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5.強者の条件

 魔族の料理といえどもそれほど人間のそれと大差はなく、それどころか普段レオニスが食しているものよりも良質とも思えるくらいで、レオニスも女性魔族二人とともに豪華な料理を美味しくいただいた。


 そして三人揃って食堂を後にし、赤と黒と金の色合いの通路を進む。食堂から玉座の間まではそこまで距離はないとフィナンジェに言われ歩き出したレオニスだったが、5分ほど歩いたところで疑念を抱いてきた。



「魔王のもとへはあとどれくらいだ?」



「焦らないでくださいませ、せっかちな男性は女性に好まれませんよ。今で大体半分くらいです」



 つまるところ、食堂から魔王の居る玉座の間まではおよそ徒歩10分ということらしい。まあ城門からの道程に比べればかなり短くなってはいる。

 助けてもらっておいて贅沢を言えるような立場でもないので、転移の術をお願いしたい気持ちは胸の奥にしまいこんだ。



「おい貴様」



 エカレアが厳しめの声でにレオニスを呼ぶ。

 だがそれを特に意に介さず、レオニスは少し後ろから付いてきているエカレアを振り返った。



「なんだ」



「分かっているとは思うが、私は魔王さまの命がなくとも貴様が魔王さまを手に掛けようとすれば迷いなく斬る。フィナンジェは魔王さまがお前に討たれることを望んでいるというが、私はまだ信じていないのでな。変な気は起こさないことだ」



「言われなくとも、不意打ちのような真似はしない。俺の望みを叶えてくれようとする魔王に対して、出来る限りの礼儀を尽くしたいと、俺は思っているからな」



 それは偽らざる勇者になろうとする男の本心だった。

 魔王を倒さなければならないが、自分のことを慕ってくれているあの魔王を倒したいわけではない。

 もし彼女が魔王でなかったなら、きっと仲良くすることだって出来ただろう。



「ふん、礼儀を尽くして、殺すのか」



「エカレアさん、言葉が過ぎますよ」



 吐き捨てるように言った空色の騎士を、紅色の妖女が咎めるように言った。レオニスはそれにどう反応すれば良いか分からず、結局沈黙が間を埋めるのだった。


 やがて通路の奥に開けた空間が現れ、辿り着いてみるとそこが玉座の間――――かと思ったがそうではなかった。



「その大扉の向こうが、魔王さまのおられる玉座の間です」



 と、フィナンジェが示した先には確かに、魔王城の城門に似ているが、それよりも更に豪華で洗練されたきらびやかさのある大きな扉が存在していた。レオニスにとってはちゃんと扉から玉座の間に入ることが初めてで、不思議な感慨を覚えていた。


 ちなみに今三人の居る半円形の広間には、食堂から歩いてきた通路以外にも沢山の通路が接続されている。階段まであり、上がった先の二階の壁面にもびっしりと通路が口を開けていて、簡単に数えることは出来なそうだとレオニスは思った。


 大扉は、平らな壁面の丁度中央に位置していた。

 そこまで歩み寄ると、フィナンジェが後ろの二人を手で制する。



「魔王さまにお目通りの許可をいただきます。少し待っていてください」



 先日は転移で中に飛び込んだというのに必要なのだろうか、とレオニスは思ったが、魔族間の規則などは分からないので黙っておくことにした。

 フィナンジェは巨大な扉の前に立つと、特に声を張るでもなく、



「魔王さま、フィナンジェです。入室の許可をお願いします」



 そう言うや否や、扉がギリギリと音を立て部屋の内側へと勝手に開いていく。

 この仕掛けも城門と同じなのだろうが、レオニスには未だに仕組みが分からない。出来るのは魔術によるものではないかと、憶測を立てることくらいだった。



 扉が開いたということが入室許可が出た証しのようで、フィナンジェもエカレアも歩を進める。その後ろに付いてレオニスも足を踏み出した。



 相変わらず広い玉座の間の最奥に、遠目でも分かるほどに大きく豪奢な装飾の施された、魔王の玉座がある。


 が、魔王のその華奢な姿は玉座よりももっと手前、ちょうどこの玉座の間の中央あたりに敷かれた綺麗な刺繍の施された白い絨毯の上にペタンと、しかし背筋は伸ばして座っていた。


