42.この戦いが終わったら
「俺が王に?」
それはシャアラの提案だった。
レオニスがエリオト王を名乗り、ワッファルの前に立つ。
標的であるエリオトが不在となればワッファルがどのような行動に出るか分からない。最悪の場合捕虜となっているであろう村人を皆殺しにする可能性まである。
そうならないように、レオニスにエリオトの振りをさせるというのがシャアラの案だったが、しかし今となってはそれ以外の意味も持ち始めている。
「うん、ワッファルはエリオト王を――――私の兄を呼び出してる。ならそのエリオト王が目の前に現れれば、ワッファルは足を止めるはずだわ」
イリスもクレビオスも、アストライアもリーゼも、パラフェもエカレアもその意見に納得し頷くが、レオニスだけは簡単に首を縦には振れなかった。
「そうかもしれないがしかし、エリオト王の名を騙るのは国の法で禁じられているのではなかったか?」
レオニスの言うとおりだった。しかしシャアラの頭にはそれに関する対策もちゃんと考えられている。
「レオニス、あなたの言う通りではあるけど、でも王国法にはこうともあるわ。『格別の理由なく王族の資格を持つ者の命に従わない場合、それを罪とし罰するものとする』ってね。つまり、私が命じればあなたはエリオト王の振りをしないと、それで罰を受けるってことよ」
「それ、どっちでも罰を受けることになるのでは……」
「レオニスさん、心配なさらなくとも大丈夫です。王はそこまで狭量な方ではありません。理由があればちゃんと聞いてくださる耳をお持ちです。それにこちらにはシャアラさまも居りますから、万が一にもレオニスさんが罰を受けることはありません」
「そうか、ライアがそう言うなら、そうなのだろう。だがしかし、仮に俺がエリオト王の振りをしたとして、それがワッファルにバレるという可能性はないか?」
「その可能性がゼロとは言わない。だから正直そこはレオニス頼りになってしまう。でも私は、レオニスなら大丈夫だと思っているわ」
信頼を口にするシャアラに、そこにいる全員が頷く。
正直レオニスは、嘘があまり得意ではない。だからこそ自信は皆無に等しいが、しかし自分の信じる者たちがこうして自分を信じてくれているのだ。
なら俺は、その信頼を信じよう。
仲間の心を信じることが出来なければ、それはきっと勇者じゃない。
「分かった」
レオニスの返事に、全員の顔が明るくなる。
「万が一に備え、一応男性用の王族の服も用意しておりますので、とりあえず見た目にはそれで誤魔化せると思います」
どんな場合に備えて用意してあったのかは分からないが、それはレオニスにとってもありがたい。さすがに今の無骨な剣士の格好では、いかにも嘘ですと言っているようなものだ。
「あとはレオニスが品良くしてればいいだけだね!」
明るく言うイリスに悪気は一切ないが、それでもレオニスの気持ちは重くなった。そんなレオニスを見て、リーゼが言う。
「多分ですがー、そんなに気にせずとも大丈夫かと思いますー」
「どうしてそう思う」
特に期待などしていなかったのだが。
「だってー、魔族の王はみな品などありませんでしたからー、ワッファルさまも王というのはそういうものだと思っていると思いますよー?」
あろうことか、リーゼのその言葉は種族問わず誰の心にも腑に落ちた。
* * *
早朝の会議は終わりを迎え、それと同時に各自出発の準備が進められた。
アストライアとシャアラに付き添われレオニスは着替えを行い、リーゼはそれを進んで手伝う。
パラフェとエカレアは布陣について話し合い、イリスとクレビオスは精霊術の打ち合わせを行っていた。
「おー、レオニスさまー、よーくお似合いですー」
「ええ、とても凛々しいです」
「これが馬子にも衣裳ってやつね」
「シャアラのは褒めてないよな?」
レオニスにとってはやはり着慣れないし、着てみればそこまで着心地の良いものではないが、しかし似合うと言われて悪い気はしない。
元の地味で簡易的な白い布服と鉄色の防具から、優美な王家の紋様の入った肌触りのいい肌着にしっかりと全身を覆うプラチナの鎧を装着し、その軽さに驚く。元の防具の3倍くらいの体積があるというのに、その重さは体感的に大きな差はないようだった。
そんなレオニスの思いを見て取ったアストライアが、いつになく雄弁に語り始める。
「その鎧は、品のある最高級品質のブループラチナを更に錬成し強度を引き上げたものを使用しています。そのおかげで最低限の厚みで形成しても防御力が落ちることはなく、軽量化にも一役買い、ひいては防御力と機動力を兼ね備えたまさに至高の一品なんです! そして何よりこのフォルム! この関節部の計算尽くされた流線形に、組み合わせられた堂々とした直線! デザインとしてだけではなく機能性にまで完全に配慮された素晴らしい鎧なのです!」
