解できなかったからである。
当然、歴史のテストは常に最悪で教師からも疎まれていた。
そんな俺が今は歴史の話を聞くことに非常に乗り気になっていた。
自分の目的のためなら人間の気持ちなんてこうも簡単に変わることに若干嫌気を覚えつつ爺やの話に
耳をかたむけた。
この授業は眠らず受けられるようだ。
010
『西都ライハットはロックバスター家により統治されております。
海が近いことから漁業も盛んに行われており特産品として虹の甲羅を持つ虹蟹が絶品であり他の国々から非常に高い支持をいただいており……ん?そんな話はどっちでもいいですと?
うむ。確かに路線が外れてしまっておりましたな。失敬。
ライハットの最大の特徴は【雨が止まない】ということにあります。
地形の関係か原因は不明ですが雨が降り続くこの地では
ロックバスター家が唯一生活に苦労しない土地と言えます。
さて、前置きが長くなってしまいましたがこれからキリエ様に拾われたこの老いぼれめの歴史の話をさせていただきます。
しかしどこから話したものやら…
やはり最初の日からとなりますが、話すにはいささか時間がたちすぎておりますゆえおぼろげな部分もありますのでご勘弁ください。
草原で私は目を覚ましました。
豪雨でした。
視界のほとんどが奪われた状態でさらには全く覚えのな居場所に一人ということもあり、非常に恐ろしくなりました。
そんななかでした。一人の少女がこちらに近づき話しかけて来たのです。
「そんな所で何をしているの?おじちゃん、風邪引いちゃうよ」
警戒しましたとも。しかし立ち止まっても何も始まらないと思い少女の話を聞くことに。
私も日本の話をしました。
少女は私の話に非常に興味を持ち、「その話をお父様にもしてくれない?」
そしてあなたと同様にこの城に導かれキリエ様のお父上、つまりは王様に謁見することになり、
王は非常に寛大な方で見ず知らずの私に食事と衣服を与えてくださいました。
王はライハットについてと自分の一族についての話をし、
そこで私はここが地球ではない異世界であることを実感しました。
「帰る…に、に、日本に戻る方法を知りませんか!?」
「落ち着け異界の者よ!術については賢人に探らせておる」
王の一喝により落ち着きを取り戻したのち王は笑顔で続けました。
「貴殿は必ず戻れる。わしが約束しよう。」
根拠のない約束は本来嫌いであったが、今は心地よかった。
「どうじゃ。もしよかったら酒でもやりつつ貴殿の話を聞かせてくれまいか?」
私が返答する間もなく「決まりじゃな!今夜は晩餐じゃのう!」と号令をかけた。
そして、その夜
「いやぁ、貴殿の話は実に愉快!!キリエが気に入るのもうなずける」
「して、我々のような種族の事を吸血鬼というのも知らなかったわ!物知りじゃのう!」
聞けば吸血は民が自主的に王族へ血液提供をしているとのことで民からも王への信頼も厚かったそうな。
「キリエにはまだ、吸血については話しておらん。定期的にジュースや料理に混ぜて摂取させておる。内緒じゃぞ」
と、おちゃらけた表情で話してくれました。
「妻にも貴殿の話を聞かせたかった…キリエの出産直後に死んでしまってな…」
「あんな思いは二度とごめんじゃ…」
このセリフだけは今でもはっきり覚えております。
涙を浮かべたあの表情も…
「王様。助けてもらった恩返しがしたいのだが…」
酒も入っていたこともあり、帰還より恩返しがその時は先行しておりました。
「なら一つ頼みがある」
「何なりと!」
「近いうちに隣国で会議があり出席しなければならん」
「ワシが留守にする間、キリエの面倒をみてくれぬか?キリエも貴殿の話をもっと聞きたいようじゃったしのぅ」
「勿論です!」
「そうか!ではよろしく頼む!貴殿の帰る方法はわしらに任せよ」
本当に楽しい夜だった。60年以上生きていてあんなに楽しい酒は飲んだことがありませんでした。
そして次の日より私の執事としての生活が始まったのです』
--------------
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「あっ、いただきます」
ホールにはお茶の注がれる音だけが響く。
「では続けます」
-----------
『執事として三日程経過した頃でしょうか、
「爺や!散歩に行ってくる!」
「あっ、キリエ様もしよろしければ爺やと買い物に行きませんか?」
「いいわね!一人で散歩行くのもつまらないなって丁度思ってたの!」
ちなみに【爺や】という呼ばせ方は私が教えました。
なにせ自分の名前を忘れておりましたし、
夢でございましたので…ってにやけるなですと。失礼な笑みがこぼれただけにございます。
さっ、続けますぞ。
私は王にキリエ様と買い出しに出ることを伝え城を出ました。
「おっ、今日はキリエ様と一緒ですか。お気を付けて」
と門兵の言葉に会釈をし開門してもらった。
天気はあいにくの雨でございました。
「虹蟹、百日草、樹鮫の卵…っとあとは…」
「爺や爺や!これ見て!」
「おぉ、これは見事な首飾りですな」
「これ、お父様へのプレゼントにする!明日から隣国へ行くお父様へのお守りに!」
王から聞いていました。明日より会議が始まるという事。
「それはいい考えですな。ではお金を…」
「ダメっ!私が出すの!私からのプレゼントなんだから」
「ホッホッホッ。なら爺やも他のプレゼントを探すことにしましょう」
「いいわ!どっちのプレゼントが喜んでもらえるか勝負しましょう!」
「ホッホッホッ。負けませんぞぉ」
「フンッ。あっ、店員さんこれください」
「キリエ様、今日もかわいいねぇ。えっ、王様にプレゼントだって?じゃあ立派な包装してあげちゃう」
ロックバスター家は本当に皆から愛される王族だった。
王妃の死には民のみなが涙し、キリエ様の誕生にはみなが喜んだという。
買い物もほどほどに我々は帰路についた。
「ただいま!門兵さん!」
「お帰りなさいキリエ様!」
門が音をたててゆっくり開き堂々たる態度でロックバスター城が目の前に現れた。
いつみても美しい城だった。
内装は王妃の案で整った中になっている。
先代が亡くなり元王へ変わる際に内装も一新させたらしい。
王曰く「親父のセンスが無く内装が嫌だったが、わしにもどうしたら格好いい城にできるかわからなくてのぅ。妻に相談したらこんな美しい内装にしてくれたんじゃ。よき妻を持ったわい!」とのこと。
キリエ様も「お母様との思いでは無いけどこうして城の中を歩くだけでお母様に抱き締めてもらってる感覚になるの!ヘヘッ、変かなぁ」
「そんな事ございませんよ。お母様もきっとキリエ様を見守っていますよ」
「そ、そうかな」
「えぇ。そうですよ」
城には入りキリエ様は「プレゼントをどう渡すか作戦を練る」といって自室へ駆け込みました。
私は買ってきた物を厨房へ持っていくと料理人の方々より
「わざわざ申し訳ありません」
「いえいえ。私がしたくてしているのですから気にしないでください」
「そういわれましても大切なお客様に…そのぉ…」
「私も料理を教えていただいているのでお互い様ですよ」
「そうですかねぇ…」
「ホッホッホッ」
「あっ、そうそう王様が戻ったら来てほしいと仰っておりましたよ」
「なんと。では早速行って参ります。調理開始の時間にはまた戻ります」
「わ、わかりました」
王室の前に数人の兵隊がおりましたがこちらに気がつくと
「お待ちしておりました。さぁ、どうぞ中へ」
扉が開き王室へ
「ただいま戻りました」
「おぉ、来たか。どうじゃ生活には慣れたか?」
「えぇ。キリエ様のわんぱくぶりにもようやく慣れてきました」
「ハッハッハァー!!そうかそうか!キリエも爺や爺やと慕っておるからなぁ」
王は豪快に笑った。
「そうじゃ、これを見てみぃ。これは世にも珍しい【千年樹】の葉っぱじゃ」
「千年樹?」
「千年ピッタリに葉を生やす樹木のことじゃ。これで茶を淹れたいんじゃがどうもやりかたがのぅ」
「ホッホッホッ。お任せください」
「おっ、そうか助かる。昔は妻にお茶を淹れてもらっててのぅ…この千年樹の葉っぱ【千年草】でも手にはいった時には茶を淹れてもらったものよ。旨かったなぁ、あれは…」
「左様でしたか…」
「おいおい、そんなしんみりした顔をするでない」
「失礼しました」
昔テレビでみたお茶の淹れ方を思い出しつつ見よう見まねで渾身の一杯を完成させました。
「どうぞ。お召し上がりください」
「うむ。いい香りじゃ。どれ味の方は………」
王は含んだとほぼ同時に勢いよく吹き出した。
「まっっずーーーーーーーー!!!!」
「えっ!?」
「なんじゃこりゃ!どうしたら千年草で淹れたお茶がこんな味になるんじゃ!」
見よう見まねとはいえおかしな手順は踏んでいないはず。何がおかしかったんだ…
そして私は不意に思い出す。昨夜厨房で料理人達が溢していた言葉を思い出す…
『爺やさんが料理を教えてほしいってことで何品か教えて作らせてみたんだよ』
『うんうん』
『そしてできた料理を俺が試食してみたんだ』
『うんうん。それで』
『ひどい味だった。なぜ決められた調味料や素材でなぜその味が出るって思えるぐらいひどかった』
『ちゅ、厨房に彼を立たせちゃダメだな。センスが無さすぎる』
あぁ、センスだ。私は料理も茶を淹れる事においてもセンスがないのか…
さっきの厨房でのやり取りにも合点しました
-------------
「料理、下手だったんですか?」
「ホッホッホッ。お恥ずかしながら当時の私にはセンスの欠片も無かったようでしてね」
「じゃあさっきの料理もコックさんが作ってくれたものを運んだだけ…?」
「いえいえ。さっきの料理もこのお茶も私が作ったものですよ」
爺やさんは続けた。悲しげな表情を浮かべつつ続けた。
「100年も料理をすれば誰でもうまくなります。それに今この城にはキリエ様と私しかおりませんしね」
-----------
「いやいや、ひどい味じゃったのぉ。貴重な千年草が残り1枚になってしまったわい。ワッハッハ!」
「も、申し訳ありません」
「いやいや、謝らんでもよい。笑わせてもらってこれでお相子じゃ」
王はまだ笑っていたが、私は笑う気になれませんでした。
「いやぁ、すまんすまん。では本題じゃ」
王は一瞬にして神妙な顔になり
「爺やよ。貴殿は日本に帰りたいか?」
唐突な質問に一瞬驚きはしたが、私は自分の名前は忘れてしまったが大切な家族の事を思い出しました。
いや、大切なは言い過ぎたかもしれません。
だいぶ昔の事なので曖昧になりますが私の家庭は冷えきっていた記憶がありました。
一緒に暮らしているだけの関係。
それゆえか、このライハットの暮らしは非常に心地よいものでした。
王様とキリエ様のと料理人の方々、兵隊に門兵。それに民衆。
皆さんとても温かく私を助けてくれた方々でした。
迷いました。帰るべきか残るべきか。
そして私は回答しました。
「帰ります」
「うむ。そうか。残念じゃが仕方ないのう。貴殿にも日本に家族がいるのじゃからのう」
「はい。申し訳ありません」
「よせよせ。謝るでない。こっちもキリエのことで本当に世話になったのじゃからこれでお相子じゃ」
「はい。短い間でしたがお世話になりました」
自然と涙が溢れていた。
王は相変わらず豪快に笑っていたのにつられ私も笑ってしまった。
「して、その帰る方法じゃがのう…すまぬが入ってきてくれるか?」
「やはり、王様…理解しておられませんでしたね」
王室に一人の紫のフードを被った青年が入ってきた。
「はじめまして爺やさん。僕はジーン。賢人長です」
青年は礼儀正しく頭を下げた。
さらに賢人長ということは賢人達のトップであろうと言うことも容易に想像できた。
「爺やさん。あなたを元の世界に返す方法が見つかりました。そして必要な素材もすでに集まっています。後はタイミングだけです。」
「タイミングですか?」
「えぇ。今日の夜。満月の日にのみ道がつくれるのです」
「今日の…夜ですか…?」
「なんじゃ、その不満そうな顔は?」
「いえ、私がここにいるのは会議の間キリエ様の面倒をみるためで…そのぉ…」
「なんじゃ、そんなことか!気にせんでよい。貴殿にはすでに感謝しておる。それに兵も何人かここに残すが故心配無用じゃ」
「しかし…」
これ以上の問答は失礼と思い一礼をしジーンさんの話を続けてもらいました。
「後爺やさんには術の詠唱を暗記しておいていただくだけでかまいません」
すると一枚の紙が手渡された。
ありがたいことに表記はひらがなであった。
「どうしてひらがなを知っていたんですか?」
「わしが伝えたんじゃ。貴殿がくれたひらがなの一覧表をジーンに渡しただけじゃがのぅ」
そんな渡されただけで発音から表記まで理解するとは驚きを隠せませんでしたがジーンさんは
「ちょっと難しいパズルみたいで面白かったです」と笑顔で答えた。
詠唱といってもそこまで長くなく2、3回読めば暗記できた。
というかこの歳ではちょっと呪文を唱えるのは恥ずかしいと思っていました。
「では、僕はこれで失礼します」
そういうとジーンは王室を出た。
再び王様と二人になった。
「今夜とはまた急じゃのう」
「ですね。しかし…」
「わかっとる。みなまで言うな…よし今夜は最後の晩餐じゃ。初日より盛大にやろうぞ!」
「王様…ありがとうございます」
最後の晩餐。自分も盛大に楽しもうと思いつつやはりキリエ様のことが気がかりだった。
「キリエ様には何とお伝えしましょう?」
「ん?あぁ、キリエには何も言うな。あいつは絶対に貴殿を引き留める」
「た、たしかに…」
「それに釣られ貴殿もここに残るといい始めたら敵わんからな…ワッハッハ!」
「では、私が去った後に手紙を渡してくれませんか?」
「勿論かまわぬが、キリエはひらがなが分かるのか?」
「えぇ。読めますよ。1日中猛勉強して覚えておりました」
「わしの娘とは思えんな!」
「まったくです」
「なんじゃと!…ワッハッハ!!!」
こんな会話もあと数時間でできなくなってしまうと考えると少し心が寂しかった。
そして王室をあとにした私は貸してもらっている客室へ向かった。
向かっている最中に考えた。
確かに冷めた家庭であったが戻ったらやり直そう。
そうだ!自分から歩みに行かず距離をつけてしまった自分にも非があるではないか。
信じてもらえるかわからんが、話をしよう。あの偉大な王の話を。
そんなことを考えつつ部屋の机に座り紙とペンを用意しキリエ様宛に手紙を書いた。
書き終えて一息ついているとき部屋にノックが響いた。
「爺や!キリエだよ」
「はいはい今開けますぞ」
「ねぇ、爺や!聞いた?今日は晩餐なんだって!プレゼントを渡す絶好のタイミングだよね」
「ホッホッホッ。そうですね」
「もしかして爺やが提案してくれたの?」
「ホッホッホッ。さて、どうでしょうか」
「もぅ、爺や!あっ、プレゼントのことは言ってないよね!?」
「もちろん言っておりません。そうそうプレゼントの渡しかたですがご提案が…ボソッボソッ」
「えっ、それいいわね!それでいきましょう!!じゃあ夜ホールでね!」
「ええ。後程」
「爺や!」
「はい?」
「爺や!大好き!!」
「私もですよ。キリエ様!」
キリエ様はすごい早さで駆けていった。
「さて、私も準備しますか」
そして迎えた夜。
最後の晩餐にふさわしい豪華な料理が揃っていました。
王との最後の会話を楽しみつつ、笑いあい時に涙し。
キリエ様はまったく訳がわからないという顔でしたがその場の空気を楽しんでおられました。
晩餐も最高潮になったとき兵隊の一人がホールの明かりを落としました。
「ぬおっ!なんじゃ!」
颯爽とキリエ様の元に近づき
「さっ、キリエ様少ししたら王様の近くの蝋燭に明かりが灯ります。そこでプレゼントをお渡しください」
「了解よ」
そして今度は王様付近の蝋燭が一斉に明かりを灯した。
「うおっ、今度はなんじゃ…ってキリエ?」
「お父…パパ!いつもありがとう!大好きです!」
きれいに包装された箱を渡し、周りから拍手が起こった。
「うぅーううーきりえぇぇぇ~」
言葉と言わず王の泣きじゃくる叫びとともに笑いが起こりホールの明かりがパッとついた。
「ううううぅ、ありがとうキリエぇ。ありがとうぅ」
泣きじゃくりキリエに抱きついて離さない王様をみて私も涙を流しました。
「もう、いいから開けてみて」
王は似合わず丁寧に包装を破り、箱を開けた。
翡翠の首飾り。
王は早速首からかけて娘に聞いた。
「どうじゃ。似合っとるかのぅ?」
「うん!とっても格好いい!」
「そうか。そうかぁ!」
本当に微笑ましい父娘の姿がそこにはあった。