 レオニス達から見て右向きに座っている彼女は、何かを口に運んでいるようだ。

 近くまで行って見てみれば、可憐な魔王に手には、フォークとチョコレートケーキの乗った皿が握られていた。



「あら、申し訳ありません、お食事中でしたか」



「ううん別に、大丈夫。もう少しで食べ終わるから――」



 皿の上のケーキをフォークで小さく切りながらフィナンジェの言葉に応じている途中で、ようやく三人の方を見た魔王アールメリアは、壊れた機械のようにそこでフリーズした。



「魔王さま?」



「いやぁぁぁぁああああああ!」



 また悲鳴だった。最近魔王城では悲鳴を聞くことが多いなとレオニスは思う。



「ちょっとフィナ! 勇者さまが居るなんて聞いてないよ!」



「まあ、言ってませんからね」



 飄々と言うフィナンジェに、魔王は更に語気を荒くする。



「ちゃんと報告してって言ってるんですっ! お食事を勇者さまに見られるなんて恥ずかしいでしょ!」



「あらあら、そうでしたか。魔王さまの乙女心を忖度出来ず申し訳ありません。私達は普通に勇者さまと一緒にお食事をしてきましたので、失念してしまったようです。お許しくださいませ」



「え! 勇者さまと食卓を囲んだということ!? そんな羨ましい! なぜ、私を呼んでくれないの!?」



「勇者さま、お言葉ですが言っていることが矛盾しています。それに、魔王さまはこの部屋から出ることの敵わぬ身ですから」



「嬉しいことの前には羞恥心なんて消し飛ぶんです! 私が出られないなら、この部屋でみんなで食べればいいでしょ!」



「そんな、魔王さまとお食事など恐れ多いことです」



 エカレアが発言すると、魔王の視線がパッとエカレアの方へ向く。



「あ、エカレアも居たんだね」



 魔王が珍しく魔王らしく、酷いことを言った。



「ええ……居りました。少し傷つきましたが、魔王さまが気を咎めることではありません」



 そう言いつつも含みのあるエカレアの言葉に、慌てたようにアールメリアが応じる。



「あ、ご、ごめん! お久しぶりだね、エカレア。会えて嬉しいよ」



「私は大丈夫です。勿体なきお言葉です」



 騎士も騎士らしく、恭しく片膝をついて頭を垂れた。



「そんなことより勇者さま! また来てくれたのですね!」



 もう一度エカレアを傷つけたことに気付かぬまま、魔王は残ったケーキを一口で頬張ると皿とフォークを絨毯に置いて立ち上がり、レオニスに詰め寄る。


 先日吹き飛ばされた経験のせいか、レオニスは反射的に一歩足を引いてしまう。



「あ、ああ。またお前を倒しにきた」



「そうですか。嬉しいです」



 屈託のない笑みで、魔王は勇者になろうとする男を見つめる。

 そんな様子を見て、悟ったエカレアは表情を暗くした。



「そんな……じゃあ魔王さまは本当に……」



「ええ、これが事実、そして現実です。受け止めてください」



 姿勢を低くしたままのエカレアにフィナンジェが言った。そしてすぐに魔王に向き直ると、



「魔王さま」



「うん? なーに、フィナ」



「例の計画のお話を、今ここでしようと思っています」



「そっか。うん、そうだね。それじゃあ、勇者さま、エカレアも、上がって。あ、靴は脱いでね、カーペットの上は土足禁止だよ」



 促され、レオニスとフィナンジェ、そしてエカレアは履き物を絨毯の外に置いて、ふかふかとして心地よい肌触りの絨毯へと足を踏み入れた。



「あ、適当に座ってもらって大丈夫です」



 レオニスが絨毯の上に立ってキョロキョロしていると、魔王は自らも元居た場所に座りながら優しく促す。

 促されたレオニスは魔王の正面に座り、その右隣にエカレア、左隣にフィナンジェが座った。4人で話すなら円になるべきかもしれなかったが、魔王の配下である2人の美女は畏れ多くて魔王と肩を並べることは出来ないようだった。

 そんな二人の様子に、一番儚げで華奢とはいえ目の前の少女こそが魔王なのだと、レオニスは改めて思い知らされた。



「それでは魔王さま、私からおおまかにお話しさせていただいても構いませんか?」



「うん。フィナ、お願いするね」



 畏まりました、と魔王に応じてから、紅の魔族は話し始める。



「まず申し上げたいことは、この度魔王さま、そして私フィナンジェめは、勇者さまを待ちわびておりました」



「どういう意味だ?」



「そのままの意味でございます。前回魔王さまにその御手を触れようとし、そして一瞬で吹き飛び瀕死に陥った勇者さまを故郷の村に送り届けた後、私と魔王さまは真剣に話し合いました」



「お前、情けないな」



「う、うるさい」



「エカレア、勇者さまを悪く言ったら怒るよ?」



「すみません……」



 魔王の圧のこもった一言でエカレアは甲冑を纏った肩を落とした。

 表情も苦々しい。



「えー、話を続けますよ? 最初の頃は勇者さまが少しずつ力を付け、そしてやがては本当に魔王さまを倒してしまうのではないかと思っておりました。しかしもう幾度となく勇者さまは魔王さまに挑まれてきましたが、その兆しは未だに見えません」



