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28.生真面目な従者

 セレネに見送られながらエルフの里を後にし、レオニス一行はまた樹海を歩いていた。

 しかし、レオニスとシャアラの心境は二人で入ってきた時とは明らか違った。行きは怖かったが、帰りはイリスとクレビオスのガイドがあるのでのびのびと遠足気分での進行だ。


 結局、クレビオスは書物を全部そのまま持ってきたので辛そうだったが、途中で風の精霊の力を借りて背負子の下にちょっとした上昇気流を生み出してからは、余裕そうになっていた。


 イリスに「精霊の無駄遣い禁止!」と言われていたが、クレビオスは「有効活用」とだけ言って大して取り合わなかった。


 そんなこんなであっという間に樹海の出口、そしてそこから差し込む光が見え、レオニスとシャアラのテンションが上がる。


 二人はつい駆け足になり、それに続いてエルフの姉弟も足を速くするが、しかし、樹海から出る直前で足を止める。



「なんだ? 誰か居るぞ」



 いち早く気付いたレオニスの視線の先には、入り口に置いてきたミシェランダの近くにもう一頭の馬と、その馬に引かれるように馬車があった。その馬車は細かな宝飾が施され、青と白の色彩を基本とした車体を縁取るようにを銀があしらわれていた。6人は乗れそうな大きさで、それに加えて車体の前面には操縦者の席が取り付けられているので7人は乗れそうだった。


 レオニスが発見した人物は馬車の方ではなく、シャアラの愛馬であるミシェランダの傍らに立ち草のようなものを食べさせていた。



「あれは、アストライア!」



 その人物の名前なのか、シャアラはそう叫び愛馬とその人物に駆け寄る。レオニスは二人のエルフの姉弟と顔を見合わせゆっくりと歩いて後を追う。



「シャアラさま!」



 駆け寄ってくるシャアラに気付き、その女性も声を上げる。

 長い黒髪を腰のあたりまで伸ばしたその女性は、背筋を凛と伸ばしたその長身に決して防御力が高いとは思えない布一枚で作られた濃紺のドレスを着ていた。そのドレスは彼女の細い身体の線を露にするようにぴっちりとしていて、左の腰辺りから裾に向かって切れ込みが入っている。スカートが揺れる度にチラチラと傷一つない綺麗な足が見えるのが何とも扇情的だった。それだけ見れば貴族の令嬢といった感じではあるが、しかし切れ込みの上あたりに帯びている彼女に似た細く長い剣が、彼女をただ身分が高いだけの身ではないことを知らしめていた。



「シャアラさま、心配しておりました! ミシェランダの姿はあれどシャアラさまが居られなかったのでどこに行かれたのかと……」



黒髪の剣士がシャアラに向ける言葉に偽りはないようで、その表情には悲痛の色が浮かんでいた。しかし何故かすぐに訝しげな表情になると、シャアラの身体をまじまじと見る。



「しかしシャアラさま、その野蛮な格好はいかがなさいました?」



 ああ、とシャアラは思い至る。そういえば今はイリスの服を借りて着ていたのだった。



「実は私の服が、その……木に引っ掛かって破れてしまったから、エルフの子に服を借りたのよ」



「ああ、そうでしたか。エルフの方に会うことが出来たのですね。一応着替えも用意してありますが、お着替えになりますか? 正直、王族が着る服としては品位に欠けますし」



「いえ、せっかく借りたのだからもう少し着ていたいわ。それにむしろ、城ではこんな服着れないのだし、今の内に楽しんでおかないと」



「左様ございますか。シャアラさまがそう言うのでしたらわたくしが口を挟むことではありませんね。してエルフ族の協力は得られたのですか?」



「ああ、うん」



 シャアラがイリスとクレビオスを紹介しようとした丁度その時、レオニスが二人を引き連れてシャアラの元へたどり着いた。



「アストライア、紹介するわ。彼はレオニス、人族でザート村の住人よ。そして隣の二人がエルフ族の姉弟、イリスとクレビオス。二人はエルフの族長の子供達よ。みんな、私の従者のアストライアよ」



「よろしく頼む」

「よろしくー!」

「よろしくね」



 シャアラから紹介を受けてそれぞれの言葉でバラバラに挨拶をする。アストライアの目はまずレオニスに向いた。



「あなたはザートの人なのですか、この度は村があんなことになりお悔やみ申し上げます。国政を司っているにも関わらず王城で大した対処も出来ずに申し訳ありません。代表して謝罪させていただきます」



「別に王族が悪いわけじゃない。気にするな」



「お心遣い、痛み入ります」



 大袈裟とも思える所作で胸に手を当てレオニスに礼をした後で、今度はエルフの姉弟の方へと目を向ける。台本のある演劇のように、流れが決まっているようだった。



「あのエルフ族の、それも族長のご子息に、こうしてお会いすることが出来るなんて、思ってもみないことでしたので、正直我が目を疑っていますが、確かにその尖鋭なる耳はエルフ族の証ですね」