すっかり自分の用意したプレゼントを渡すタイミングを逃してしまったが。
そして晩餐は盛大に幕を閉じ、いよいよ運命の瞬間が近づいて来た。
--------------
「なんか、想像できませんね」
「何がですか?」
「いや、そんな話から今に至る経緯がです。術が失敗したとかですか?」
「いえ…」
爺やさんの顔が一気に曇る。
そして小刻みに震えだす。
「あ、あの、話せないなら無理に…」
「いえ!聞いていただかなければなりません!」
突然の大声に俺は驚いた。
「申し訳ありません。取り乱してしまい」
「い、いえ」
「では続けます。悪夢の最終章の開幕でございます」
--------------
キリエ様は晩餐の途中で疲れて眠ってしまわれたので私が寝室へ運びました。
眠っているキリエ様の枕元に手紙を置き「さようなら。キリエ様」
静かに挨拶をして寝室をあとにし、その足で城の最上階へ向かいました。
「おう、来たか!」
そこには王様とジーンさんがおりました。
「お待たせしました。では」
「爺やさん。ではここにお立ちください。そしてこの短剣で手のひらを切りその血をこの壺に入れつつ
この天窓と満月が重なったら詠唱を開始してください。あぁ、私には特殊な目があり雲に隠れた月の位置を把握するなんて他愛もないことです」
今晩も雨が降り月が射すタイミングなんて考えてもいなかった。
そしてジーンは続ける
「いいですか。血をいれた瞬間からこの壺から一本の光が出ます。光があなたの世界と通じる橋になります。つまり力の根元です。その根元が………………」
長々と説明を語っていたが私の耳には前半部分の必要であろう部分しか入ってこなかった。
手のひらを切るのが少し怖かったが、帰るためには仕方ないと腹をくくりました。
「わかりました。ああ、王様お渡ししたいものが…」
「なんじゃ、貴殿も何か用意があったか!」
そして私は用意した一本のペンをプレゼントした。
「これで少し知力を付けていただけたら幸いです」
「ワッハッハ!ぬかしおる!じゃが、ありがたくいただくとしよう!」
「ええ。ではさらばです」
「爺やさん。今です。始めてください」
さっと、短剣で手のひらを切り流れる血を壺に入れつつ詠唱を開始した
「天空に集いて抗え王たちよ 天刻に座す奇跡に爪をたて…」
「ああ、さらばじゃ。貴様のお陰で我輩は…」
ん?今王が何か言ったような…
「集中して続けてください」
ジーンさんの声で我に帰り詠唱を続けた
「…我が王に蹂蘭の輝きを 鬼乱術式弐拾ノ項 暗刻翔礼」
詠唱を唱えた瞬間からとてつもない地響きが起こった。
「こ、これで終わりですか?ジーンさん…」
「ええ。終わりです。あなたの役目は…」
「えっ…い、一体なにを……?」
「貴様には感謝するぞ…異界人!!」
誰だ…王様の声真似なんてやめてくれ…
「フハハハハ!ついに…ついに…ついに手に入れたぞ!!」
「ええ。お見事でございます。我が王よ」
「ど、どういうことですか…何が起こっているのです?」
王は黒紫の炎をまわりに囲み天を見上げいつものように豪快に笑っていた…
姿勢はそのまま、目だけが動き私を見た。
「異界人よ。さきも言ったが感謝する。これこそが我輩の長年の夢………」
そして姿勢をただし全身で私をみながら、声高らかに言った…
「不死の力だ!!!」
「不死…?」
「なんじゃ、貴様…不死も知らぬのか?ほれこれをやるからそれで知力をつけよ」
すると王だった者は、さっき渡したペンを握りつぶし粉々になったものを目の前に投げつけた。
「我輩はのう、妻が死んだとき実感したのじゃ…【死】というものの恐怖を…それから我輩は毎日毎日怯えて生きてきた。そんなときにこのジーンから不死の事を聞いた」
ジーンは誇らしく頭を下げた。
「じゃが、必要な素材の一つがどうしても手に入らないことが発覚した。もはや伝説の素材じゃ」
「そ、それは……」
「異界の血じゃ。我輩は嘆き苦しんだが奇跡がおきた。そう貴様の登場じゃ!まさに天運よなぁ!」
何がどうなっているのかついていけない。
王の形をした者がなにを言ってるのか理解できなかった。
そしてどうでもいいことを私は気がつきました。
こんな騒ぎにも関わらず、兵隊が来ないことに…
「うん?我輩の話より兵士がなぜ来ないのか気になるか?」
なぜ、察しられたのかはわかりませんでしたが王だった者は満面の笑みで
「奴らはこの儀式の贄となった。兵も料理人も…総勢百人分だぁー!フハハハハァー!
あぁ、気になってるだろうから教えてやろう。ちゃんと我輩自らが全員こ・ろ・し・たぁハハハァー」
夢なら覚めてくれと心のなかで何度も祈った。
朝、キリエ様と買い物に出かけプレゼントを買い城に戻り厨房の皆様とぎこちない会話をし
王様へひどい味のお茶をだし、さっきまで最高の晩餐を楽しんでいたじゃないか…
その瞬間が天井階の扉が開きそこには、キリエ様がいた。
「キィリィエェェーーー!!!」
けたたましい怒号と共に王はキリエに近づいた。
「キリエ!に、にげろぉー!!!」
様をつけるのを忘れてしまったが非常事態だからお許しいただけるだろう…
と思う前にすでに王によりキリエは捕らえられていた。
「キリエ、貴様のせいで我輩の妻は死んだのだぁ…忌々しいガキがぁ…返せ返せ返せ返せ返せ返せ…」
「パ…………パ………」
この距離でもキリエ様の首が軋む音が聞こえた。
私も走って王に立ち向かったが刹那目の前にジーンが現れ、何かを唱えた瞬間私は床に倒れ動けなくなった。
「キ………キリエさまぁ…」
声無き声で私は叫んだ。
「なぁ、キリエ…知らなかったか?パパはなぁ翡翠が大嫌いなんだよぉおおおお!!!」
自分の首にかかっていた翡翠の首飾りを引きちぎり、またも手の中で粉々に粉砕した。
「いや、むしろ貴様の存在事態もだがな!なんど貴様を殺そうかと考えたが…唯一の働きは三日前こいつを我輩の城に連れてきたことだぁ。偉いぞぉ………お礼に後で八つ裂きにしてやるからなぁ」
やめろ…やめろ…やめてくれ…それは父親の言っていい言葉じゃない。
娘に言う言葉じゃない…やめろ…やめろ…
「パパを………」
「あぁ?なんだぁ??」
「パパを返せ化け物ぉ!!!」
「フハハハハァ、これは傑作!!残念でしたぁ、これがパパの正体でしたぁあああ!!!」
「パパを返せ…パパを返せ…パパを…」
「えぇ~いくどい!!約束通り八つ裂きだぁ!!」
鋭い爪の生えたもはや人間ではない腕が振り上げられた。
「やめろぉぉぉぉおおーーーーー!!!」
その瞬間が腕がピタリと止まる。キリエ様は気を失ってしまい、キリエ様を掴む腕も離れ勢いよく
キリエ様の体は地面に叩きつけられた。
「ジーン。これは一体どういうことじゃ?」
「僭越ながら我が王よ…暗刻翔礼はまだ成就されておりません」
どうやらジーンの術で王は止まったようだった。
「なんじゃとぉ…貴様ぁ…」
「手順はまだ終わっていないのですよ。お伝えした通り月が見えなくなったその刻に…」
「おぉ、そうじゃった!そうじゃった!!忘れておったわ!礼を言うぞジーン」
「勿体なきお言葉…」
どうやら術はまだ完全では無いことが判明した。
だが判明したからといってどうすることもできない………
「ジーン…一つ聞きたい。これはどういう事ですか?」
頭が動顛して今起きている事の意味が理解できませんでした。
答えてもらい理解できるかもわかりませんでしたが、今の自分には会話をすることにで時間を稼ぐことしか思い付きませんでした。
そしてあわよくば、キリエ様が目を覚まし逃げていただけることを願って…
「おう!ジーンよぉ!答えてやれやぁ!成し遂げた偉業をなぁ!」
「では。王に捧げた術式は【不死】つまり死なない。切られようが、潰されようが、撃たれようが、轢かれようが…しかし一つ克服できない【死】が存在します」
「それは?」
「太陽です」
「太陽?」
「この術式を知った際に得た知識ですが、王の一族は太陽に当たると死んでしまうそうです。」
吸血鬼映画でよくあるお約束のパターン。いや、一般常識といっても過言ではない。
「過去にもこの術式を発動した先代の王がいたそうですが、残念ながら太陽のもとに出た瞬間塵になって消えたという記録が残っていました。」
「つまり、【不死】ではなく殺す方法が残ってしまっているというわけですな」
「その通りです。だから僕は探しました本当の【不死】を…」
ジーンは自分に酔った語り口調で続けた
「ちなみに太陽に消される現象を当時の賢人は【消滅】と呼んでいました」
「消滅…」
「そして見つけました【消滅】の回避方法…」
「消滅って言ったって太陽の下を歩きさえしなければ、問題ないのではないですか?」
「たしかに我々は吸血行動と太陽の下を歩けん事を除けば普通の人間と変わらん。いや、むしろ普通の人間の方が強いぐらいじゃ」
「普通の人間のほうが強い?」
「我々の種族は代々生命力が異常に低い一族でなぁ。太陽に当たり塵になるのは太陽光に対する耐性が低すぎるから起こる事象だそうだ。体力にしたってそうじゃ…」
そういうと王は少し表情を曇らせ
「妻の話になるがそこに転がっておる娘が二人目の出産じゃったがその出産時に体力が限界を迎え死んだんじゃ。つまる話我々吸血鬼は貧弱で脆い一族なんじゃがのぅ」
そう言い終わるとジーンの顔を見て「続けろ」と一言言い放つ。
「しかしこの地でロックバスター家は代々根付いていた名家。それゆえの王としての君臨をしなければならなかった」
「我輩が王位を継いで最初に抱いた感情は恐怖じゃ。民の反乱など受けてしまったらひとたまりもないからのぅ。そして我輩は考えた末先代と同様に民草共との共存を選んだ」
反乱もさせぬ。暴動も起こさせぬよう最善の王となってのぅ。と続けた
「つまりまとめると王よ。貴方は民衆を恐れるがあまり、いえ【死】を恐れるがあまり【不死】という力を求めた…」
「そうじゃ。我輩は怖いのじゃ…すべてが!だが、今日この時よりその恐怖の呪縛から我輩は永遠に解放される!!!」
この三日で見たことがない満面の笑みだった。
「この術の完成は王の時間を止める事にあります。いえ正確には【回避】ですかね」
「回避?」
「死ぬという前提を【回避】する。そして……失礼します」
ジーンは瞬間移動で王の背後に回り込み刀のような物で王の首を切り落とした。
呆気にとられた私を尻目に、みるみる王の切り落とされた首が消滅し本体の切り口より新たな頭が再生した。
「そして、万が一…いえ億が一、死んでしまった場合は死んだという結果を【回避】できるのです」
「フハハハハァ!本当に本当に我輩は【不死】になれたんじゃなぁ!!これでもう何も恐くないわい!!」
子供のように王は喜んでいた。
「では、最後に一つだけよろしいですか?」
「なんじゃい!?今の我輩は気分がいい!答えてやろう」
「あなたのような臆病者がどうやって術の発動前に屈強な兵士の殺害に成功したのですか?」
「あぁ、なんてことないわ。単純に王の命令といって一人づつ呼び出しジーンに拘束の術式を発動させ動けなくなった兵士共を一人づつ殺しただけじゃがのう」
こいつは強敵ではなく狂敵と感じました。
恥も道徳もすべてこの方は恐怖という化け物に喰われたのだと。
そして話をしているうちにもう一つ気がついたことがありました。
動けるということ。
時限式の術なのか、それとも…
王の背後にいまだに立っているジーンに目を向けると微かに口元が動いた。笑っていたのだ。
そして動く口元を読み取った「い・ま・だ」
罠かと思い躊躇したが、その考えに反して体は瞬時に動いた。
「な、なぜ動ける!?」
座していた王も即座に立ち上がり向かってきたがもう遅い。
私は壺から月に向かって伸びる光の柱を思い切り殴り付けた。
盛大にガラスが割れるような音と共に王が絶叫をあげた。
拳からは光の欠片で切ってしまったのか血が溢れだした。
「うごぉおおおあああああああぁぁーーーー!!!!」
ジーンは笑みを隠し王に近づき
「おおぉ、我が王よ。おいたわしや」
そしてジーンは指をパチンと勢いよく鳴らした。
すると瞬時に静寂が訪れた。
いや、静寂ではなく時間の【停止】であることに気がつくのに時間はかからなかった。
「素晴らしい。僕……私の求めていた物がようやく手に入りました」
「ジーン?これは一体どういうことですか?」
「ウフフ。私の欲しかった時間の【停止】よ。あなたは主人の願望の餌にされたようだけど実際は違うのよ」
主人?今「主人」といったか?
まさか、
「いいわね。その表情。改めて自己紹介させてもらうわね」
そう言ってみるみる青年の姿から美しい女性の姿へ変身し堂々とキリエ様の母親の名を口にました。
「我が名は≪ジルベルト・ロックバスター≫。親しみを込めてジルちゃんって呼んでいいわよ」
「ジルベルト…あなたはキリエ様の出産時に亡くなったのではなかったのですか?」
「そっ、キリエを生んで私も死ぬはずだったのだけれども死に直面した際に私の能力が発現しちゃったのよね」
「それがこの【停止】ですか?」
「ううん。そのときはこんな力じゃなかったわ。ただ一つのものに限定した【停止】」
「死ぬということですか」
「あら、やっぱりあなた察しがいいわね。そんなあなたは親しみを込めてジルちゃんって呼ぶ権利をあげるわ
。ってそんなに長い間止められないみたいね」
何かを感じたジルベルト若干早口で始めた。
「あなたは今夜ここで偉大なことを三つ成し遂げた。一つはこの臆病者の能力の発現。もう一つは私の能力の覚醒。そしてあなたにも何かしらの能力が発現しているはずよ。何せ【時間】に対する反逆をしたのだから。まさか殴り付けるとは思わなかったけどね。そして反逆者には罰が与えられた」
「何を言ってるのか……」
「訳がわからないわよね。なら最後に一つだけ…終わらせたければキリエを×××」
パチン
「うごぉおおおあああああああーー!!!!」
「王よしっかりしてください!我が王よ!!このジーンの声が聞こえますか!?」
三文芝居が鼻につく話し方でしたが
「ジーン!どうなっている…我輩は!?術は!?こ、殺せぇ!!あの…異界人をころ…せぇ…」
王は白目をむきジーンの腕に抱かれる形で倒れこんだ。
「ウフフッ。気を失いましたか…遊びすぎて寝てしまった子供みたいですわね。」
ジルベルトはジーンの姿でこちらにウインクすると同時に消えました。
天窓からは雨が流れ込み天井階は気づけば床は水浸しでした。
ピチャピチャ足音をたてながら横たわるキリエ様近づきをそっと抱え込み下の階へ。
キリエ様をベットに運びふと枕元には封が開けられた手紙が置いてありました。
そうか。この内容をみて私を探しに天井階に来てしまったとしたらと考えると胸が苦しくなりました。
封筒と手紙を私は回収しポケットに入れました。
そしてキリエ様の部屋を出る時に
「あれ?爺や?」
キリエ様が意識を取り戻しました。
「はい。キリエ様。爺やはここにいますよ」
「ねぇ、爺や。パパは?そういえば晩餐の後に寝ちゃって…ってあれ?なんで私ここに…?」
人間は相当なショックを受けた瞬間から少し前の記憶まで記憶が巻き戻る症状があると聞いたことがあり
キリエ様は晩餐後からの記憶が曖昧になっておりました。
「王は………先ほど出発されました」
「ああ、会議だっけ。それって明日じゃなかったっけ?」
「きゅ、急遽事情が変わったとかで…」
「そっか。ねぇ爺や。さっきまで怖い夢を見てたの」
「左様ですか」
「だから…もう少しだけ一緒にいてくれない…かな」
「もちろんかまいません。爺やがそばにおります。ゆっくりお休みください」
「うん。お休み爺や」
忘れられたのなら忘れたほうがいい事実も存在する…
悪夢のような一夜が終わり地獄のような日々が始まりました。
011
一時の沈黙…
ホールの中は外の雨音が聞こえるぐらい静寂に包まれていた。
雨ずっと降っているなぁ…
最後に晴れ間が顔を出したのはいつですか?という質問をするのはどうだろうか…
あっ、でもキリエたんにとってはこの天気のほうが都合がいいんだっけ。
雨の日は嫌いではなかった。
なぜならもともと俺もインドア派だし、太陽を浴びると倦怠感がでてくる性質だ。
引っ越した当時、自転車で海に向かったことがあるが海につく前に太陽に負け
あろうことか、近くのパチンコ店へ入ってしまい言わずもがな負けた。
あれはよくできている。光と音と触覚を支配されるのだからたまったものではない。
もし、記憶を消すことができるのなら先輩に無理やり連れていかれ、あろうことか10万ほど勝ってしまったあの日…あの日を完全に消してくれ…
いや…いや…違うだろ…
俺は何を聞かされた?