徐々に熱量を増していくアストライアの解説。これはどうしたものかと思ってシャアラを見ると、彼女は苦笑していた。
「ごめんね。アストライアって武具マニアなのよ。鎧とか、剣とかについて話し出すと止まらなくなっちゃうの」
「も、申し訳ありません! 不快でしたでしょうか? 普段はなるべく抑えるようにしているのですが、話し始めるとどうにも止まらなくなってしまって……」
自身の暴走を自覚したアストライアがしゅんとしながら謝る。
だがレオニスとしてはむしろ、堅物ともいえるアストライアのい個性的な面を知ることが出来てむしろ嬉しかった。
「気にしなくていい。誰にでも趣味趣向はあるだろう。アストライアのそういうところ、俺は可愛いと思うぞ」
「レオニスさん……」
アストライアの視線に熱がこもり、レオニスもそれを見つめ返す。しかしシャアラはそんな様子を黙って見てはいられない。
「はいそこまでそこまで! で、レオニス、それで戦えそう?」
「ああ、大丈夫だと思う」
「そう、ならよかった。それに、嫌でもあなたはそういう格好をすることになるのかもしれないのだから、今の内に慣れておくといいと思うわ」
どこか含みのある言い方のシャアラに、レオニスは素直に疑問をぶつける。
「ん? どういう意味だ?」
相変わらずの鈍さに辟易しながらも、だからこそレオニスにははっきりと言わないと伝わらないことをシャアラはもう分かっていた。
それでもその言葉の重みを考えると、そう簡単には口にすることが出来ない。
未だにシャアラの中には多少の葛藤はある。それはきっと、結論を得るまで消えない葛藤だ。
だから気にしても仕方のないことではあるし、それを気にしたところで恐らくシャアラの答えは変わらない。なら、時間を掛けるのは無駄だろう。
そう思考して、シャアラは意を決し、未来の自分のその答えを前借りする。
「レオニス、もしこの戦いが終わったら――――」
それに続く言葉をレオニスは知っていた。知っていて、それはきっとレオニスを戸惑わせるものだと分かっていた。それでも逃げるわけにはいかない。ここで逃げてしまえば、レオニスはきっと逃げ続ける人生を送ることになるだろう。何の根拠もなく漠然とそう思う。
シャアラは覚悟を決めている。彼女の目が、口より饒舌にそれを語っている。
だからレオニスも向き合う。
正面からシャアラを、その想いを受け止める。
「私と、婚姻を結んでください」
しっかりと聞いた。しかし、今レオニスはなんと答えればいいのかが分からずに沈黙してしまう。何か答えを返さなければと、そう思う一方で自分には何を言う権利もないような気がしていた。
シャアラのその言葉が王族としての命令だったなら、きっと簡単だった。庶民のレオニスには選択肢がないのだから。でもシャアラがそうしなかった理由を、レオニスはちゃんと分かっている。
シャアラは、レオニスに選択の余地を残している。
いや、そうじゃない。
シャラアはレオニスが自分で未来を選択することを望んでいる。
だから簡単に答えは出せない。レオニスだけの問題ではないのだ、これは。
レオニスは、自分が誰の幸せも望んでいないと思っていた。でもそれは間違いだったと、今気付く。
シャアラには幸せで居て欲しかった。
シャアラだけじゃない。イリスも、クレビオスも、フィナンジェもエカレアも、リーゼもパラフェも、アストライアにも、幼馴染みのユリアにも。そして勿論、アールメリアにも、レオニスは幸せで居て欲しいと思っている。
だがそれは決して誰の為でもない。自分の為だ。
母親との約束も関係ない。それはレオニス自身の夢だった。
世界の平和なんてどうでもいい。
勇者としては失格だろう。
それでもレオニスは、自分の周囲に居る、自分の好きな人達が幸せならそれで良かった。それで自分が幸せでなくなってもいい。いや違う、それがレオニスの幸せなのだ。
――――だから俺は、勇者にはならない。そもそももう、なる資格がない。だって俺は、魔王を倒さないのだから。魔王を倒したものが勇者だ。だとしたら、俺のすることは勇者になることじゃない。
「シャアラ、俺は――――」
「答えは、今はいい。答えがどっちでも、私が戦いに集中できなくなっちゃうから。だから、この戦いが終わったら答えを聞かせて」
シャアラの言葉はいつだって真っ直ぐだ。
レオニスはそれを羨ましく思う。
そんな風に自分も、自分に正直に生きたいと、そう思った。