「あのって、どの?」



 ぶれることのないふてぶてしさで、最初の二文字だけに注目したクレビオスが問うと、アストライアが慌てたように頭を下げた。



「申し訳ありません、失言でした。エルフ族とは私にとって書物の中でしか知らない存在でしたので、こうしてお目に掛かれるとは思ってもおらず、どうか無礼をお許しいただきたく!」



「あ、いや、別に怒って聞いたわけじゃないから……単なる知的興味だったから、気にしないでいいよ、えっと……アストライアさんだっけ?」



 クレビオスの質問に機敏な動作で今度は頭を振り上げたアストライアは、遅ればせながらの自己紹介をする。



「寛大なお心、有り難く存じます。わたくしめはシャアラさまの近衛騎士及びお世話係に任命されております、アストライア・エレカハルトと申します。よろしくお願い致します」



「な、なんか、すごく真面目さんだねー。そんなに硬くなくてもいいよ?」



 アストライアの圧力に半ばたじろいでいるイリスにそう言われなお、アストライアはその表情を弛緩することはない。



「いえ、城に仕える身としてこれは最低限の礼節ですので、崩すわけには参りません。不快に感じられたら申し訳ありません」



「あ、ううん! 別に不快とかじゃないから気にしないでいいよ!」



「寛大なご処置、有り難く存じます」



「いえアストライア、私はいつも言っているけどあなたはもう少し肩肘を張らないように心掛けなさい」



「しかし、わたくしは王族に仕える身として教育を受けてきました。その中でいついかなる時も礼節を重んじ忠義を尽くせと学びましたので……」



「他でもない王族の私が言っているのよ。もう少し、柔らかく人と接することが出来るよう、精進なさい」



「はっ、ご命令とあらば誠心誠意尽くして参ります」



 アストライアの返答に変化がないことにシャアラは溜め息を吐いて首を振り、しかしそれ以上は何も言わなかった。

 話題を変える意味でコホンと咳払いし、アストライアが話し出す。



「ところでシャアラさま、実は途中のザートの村にて一人の魔族を捕縛いたしまして……」



 アストライアからのまさかの報告にシャアラはその大きな目を更に見開いた。



「え、ザートで? 魔族ってまさか、村を燃やした犯人なんじゃ……」



「それは分かりません……聞いても何も答えないのです。しかし戦闘力は限りなく低そうで、簡単に捉えることが出来ましたのであの魔族が首謀者ではないように思えます。無論魔族の罠かもしれませんので油断は出来ませんが。


「で、その捕虜は今どこに居るの?」



「はっ、馬車の荷台に縛って寝かせております。魔術を使う危険性を考え、一応目隠しと口に布をかませておりますので、とりあえずは安全かと思いますが、見られますか?」



「ええ、そうね」



 アストライアが頷いたシャアラを先導し、その後にレオニスとエルフの二人が続く。豪華な造りの馬車の裏手に回ると、こちらは簡素な寝台のような荷台が備え付けられていた。荷台には覆うようにして白い布が掛けられていて、どうやらその下に捉えた魔族が居るようで、アストライアは布の端を掴んでシャアラを見る。シャラアが視線に頷きを返すと、アストライアは一息に布を取り払った。


 布のはためきによって起きる風は、何故か少し甘い。

 そしてレオニスだけが、その匂いをどこかで嗅いだような気がした。


 荷台を見るとそこには確かに、魔族と思しき人物が拘束されて横たえている。

 見た目に魔族らしいところといえば、人族にもエルフ族にもない獣の耳がと尻尾が、それぞれ頭とお尻から生えている。どうやら女性のようで、布地の少ないメイド服のようなものを着ている。



「ん?」



 そう声を上げたのはレオニスだった。



「レオニス、どうしたの?」



「ああ、いや――――」



 イリスの問いかけにレオニスが答えようとしたその時。



「んー! んーっ!」



 魔族が急にじたばたと身体をよじらせ暴れだす。女性が肌色大目な服装で縛られていることもありその姿はレオニスとクレビオスには刺激が強かった。



「もしかして、リーゼじゃないか?」



 魔王城でレオニスのお世話をしてくれることになったリーゼ。目は見えないが、髪の色も長さも服装も、全てリーゼに酷似していた。そう思えば先ほど感じた匂いも、リーゼの匂いに似ていた気がする。

 レオニスがそう問いかけると、その魔族は更に動きを激しくする。



「レオニス、この魔族を知っているの?」



 シャアラが聞く。



「ああ、多分」



 レオニスの返答にシャアラが頷く、そしてアストライアに向き直ると。



「アストライア、この子の目隠しと口の布を外してあげて」



「シャアラさま、しかし――――」



「命令よ」



「はっ」



 有無を言わさぬ主の命に従い、アストライアは足の具足は付けたまま荷台に上がり横たえる魔族の傍らにしゃがむ。手際よく口の布と目隠しが解かれると、魔族は取り戻した視界で瞬時にレオニスを捉えた。



「レオニスさま!」



 その愛らしい笑顔は、まさしくレオニスの飼い猫のものだった。




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