頭がついてこない。ラノベを一本爺さんに朗読してもらった感覚だ。
いや、実際そうだろう…
目の前には60歳を超えた紳士的な執事が涙を浮かべていた。
「ホッホッホ。これはお見苦しいところを…」
「い、いえ…」
それしか言えなかった。
ほかに何が言える?いや、言うセリフは決まっている。
「そのあとの地獄の日々って…?」
「そうですね。そこが本題でこざいますね」
私はキリエ様が再度お休みになるまでお近くにいました。
静かな寝室で私の頭も徐々に冷静さを取り戻しつつあり、自分がついてしまった咄嗟的な嘘…
王は隣国にいる…
私は何をやっているんだ…日本へ帰るのではなかったのか…
今頃、日本に帰って冷めた家庭で晩酌をしているのではなかったのか…
そうだ…帰る方法なら知っているではないか。
親切にもジルベルト王女が教えてくれたではないか‼
「…キリエを×××」
簡単だ…こんな小娘一人で私の問題だ解決されるのだから…
さて眠っているうちに済ませてしまおう。起きて騒がれても厄介だ…
鼓動が早くなる…ドクン ドクン ドクンドクン ドッドッドッ
「で…できない…私はキリエ様を…できない…」
私はその場に膝から崩れ涙が止まりませんでした。
たった三日の付き合いで言ってしまえば赤の他人どころか
世界自体が違う…私から見たらあなた方のほうが異界人だ…
そのまま私はキリエ様の寝室を出て戻ることはないと思っていた借りていた部屋に戻った。
ふいに目にとまったゴミ箱の中を見ると失敗し書き直しを繰り返したキリエ様への手紙の残骸が残っていた。
私はベッドに腰かけた。
そして考えた。これからのことを…
「爺やぁーーー!」
怒号とともに私は目を覚ました。
どうやら眠ってしまったようだ。外を見るとまだ雨が降り続いていた。
「ねぇ爺や。城の中に誰もいないの…お父様も兵隊さんもそれにコックさんもいないの」
頭が寝起きということもありぼっーっとするがこれだけはわかった…嘘をつかなくてはということです。
「皆さん今日から王様が不在の間お休みなのです」
「…?お父様が不在…?」
「えぇ、昨日申し上げた通り王は隣国へ会議に…」
「えっ、ちょっと待って爺や!なんで嘘つくの…私は昨日…お父様に殺されたじゃない」
キリエの目、鼻、耳、口…毛穴から血が吹きだす…
「わ…たしを…たす…けてぇ…じいやぁぁぁぁ」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
齢60にもなって悪夢にたたき起こされるとは思ってもいませんでした。
悪夢のおかげで頭が冴えた状態で目を覚ますことができた私はまず、キリエ様の寝室に向かいました。
コンッコンッ…反応がない。
「キリエ様、爺やです。入りますぞ…」
ゆっくりと扉を開きベッドを見るもキリエ様の姿はなかった。
血の気が引き次の瞬間には叫んでいました。
「キ、キリエ様ぁー!キリエ様ぁー!!」
とたとたと後ろから走ってくる足音が聞こえ振り返ると、そこにはキリエ様のお姿がありました。
「もう!爺や!うるさい!」
「あぁ、よかった…よかった…」
キリエ様を力いっぱい抱きしめ気が付くと涙が流れていました。
「ちょっ、爺や!どうしたの…?」
「いえ。なんでもありません。少し心配になってしまったのでございますよ。ホッホッホ」
キリエ様から腕を離したところでキリエ様より
「ねぇ爺や。城の中に誰もいないの…お父様も兵隊さんもそれにコックさんもいないの」
「えっ…あ、あぁ…」
額から汗が噴き出す。
「王は会議ですよ。王が不在の間、皆さんは…お休みでございます」
鼓動が早くなる。
「あれっ、会議って明日じゃなかったっけ?」
「きゅ、急遽事情が変わったとかで…」
「な~んだっ!そっかそっか!じゃあお父様が帰って来るまで爺やと二人だね」
「そ、そうですね」
そうだ。あの光景は夢なのだ…忘れろ忘れろと言い聞かせました。
「コックさんもいないなら私も料理してみたいなぁ。ねっ、いいでしょ!」
「め、名案でございます」
「じゃあ、爺や!町に買い出しに行こう!私支度してくる」
「かしこまりました」
外は相変わらずの雨でした。
支度の終わるキリエ様を待つ間私は天上階へ向かいました。
扉を開いた先には天窓が割れ雨が中に降る昨夜と同じ光景でした。
水位が上がっていないところをみると天上階の構造的に水が溜まらないようになっているようでした。
王……ジルベルト…それに城内にいた兵士、料理人…すべて現実だったことを再度痛感しました。
そのまま、静かに扉を閉め私は正門へ向かいそこでキリエ様を待ちました。
降りてきたキリエ様のお姿はおなじみの雨がっぱに紫の傘を持ち笑顔で私のもとに来ました。
「さっ、行くわよ!!爺やとの初めてのお買い物!!」
ん?初めて…?
「き、キリエ様?昨日も出かけたではありませんか?ほら、王…お父様へのプレゼントを買いに…」
「えっ!?何言ってるの爺や?私、お父様にプレゼントなんて買ってないよ?」
どうなっている…なにが一体どうなっている?
「変な爺や!あはははは さっ、行くわよっ!」
気が動転しているなかキリエ様に手を引かれ、門兵の構える城門に到達。
「今日はキリエ様と一緒ですか。お気を付けて…」
どこかで聞いたようなセリフだった。
いや、細部の違いはあれど昨日この門兵に言われた言葉だった。
そうか、この門兵は城内にいなかった…もしくは規定人数に到達したため、儀式の生贄にならなかったのか…よかった。
二人で雨の中を歩く…その道中キリエ様に何度か話しかけてもらっていたが私が上の空だったこともあり
何度か背中を叩かれたが私は「ホッホッホ」と笑うことしかできなかった。
城下町についたところで、キリエ様が足早に露店へ向かい
「爺や爺や!これ見て!」
右手で元気に手招きをし、左指である商品を指さしていた。
翡翠の首飾りでした。
「これ、お父様へのプレゼントにする!会議から帰ってきたら渡してあげよう」
「…あ゛あ゛あぁぁぁ」
私の脳が震えその場に倒れこんでしまいました。
気が付くと私は部屋のベッドに倒れておりました。
きっと住人がわざわざここまで運んでくれたのでしょうと思いましたがその考えは一瞬で砕かれました。
私は起き上がり部屋の扉を開けたところで後ろから、テクテクと歩く音が聞こえたので振り返ると
キリエ様がおりました。
「いやはや、お恥ずかしいところを…どなたが私を運んでくれたのですか?」
「えっ?なんのこと?」
「いえぇ、その…私、城下町で倒れましたよね?そのあと目が覚めたらここにおりましたので…」
「待って!爺や、いつ城下町に行ったの?で、倒れたって?えっ、大丈夫?」
「キリエ様…何を仰っているのですか?一緒に行ったではありませんか?ほら、料理が作りたいとかで…」
「料理…?あっ、そうそう料理といえば。ねぇ爺や。城の中に誰もいないの…お父様も兵隊さんもそれにコックさんもいないの」
なんだ…これは…
「王が不在の間、皆…さんは…お休み…でございます」
「あれっ、会議って明日じゃなかったっけ?」
「きゅ、急遽事情が変わったとかで…」
「な~んだっ!そっかそっか!じゃあお父様が帰って来るまで爺やと二人だね」
「そ、そうですね」
そうだ。既視感…そう、デジャヴだ。
「コックさんもいないなら私も料理してみたいなぁ。ねっ、いいでしょ!」
「め、名案…でございます」
「爺や?どうしたの?具合でも悪いの?顔が真っ青だよ?」
「い、いえいえ。心配には及びません。さっ買い出しに出かけましょう」
「じゃあ、爺や!町に買い出しに行こう!私支度してくる」
「かしこまりました」
外は…雨でした。
「お嬢様」
「ん?何爺や?」
支度が終わりいつもの雨がっぱを着たキリエ様と歩きながら城門へ向かっている際に聞きました。
「今、何時ごろかわかりますか?」
「ん?えっ?」
「いえ、時間のことでございます」
「えっ、えっとねぇ~。う~んと…」
あぁ、わかります。これはキリエ様が理解の範疇を超えたときに起こる。
「知らない」「わからない」と絶対に言いたくないキリエ様の癖でした。
私はその時、仮定しました。ジルベルトのあの言葉を
『何せ【時間】に対する反逆をしたのだから。そして反逆者には罰が与えられた』
私が受ける【時間】に対する反逆の罰は、【私以外に時間という概念が消え更に時間も進まない】
本当に笑えない仮定でしたが立証されるまでそう時間はかかりませんでした。
城下町にてお嬢様は翡翠の首飾りを購入。
私は食材を購入しました。
その際、私は虹蟹、百日草、樹鮫の卵を買わずに違う食材を買いました。
問題なく購入できました。
少し前に見た映画で、主人公が同じ一日をループするという現象に巻き込まれ、そこで葛藤するという映画を思い出し、その映画では時間の強制力とかで違うものを買おうとすると邪魔が入り結局買えないというワンシーンがありましたが、私はそれに該当しないようでした。
買い出しも済ませ二人で城に戻ることにしました。
「門兵さん!ただいまっ!」
「おかえりなさい…キリエ様…」
門が音をたててゆっくり開き堂々たる態度でロックバスター城が目の前に現れた。
いつみても美しい城だった。
昨日通りなら私は厨房に向かい料理人たちと会話をし、その後王に呼び出され
王室にて千年樹の葉っぱ【千年草】でお茶を淹れ王に「まずい」と言われた。
そしてその夜、晩餐が行われその後は…
「さっ、爺や。買ってきた食材を厨房へ運びましょ」
「そうですね」
厨房に向かう。中にはやはり料理人がおり王室にも王がいて城内を巻き込んだ盛大なドッキリを期待して
厨房の扉を開ける。
中には誰もいなかった。
食材を保存庫にしまい「料理は私も手伝うから、それまで自分の部屋でプレゼントをどう渡すか作戦を練っているわ」ということでキリエ様は自室に向かいました。
通常であれば微笑ましい光景も私から見たら渡せないプレゼントの渡し方を考える幼い子供が不便でしかたありませんでした。
その日は、そのままキリエ様と料理をしました。
といっても、キリエ様は見ているだけでほとんどが私が作成しました。
「まずい…爺や…これすごくまずい…」
「なんと!そんなことはありませんぞ!私が丹精込めて作ったのですから!」
一口口に運んだ瞬間口の中に衝撃が走りました。
とても人間が作った食べものとは思えない味がしました。
いえ、そもそもこれを食べ物といっていいのかも怪しいところでした。
「ぷっ、あははははは!まずいこれ!!ねっ、ほんとにまずいでしょ?」
「ホ…ホッホッホ…まずいですねぇ」
久々に笑いました。
息ができなくなるほど笑いました。
涙がでるほど笑いました。
キリエ様が私を見てさらに笑っており、その姿を見て私もさらに笑いました。
結局食事どころではなくなってしまい、城に備蓄してあった調理不要な非常食を二人で笑いながら食し
キリエ様は「おやすみなさい爺や」といって自室に向かいました。
私も私の部屋に戻り、今日のことを日記として白紙の紙に綴りました。
そもまま私は意識を失いました。
「爺や!散歩に行ってくる!」
城内にキリエ様のお声が響きその声で私は目を覚ましました。
机の上には昨夜書いた日記が残っておりました。
すぐさま私は自室を出て、玄関に向かうとそこには雨がっぱを着たキリエ様がいました。
「あっ、爺や!おはよう!」
「お、おはようございます。お嬢様」
「爺や、城内に誰もいなくてつまらないから散歩に行ってくる」
「さ、左様ですか…」
「あっ、ところで爺や…」
あぁ、聞きたくないですね。そのあとの言葉は…
「ねぇ爺や。城の中に誰もいないの…お父様も兵隊さんもそれにコックさんもいないの…」
012
「これで100年の孤独のおよそ三日分は語れましたでしょうか」
「爺やさん…」
俺はそれ以上なにも言えなかった。
さっきとは違う。言わなかったのではなく言えなかった。
「おお、これは失礼。細かい部分の説明がまだでしたね」
一呼吸ついて爺やさんは続けた。
「ナナシ様。私はこの100年のなかで個人的に時間という概念を作り整理しました」
説明のため、爺やさんは紙とペンを懐から出し図のようなものを書き出した。
キリエ様に急遽お父様が隣国へ向かったという私の嘘をついた。
これをループに入る深夜としましょう。
買い物、晩餐、襲撃の記憶は消失している状態です。
そしてループに入った段階で時間の概念が消失したことになり、感覚で行動するようになる。
その日から太陽も登らなくなってしまったので、日の沈みで時間を割り出すのは不可能でした。
ならどうやって時間という概念を私が作れたか…答えは簡単です。
キリエ様含めライハットの住人の主な行動が一律であるためです。
しかし細部は多少異なります。
例えば、朝の出来事で
私が起きてキリエ様を探したパターンと私が眠りについておりキリエ様の呼びかけで起きるパターンがありますが以降の出来事は変わりません。
そのまま、私が料理人たちは休暇中であることを伝えると、散歩に出ます。
私の買い出しについてくるパターンは私が自分で起きて自室の扉を開けた少し後にキリエ様に声をかけてもらわなければ発動しません。
少しでもタイミングがずれると、違うパターンにはなりますが結果は同じです。
という風に先も説明しましたがパターン化されているのです。
そんな行動を何百何千何万と解析をし時間を作りました。
ちなみに一晩中起きているという行動は無駄でした。
「す、すげぇ…」
そんな言葉しか出てこない俺は本当にボキャブラリーが少ないのか?