 レオニスには耳の痛くなる話だが、事実なので受け止めざるを得ない。ここで虚勢を張るほど、レオニスは愚かではなかった。



「そこで私達は反省しました」



「どうして、お前達が反省するんだ」



 どう考えても反省するべくは負け続けているレオニスのはずで、常勝の魔王軍ではないはずだ。



「いえ、勇者さまも知っている通り、魔王さまの望みは勇者さまの宿願と目的を同じくしています。そうなればこのフィナンジェめにとっても、願いは同じです。エカレアさん、あなたはどうですか?」



 急に話を振られ、空色の騎士は少し戸惑ったような顔をした後で、しかししっかりと答えた。



「正直に話すことをお許しいただけるのなら、私は魔王さまに仇なすものを生かしておきたくはない。しかし、そいつが魔王さまの想い人で、魔王さまがそいつに討たれることを望んでいるというのであれば、私も意を共にしたいと思う」



「さすがエカレアさん。それでこそ魔王さま直属の騎士です♪」



「ふん」



 ご機嫌に褒めてくるフィナンジェに、エカレアはどこか照れ臭そうに視線を逸らした。



「えーつまりですね、私達も、魔王さまが勇者さまの毒牙にかけていただけるように、積極的にお手伝いするべきではないかと、私と魔王さまの中では結論が出ました」



「毒牙にかける、というのは表現が悪いな。……話は分かるが、つまり魔王は、自分が倒される為に俺に協力する、ということか?」



「はい、勇者さま。そういうことですよ」



 魔王は真剣な表情で首肯した。

 


「正直願ってもない話だが、しかし素直にお願いしますとは言えない。それでは俺が魔王を倒すことを協力してもらうというよりは、魔王の自殺を俺が手伝うようなものだろう。そんなのもう、勇者でもなんでもない」



「おい貴様」



 エカレアの鋭い声がレオニスを刺す。



「この期に及んで何を腑抜けた、いや、ふざけたことを言っている。お前は自分の為に魔王さまを討つと、そう言ったな。それはつまり、『勇者』という肩書きが欲しいということか? それとも魔王さまを自らの手で討ち取ったという功績を望んでか? もしそうなら、さっさとこの城を去れ。魔王さまの希望であろうとも、そんな俗物に魔王さまを討たせるわけにはいかない」



「違う。俺が魔王を討つのは確かに自分の為だが、決して俺自身が評価されたいわけじゃない」



「なら、何故だ?」



「人々が苦しむ様を見るのを、俺が嫌だからだ。その為に、人々を襲い蹂躙する魔族を統べる王を、俺は討つ」



 レオニスの決意のこもった目を見て、エカレアは息を飲んだ。それを見守っていたフィナンジェが口を挟む。



「少々の誤解があるようですが、ご立派なことだと思います。エカレアさんいかがですか?」



「まあ、その意気は認めよう。だがしかし、そうなのであれば手段を選ぶな。手段を選べるのは強者の特権だ。弱者は弱者らしく、藁にも縋るがいい」



 レオニスは悔しかった。だが何も言えなかったのは、それを事実と認めているからだ。認めたくなくとも、レオニスは今ここに居る誰よりも弱いと、自覚している。



「エカレア、それは違うよ」



 魔王が綺麗な声を発すると、それぞれ異なる想いの乗った視線が魔王に集まる。



「勇者さまは確かに戦う力は弱いかもしれない。でも弱者じゃないよ。勇者さまが本当に弱者だったとしたら、きっと勇者さまは私に出会ってない」



 魔王に挑もうとするその気概。

 何度負けても立ち上がる根性。

 それらを持っているレオニスは弱者ではないと、魔王は真っ直ぐな目で訴えていた。

 エカレアはそれを目の当たりにして、少し深呼吸をした。



「ふん、魔王さまにここまで言わせるとはな。だが確かに、一人でここまで乗り込んできたその気骨と想いは本物だろう。私も認めよう」



 エカレアは少し寂しそうな表情で、そう言った。

 しかしそれを聞いたレオニスは、複雑な心境であった。

 自分が弱者ということは知っていた。

 でもそれでも成さねばならないと思っていた。

 だから無謀にもここまで来た。本来ならそれは、称賛されるようなことではない。


 愚者のすることだ。


 運良く、魔王が魔王らしくなかったから、自分は生き延びているのだと、レオニスは知っていた。



「ありがとう、魔王」



 色んな想いの込められたレオニスからの謝辞を受け取ったアールメリアは、頬を朱に染め、



「い、いえ、本当のことを言ったまでです!」



 と、照れ隠しに声を張るのだった。




感想などお待ちしております。


2019.8.11 雨宮終

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