4.食前会議
「これはわたあめという菓子でな。溶かした砂糖を繊維状にして木の枝を加工したものに集め、雲のように形成したものだ」
エカレアと向かい合って座ったレオニスは、エカレアが持っていた雲のようなものの説明を受けていた。
食堂の端の方のテーブルに三人で陣取り、配膳係の女性魔族に食事の注文をしてすぐに、レオニスがこの食堂に着いてからずっと気になっていたその正体について質問をしたのだった。『わたあめ』というその菓子について話すエカレアは、先ほどの殺伐とした雰囲気はどこへやら、とても嬉しそうだった。
「エカレアさんは、本当にその綿菓子がお好きですよねぇ」
レオニスの隣に座ったフィナンジェが、頬杖を突きながら呆れたように言う。
「わたあめだ、綿菓子ではない」
「どちらでも同じでしょう」
「バカを言うな。言葉が違えば意味も違う。同じ言葉であろうとニュアンスだけで意味が変わることだってあるのだぞ。つまり言いたいのは、わたあめと呼んだ方が可愛いだろうということだ」
そのいかにも子供が好みそうな菓子に対して強いこだわりを見せる魔族に、レオニスも少し溜め息を吐きたい気分だった。
ただしフィナンジェと同じようにエカレアに呆れているわけではなく、魔王を討伐しに来ているというのに、俺は何を魔族と楽しくおしゃべりしているのだ――――と、自己嫌悪に襲われていたのだ。
しかし、そんなレオニスの 内情を知らないエカレアは、手持ちのわたあめの端を少し千切ってレオニスへと差し出した。少しぶっきらぼうに渡すのは、きっと照れ隠しだろう。
そんなエカレアにレオニスはどう反応すれば良いか分からず、無言で見つめてしまった。
「何を呆けている。腹を空かせているのだろう? 満たすことは敵わぬかもしれないが、糖分は補給できる。食え」
「あ、ああ……すまない」
レオニスが受け取ると、エカレアは満足そうに笑った。
そんな様子を見て、フィナンジェが横から楽しそうに口を挟む。
「あらあら、勇者さまを餌付けしようとは、エカレアさんも隅に置けないですねぇ」
「なっ、私はただ騎士道に則って人助けをだな!」
フィナンジェのからかったような物言いに、 エカレアは分かりやすく動揺していた。
「いえいえ、別に悪いとは言ってませんよ。『敵味方関係なく、弱者には救済の手を差しのべよ』ですか」
「そう、それが先代の騎士団長のお言葉だからな。もちろん魔王さまの命令が最優先ではあるが、それ以外では私や騎士団員は、先代が敷いた“騎士道”というものを精神の主柱としている」
「だから魔王さまが降臨なされたあの夜、あなたたち騎士団は人間の居住区へ攻勢に出なかったのですね」
「それは――」
「なあ」
レオニスが魔族二人の会話を遮り、美女二人の視線を集めた。しかしそれで喜んではいられない。
「俺は、弱者か?」
その響きは切実だった。
魔王を倒そうという者が、弱者であって良いはずがない。そのためにレオニスは今日に至るまで出来る限りの研鑽を積んできたのだ。
だが。
「誤魔化しては勇者さまの為になりませんよね。なので正直に言わせていただきます。勇者さま、あなたは弱者です」
フィナンジェの言葉が、刺さった。
しかし、驚きはなかった。本当はレオニスは、聞かなくても分かっていたのだ。それでも自分では事実を認められず、誰かに評価して欲しかった。それはレオニスの弱さでもあり、ある意味では強さでもある。
他人に評価されるということは、怖いことなのだから。
「今のあなたでは、魔王さまを倒すことは到底敵わないでしょう。それどころか恐らく、並みの努力では埋めることの出来ない戦力差が、あなたと魔王さまの間にはあります」
「そうか……」
それ以上の言葉を、レオニスは発することが出来なかった。
「ですから、私は魔王さまと一緒に考えました」
一つの希望を示すように、フィナンジェは少し明るい口調で言う。
自然に俯いてしまっていたレオニスは反射的に顔を上げる。
「考えた? 何をだ?」
レオニスの内心を代弁するようにエカレアが問う。
「勇者さまの宿願を、そして魔王さまの希望を叶える方法を、です」
「なっ! まさかこの男に魔王さまを討たせようというのか!? あまつさえ、それを魔王さま自身も望んでいると、そういうのか!?」
それはエカレアにとって青天の霹靂だった。まさか、忠誠を誓っている魔王が、自らの死を望んでいるなど、長く生きている中で一度たりとも考えたことはなかったのだ。
「エカレアさんは頭の回転が早くて助かります。まさにその通りです」
フィナンジェの肯定にエカレアはテーブルに肘をついて頭を抱えた。手に持ったわたあめが髪に付いてしまったが、それすら気にする余裕はないらしい。
「そんなバカなことがあるか! 魔王さまは何を考えておられるのだ! 自ら人間に討たれるなど、それではまた私達魔族は……」
「エカレアさん、お気持ちは分かりますが、それが魔王さまの選んだ道なのです」
「………………」
「俺は魔王が嫌いなわけではない。だから本当なら屠りたくなどないが、それでも俺はなさねばならん」
黙ってしまったエカレアに、レオニスは語りかけるように言った。そんなレオニスの真意を問うように、エカレアは鋭く睨みつける。
「人族の為に、か?」
「いや、違う」
「なら何の為だ」
「俺の為だ。俺がそうしたいから、そうするだけだ」
即答するレオニスに、エカレアは呆れた目を向ける
「ふん、やはり人間というのは身勝手だな」
「そうでしょうか」
二人のやりとりを横で眺めていたフィナンジェが、口を挟んだ。
「勇者さまは、自分がすることの責任を全て自分で取るおつもりなのではないですか? 誰かの為、というのはある意味ではその誰かに自分が行動する理由を持たせているとも取れます。自分の為というのは、自分が全ての責任を負うという覚悟があるからこそ言えることです」
フィナンジェのまるでレオニスのことを理解しているような言葉を受け、エカレアは改めてレオニス・フェローリアという男を見定めようと目を向ける。
その目は確かに真っ直ぐでいて、澄みきっている。
半端ではない覚悟を持っているということは、エカレアにも分かった。
「ふん……だとしても、私は魔王さまをお守りせねばならぬ。それが私の使命で、存在理由だからな」
「それが魔王さまの望みであっても、ですか?」
「私はそのようなことを信じていない。魔王さまの口から直接聞いたわけではないからな」
「では――――」
フィナンジェは凛と告げる。
「魔王さまに会いに行きましょう。勇者さまにも私達の考えを知っていただきたいですし、エカレアさんも居てくれた方が都合の良いこともあります。玉座の間で、すべてお話しします」
「分かった。私としても魔王さまの真意を知りたいからな。ただし――――」
そう言ってエカレアは振り向いて遠くを見る。
「食うものを食って腹を満たしてからだ」
エカレアの視線の先から、ちょうど配膳係が食事をカートに乗せて運んでくるところだった。
「もちろんです。さあ勇者さま、存分に味わって食してくださいね」
「ああ、助かる、本当に」
「魔族の料理が、人間の口に合えばいいがな」
エカレアが何気なく言ったその一言に、レオニスは不安になるのだった――。