いや、たぶん普通の反応だろう。
「フゥ~」派の人間も「ハァ~」派の人間もきっと全員同じ反応になるだろう。
俺は素直に感服したのは「そのすさまじいまでの…
「ナナシ様。私は何度も自殺しましたよ」
精神」という前に力ない声が聞こえた。
「数えられないくらい自殺しました。圧死、縊死、衝撃死、焼死、浸死、転落死、爆死、轢死…まだまだありますが。何をやっても目覚めるのです」
「それって…」
「最初のうちは自殺した次の目覚めは最悪でした。記憶が鮮明に残っているのですから。しかしもう何百回と死んでいれば慣れましたよ。ホッホッホ」
違う俺が聞きたかったのはそんなことじゃない。
俺が聞きたかったのは…
「ナナシ様。しかし今日は今までとはわけが違います。何せ100年のぶりのイレギュラーが起きたのですから」
「俺の登場ですか」
「ええ。左様でございます。これからこの話をした結果どうなるのか想像もできません…」
「爺やさん…」
「はい?」
言うな…言うな。それを言ったらダメだろと思いつつも口は動く
「キリエを殺したら、戻れるんですよね」
静寂が再びホールを包む。
013
「その通りでございます」
「ならどうしてそうしないんですか?」
さっき聞きたかった質問だ。
「わたしも考えました。が、できなかった」
「なぜ?」
「本当の家族以上にキリエ様を家族と思ってしまったからです」
「だからって100年以上も同じ一日を繰り返している人間がそんな風に…」
「若いですね。ナナシ様」
「えっ!?」
「確かに自分の娘を手にかけようとした化け物を私は間近で見ました。それゆえ私はキリエ様を絶対に…」と言いかけたところで
ゴーン!ゴーン!
鐘の音が響く。
「【時間】です。ナナシ様…」
「もしかしてキリエが目覚める時間ですか?」
「いえ…」
…プッツン
昔のブラウン管テレビを思い出してほしい。
知らない人もいるだろうから感覚でいい。
テレビを消したとき本当にこの音がなるのだ。
しかも俺はこの音が結構好きだ。
今のテレビからは絶対にしない音であり、一部の人間にはフリーズといえばわかりやすいだろう。
でもそんな音どこからしたんだ?
俺の部屋のテレビはブラウン管じゃないし実機も置いていない。
なんてことを考えながら俺は目を覚ました。
「あぁ~。今日も暑いなぁ、しかし」
自分の体を見るとパンツ一丁だった。
そうだ。昨夜はパンイチで寝たんだったっけ。
パジャマは背中に穴が開いていたから捨てちゃったしね。
いつものように俺はタバコに手を伸ばし一本取り出し口にくわえて火をつける。
頭が重い。熱でもあるようだ。
煙を吸い込み吐き出すと同時に、さて言うぞハァの一言…
「キリエ…」
ん?キリエ?桐江?って誰だ?
何を言っているんだ俺は?
『そしたら私に付いてきなさい!!』
高飛車な声が頭に響く。この声を俺は知っている。だが、どこで聞いた。
今日の天気は快晴だが、違う俺はこのセリフを雨の中で聞いたんだ。
その瞬間俺のスマホが盛大に音を出した。
電話である。俺はタバコを灰皿に一旦避難させた。
電話といえば俺は電話にでるのに少し躊躇してしまう。
携帯電話に知らない番号からきたらまず出ない。
親からの電話も、何か地元であったのだろうかなど勘繰りが入り電話にでるまで少し時間がかかる。
友達からの電話も出ない。
基本的にメールでやり取りするのが基本だからだ。
さて、そんな俺が携帯を手に取り「誰からの着信だよ…」と思いつつ携帯を見る。
非通知。
まぁ出ないわな。と思い着信を切るボタンを押そうとして指が滑り通話中になってしまった。
スマホはこれだから嫌いだ。
こんなミスをしない人からすれば何言ってんだと思われてしまうだろうが、ガラケーはよかった。
出るor出ないがはっきりボタン別れしていたから。
に比べてスマホはどうだ。一画面に集約されておりわかりにくいではないか。
いや、そんなことを言ってもしょうがないのはわかっているが俺は声を大にして言いたい。
さて、相手方には悪いが切るかと思い指を伸ばすと受話器から
『キリエを救ってくれ』という聞き覚えがあるようなないような声が聞こえた。
『お前が非通知嫌いなのは知っている。そもそも電話嫌いなのももちろん知っているだが…聞いてほしい』ノイズ交じりの声が部屋に響く。
「誰だ?あんた?」
『今は言えない。だがいずれ分かる。だからまずは俺の話を聞いてくれ』
俺の返答を待たずにその声は続ける
『キリエを救ってほしい。俺の大切な人を』
「キリエ、キリエってさっきから誰のことだよ」
『覚えてないのか?そうかその時は…』
「おいっ!何いってんだ!」
だんだん腹が立ってきた。
人間の特徴としてわからないことには腹が立つという特徴がある。
なにも答えのある問題にいちいち腹を立てることがないだろうが答えが見つからない問いには非常に不快感を覚えるらしいという研究発表をテレビで見たことがある。
その時は、「そんなことあるのかね」と思ってみていたが、あったようだ。
実際今がそうだ。
『悪いが時間があまりないから要件だけ話す。今からお前のところに…プッ…プープープー』
いやいや要件聞く前に切れた。
かけなおそうにも非通知着信だったため連絡先がわからない。
またかかってくるだろう。と思い、避難させておいたタバコの続きを楽しもうと灰皿を見る。
タバコの口元以外が灰になっていた。
「大した時間は経過していないはずだが」という疑問も浮かび上がるもそんなことより二本目のタバコを
箱から出すことに今は執着していた。
二本目のタバコを吸っている間も電話のことが気になりすぎて味なんて全く感じなかった。
電話はかかってこなかった。
溜息をついて時間を見る。丁度11時をまわったところだった。
「そろそろ支度するか…」と思い洗面台へ向かう。
「今日も酷いクマだな…お前…昨日は一体どんな夢を見たのかね?」と冗談交じりで鏡に問う。
その瞬間、ピンポーン!!とインターフォンが鳴る。
朝の忙しい時間に誰だよという思いで覗き穴を覗く。
ドアの前には黒いレインコートを着た男が立っていた。
なんだ、昨日タバコ買いに来た不審者か…
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、ちょっと待て。
なんで雨でもないのにレインコート着ている…じゃなくてなんで家の前に立っている?
やべぇ、俺殺されるかも…
今一度インターフォンが鳴る。
いやいや、一度押してでないんだから出ないだろと思いつつ口元を手で押さえ息を殺す。
「おーい、久しぶり!京極だけど!覚えてる?」
京極?誰だ?知り合いにそんな奴いたか?
「こっちにいるって聞いて住所聞いて遊びに来ちゃった。ああ、ちなみにドアの近くに立ってることは知ってるよ」
怖い怖い怖い怖い。
なんだこいつ。本当に頭がおかしいやつだ。
とりあえず忌々しいスマホから警察に連絡して…
「キリエちゃんのことで話があるんだ」
スマホを取りにベットに向かおうとする足がピタッと止まる。
どうする。
選択肢1 どういうことだ?という話から話題を膨らます
選択肢2 かまわないで警察に通報する
未来の俺がこの時の俺の行動をみたら絶対に言うだろうな
「馬鹿野郎」
014
「どういうことだ?」
言ってしまった。言わないでいい言葉を言ってしまった。
後悔先に立たず…
腹をくくって話をするしかない。
「あぁ、やっと答えてくれたね。ほら覚えてないかなぁ?小学校の時同じクラスだったんだけど…」
「悪いけど覚えていないし、俺は忙しいから用件だけ聞きたいんだけど」
「苛立っているねぇ。カルシウム足りてないんじゃない?」
事実だ。本当に腹が立っている。
しかしそれはカルシウム不足ではない。ドアの向こうに立つ京極と名乗る元クラスメイトにだ。
「キリエちゃんのこと本当に覚えてない?」
さっきの電話といい、コイツといい何なんだ。キリエキリエって…
俺はそんな【銀髪高飛車泣き虫吸血鬼】のことなんて知らない。
えっ?なんだって?俺今、何を思った?
そんなことを思いつつカチッという音で我に返った。
ドアのカギが開く音だった。
「はいっ。解呪ぅ。っつてもカギは呪いじゃなくて技術だからこのセリフはおかしいけどね」
レインコート野郎は笑ってドアをゆっくり開けた。
やべぇ、すごい怖すぎて足が動かなねぇ。
あぁ、最後に家族の声が聴きたいなぁ…
「あっ、やっぱり東雲じゃん!全然変わってないなぁ。副委員ちょ。いや…傷がないんだねぇ」
こいつは馬鹿か。「委員ちょ」ではない「委員長」だ。
「う」が抜けている。
しかも今の俺は副委員長ではない。バイトリーダーだ。
そして東雲 司本人だ。
そうだ。俺は東雲だった。
章数014にして主人公の名前がやっと出るというのも珍しいだろう。
「傷ってなんのことだ?それよりさっきの質問を繰り返すがお前は誰だ?」
「顔みても思い出さないならこれならどうかな?」
そういうとレインコートは目の前に細長く白い指を近づけた。
縫い後が見える。それも傷からして結構古い傷だった。
「お、お前まさか工作の時に自分の指切ったあいつか!?」
「そっ、正解で~す」
そうかあいつの名前は京極って名前、いや苗字だったんだな。
「東雲とは俺、仲良しと思ってたのに忘れられていたなんてショックでかいなぁ~」
いや、仲良くないし中学校もこいつは転校していった。
開いてしまったドア…玄関で話すのもなんだしと思い俺は宅内に招き入れた。
いや、これも失敗だったか?
「じゃ、お言葉に甘えてぇ。お邪魔しま~す」
いちいち伸ばし言葉を使うのがむかつくが気にしないようにしよう。
「コーヒーでいいか?」
「悪いねぇ。あと砂糖もお願いねぇ」
「悪いけど俺の家、砂糖ないんだよ。ブラックで我慢してくれ」
嘘だ。砂糖ぐらいあるがこいつに出したくないだけだ。
「あぁ、じゃあブラックでいいや。どちらかというと俺、コーヒーはブラック派なんだよねぇ~」
じゃあなんで砂糖を要求した…
「ほらよ」といい京極にブラックコーヒーを出した。
「んっ。ありがとぉ。う~ん、おいしいねぇ」
「そりゃどうも。で、さっきの話だけど…」
「あぁ、そうだね。そうだったね」
急に空気が重くなる。
バイトの時間までまだあるがゆっくり話しているほどの時間はないようだ。
「東雲は【キリエ】って聞いて、どこまで覚えてる?」
「初めて聞いた…気はしなかった」
「あぁ、そのレベルね。OKOK。君はねぇ、異世界っていうかライハットに捕らえられたんだ」
何を言っているんだ。本当にこいつは…
叩き出そうかとも考えたが、ライハットも聞き覚えがある言葉だった。
雨の降り続ける都…【西都ライハット】…そこに君臨する王家ロックバスター家…
覚えている。俺は覚えている。
「へぇ。その顔は、断片的に思い出してきたって感じかな?」
「京極…お前は一体…?」
「俺はメッセンジャーだよ。【東都ライバッシュ】の王子から【時間の反逆者】の抹殺を命じられたねぇ」
【時間の反逆者】って爺やさんのことか…
聞けば聞くほど頭が痛い。
二流の転移もののラノベを見ている気分だ。いや、三流か…
「ライハットの異世界人がどうやら時間の流れを止めたみたいなんだよねぇ。どうやったのか知らないけど…んでその結果うちの王子の即位ができなくなってるんだよぇ」
そうか。ライハットの屑王が出かける理由はその式に参列する予定だったのか…
「それが俺とどう関係するんだよ…」
「だから言ったじゃん。君にはその不届き者を成敗してほしいんだよぉ。あはは、なんか時代劇みたいに言っちゃったねぇ」
こいつに腹を立てるのが馬鹿らしくなり普通に話しを聞くことにした。
いや、違う。俺は京極の話に興味を持つようになってしまっていた。
本当に不思議だ。話を聞いているうちに記憶が鮮明になってきた。
ライハットの…爺やさんの作ってくれた料理の味、お茶の味。
キリエたんの可愛いさ…いやいや。
「なにニヤているのさぁ、東雲ぇ。」
「なんでもない。その時間の流れについてだけど…」
「おやっ、興味出てきた?ってか思い出した…? ふむ、何がトリガーだった」
後半部分はぶつぶつ独り言で俺には何を言っているのか聞き取れなかった。
「改めてその時間の流れだけど、他ではどうなっているんだ?」
「他?あぁ、そうだね。東雲はまずそこから知るべきだよねぇ。ライハットのことはおおむね知っているみたいだし割愛するねぇ」
京極はマグカップに入ったコーヒーを一気に飲み干す。
「ちょっと長い話になるかもだけど…いい?」
「あぁ。もちろんだ」
その日、初めてバイトを休んだ。
015
『【東都ライバッシュ】【西都ライハット】【南都ライガルゥ】【北都ライツメイル】
大きく分けてこの4つが国として存在している。
そしてその中央が【帝都ラインマール】
その昔、大陸は戦火に見舞われていた。
そしてそれを統治したのが帝都ラインマールの先代。
その命令により大陸を4つに分断しそれぞれ得意な生産をすること、そしてそれを独占しないという勅令をだして国々のバランスを見事にとることで平和になったといわれている。
あぁ、ちなみにそんな簡単な話ではないことはさすがの俺も知っているけど茶々は入れないでくれよぉ。
そんなバランスが取れていた日常もある日突然崩れ去った。
東都ライバッシュは歳を取らなくなった。
何?同じ日が繰り返される?そんなことにはなっていないよ。
ライハットはそんなことになっているんだねぇ。かわいそうにねぇ。
恨むなら、ライハットの先代の王が施した結界術式を恨むことだねぇ。
きっとその結界により未完成の術の暴発が西都だけを巻き込んでしまったのだろうから…
おっと、話が少しそれてしまったねぇ。
東都の賢人が異常事態を徹底的に調べ上げたところ、鬼乱術式という古代術式を見つけた。
そして仮定止まりではあるがその術の暴発、失敗がこの事態を作り上げたということになった。
東都の王様はそれを知ってどこの国の仕業か調べ上げた。
どうやって?知るわけないじゃん。何せ100年以上前の話らしいからね。
ああ、そうそうでやっと犯人が西都にいることが判明したんだけどそこからまた問題が起きた。
自国から出られなくなってたんだよねぇ。
原因と犯人が分かっても逮捕できないなんで、警察官も真っ青だよね。いや真っ赤かなぁ。アハハ。
けど賢人たちも馬鹿じゃない。
そんな大問題を打破できる人材を見つけた。それが俺たち異界人だ。
なんでもあっちの世界とこっちの世界では流れいる時間に差があってその差こそ自由に動くことができる
決定打になるとか言ってたなぁ』
ふと時計を見る。
そんな話こんだつもりはないのに時計の針は夕方を指していた。
【時間】…いつも流れていておかしいものではないのに
今回で俺は時間をもっと大切にしようという教訓じみたものを感じていた。
いや、そんなものは感じていない。
バイトをさぼった罪悪感でいっぱいだった。
「どうして俺たちなんだ?」
「しらないなぁ。賢人に聞いても教えてもらえなかったしぃ」
「京極はあっちに行った後、何してたんだ?」
「ん?あぁ、最初はびっくりしたよ。でも東都の王様に会って事態を聞いて、それを解決できるのが俺だって言われたときはゾクゾクしたねぇ。だってゲームの主人公みたいじゃん」
「そんな能天気な…」
「だって考えてみてよ。何もなかった俺に使命ができたんだよ。しかもその使命が世界を絡めた話なんて聞かされたら誰でもこうなるって。東雲はどう思ったの?」
「いや、普通に頭が真っ白になったよ。しかもそんな食い込んだ話をできるような状況でもなかったし」
「へぇ。あっ、そうだそうだ。ライハットの話も聞かせてよ」
そういうと京極は空のマグカップを口に運び中身がないことを目で訴えかけた。
俺は立ち上がり彼からマグカップを受け取りもう一杯コーヒーを淹れた。
そして、砂糖を大量に入れてやった。嫌がらせである。
「ん。ありがとうぅ。やっぱおいしいねぇ。砂糖が入ると味が一層引き立つねぇ」
やはり、俺はコイツが嫌いだ。
「俺の話だったよな。むこうについたら土砂降りのなか俺はいた。そして…」
キリエに連れられ城に行った話、爺やさんから聞いた屑王のした事を覚えている限り話た。
「なるほどねぇ。やっぱり犯人はライハットの王様かぁ。言ってたんだよ東都の王様も『あの臆病者はかならずなにかをしでかす』ってねぇ。アハハ、さすがだねぇ」
「だが、術の発動を止めたのは…」
「そう。東雲が言うところの爺やさんだねぇ」
「なら爺やさんを…そのぉ」
「殺せば解決?いやいや、東雲ぇ君は馬鹿だねぇ。【時間の反逆者】はキリエだよ」
こいつに馬鹿呼ばわりされたことはいったん大目に見てやるとして、
反逆者がキリエというのは一体?
