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56.魔術騎士団長の貞操観念

 シャアラ・ニルヴェリン・レーザンフロイツ。

 私はその名前を背負って15年余りの月日を過ごしてきた。

 レーザンフロイツという王族に与えられる名前の重みと責任を、これまで私なりに咀嚼して嚥下して、理解してきたつもりではいるし、軽んじてきたつもりは毛頭ない。王族が選ばれた人間だなんてそんな自惚れを抱いたこともない。


 王族は、民草の為にあるべきだ。


 それがレーザンフロイツ王家の指針であり方針であり、誇りでもあった。

 私はそれに疑問を持ったことなど一度もない。


 王族に生まれたからには、私の全身全霊を賭けて民の為に尽くそうと、そう思って生きてきた。だからこそ、私はザートの村人が攫われたと知って、居ても立っても居られずに城を飛び出したのだ。

 だがしかし、その気持ちに今、変化が全くないと言えばそれは嘘になってしまう。


 多分私には、民よりも大切な存在が出来てしまった。

 そんな私はきっと、王族として失格なのだろう。

 だからきっと、これは私に与えられた罰なのだ。



「ええ!? 私の身体、魔族になってるんですか!?」



「ああ……」



 エカレアさんが神妙な顔で頷く。

 クーカさんを送り出した後、何故か髪色が変わった上に獣のような耳まで生えているという変化をエカレアさんに指摘された私は、身体を調べられることになった。といっても服は着たままだ。脱ごうと思ったら慌てて止められた。どうやら魔力を通して身体の中を探るようで、それを聞いた時は少しドキドキしたのだが、実際にやってみると私としては特に身体のどこかが刺激されるということもなく、内心は少し退屈だったのだが。

 どうにかエカレアさんが私の体内に不自然的に発生している魔力を操作してくれて、髪色と耳、それと目の色も元通りになったのだが、それは言わば魔力を身体の奥に仕舞い込んだだけに過ぎず、魔力自体は消滅することなく体内に残っているという。


 そして、魔族とは即ち、体内に魔力を宿すもののことを言う。



「それって、身体の機能とかってどうなんですか?」



「それは何とも言えん。ただまあ、私は人族の身体に詳しくはないが、基本的な機能はそう変わらないだろう。だから不便なことはさほど無いとは思うが……」



 とエカレアさんは言うが、私にはどうしても気になることがあった。



「あの、子供を作ることは出来るんでしょうか?」



 それはとても大事なことだ。王族としても、私個人としても。



「正直、私はあまり語りたい話題ではないが……。そうだな、それも何とも言えん。お前の身体には確かに魔力が宿っているが、それで体内の器官が変わるということはないだろう。魔族の女性の身体にはもともと子宮というものが存在しない。だから人族がする妊娠という概念も無いんだ」



「それでもセックスはするんですよね?」



「ま、まあ、そういうやつも居るな。私はしたことがないが」



「え、エカレアさんて処女なんですか!?」



「しょ! 処女と言うな! 私は魔術騎士団の団長だからな、貞潔を貫くことで常に魔力を万全の状態にしておかなければならんのだ! それに……男に身体を晒すなど恥ずかしくてならん」



 うわー、顔真っ赤だ。なんかあれだな、エカレアさんて――――。



「可愛いんですね」



「う、うるさい! レオニスのようなことを言うな! 人族というのは皆こうなのか!?」



 褒めてるのになぁ。まあでもレオニスなら言うだろうけど。

 ん? 私、可愛いって言われたことあったっけ?

 まあいいや、後で言わせよう。



「ところで、今の話だとセックスすると魔力が落ちるんですか?」



「お前、よく躊躇いもなくそんな品のない言葉を口に出来るな……。まあ、そうだな」



「なんでですか? あ、ていうか、子宮が無いなら中に出たものはどこに行くんです?」



「な、中? ええと……聞いた話ではその、奥のほうに快楽中枢の密集している部屋のようなものがあって、そこに、なんだ……その男のものが入ると凄い快感を得られるらしい。が、その快感を得ると同時に、身体の中から魔力が流出するという現象が起きるらしいのだ」



「へえ、楽しそうですね」



 想像してみたら、ちょっと試してみたい気にもなる。



「お前、王族の癖にそういうことに抵抗ないのか?」



「何を言ってるんですか? 王族だからこそ血脈を継ぐためにそういうことに積極的にならなきゃダメなんですよ。私の歳ではもう一通りの房中術は教わって居るんですよ?」



 思い返せば懐かしい。初潮が来てから、私は寝台の上でアストライアに本当に色々なことを教わったものだ。アストライアもあんなお堅いくせに寝台の上ではすごい乱れるからなぁ。そういうところが萌えるんだけれど。



「そういうものなのか……」



 エカレアさんの顔色が優れない。どうやら種族間ギャップにショックを受けているようだ。



「まあ、人族はそうして子孫を残していかなければならないのだから、そういう文化になるのも仕方のないことなのかもしれんな。とはいえ、お前の身体はまだ不確定なところが多い。子を孕むことも出来るかもしれん。だから簡単に性交をするのは止めた方がいいだろう」



 うーん、エカレアさんの言う通りなんだよなぁ。これで妊娠できなくなったというならその時はもうそれこそ、レオニスを襲ってやろうと思ったけど。そう思ってやっちゃった結果、子供が出来てしまったらそれは問題だ。



「魔王軍に軍医が居る。この戦いが終わったら詳しく診てもらうといいだろう。話は私が通してやる」



「エカレアさん……」



 この人、ホントに優しいな。



「な、なんだ?」



 ついつい、見つめる視線が熱くなってしまいエカレアさんが怯む。



「その、私……エカレアさんのこと好きになってもいいですか?」



「は、はあ!? な、何を言っている! ま、まさかさっきクーカにしたようなことを私にもする気ではあるまいな!? それは少し抵抗が……いや待て、それなら魔力が流出することはないのか? って違う! そういう問題ではない! 興味がないことはないが、しかし私のこれまで守ってきた貞操が!」



 なんかエカレアさんが、勝手にパニックに陥って慌てふためいている。こうやって普段クールな人が照れたりするのって本当に可愛いのよね。ずるいんだよなぁ。はあ、ライバル多いなぁ。あ、とにかくエカレアさんの誤解を解いてあげないと。少しだけ、勿体ない気もするけど。



「あの、そういう意味の好きでは無くて、人間としてということで……」



「へ?」



 エカレアさんは一転、呆然とする。

 そんな微笑ましい光景を見て、私は満面の笑みを浮かべてあげる。

 するとエカレアさんは悲鳴を上げて、今度は自己嫌悪に陥ったらし沈痛な表情で座り込んでしまった。


 どうするべきか悩んで、結局レオニスの技を借りて頭を撫でる。

 短くなったばかりの空色の髪のその柔らかな感触を楽しんでいたその時。



 雷鳴のような轟音が戦場に響き渡る。

 私が驚いて肩をすくませている間に、エカレアさんは弾けたように立ち上がる。



「まずい! シャアラ、行くぞ!」



 具体的に何がまずいのか私には分からなかったが、それでも身体の奥の方にあるものが何かに反応したように熱を発していた。初めての感覚だ。

 これ、もしかして私の中の魔力が何かを告げているの――――?


 だがそれを深く考えている暇はない。

 馬に飛び乗ったエカレアさんに促され、その背後に騎乗する。私の愛馬はクーカさんに貸しているので今は居ないのだ。



 エカレアさんは即座に馬を駆けさせ、戦場の中央に向かった。





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