第二幕 - 意に満たぬ約定 -
「この村がこうなってしまったのも、そもそも領主との契約が原因だった…。」
村長の家に招かれた俺たちに、村長はおもむろに語り始めた。
村長の家といっても、家の中は質素なものだ。
外から地続きで、床板なんてものはなかった。
寝具と思しき藁束が、隅の方に置かれていたが、固そうだった。
踏み固められた土間は固く、中央に石が簡素に積まれただけの囲炉裏のような場所があり、火が焼べられていた。
外は肌寒かったが、家の中は暖かかった。
「かつてのこの村は領地の庇護下に入っていなかった。その頃も決して、裕福とは言えなかったが、皆今よりは豊かな暮らしをしておった。」
村長は囲炉裏に煤だらけになった鉄鍋を火にかける。
さらに続けた。
「ある時、素行の悪い奴らがこの村に来るようになった。名は知れていないが、剣や弓を持って村を襲うようになった。我々も対抗しようとしたが、奴らは傭兵上がりの盗賊らしく、歯が立たなかった。」
薄い鍋の中に、瓶から汲んだ水を入れる。
「……盗賊たちはワシらを殺したりはしなかった。だが、ワシらの蓄えた作物やビールを持っていこうとした。その時だった、あの領主たちが通りがかった……。」
村長は不揃いなカップに温めた湯を注いだ。
「領主たちの連れた騎士たちは、あっという間に盗賊たちを追い払ってしまった。その後、ワシらにこう言った。『こういう事があるなら、我々に庇護を求めてはどうか。領民になれば、ここに騎士を常駐させるぞ。』とな。」
マグカップに注いだ湯を俺たちに渡す。
「なんだ、領主良い奴じゃない。それが何で問題になるの?」
カップを受け取りながら、看板女優が言った。
「守ってくれる、ってだけなら良いが、その条件が問題だったんだろう。税も徴取するだろうしな。」
強面が言う。
「領主がだした条件は、税を納める義務だった。だがその量が異常だった。」
村長の手は怒りにワナワナと震えた。
「最初は十分の一を教会、十分の二を領主に税として納めるという話だった。だが、戦争臨時だの警戒だのという名目でワシらが暮らしていくのに必要な分まで取り上げるようになった。」
村長の声が大きくなる。
「ワシらは税を納めるのを渋ると、領主は騎士たちに乱暴を働かせ、強制的に徴収するようになった。昔は、この辺りに川も流れていたが、それも止められた。そうなると徐々に麦の作量も減っていった。」
「前言撤回。領主チョー悪い奴だったわ。」
女優が腕を組んで言った。
「さらには、村から若い娘を自分の城に連れていっては……。ワシは、皆を守ろうとしたが、何も出来んかった……。」
村長は泣いていた。
やるせない気持ちなのだろう。
彼は村を守るために、領主との契約を交わしたはずだった。
しかし実際には、自ら首を絞める結果を招いてしまったと考えているのだろう。
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「確かに助けてやりたいが…俺たちに何ができるというんだ?」
村長の話を聞いた俺たちは、村の様子を見ながら郊外に出て話し合っていた。
「そうッスね……。俺ら、何に関しても素人ッスからね。」
「コレ解散なのでは?」
「団長は何かアテがあるの?妙案があったりとか?」
みんな不安に思っていた。
それもそのはずである。
助けられるものなら助けたいものだ。
しかし異世界初心者の俺たちに一体何ができるのだろうか。
「そうだな…。いや、ノープランではある。」
「「「「ええええええええええええ!?」」」」
「ノープランでなんとかしようとしてたの!?」
「正気か!?」
驚愕したような声を上げられても困る。
義憤にかられるというのはこういう場合なんだな。
前も後も考えず、単に決めてしまう。
これが大事なこともある。
「ただ…アンタが居酒屋でケンカを止めようと言ったとき、こんな気持ちだったのかな。」
強面に言った。
「いや、そうかもしれないが…あの時は俺も連れていた若い衆を守れるだけの自信があったからだ。」
なんだ、そういう自信があったのか。
「いや、そういう意味では、いくつか頼りはあるんだけどな……。」
そう言いながら、ポケットの中のものを取り出す。
ポケットの中にあったものは、金細工の紋章のようであった。
「何だ、それ?」
心当たりはあった。
『ワシからいくつかプレゼントをしてやる。』
この言葉は、俺の決断を成功に導く可能性を秘めていた。
「この世界に来る前に話をした神が、俺たちにいくつかプレゼントを用意したと言っていた。これもその一つだろう。」
それは金や銀の精巧な盾のレリーフだった。
その盾の中には獅子や四つ足の獣や草花の文様が彫り込まれている。
「重っ!?」
ポケットから出した途端、突然重みをもった。
ただのメッキではない。
もしかしたら本当に金銀かも!?
「何だそりゃ。確かにその貴金属を売れば、金になるだろうな。それで武器やら何やら買い集めて、村人たちと共に領主と戦う気か?」
強面が言う。
流石は武闘派である。
「確かに『領主を倒して村を救う』というのが一番わかりやすい。けど、俺は違うシナリオを思い描いてる。」
その紋章を見たときに思いついたシナリオだった。
「団長、悪い時の顔してるよ。」
小道具の女が顔を覗き込んでいた。
「団長が無茶なスケジュール組むときの顔してる。」
「ゲッ、キツイときは団長結構鬼畜ッスからねぇ…。俺らに振る仕事の量も多くなるし。」
そんな無茶なスケジューリングはしてないつもりだが…。
ていうか、どんな顔だよ。
「……、ただその顔が出たってことは、何とかなりそうって事?」
「あー…、確かに団長の計画は案外上手くいくんだよな。死ぬほどキツイけど。」
俺は団員たちに考えを説明した。
死ぬほどキツイ、だが成功すれば見返りは大きい。
それが、俺の思い描くシナリオだ。
俺のモットーは、団員たちの頑張りを無駄にしないことだ。
そのためには、自分にも団員にも多少は無理をしてもらうことになる。
今回のシナリオのテーマは、逆転劇。
舞台は、まだ農民たちが虐げられていた中世の農村。
脚本は俺で、キャストは演技派揃い。
さぁ、盛り上がってきたぞ。
と、俺の表情は不敵な笑みに変わるのだった。