そうだ。爺やさんの話でも分からなかったことがある。
なぜ解決方法がキリエたんの殺害にあるということをジルベルトが伝えたのか、そしてなぜ対象がキリエたんなのかということだ。
「ジルベルトが伝えた『キリエを殺せば解決』というのは間違いないだろうねぇ。本当に下種な夫婦だねぇ。きっと術のOFFスイッチをキリエちゃんに押し付けたんだろうね」
「押し付けた?」
「そうだよぉ。東都の賢人曰く、鬼乱術式はスイッチのON、OFFができる術らしいんだよね」
「そのスイッチがキリエた…キリエってことか?」
「そだね。その昔、南都の術師が子供にかけるおまじないとして完成させた術らしくてね。まぁ、子供うちってすぐ死んでしまう可能性が一番高いから術をかけることで死なせないようにしたんだって」
「美談だな」
「えっ、そう思う?実際は子供のうちに死なれたら何にも生産性がないから死なせないようにしただけらしいよ。しかも国中の子供全体に術をかけると膨大な魔力を使うからその魔力は大人の…ってそんな術の話は今どっちでもいいんだよぉ」
「あ…あぁ、そうだったな」
「まぁ、ちょっと関係する話ではあるんだけどさぁ。魔力の消費に使うのは記憶らしいんだ」
「記憶?」
「そうだよぉ。記憶。メモリー…」
そうか。言われてみると心あたりがある。
それは初めてキリエたんと話しをしたときだ。
彼女は爺やさんから日本の話を聞いていたのに俺が日本というワードを出したときには反応できなかった。
彼女の記憶が少し欠落している症状だったのか?
「術に使う記憶は莫大な量じゃない。忘れても忘れている事さえ気にならない程度の記憶量の消失だけど、100年以上キリエちゃんは自分のお父さんに【不死】の術を発動させているわけだから…そりゃあ消えるよね」
「あっちの世界で起きた事と術についての大まかな内容は分かった」
「そっか。じゃあ本題だね」
「そうだな…っとその前に…」
俺は立ち上がり外を見た。
なんだか雨が降りそうな天気だな。
快晴の空を見上げなんとなくそう思った。
016
西都の王は【不死】であるが太陽のもとには出られない。
だが、時間が動かないが故天気も変わらない。
唯一の天敵がいないなら【不死】であることは一応認めなくてはならない。
しかし東都の王は『西都の王を殺せ』ということしか頭にない。
西都の王を殺すには術を止めるしかない。
術を止めるためにはスイッチを持つ王の娘キリエを殺すしかない。
ぶつぶつ言いつつ京極は俺の部屋にあったメモ用紙に書きだした。
「これが東都で俺が聞いた王様の要望とその流れだよぉ。物騒だけど100年以上も時の牢獄に閉じ込められているならこれぐらい考えるよねぇ」
「あぁ。まぁ、そうだろうな」
「でも今日、東雲に会えて本当に良かったよ。これで王様の要望を俺が叶えることができるんだから」
「キリエを…殺すのか?」
「うん。そうだよ。当たり前じゃん。王様からすごい褒美がでるんだっていうから東雲も協力してね」
「えっ、でも俺は…」
「協力してくれないのぉ?ご褒美ほしくないの?」
「いらねぇよ。」
京極から笑顔が一気に消え冷徹な声で
「今回は…そうなのか…なら、俺が世界を救う邪魔しないでね…」
「きょ、京極…?」
「俺は今夜あっちの世界に行ってキリエを殺す」
ぬるっと京極は立ち上がり玄関を目指す。
「待てって。急にどうしたんだよ」
「いや、君はいつも…」
「いつも…なんだよ」
「なんでもない。手を放してもらえるかな?」
いつの間にか俺は京極の肩に手を乗っけていた。「悪い」と謝り手をどけると京極はそのまま靴を履き
玄関のドアに手をかける。
「東雲。忘れないで。君もライハットに捕らえられてる被害者の一人ということを…」
ガチャっとドアを開け、俺が質問をする間もなく京極は部屋から出て行った。
追うことを考え俺は靴も履かずに再びドアをあけるもそこに京極の姿はなかった。
「京極…お前は…一体…」
ポツッ ポツッと雨が降りだした。
さっきまで快晴だったのに本当に天気というのは分からないものだ。
俺はドアを閉めテーブルに置かれた二つのマグカップを手に取り台所へ向かった。
洗い物をしながらさっきまでの会話を思い出す。
現実世界のこととは思えない会話内容に笑ってしまいそうになるが、実際は全く笑えなかった。
殺すだのなんだのという乱暴な言葉が横行していたさっきまでと打って変わって静寂が部屋を包む。
洗い物を済ませた俺はソファに座りテレビをつけた。
ふと時計を見るといつの間にか深夜になっていた。
長話が過ぎたな。風呂でも入るか…
つい先ほどつけたテレビを消しシャワーを浴びる。
俺は今日、懐かしい友達?に会って昔話に花が咲いたのだ…
バイトをさぼったのはいただけないがまぁ、それだけ話が盛り上がってしまったので仕方ないだろう。
そうだ、風呂から出たら何を見ようかな。
今日はさすがに転生ものはやめておこう。そうだなぁ…日常系にしよう。ギャグ要素が多めのやつがいいなぁ。
にしても外がうるさいな…雷が鳴りだした。
俺は風呂から出て髪を乾かし着替える。
着替え終わった俺は、カーテンに近づき勢いよく開けた。
雷鳴とともに外が輝きベランダには黒いレインコートを着ておりフードを深く被った男が立っていた。
「よぉ。昨日ぶりだな。連れてけよ。あっちの世界に」
男はニヤリと笑いフードを脱ぐ
相変わらず、ひどい傷跡だな…
そんなことを思い俺の意識は消えた
017
……………「雨…かぁ」
外か………
冷たい…寒いし…
「来れた…」
俺は寒さか武者震いか後悔かわからない震えを起こした。
「これたんだ…ライハットに!」
俺は声高らかに笑った。そして笑った後冷静になった。
なんで来てしまったんだぁ。俺はなんて馬鹿を…
「まぁ、来ちまったらしょうがないな…歩くか…」
幸いなことに今回は記憶が鮮明である。ここに来た方法、そして肝心の目的地。
この際の目的地はロックバスター城である。
目的は少しでも早く爺やさんに会う事。これだけ整理できた俺は足早に向かう。
雨に打たれながら歩みを進めるとむこうから人影が見えた。
どっちだ?俺を殺した殺人犯か?それとも俺のマイエンジェルキリエたんか?
答えは背丈で分かった。俺は猛スピードでその人影に近づいた。
「キィィリィエったぁぁぁぁん!!!」
「ぎゃあああああああああ!!!」
しまった、キリエたんに会えたことに歓喜し我を忘れてしまっていた。
見た目からは想像できない速さでキリエは去っていく。さすが吸血鬼である。
「まっ、待ってくれぇ」
その声とともにキリエもピタッと止まる。
まさかこの豪雨とこの距離から俺の声が届くとは思わなかった。すげぇ聴力。さすが吸血鬼である。
「あ、あなた誰よ!?なんで私の名前をしっているの!?」
「お、俺だよ…あれっ」
名前が出てこない。またかよと一瞬思ったがなんてことはない。
俺には第二の名前があるではないか。そう、クソム…
「ナナシだよ!!」
「ナナシ?って誰?どこかであった事ありましたっけ?」
俺は今度は慎重にキリエたんに近づいた。
初対面とは別に今度は彼女が警戒心MAXであった。
「キリエたん…そうか…記憶が…」
「何いってんのあんた?そ、それ以上近づかないで!!」
「ご、ごめん。実は俺、爺やさんの知り合いでさ!今日呼ばれてたんだよね」
さらさら嘘がでる。この技術でなにか企業できないだろうか…
「えっ、爺やに!?そうだったのね!もっと早く言いなさいよ!」
「いやぁ、本当にごめんねぇ」
「なら、城の場所わかるわよね?私はもう少し散歩してから帰るから先に行ってて」
「あぁ、分かっ…」
いや、ダメだ。ここで彼女を一人にしちゃあダメだ。
本能的に俺は再び嘘をついた。
「いや、キリエちゃんも一緒に帰ろう。なぜなら俺は傘をどこかに飛ばされびしゃびしゃで可哀想だから」
いや、何を言っているんだ俺は。
さすがに意味が分からないので訂正しようとした瞬間
「そうね。そのままじゃあ風邪ひいちゃうかもだしね」
相変わらずなんて可愛い生物だ。
俺は人生二回目の相合傘を満喫しつつロックバスター城へ向かった。
「ただいま!門兵さん!」
キリエは満面の笑みで門兵に挨拶を交わし開門を申し出た。
相変わらず不愛想な門兵だ。俺が喝を入れてやる。
キリエは門をくぐり玄関に到達していた。
「おい、あんた。態度悪すぎないか?」
門兵はギロリと俺を睨みつけた。謝ろうと思い頭を垂れる寸前のところで
「頼む…殺して…殺してくれ…」
声にならないようなか細い声で俺に懇願してきた。
俺は聞き返さず、キリエの後を追った。
門がゆっくりと閉じ門兵の姿も見えなくなった。
「もう!遅いよ!早く早く!」
キリエが手招きで城内へ迎え入れた。
戻ってきたんだ…この城へ。
キリエは前回と同様に城内の説明を始めてしまったが、話を切り悪いと思いつつ
俺は爺やさんを呼んでくれと頼んだ。
キリエは不機嫌な様子で消えた。
俺はあまり人に謝ったことはないが、この時ほど心の中で謝罪を繰り返した日はないだろう。
数分ののち、爺やさんが下りてきた。
「ナナシ様…」
「爺やさん」
「よく戻っていただきました。ナナシ様…」
俺の顔をまじまじと見つめられた後、爺やさんは深々と頭を下げた。
「や、やめてくださいよ。ただこっちに来れただけで何も…」
「いえ。私はあなたに会える日をずっと待ち望んでおりました」
「いや、だって昨日…あっ、そっか時間が流れてないからぁ…ああもう面倒だ!昨日会ったばかりじゃないですか?」
「いえ。私があなたに会えたのは実に20年ぶりでございます」
何を言っている。ついにぼけてしまったのか。肝心な時に老化現象とか…
「勘弁してくれですよね」
「そうそう…って、え?」
「20年前もあなたはそう言っておりましたので…ホッホッホ…本当にナナシ様なのですね。してミロク様はどちらに?」
ミロク?ミロクって誰だ?てか、なんだ?
「あのぉ、爺やさん?先ほどから何を…」
「…?おや、もしかして…」
爺やさんは不思議そうな顔をしつつ俺をホールへ案内された。
あれぇ、思ってたのと全然違うのだが。一体何が起きているんだ?
爺やさんと二人で長い廊下を歩く。
その間爺やさんは一切口を開かなかった。
その重い空気に耐えられなくなった俺が先手を打つことにした。
「あのぉ、爺やさん。ホールはこの扉だと思いますが…」
「ホッホッホ。爺やうっかりしておりました」
「はぁ。部屋多いですもんね。けど100年以上住んでてもわからなくなることなんてあるんですね」
これは、失言だった。咄嗟に謝ろうとしたが
「ホッホッホ。これは一本取られましたな。逆に言えば一度しか来ていないはずのナナシ様がよく分かりましたな」
「いやぁ、それほどでも…」
確かにおかしい。この数の扉からなぜ俺は目的の部屋を当てられた?
一度目の訪問時には動転して扉がどうとか考える余裕はなかったはず。
爺やさんはホールの扉を開けた。
広い部屋にテーブルひとつに椅子が三脚という不思議な光景を俺は何も不思議に思わず椅子に座った。
続いて爺やさんも対面になるようゆっくりと腰かけた。
「さて…」
今回の先手は爺やさんからだった。
聞きたいことが山積みであるが、どうくる。
「お茶の用意をいたしませんとな」
座って口を開いたと思った矢先すぐさま立ち上がりカチャカチャとお茶の用意を始めた。確かに喉は乾いていたが出鼻を挫かれた感じは否めない。
「ナナシ様。今回はどのような方法でこちらに?」
「えっ、あぁ、俺の部屋のベランダに立ってたずぶ濡れ男に頼みました」
お茶のいい香りで油断した。
そうか、今は素直にお茶を楽しみに待つ時間じゃないな。
「左様ですか。では、なぜこちらの世界に?」
「キリエを助けるため…」
何を言ってるんだ俺は?頭がどうかしてしまったとしか思えない発言じゃないか。訂正しないと爺やさんにまた、殺害予告をされてしまう。
「左様ですか。キリエ様を何から助けるのですか?」
「俺の元クラスメイトがキリエの命を狙ってます。そいつから守ります」
「東都で使わされた暗殺者ですね」
「えぇ。って知ってたんですか?」
「何年も前にあなたから聞きました」
「そうだ、その件20年前ってどういう意味ですか?」
「ホッホッホ。ナナシ様…私に聞く質問が少々違う気がしますが」
俺の仮定を否定してほしい。笑ってけなしてほしいという思いで俺は聞いた。
「爺やさん…これ、何回目ですか?」
「そう。その質問が正しいです。そしてその回答は七千回以上でございます」
京極の最後の台詞…『ハイハットに捕らえられてる被害者の一人』
そうか、俺は一体いつから同じ一日を繰り返し忘れていたのだろう。
目が回る。息ができない。
「落ち着いてください。ナナシ様。」
「はぁ、はぁ…」
「大丈夫ですか?」と声をかけられたが全く大丈夫ではないことは確かだった。
頭に声が響く…痛い痛い。頭が割れる…
妙な風景まで見えたかと思ったら目が焼けそうに熱い…
『爺や!キリエを外に!!』
『しかし、ナナシ様が』
『ナナシィー!!!』
『いいから早く逃げろ!アイツがすぐ近くまできてるんだ!はやっ…ゴフゥ』
胸から鮮血が飛び出す。そして、聞き覚えのある鐘の音ゴーン!ゴーン!
『あ~あ、間に合わなかったかぁ。じゃ、また明日ねぇナナシ』
「あぁ、頭がぁ…割れる…痛っ」
また別の光景に切り替わる…
まるで動画のコマ送りみたいな状態だった。
『キリエ…ごめん…俺のために…死んでくれ…術式解放…』
『させませんぞ!ナナシ様ぁ!』
鋭い痛みが顔面を襲う。
切られたと判断できるまで時間はかからなかった。
『痛ってぇな!ジジィ…俺の顔を切りつけるなんて…』
『しっかりしてくださいナナシ様!』
『爺や…これは一体何が起きてるの?』
『いいぞぉ、ナナシィ。今こそ時の呪縛を解放するときぃ』
『あぁ、そうだな。キリエ…ごめん…お前を殺す』
『えっ、ナナシ…何言って…』
『俺を…俺をナナシと呼ぶんじゃねー!俺はぁ…!』
カチッ!
