2.幼馴染み
レオニスが重たい瞼を開けると、柔らかな陽光が網膜を刺激した。
久しぶりにも思える感覚にしばらくの間目を細めていたが、少しして慣れると自然と目が開き風景が脳に伝達される。
木で出来た家屋の天井、壁、調度品に、小動物の姿を模した可愛らしい置物が所々に点在している。
目を真っ直ぐに向けると天井が目に入るので、男は自分が寝ているのだということを自覚した。
そう思えば確かに、羊毛を使って作られた寝台の心地よさが、心にも安らぎを与えてくれる。
「あ、起きたんだね」
うとうとと、再び目を閉じそうになっていた横合いから落ち着いた女性の声が掛かる。
男にとって耳に馴染んでいる声だった。
ゆっくりと横を向けば、亜麻色の長い髪の少女が同衾していた。
「うわっ!」
男は驚愕し、慌てて起き上がろうとした後に寝台から転げ落ちた。
「あらら、大丈夫?」
寝台の上から心配そうに見てくる亜麻色の髪の少女に、レオニスは抗議の目を向けた。
しかし、少女はそれを意にも介さずに口を開く。
「というか『うわっ!』は酷いよ。さすがの私でもちょっと傷付くよ?」
「仕方ないだろ……ユリアが脅かすから……」
「む。私は脅かしてないよ、レオが勝手に驚いたんでしょ」
ユリアと呼ばれた少女は不貞腐れたように言って口を尖らせた。
大人びた雰囲気に可愛らしさも持ち合わせるこの少女は、レオニスの2つ歳下の幼馴染みであり同居人だった。
レオニスもユリアも両親を亡くしており、その後親戚などに身を寄せることはせず、二人で生きていくことを決めたのだ。
名はユリア・リットランゼ。レオニスは小さい頃から親しみを込めてユリアと呼び捨てにしていた。
「というかここは……」
「見ての通り私達の家だよ」
「俺はなんでここに?」
「なんでって、村の入り口で幼馴染みが倒れてたら放っておけないでしょ」
「そうか……俺はまた」
レオニスはようやく状況を把握した。
魔王の城に乗り込んだはいいものの、魔王に吹き飛ばされ気を失ったのだった。
そして恐らくは、あの魔王の配下の女が俺をここに送り届けたのだろう。
そう思考したレオニスは、悔しさから歯を食いしばった。
もう何度目になるだろうか。
魔王の城に通うようになって、毎度のこと気を失って、生まれ育ったこの村に、敵に送り届けられ。
新たな魔王が降臨したのが五年前。
当時レオニスは十四歳の少年だった。
その頃から魔王討伐を目標に掲げ、そして今に至るまでの五年間の時間を、知識と身体能力の向上に費やしてきた――――つもりだった。
だというのに、十九歳になったあの日――――魔王を討伐する為に初めてこの村を出立したあの日から早くも九十日余りが経とうとしていた。
未だに魔王を倒すどころか、指一本触れることすら出来ていない。自分の無力さを、痛感する。
「なーに? 落ち込んでるの?」
俯くレオニスに、何でもないように声を掛ける幼馴染み。その表情はまるで母親のように優しく微笑んでいる。
「仕方ないなぁ」
寝台の上から手を伸ばし、床に尻餅をついたままのレオニスの頭に掌を乗せた。
「よしよし、レオはがんばった。よくやった」
ユリアは慈しむような優しさで、歳上の幼馴染みの長くも短くもない黒髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。そんなユリアの接し方に、レオニスは余計に惨めになる。
「やめてくれ……俺は何もしてない」
自嘲気味に言うレオニス。しかしそれでもユリアは意気消沈の幼馴染みを肯定し続ける。
「なに言ってるの、この世界で唯一魔王を倒そうとしてる。それだけでレオは偉いよ」
「倒そうとするなんて誰でも出来るし誰でも言えるだろ……倒さなきゃ意味がないんだ……」
「うん、そうだね。約束したんだもんね」
「ああ、そうだ。だから俺はやらなきゃいけないんだ」
「うん。だからレオは、諦めないんでしょ?」
まるで誘導されているようだ、とレオニスは思うが、しかしそれが今は心地いい。ユリアは幼馴染みであるが故にレオニスの性格を理解し、レオニスが求める言葉をくれる。それを分かってなお、レオニスは歳下の幼馴染みに甘えることにする。
幼馴染みだからこその関係性。ユリアが居てくれて良かったと、心の底から思った。
「ああ……ああ、俺は諦めないんだ」
失いそうだった決意を取り戻したレオニスは頭上の手を掴み、立ち上がった。
目線が逆転する。
寝台に座る亜麻色の髪の少女を、黒髪の男が見下ろす。
その目にもう迷いはなかった。
「ありがとうユリア、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい。でも無茶はほどほどにね」
手を繋いだままで挨拶を交わす。
レオニスは握った小さな手を優しく寝台に置くと、さっきのお返しとばかりに亜麻色の髪をくしゃっと一撫でした。
そして幼馴染みの微笑みに見送られながら
今一度、魔王の城へと続く道を、歩き出すのだった。