「うあぁぁぁ!!何なんだ今のは…はぁ、はぁ…ウッ」
盛大に床に吐いた。
頭痛は多少収まったが平衡感覚が失われており立っているのか座っているのかを把握することも今の俺にはできなかった。
「あなたがご覧になったのはこの20年のほんの一欠片」
「俺がキリエを助けて…た…いやぁ、殺してたぁ?何なんだよ一体…」
涙があふれでてきて止まらない。もはや泣き止む気すら起きなかった。
『爺や…助けて…っ』悲痛なキリエの叫びが頭にこだまする。
俺はただただ蹲り泣き叫ぶことしかできなかった。
「失敗ですかな…このナナシ様では」
「な、なんだと?」
「今回のあなたではキリエ様を助けることもこの事態を完結させることはできない。正直、ガッカリです。さてお引き取りを…」
そう言うと爺やさんはどこからともなく取り出した剣で俺の背中を突き刺した。
「いっっってぇぇぇ!!!あ゛ぁ゛あぁぁ」
「大丈夫。死にはしません。あなたはまた目覚めますよベッドの上でね」
「こ、この…クソ…」
…プッツン
018
「いっっってぇぇぇ!!!」
激痛で目を覚ます。
足をつった痛みで目を覚ましたことがある人がどれだけいるかわからないから上手く伝わるかわからないが、あれの1000倍はあるであろう痛みで俺は布団から飛び起きた。
最悪な目覚めだ。タバコを吸う気にもなれない程の痛みがまだ襲ってくる。
俺は一体どうなってるんだよ。ただのバイトリーダーだぞ。
勇者でもなければ主人公でもない。アニメで言うと男子Bレベルだ。
時計を見ると珍しいことにまだ、午前中だった。
「…痛みも引いてきたし、久々に朝食でも作るか」
立ち上がり冷蔵庫の中身を確認しようと歩き出す。
「あれっ、なんで俺…涙なんか…」
突然溢れだした涙。
いや、涙の原因は知っている。覚えているからだ…
キリエとの大切な思い出を…
--------------
『キリエ…俺は、お前が好きだ』
『えっ、何突然!?気持ち悪いなぁ』
『一目惚れだ!』
『からかってるなら怒るよ!会ってまだ少ししかたってないのに…そのぉ…告白するなんて…おかしいよ』
『キリエ。覚えてないと思うけど俺たちはもう何年も一緒にいるんだ』
『な、何年も?』
『そう。何度も出会って何度も別れてる』
『ナ、ナナシ?ナナシが何を言ってるのか…そのぉ、分かるような…』
『言ってる意味わからないよね。キリエのその絶対に「分からない」って言いたくない変な癖も俺は知ってる』
その瞬間とてつもない爆音が城内に響き爺やさんの声がする。
『ナナシ様ぁ!キリエ様をどうか…お守りくだされぇ』
『うるさいなぁ、中ボスぅ…さて、ラスボスは上かなぁ』
『ひっ、ナナシ、どうしよう。く、来るよ…』
震えるキリエをそっと抱きしめ『大丈夫。俺がお前を守るから』
場面は切り替わり城の玄関。
『そっかぁ、×××そっちに付くんだぁ。残念だな』
『あぁ、悪いな×××。まぁ、全く悪いとは思わないが』
『アハハ。いいか×××。お前がそっちに付くってことは東都、南都、北都を敵に回すだけじゃない…この世界を敵に回すってことだぁ』
『あぁ、分かってる。それでもだ!』
俺はキリエに胸を張って声を届ける
『たとえ、世界が敵になろうとも俺が必ずお前を…』
--------------
「守る…か」
我ながら何と言う台詞だよ。
告白にしては重すぎるしくさすぎる。
「ミロク…聞こえてるか?」
「聞こえておるぞ。ご囚人様」
「それを言うならご主人様だ」
「いやいや、時間に捕らえられておる貴様にはピッタリな渾名と思うぞ」
一応説明しておくとこれは見えない友達ごっこではない。
いや、実際他人には見えないからこの会話を外でしようものなら確かに見えない友達ごっこではあるのだが。
思い出した記憶に現れた自称【時の神】らしいコイツは、時界神の一柱ミロク。
いつから俺に憑いたのかは記憶にないがコイツ曰く『常に貴様のそばにおったかもしれぬし居なかったとも言えるな』など訳の分からないことを言うから俺はコイツが嫌いだ。
「して、囚人様よ。ワシを呼び出したということはついに決まったと言うことじゃな…どちらかのう?」
「俺は後何回【巻き戻れる】?」
「結論から言うと、もう無理じゃ。いや、マジで」
「そっか。そうだよな」
「なんじゃ?やけに物分かりがよいのぉ、気持ち悪い」
「記憶がよ。鮮明に残りすぎてるんだよ。あと気持ち悪いは余計だ」
「ついに【因果の終息】にたどり着くか…」
「そういえば、記憶の断片が戻った瞬間地面をのたうち回って爺やさんに殺される結末あったよな」
「あったのう。あれは、歴代で上位の傑作じゃった。今でも思い出すと笑いが込み上げてくるわ。ププッ」
「お前、最低だな…じゃなくてあれからどのくらい経過した?」
「ざっと数えて一万六千四百回ほど経過して今に至るかのう」
「なんで、漢数字なんだよ。分かりにくいな。てことは、ざっと45、6年たった計算か…」
今なら分かるが45年前の爺やさんが会いたかった俺はミロクを認識した俺なんだろう。
だからこその勝機を見いだしたが、肝心の俺があの様じゃあ絶望するのも無理ないよな。
ズキッと鋭い痛みが顔から始まり全身を襲う。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
だが、この痛みの先に
「ハッピーエンドか…囚人様よぉ、いつ聞いてもいい響きじゃな。ヌフフ」
「そうか、強い感情はリンクされてるんだっけな…」
身体中から血が滴る。
「術式解放…【血塗ノ轟】」
「ほぅ、見事な縫合術じゃ。いやはや感心感心」
「まぁ、傷痕は残るんだけどな」
目元から口元まで裂けた傷痕が痛々しく鏡に映る。
「のう、囚人様。なぜワシが貴様の前に姿を現したかわかるか?」
「いや、わからん」即答した。
「ちと、考えぬかこのたわけが。じゃがまぁよい。それはな貴様が面白かったからじゃ」
ミロクの顔をまじまじと見つめた。
青い髪ショートヘアで所々ハネている神様らしくない髪型に左の漆黒、右の深紅の瞳。服装はまぁ、神様らしい露出高めのヒラヒラ装束。
正確に難がなければ普通に可愛いから信仰したい神様なんだよなぁ。
「ふ~ん。面白かったって…ほかには無いのかよ」
「ヌフフ。あとは貴様がワシの希望になるとほざいたからじゃな」
「希望?俺ってそんなかっこいいこと言ったっけ?」
「覚えておらんのか…このたわけが…」
ボソっと何かを言ったかと思えば今度は声高らかに
「貴様はこれからどうしたい?」
「どうしたいって…キリエを助けたい…かな。何か救う算段があるのか?」
「聞けばなんでも教えてもらえると思うなよ。このゆとり世代が」
「またそれか…」
「じゃが、ここで立ち止まっていてもなにも始まらんのも事実じゃ」
俺は数多の世界で敗北し傷を負い、気が狂いキリエをこの手で終わらせようとしたこともあった。
時間に捕らわれた原因が俺にあることも忘れ逆恨みで悪の道に進む結末も見た。
だが、それももう終わりにしたい…
「なぁ、神様…俺はライハット…いや、キリエを救えるか?」
「フッ、愚問じゃな。囚人様はどうしたい?」
「もちろん救いたい…」
「なら救える。貴様にはすでに国一つ、いや世界一つ救える力は備わっているのだから」
「そっか。ありがとうミロク。なんだかできる気がしてきたよ」
「ここからは王道バトルでいけるかのう。ワシの一番好きなジャンルじゃ」
「残念だったな神様。ここからは90年代の恋愛漫画だぜ!」
「きもっ…さすがにきもい」
ああ。そんな目で俺を見ないでくれよ。
死にたくなってきた…
019
「して、囚人様よ。貴様はすべての記憶の欠片を持っているのか?」
「どうだろうな。自分でもどうなっているのかはっきりとはわからないんだよな」
タバコを口に咥えて火をつける手前でミロクに聞かれた。
「というかすげぇ妙な感覚だ。どっちが夢でどっちが現実なのかもうわからないぐらいだ」
俺はカレンダーを見た。
こっちの世界では間違いなく時間は進んでいる。
だが時間の流れが異常であるのは確かだった。
「時間の流れがさ。【ゆっくり】なんだよな」
「のう。貴様はワシの声が初めて聞こえた時のことはどれくらい覚えておるのじゃ?」
妙におしとやかでほほを軽く染めたかわいい神が俺の隣にちょこんと座る。
何、コイツってこんなに可愛かったっけ?
「う、う~ん。曖昧なんだよなぁ。ミロクの言葉じゃないけど最初からいたような気もするし…」
「そうか。その欠片を貴様は手に入れられるとしたらどうじゃ?」
記憶が抜け落ちる系のアニメは多々見てきた。主に恋愛コメディ系が多いような気がする。
記憶の戻し方といえば、ショック療法になるのだろうか…
ショック療法…恋愛…となると
「キ…キスか!?」
「うおっ、なんじゃあ!!」
この何十年で初めて神の地声を聞いた。
結構野太いんだな。
「戻したい!ぜひとも!!さぁ、恋…間違えた!来い!」
目をつぶり唇を差し出す。
思えば高校生以来のキスとなろう。
結局どんな結末でもキリエたんとキスということは残念ながらなかった。
チャンスはあった…だが、勇気がなかった…
ってそんな現場もこの神様には見られていたということを知ったときはさすがに恥ずかしかったが、
『貴様は俗に言う臆病者というやつじゃな』と言われたことは今でも忘れられない。
だからこその【今】である。
俺は臆病者なんかじゃない。さぁ来い!神!!
「だから何をしておる貴様は…せいっ!!」
ズボッ!という何かに手を突っ込んだ時に使われる擬音。あの音って本当に鳴るんだな。
というか、こういったシチュエーションの場合は『きゃ、きゃー何やってんのよこの変態』という罵声の後にお約束のビンタそしてほほを赤く染めた状態で話が展開するのではないのか?
まったく本当にアニメの知識は現実には起こらないことを体現しているという状態に俺は苦言を呈したい。
ところで俺の隣の神様は何に何をしたんだ?さて、目を開けるか…
「ぎゃああああああああああああああ!何やってんだこの変態!!」
「静かにせい。今貴様の脳内の小さい記憶の保管庫に記憶をダウンロードしている最中じゃ」
結論から言うと、普通にミロクの手が俺の頭に手を突っ込んでいた。
もちろんファンタジー系ではなくグロテスクな状態でだ。
血が手を伝い腕に侵食その後はミロクの衣服を赤く染めていた。
しかし安心してほしいが刺すときはさして血もでないのだが気を付けるべきは抜くときだ。
抜くときには止血をしながら抜かないと血が噴き出す。そんな知識はこの神様にはないだろうから教えてあげよう。
「あっ…がっ…あぁ…あ゛」
「なんじゃ?あぁ、もう喋れなくなったか。当たり前じゃ脳みそをがっしりワシが握っているのだから。相変わらず馬鹿じゃのう。可愛いやつめ」
や…やばい…思考が…まとまらない…
なんか…音がする…鐘の音が…
そして俺の意識は別の場面に切り替わった。
020
ゴーン!ゴーン!
鐘の音が響く。
『【時間】です。ナナシ様…』
『もしかしてキリエが目覚める時間ですか?』
『いえ…これから京極と名乗る東都からの暗殺者が来ます』
『暗殺者ってなんで!?』
『キリエ様の殺害です。時間のゆがみはどうやら西都だけの問題ではないようでして…』
『お、俺は、ど、どうしたら…』
『キリエ様をお守りください。最初のうちは撃退に成功してきましたが最近はどういうわけか京極の力が私を上回ってきたのです。このままでは私は京極に殺されキリエ様も…』
『わ、わかりました。必ず守ります。だから爺やさんも…』
爆音とともに門が破壊されたことを俺は察した。
『おじゃましまぁ~す。今夜こそ爺を殺して俺は…アハッハハハハ!』
遠くから声が響く。怖い怖い怖い怖い怖い
『やはり、11時50分ちょうどですね』
『えっ?』
『京極は必ずこの時間に出現します。そして540秒間暴れまわり、消えます』
『爺やさん?何を?』
『先ほど言った時間の概念の構築により導き出した奴の行動パターンです』
『つまり簡単に言って9分間俺はキリエを守ればいいんですね?』
『そうです。頼みましたぞ…』
俺は走ってキリエの寝室を目指した。場所はすでに爺やさんから聞いていたので時間はかからなかった。
下の階では奇怪な笑い声と怒号がこだまする。
キリエの寝室の扉を開けるとキリエはベットの上で震えていた。
『ナ、ナナシ…何が起きてるの?』
『だ、大丈夫だよ…』
そんなことしか言えない俺のボキャブラリーの無さを再び呪った。
キリエを抱きしめ俺は数をカウントした。
300を数えたあたりでキリエの悲鳴を上げ俺は後ろを振り向いた。
『目標発見!お嬢さん。お名前はなんていうのかなぁ?』
『や、やめろ!キリエに近づくな!』
『へぇ。キリエっていうんだ。いい名前だねぇ。じゃあ、死んでもらおうかな』
左腕に大きな鎌を持ち右腕には半身になった爺やさんを持った男は笑顔でこちらに近づいてきた。
『って、お前…もしかして東雲君?やっぱり東雲君だ!懐かしいなぁ。覚えてる?京極だけど!』
『誰だ!京極なんて俺は知らない…』
『そっか…まっ、付き合いとしても小学生の時だけだもんね。今度ゆっくりお茶でもしながらお話しようよ。大体俺は土日休みだからまた連絡してよ。あっ、そうだ』
何かをひらめいたかのような顔をしたと思いきやドチャっと爺やさんの半身を無残にも床に落とし、ポケットから一枚の紙を取り出しさらさらと何かを書き出した。
『はい。これ俺の携帯番号。いつでも電話してねぇ』
すると再びこちらに近づきもはや距離にして1~2メートルまで近づいていた。
キリエに手は出させないという本能行動が俺を立ち上がらせ京極と名乗るこの男の前にそびえ立った。
『はい。これ個人情報だからなくしたら駄目だよぉ。アハハハ』
俺は差し出された紙を受け取りポケットにしまった。
『じゃ、東雲君そこどいて!そいつ殺せない…な~んてアハハハ』
大鎌を振りかぶり斜めから切り込む動作を仕掛ける。そうか鎌ってそうやって攻撃するのか。
ならそのすきに両腕で抑え込めれば…
ブンという空を切る音が聞こえたかと思えば今度はキリエの声が聞こえた。
『ナ、ナナシ…う、腕が!腕が!』
『えっ!?腕が何!?……ぎゃああああああああああぁ!!痛ぇええええ!!』
『アハハ!感想が言えるなんてさすがだねぇ。さすが俺の親友だねぇ』
『あ゛あああああ…腕がぁ…俺の腕が…』
気づけば両方の二の腕から下が切り落とされ床に転がっていた。
血が噴き出して止まらない。意識も朦朧としてきた。
駄目だ。死んだ。これは死ぬやつだ。
『さて、俺の親友は片付いたし続きしようか…キリエちゃん…』
「キリエに近づくな」と発しようとしたが声が出なかった。
最後の言葉にしては文字数が多かったのか…もっとシンプルな遺言にしないとダメってことか。
じゃあ、このセリフで俺の人生を閉じるとするか。
『…助けて』
カチッ!という音とともに静寂が俺を包む。
あっ、今ちょうど540秒たったわ。
021
「どうじゃ記念すべき一回目の惨劇は?」
「あ゛ぁああう゛うぅ~」
「そうじゃったそうじゃった今は喋れんのじゃったな。ヌフフ。涎なんぞ赤子のように垂らしおって」
俺の口元を素手で拭うと
「さて、続きの再生じゃ。楽しめ楽しめ」
俺の意識はまた遠くなった。
-------------
『おっ、いつもの爺か?さっきのガキか?いや…さっきのクソ餓鬼か?』
変な声が聞こえた。
おいおいお迎えに来た天使の第一声がなんてセリフだ。
つーかなんで言い換えた。換える必要ないだろ、そこは。
『して、貴様。このままだと、死ぬがよいか?』
いいわけないだろ。死んでいいわけないだろう。
『ワシの声は届かぬか……聞こえてないから言わせてもらうが貴様、切られた拍子におしっこ漏らしておるぞ。傑作じゃ』
『まじか!?』
『えっ、なんじゃ。聞こえていたのか?なら早く反応せんか。このたわけが』
目を開けるとそこには、青い髪ショートヘアで所々ハネている神様らしくない髪型に左の漆黒、右の深紅の瞳。服装はまぁ、神様らしい露出高めのヒラヒラ装束を纏った女性が俺を見下ろしていた。
俺は何もない真っ白な部屋であおむけの状態で倒れていたらしい。
『ワシの声が聞こえたか…奇跡じゃな』
『誰だ?あんた?』
『あんたとは失礼じゃな』
このからみキリエたんと初めて会った時を思い出す。
『ワシは弥勒。時界神の一柱じゃ』
『ジカイシン?』
『まぁ、簡単に言えば神じゃな』
ふむ。死んだときには天使が迎えにくると思っていたが
実際は神様直々に迎えに来るのか。
『ようこそ。【輪廻の回廊】へ。歓迎するぞ』
『異世界転移の次はなんだよこのとんでも展開。さすがに俺もついていけねぇよ』
『ついてこれないのは貴様が馬鹿だからじゃ』
『説明もしないで頭ごなしに馬鹿呼ばわりかよ。とんだ神様だな』
『おいおいワシがボランティアで子羊に道を示していると思うか?』
『なんだよ。この状況の説明を求めるのにも見返りが必要なのか?』
『当たり前だ!聞けば答えてもらえるのがゆとり世代の悪いところだ』
『ゆとり世代の苦言を呈する神ってどうよ…まぁいいや。で俺は何をしたら状況の説明をしてもらえるのですか?』
『オタクの巣窟に連れてくがよい。そう、なんて言ったかのう…』
『もしかしてアキバか?』
『そうそれじゃアキバ!あそこはアカシックレコードにアクセスしても入手できない情報が詰まった土地じゃからのう』
唖然として俺は声を出すのを忘れるほどだった。
神様ってもっと神々しくて理の存在と思っていたが、俺の目の前には自称神をなのる青髪のオタクの幼体がいた。
なんでアキバを知っているのかという問答より話を進展させるほうが得策と考えた俺は、提示された条件を受け入れ状況を聞くことに成功した。
『貴様は死んだ。死因は出血多量じゃな。ん?ショック死かのう?まぁどっちでもよいわ』
『なるほど…』
『あぁ、ライハットはまた【巻き戻った】ぞ。今回は爺さんが自分から起きたパターンで物語が進行し始めたわ』
俺は口を開くことができなかった。
爺やさんはまた…
『あの鎌の小僧…時間を追うごとに強くなっており、ついに前回の結末で爺さんを殺すことに成功した』
神様はさっきの顔とは別人のようにシリアスな表情で語る。
『つまりあと何度か流れることにより、あの小娘は殺される』
『でも、それってつまり時間の流れが戻るってことだよな。なら…』
『冷酷じゃなぁ。幼子の犠牲で世界が救われればいいというクチじゃな。ワシ貴様嫌い』
『いや、結末としては最悪だけどそれはそれで…』
『本心か?』
『えっ?』
『いやだから本心かと聞いておる』
『本心…だ…』
『うむ。なら機能が落ちたなここも』
『どうゆうことだよ』
『この輪廻の回廊は後悔…それもとてつもなく大きな後悔をしたものしか訪れることのできない禁断領域じゃ。つまり貴様のような考えを持つものは決して足を踏み入れていい領域ではないということじゃ』
『だってよ…』
『なんじゃ?言いたいことがあるならはっきり言わぬかこの失禁小僧が!』
さっきまでと同じ神とは思えない恐怖が俺を襲う。
勝手に手足が震えだす。言うんだ。声を出せ。
『爺やさんが途方もない回数やっても結果が変わらなかった事態を俺なんかが変えられないと思う!』
なんだ、このセリフはダサすぎる。恥ずかしい。穴があったら入りたい。
『しかも俺には関係ない話だ。ライハットなんて。俺は日本で生活しているんだから』
やめろ。みじめすぎる。
『しかもキリエも爺やさんも出会って数時間だ。確かにかわいそうだとは思うよ。だけど…』
『もうよい。貴様の言いたいことは分かった。去るがよい』
『えっ?』
『貴様が送られてきてすぐにワシは貴様のライハットでの数時間を見た。キリエに対しての愛着を少し感じたからワシは期待したんじゃがな…』
『キリエは…そのぉ…ああそうだ。ならあんたが降臨して救えばいい!だって神様なんだろ?』
『ワシは干渉できぬ。』
駄目だ。言葉が出てこない。
みじめすぎるだろ…俺…
『貴様の対応が正しいよ。たしかに貴様には関係ない話じゃしの。すまんな。貴様程度に怒りを示したワシを許せ。さていつもの朝を迎えさせてやるぞ』
『…』
言うな。言わなければ俺はこの神様の言う通り朝を迎えられるんだ。言うな言うな。
『なぁ。あんた…』
『なんじゃ?』
『俺がもしキリエを救いたいっていったらどうする…』
『なんじゃ?貴様さっきの話をまた蒸し返すきか?』
『答えろよ…神様…』
『助力する』
俺は涙があふれ出した。
この涙の意味は俺には理解できなかったが、止める気にはならなかった。
『俺はこの最悪の結末を変えられるのか…』
『ワシは嘘がつけぬから正直に話すが、不可能に近い。じゃが…』
『なんだよ…』
『貴様とワシが手を組めば…奇跡を起こす神と異界の英雄が手を組めば成し遂げられるやもしれぬ』
『異界の英雄?』
『貴様のことじゃ。恥ずかしいから訂正させるなこのたわけが…』
『俺は英雄じゃない』
『ん?』
『ただの吸血鬼オタクのバイトリーダーだ!』
022
「いやはや、懐かしいのご囚人様よ。この時の選択を貴様は後悔したことも多々あったのう…」
「あ゛ぁああぁあ」
「数え切れぬ絶望と最悪。あの爺さんとまではいかぬが貴様も十二分に地獄を味わっておる…」
「この傷の数々に物語がある…あの回廊で貴様はのどがつぶれるまで泣き叫んだ悲鳴を上げた…」
「何度も殺してくれと懇願されたがワシは何度も断った…許せ…」
「狂気に取りつかれた貴様は鎌小僧の妄言でキリエを殺そうとする結末もあった…」
「じゃが、安心せよ。そんな結末は1回しか起こらなかった…誇るがよい」
「苦難上等…貴様の歩んだ修羅道の終着は近い…さぁ、ビギンズナイト最終章の開幕じゃ!」
-------------
『ワシができるのは【巻き戻す】という奇跡』
『巻き戻れるのか?なら惨劇の前に巻き戻れれば俺はみんなを救えるのか?』
『貴様次第じゃ。そしてこの巻き戻りには記憶の継承はできん。ある種この奇跡も術式と相違ない部分がる。奇跡の代償は【記憶】じゃ』
『ってことは…』
『そうじゃ。流れは爺さんの置かれている状況とあまり変わらんという事じゃ』
『そうだ。せっかくだから爺やさんが置かれている状況ってやつを神様はどう見てるんだ?』
『あの現象はワシが干渉していない現象故に第三者視点となるがよいか?』
『ああ』
『ジルベルトを名乗る女の言葉通りじゃ。時間を殴り壊した結果やつの時間は進むことがなくなった。ほかの住人と違う影響を受けているのはきっと異界人だからじゃろうよ』
『ライハットの住人は巻き戻りに気が付いているのかな』
『感じているものはいるようじゃ。じゃが行動とセリフが限定されているため彼らもまた時間に捕らえられた被害者というやつじゃな』
『最後にもう一つ。あの鎌野郎…えっと京極だっけな。あいつについて知っていることはないか?』
『貴様と友人のような口ぶりからしてやつも異界人ということと、東都で指令を受けキリエを殺そうとしていることしかわからん』
『あいつさえ倒せれば、この結末は変えられるって感じかな』
『そうじゃな』
『よっしゃ!じゃあ…』
『待て。巻き戻りの注意点がまだあるのじゃ』
『注意点?』
『そうじゃ。貴様が2、3度転生した程度であの鎌小僧を倒せるとは思えん』
『はっきり言いすぎじゃね』
『じゃが、事実じゃ。だから流れとしてはライハットで目覚める→爺さんと共闘して鎌小僧と戦う→殺されこの回廊に戻る→現世で起きまたライハットにワシが連行する→ライハットで目覚めるという流れになるはずじゃ』
『まぁ、簡単に言えばそうだな』
『で、その後遺症として現世でも多少なり貴様の時間軸に被害がでる可能性が高い…いや出る』
『出ても構わないさ。ちなみにどんな障害が出るかわかるか?』
『わからん。時間が異常にゆっくり進んだり早くなったりするかもな…』
『その程度なら問題ないよ。進むには進むなら言い方悪いがみんなよりマシさ』
『そうか…ならその間でワシは鎌小僧の倒し方を見出し回廊にて貴様に伝授する』
『伝授されてもこの回廊の記憶とライハットの記憶はリセットだろう?』
『まだ話の続きじゃ。黙ってろ。ワシが狙っているのは【因果の終息】という奇跡じゃ』
『因果の終息?』
『そうじゃ。これは奇跡の中の奇跡。いまだかつて因果の終息に到達した者はいない』
『すげぇたいそうな物言いだな。で、それっていったい何なんだよ』
『言い方が難しいのう…貴様でもわかるように言えば【チート】じゃな』
なんでこいつはいちいち俺を馬鹿にするんだ。
しかもこの神様はゲームにも精通しているのかよ。どんな神だ。
『ループに取り込まれた者は過去に何人か存在するが、ループ物のお約束…さてな~んじゃ?』
うざいなぁ。殴ろうかな…
もしかしてコイツ、俺たちのゲームだけじゃなくアニメ・漫画などのオタク文化にも触れていたのか。
あぁ、だからアキバね。なるほど…
『な、なんだろうなぁ。う~ん…』
『遅いわ。ボンクラ。正解は結末が変わらないということじゃ』
絶対これが解決したらコイツ殴る。
『けどなんとか打開策を打ち立てて物語は完結するじゃん』
『馬鹿者。それは漫画やアニメだからじゃ。いい加減現実を見ろ』
疲れたので突っ込むのはやめようと思う…
『この現実でループにとらわれたものは爺さんと同じような結末を皆迎えておる』
『つまり、抜け出せないってことか?』
『そうじゃ。貴様はそんな抜け出せない道に自分から進もうというのだから勇ましいのう』
さっきまでの流れを全部なかったことにして朝を迎えようとも考えたが、さすがにもう引き返せないことが自分でも分かっていたし、引き返す気がそもそも無かった。
『そこで因果の終息の話に戻るとな。過去数多にわたる時間の流れの結びを一つに纏め上げ大きなコブを作り上げる。そのコブが貴様の力となる。どうじゃ分かったかのう?』
『つまり、死んで生き返ってを繰り返すうちに俺の力が強くなるってことか?』
『正解じゃが間違えておる。記憶がないのだからいくら力がついても発現することができぬ』
『じゃあ、意味ないじゃん!』
『じゃから五月蠅いのぉ!次話の腰を折ったら貴様の腰を折るから覚悟せい』
黙った。
『記憶はないが記録は貴様の中に残る。あとはそれを引き出すタイミングと方法じゃが…』
『なんだよ…』
『いや、ワシもこの現象を見たことがないから正解かわからんのじゃが…』
神様の顔がかすかに曇る。
『【前回の結末がかすかでも残る・痛みが現世でも確認できる】これがステップ1で【現世でワシを視認できる・術式が使える】これがステップ2としよう』
『じゃあその二つの兆候が現れたら、終息が近いってことか?』
『そうじゃな。じゃが本当にこんなことが起こるのか…』
『起こすんだろ!さっき神様が言ったんじゃねぇか。奇跡を起こす者なんだろ』
『そうじゃな。その通りじゃな。ヌフフ』
『もし、あんたが挫けそうになったら俺があんたの【希望】になってやるよ』
『希望とは、大きくでたのぉ。なら貴様が挫けそうになったらワシが貴様の【希望】になろう!』
『頼むぜ!神様!』
『フッ、ミロクと呼べ』
『応っ!じゃあ作ろうか!誰もが認める最高のハッピーエンドを!!』
------------------
「そして貴様はここにいる…」
「ワシの教えた術式・技術・戦術・体術その結晶が今貴様の中に眠っている」
「貴様は決してあんな小物には負けんよ。負ける理由が見当たらん」
「さぁ、目覚めよ!」
ミロクはそう言うと勢いよく俺の頭から手を引き抜いた。
ブシャーーーーーーーーーーーー!!
額から大量の鮮血があふれ出る。鮮血が壁一面を赤く染めた。
ミロクが指を鳴らすと額の穴は塞がった。
「あ゛ぁぁぁあ~い、痛ったいわぁ!!!」
「おお!目覚めたか囚人様よ。どうじゃすべて合点がいったか?」
「ああ。ビギンズナイトの欠片確かに受け取った」
あぁ、力とか世界がうんぬんとかの前に俺が一番に思ったことは【キリエが好き】という事だ。
キリエとの数々の思い出が俺の中で脈打っていた。
あの子にはいろいろなことを教えてもあたかも「知ってましたけど」という態度をとる。
あのしぐさが好きだ。
時に見せる寂しそうな表情が好きだ。
爺やさんの作ったご飯をほおばる顔が好きだ。
ただの食事であんなにも幸せそうな顔をする感情が好きだ。
二人で食事を作っているときに失敗して魚を焦がしてしまったことを必死に隠した姿が好きだ。
雨の中、雨ガッパを着て持っている傘を開きもせずはしゃぐ子供らしさが好きだ。
見ず知らずの他人が雨に打たれているところを心配して声をかけてくれる優しさが好きだ。
門兵に必ず挨拶をする律儀さが好きだ。
あの地平線のような胸が好きだ。
俺は彼女が大好きだ…
彼女にとってはたった数時間の付き合いかもしれない。
しかし俺にとっては何十年の付き合いだ。
「ミロク…」
「なんじゃ?」
「俺、絶対にキリエを救い出す」
「当然じゃ」
「俺が…俺たちが」
「キリエの」
声が被る。恥ずかしさはない。
そこにあったのは誇らしさだった。
「最後の希望だ!!」
023
「っとまぁ、前回の章でかっこよく決めたがのう」
「なんだよ」
「貴様がせっせと壁の血をふき取ってる様を見ると健気で仕方ないのじゃが…」
「誰のせいで汚れたと思ってやがる!じゃあお前の術で壁きれいにしろよ!やれよ!」
「そんな術式も奇跡も無いわ!貴様に教え切ったから貴様が知らぬ=ワシも知らんになるのじゃ!」
「『なるのじゃ』じゃねーよ!なら手伝えよ」
「いやじゃ。誰が好んでそんな汚らわしいことをしなければならぬ。ワシは神だぞ」
ビギンズナイトでも誓ったが、この件が解決したら真っ先に殴る。
「して、囚人様よ。掃除が終わったらどうする?向こうに乗り込むか?」
「いや、ちょっと行きたいところがある」
「珍しいな。わかったぞ。貴様、確率操作の術式か幸運の術式で一儲けする気じゃな!まったく貴様はどうしようもない奴じゃのう」
「しねぇよ。パチンコは自分の運で勝ち取ってこその楽しみがあるんだよ。お前には分からないだろうがレバブル、エアー、Pフラッシュと生きててよかったと思える瞬間がいくつも詰まった、まさに夢の宝箱いや…」
「そんな話はどうでもよい。なんじゃ、なら貴様が行きたいところなど皆目見当もつかんが?」
「俺の実家さ」
「なんと、ホームシックか?今更じゃのう」
「違うわ。最後かもしれないだろ…」
「ん?なんじゃ?」
「うるせぇな。いいから俺は行くぞ」
「確かに貴様のご母堂にはワシも興味がある」
「そうなのか?」
「ああ。まじめな話があの輪廻の回廊でワシと接触できたことが何よりの不思議じゃ」
「えっ、そうなのか?」
「うむ。あの地は現世でいうところのヴァルハラ…つまり戦士や英雄と呼ばれるものの…」
「宴会場か」
「風情がないの。まぁ間違ってはおらんが。そんな中に貴様が現れた…さらにはワシと接触した。これは不可解極まりない事態じゃからのう」
「まぁ、お前がそういうんならそうなんだろうな」
「奇跡かのう…」
「あぁ?なんだって?」
「何でもないわ。さっさと壁をきれいにせい!」
そんなこんなで掃除も終わり支度も済ませたところで時計を確認すると
丁度11時をまわったところだった。
『あぁ、もしもし?お母?元気か?あぁ、こっちは大丈夫。ところで突然だけど、一回実家帰るわ。ああ。うん。今日。そろそろつくよ。ハハッ。うん。じゃ、また後で…』
瞬間移動の術式をもってすれば一瞬で実家だ。
だがその前に少し玄関の前でやることがある。
ミロクも俺の意図を感じたのかニヤニヤ笑っていた。
ピーンポーン!インターフォンが鳴る。
「おーい、久しぶり!京極だけど!覚えてる?」
こいつはどうやら毎日来ていたらしい。
現実の記憶もミロクの術式の対象になっていたらしく欠けていた部分であったようだ。
京極は現実世界では決して手を出さずけん制だけしていく。
そして俺が覚えている範囲でライハットの情報を吸い出すのだ。
そして場合によっては俺を言いくるめる。一度だけ俺はその術中にまんまとはまったことがある。
「おー、京極か!久しいな。元気だったか?」
「なっ、えっ!」
ドア越しだから顔が見えないのが残念だ。
動揺した様子が声からもわかる。フフいい気味だ。
「あっ、そうそう久しぶりついでに言っておくと俺はお前を必ず倒す。瞬殺してやるから覚悟しておけ」
「なん…だと…」
解除の術式によりドアのカギが動き始める。
俺たちはその隙に瞬間移動術式を発動した。
「術式開放 天来空移」
「ヌフフ。さらばじゃ~」
一瞬にして俺たちは実家に到着した。
さすがに座標は玄関付近に設定したのは言うまでもない。
会うのは久方ぶりだから緊張する。
俺は扉に手をかけ勢いよく言う
「ただいまぁー!」
023.5
「消えた」
一瞬にして俺の目の前から消えた。
「チッ…転移術式か…でもなんであんなカスが…」
まさか賢人の言っていた因果の終息があいつに起きているのか…
認めない…そんな主人公みたいな現象は俺にだけ起こればいいんだ…
俺が世界を守るんだ…
東雲…貴様は害悪でしかない。
俺が数々倒してきた魔王の一人にすぎないんだ。
殺す…殺す…殺す…殺す…殺す…殺す…
「おい、どうなっている…ジルベルト話が違うと思うよぉ?」
「ジルちゃんって呼びなさいと何度言ったらわかるのかしらお馬鹿さんね」
この女は常に人の話を聞いているのか聞いていないのかわからない態度をとる。
東都に入れ知恵をしたのがどうやらこいつらしいが真意がつかめない。
さらにジルベルトにより俺は異世界に召喚された。
-------------------
『召喚術式…無事完了ね。初めまして坊や。お名前は?』
『だ、誰だ?ここは一体?』
『そうよね。混乱するのもわかるわ。でもあなたには分かっているはずよ召喚された意味が…』
『俺が召喚された意味…?何言ってんだ?』
『わかっているくせに。なら私が言うわあなたはこの世界のきゅ…』
『救世主…か』
『そうよ。救世主。なんだやっぱりわかっているんじゃない』
その瞬間ついにこの時がきたかと思った。
全身の血が沸騰するぐらい熱い。生きてきたなかで、いや今俺は生まれたんだと思った。
俺が世界を救う。救世主…
今まであこがれでしかなかった存在…
そうだ…俺が主人公だ!俺が英雄だ!!
その後、王様と直で話すことができた。
そして、俺の使命は時間の反逆者の抹殺…
できる…俺はできる…簡単じゃないか…そうだ、すぐに行こう。
『さぁ坊や装備を与えます。王からの餞別です』
受け取ったのは一振りの大きな鎌。
普通初期装備は剣じゃないのか?なんてかわいらしい疑問があったが受け取った鎌を見て思った。
「初期装備から最強武器だ」と。
『それは【魂喰らい(ソウルイーター)】あなたが刈ると決めた相手を必ず仕留める術式が施されている伝説の鎌です』
『じゃあ、さっそくだけどライハットに行くよ』
『お待ちなさい。今のままでは結界により内部に入ることはできないの』
『じゃあ、どうするんだよ?』
『時間が肝心なのよ。あなたが戦える時間も決まっているの』
『制限付きの戦いか…うん。得意分野だ』
『そう。ならよかったわ』
『でいつから戦えるの?』
『夜よ。そしてあなたに与えられる時間は9分間』
『9分間?』
『そうよ。まあでも9分で老人と小娘を刈るだけだから簡単な事よ』
『そう…だね…簡単だ』
そしてむかえた夜。決戦の時間。
『賢人の皆さんは坊やをロックバスター城に転送してください。私が結界を解除してからお願いしますよ。でないと坊やが結界に当たってミンチになっちゃいますからね~』
『お、おい!ジルベルト!』
『ウフフ。冗談よ。半分ね』
震えだす。大丈夫だ。9分後には俺は世界を救った救世主になれるんだから。
『じゃあ始めますわよ 鬼乱術式弐拾弐ノ項 天蓋砕破』
ジルベルト曰く最強の結界破壊術式らしい。
『今です。賢人の皆さん』
『術式開放 天来空移』
『じゃあね。坊や。世界を救って』
瞬きをした時にはすでに雨に打たれていた。
冷たい。
早く終わらせて帰ろう…
にしてもでかい門だな。馬鹿な話だがこれの開け方を聞いておけばよかったと若干後悔した。
「この扉を俺は…刈る!」
そう思った時には俺は走り出していた。俺の意思に関係なく足・手・腕は動く
その瞬間門はきれいに切り裂かれ左右に立っていた門兵もバラバラになって床に転がった。
人を殺した…人を殺した…人を…いや違う。こいつらは魔王の配下だったんだ。
悪者を殺したんだ…
門の奥にさらに門が見えた。あれが正門か。
再び俺は門を切り裂き城内に入ることができた。
静かだ…魔王の配下が来る気配もない。
『そこで止まりなさい』
誰かの声がした。驚いた俺はあたりを見渡した。
『どこを見ているのです。私はこちらですぞ』
目の前に執事の姿をした老人が現れた。こいつがジルベルトの言っていた魔王の側近か。
刈る…刈り殺す!
『ホッホッホ。遅すぎです。何がしたいんですか?あなた』
すべての斬撃を躱され背後に立たれる。
一瞬にして血の気が引いた。
恐怖が俺を支配する。殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される
ジルベルト…助けて…
『ロックバスター城を汚した罪…命をもって償いなさい』
目をつぶって俺は祈った。
『こ、殺さないでぇええええええええええええ!!』
次に目を開けるとそこは、東都の城バラキレフ城の中だった。
どうやら助かったらしい。
『失敗したようね。坊や』
『あ、あああああぁぁぁああぁー!』
『おお、可哀想に可哀想に…ウフフなんて可愛いのかしら…』
『もう、いやだ…お家に帰りたい…』
『坊や。帰っても普通の暮らしが待っているだけよ?』
『それでもいい…もうあんな怖い思いはしたくないよぉぉ…』
『恐怖に喰われたわね…ウフフ…本当にあなたを選んでよかったわ』
そのあとの記憶は曖昧だ。
けど実感していることは俺がどんどん強くなっているという結果だけ。
恐怖はない。ただ世界を救うという目標だけが俺を動かしている。
あの世界は魔王を殺すまで何度でも繰り返される。
しかし進歩はあった。ついにあの爺を殺すことができたんだ。
あとは制限時間内にどれだけ早く殺せるか…そして魔王を刈り殺す。
そして東雲。あいつも魔王の配下であるなら刈らなければならない悪の華。
東雲との思い出は…あれぇ思い出せないや。
でも友達だったってことは間違いないんだけどねぇ。
まぁいいかぁ、さて今宵の準備に入ろうかぁ。
あぁぁぁあぁ…正義…執行ぅ…
024
「お帰り。本当にすぐだな」
「さっき言ったろ。すぐつくって」
「確かに言っていたが、ってお前どうしたその顔の傷!」
「あぁ、これ?まぁ、男の勲章ってやつ?」
俺は口元の傷をなぞりながらきざなセリフを吐くのだった。
「ふぅ~ん。まぁいいや。ところで昼飯は?」
「いいのかい…食べてないな。ある?」
「オムライスでいい?」
「最高ですお母さま!」
「じゃあ、早く上がんな」
居間につくと、父と弟が「おかえりぃ」と間の抜けた声で帰宅を祝福してくれた。
二人は携帯ゲームに熱中していた。相変わらずである。
「兄ぃ、あっちの暮らしはどうよ?」
「えっ、あっちって!?」
「引っ越し先に決まってんじゃん」
「あ、あぁ、そうだよな。うん。やっと慣れてきたっていうか暑いな。毎日毎日」
「そっか。いずれ俺もそっちに住もうかと思ってるんだよね」
「そうなのか?じゃあこの家には夫婦二人だけになるのかな」
「問題ないな。お父さんと私は今でもラブラブだから。ねぇ~?」
「あ、あぁ。そうだな」
「何その気の抜けた返事?」
あぁ。暖かいな。
引っ越す前はいつも見ていた光景だが、一人暮らしをしてみてまったく見なくなった家族団らん。
父がいて母がいて弟がいる。これほど幸せなことがほかにあるだろうか。
「おい、司ぁ。ちょっち付き合えや」
「なんだよ。お袋」
「キャッチボールしようぜ」
外。炎天下。暑い。
「司とキャッチボールするの超久々だな」
「当たり前だ。ってか小学生以来じゃないか?」
「あぁ、そうかもな…司ぁ」
「なんじゃい?」
球は交互に宙を舞う。
「なんかあった?」
「えっ?…あんだよ、なんかないと帰ってきちゃダメだったかぁ~?」
「いんにゃ。そういう意味じゃないんだよ。母の勘ってやつだ」
「それほんとに当たってんのか?」
「百発百中だ馬鹿野郎!」
「うおっとっと!いきなり強い球投げるなよ」
「おっ、ナイス反射神経!やるねぇ」
「…」
「なあ司。お前なんかでかいことやろうとしてるだろ…」
「どうかなぁ。でかいことかなぁ」
「言いたくないならそれでもいいさ。言えるようになって話したくなったら言いな」
「ああ…なぁ、お袋ぉ」
「なんじゃい?」
「惚れた人と世界どっちかしか取れないとしたらお袋ならどっち?」
「なんだその二択。厨二かよ」
「いいから教えろよ」
「決まってんだろ。どっちもさ」
「いやいや二択…」
「関係ないね。二択を差し出されたらそれに従うなんていうのは御免だね」
「…」
「しかも司ぁ。お前はそんな事で悩む必要がないんだよ」
「どういう意味だよ?」
「お前の能力教えてやろうか?」
ミロクの気配がする。いや、キャッチボールが始まった時から気配はしていたが今は濃く感じる。
「なんだよ。俺の能力って?」
「それは…第三の選択肢を出現させる力だ」
『ヌフフ。貴様のご母堂…貴様と同じで本当に面白い方じゃ』
「なんじゃその力は」
「お前のさっきの二択質問。司はどっちを選んだんだい?」
「俺は惚れた人を選んだよ…でも世界が崩れることを考えたらもう頭がぐちゃぐちゃになってさ」
『なんじゃと!貴様、そういうことはワシに相談すればよかったものを…』
「そうなるってことはその二択にお前の求めている答えは無いってことだ。で、行き着いたんだろう私と同じ答えに。でもそれが正解か不正解か自分では判断できないから…ってところか?」
まったく恐ろしいほどこの人は俺の母親だ。
訂正する必要のない俺の心理分析だった。
「正解は三択目だ司。世界も救って女の子も救う。お前にはその力があるんだから」
ミロクにもそんなこと言われたことがあるな。
本当にこの人達、いや一方は神だが…どんだけ俺に期待してんだよまったく。
俺はついこの間までただのバイトリーダーだったんだぜ。
あ~あ、期待されるのがこんなにうれしいことなんて知らなかったな。
「あと優しいお母さまから一つだけ助言というか小言だ…」
「なんじゃい?」
「全力で戦え司!」
あぁ。もちろんだ。
025
「もう帰るのか?」
「ああ。昼飯ごちそうさん」
「兄ぃ、元気でな。風引くなよ」
「最近よく風邪ひくなって心配されてるよ」
「ん?」
「あぁ、こっちの話」
「酒はほどほどにな」
「親父もな。また呑みに行こう」
俺は再び玄関の扉に手をかける。そして振り向きざまに
「行ってきます!」「いってらっしゃい!」
キィーとゆっくりドアが閉まる寸前で、ガシッっとお袋がドアをこじ開け俺の正面に立ったかと思えば次の瞬間、ガバッっという擬音が聞こえる勢いで俺を抱きしめた。
「もし…もしだぞ…負けそうになったら逃げろ…全力で逃げてここに来いよ」
「なに泣いてんだよ…お袋。それ以前に俺は負けない」
「だな!さすが私たちの息子だ!さぁ晴れやかに行け!!」
俺は走った。振り返ると留まりたくなるから振り返らずに走った。
「まだ見守られているぞ囚人様よ…家族とは、いいものだな」
「ああ。俺の自慢だ。なぁミロク…」
「なんじゃ?」
「もう見えなくなったか?」
「ああ。もう見えんよ」
俺は再び瞬間移動で自室に帰った。
一応伝えておくと自室につく前に遠方から京極がいなくなったかは確認した。
あいつのことだから待ち伏せをしている可能性があったからだ。
だがそんな心配はなく、あいつはすでに撤退していた。
自室に入りカギを閉め、ベットに座りタバコに火をつける。
「なぁ、ミロク」
「なんじゃ、囚人様」
「今まで言わなかったんだけどさ…俺がこれを言うのがおこがましいと思ってあえて言わなかったんだけどさ…」
「なんじゃ?」
ミロクはすとんと俺の隣に腰かけた。
「俺はキリエだけじゃなくて爺やさんもあの門兵もライハットに住む人々を助けたいんだよね」
「第三の選択肢か?」
「ああ。その手立てを一緒に考えてくれないかな?」
「おこがましいのぉ。いや強欲か?しかしその強欲さをワシは嫌いになれん」
そして横に座っていたミロクがテーブルをはさんだ正面に座る。
いや、改めて見ると本当にかわいい顔してるんだよなぁ。この神様。
キリエたんとは違う可愛さだな。美しさの中に可愛さがある。年上ならではの魅力というやつか…
「今のお主なら聞こえるかもしれんな…可能性の声が…」
「ん?」
「いや、貴様の帰省が思わぬ収穫を得たのじゃ。IFの世界との交信に成功したのじゃよ」
「なんだって?」
「きっと貴様のご母堂の力じゃろう。あの力はすさまじい力じゃった」
「なんの話だ?」
「術式の話ではなく、そうじゃないうなれば常時発動型の能力…『もしもの確立』とでも名付けようかの」
「ネーミングセンス無さすぎるだろ…ってそもそもなんだよその能力」
「彼女は言葉を発するだけであったであろう世界を構築することができる。さらにワシのように時間を司ることのできるものがいた場合それに干渉することができるということじゃ」
「う、嘘だろ…」
「使いようによっては無敵の能力ではあるな…じゃがそんなことよりさっきの話じゃ」
「そうそう。IFの世界と交信ってどういうことだ?」
「ワシが交信した世界は一つだけ…といっても一つの世界に干渉しただけでワシの神力のほとんどが持ってかれてしまったがな」
「神力?」
「ああ。術式開放時に記憶を消費するのとどうようにワシらが奇跡を起こすのに必要な動力源じゃ」
「多分その話ってフラグだよな。その神力の話をここで深く聞いておかないと俺後悔するよな」
「そんなことにはならんわ。このたわけが。ワシクラスになると神力などすぐに再生されるのじゃから心配には及ばん。本題を続けてもよいかの?」
「あ、ああ。頼む」
「では、貴様の持っているあの通信機器を出せ」
「通信機器?ああ、携帯電話か?ほらよ」
「テーブルに置いてしばし待て」
「待てってどのくら…」
部屋にアニソンが鳴り響く。
表示は非通知。
「出よ」というミロクの一言。俺はとっさに通話開始ボタンを押した。
「もしもし?」
『もしもし?聞こえているか?』
この声には聞き覚えがあった。少し前にかけてきた電話の声だ。
でもそれ以前にどこかで聞いたことのある声だった。どこで聞いたかは数秒後に明かされた。
「ああ。聞こえてる」
『本当にミロクが言った通りだな、俺だよ俺…』
あぁ、分かった。この声がだれか。
毎日聞いているじゃないかこの声を…それは
「お前…俺か?」
次回に続く
最後までお読みいただき誠にありがとうございました。
前哨戦篇は終わり、次回より本戦が始まります。
バイトリーダーは走ります。
ハッピーエンドに向けて走りますので応援どうぞよろしくおねがいいたします。
感想はどんどん罵詈雑言を浴びせてください。
それが私のエネルギーとなり次回作への活力となります。
最後になりますがこの言葉でいったん締めたいと思います。
力こそパワー
ありがとうございました