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18.精霊術

 柔らかさの中で目を覚ます。

 レオニスはまたしても意識を失っていた。といっても今度はちゃんと記憶があった。

 イリスの胸に抱かれ、それからいろいろな涙が溢れ、泣き疲れて眠ってしまったのだ。

 まるで赤子のようだと、レオニスは気恥ずかしくなった。

 レオニスは少しの名残惜しさを感じながらも、イリスの胸に埋まっていた顔を離す。



「イリス、ありがとう」



「うん、どういたしまして。レオニスが甘えん坊みたいで、ちょっと可愛いなって思っちゃった」



 イリスはずっと、泣いている間レオニスの頭を黙って撫でてくれていた。身体は小さく、その顔はあどけないというのに、どこか母親のようだとレオニスは思ってしまった。

 だからあんな夢を見たのだろう、とも。



「へへ、なんかあれだね、もうこのおっぱいはレオニスの為にあるみたい」



 この子は可愛い顔をして急に何を言い出すのだろうと、ドギマギする。



「い、いや、それは言い過ぎだろう」



 照れて赤くなるレオニスを、イリスは笑顔で見つめる。その笑みは確かに、子供を見守る親のようだった。



「んー、でもね。レオニスがこの場所に入ってきたとき、私のおっぱいにレオニスの頭が降ってきたんだよ。だからレオニスのあたまは私のおっぱいで守られたといっても過言じゃないと思うんだよね」



「それは、そうかもしれないが……」



 イリスの言い分を苦々しく肯定しながら、レオニスは疑問を感じていた。イリスの言う『この場所』というのが、このローズリーパ―の食糧庫を指していることは分かるが――――。



「降ってきた、とは?」



「ん? ああ、降ってきたんだよ、レオニスも私もね。ほら、あそこから」



 イリスが上を見上げて指差す。それはレオニスが先ほどイリスに膝枕されていた時にイリスの顔の向こうにちらちら見えていた、穴のようなものだった。

 この球体のような部屋の天井にぽっかりと丸い穴が空いていて、そこからだけ青い空が見えている。



「空だ……」



 この樹海に踏み入ってから久しく見ていなかった空に、レオニスはほんのりと感動を覚えた。



「ああ、うん。樹海の奥地はそこまで高い木がないから、結構空も開けてるんだよ」



「そうなのか。それで、俺はあそこから降ってきたのか?」



「うん、だってほら、ここって他に入り口ないからね」



 笑いながら言うイリスに、レオニスは笑っている場合か? と思ってしまった。

 確かにさっきも確認したが周囲に入り口と思しき開口部は存在しない。しかしそれも考えてみれば当たり前のことだ。ここが食糧庫なのであれば、食糧が逃げ出せる構造であるはずがない。

 普通人は飛べないのだから、上から入れて上から取り出すのが妥当だ。魔獣というのも合理的に行動しているのだと、レオニスはそんな場合でないと分かっていても感心してしまう。

 要するにここは、壺のような形をしているようだった。



「さて、どうするか……」



「ん? そろそろ外出る?」



 と、レオニスが本気で悩ましげにしているというのに、イリスは気楽に問い掛けてくる。



「いやイリス、簡単に言うが、何かここから出る方法でもあるのか?」



 レオニスの言葉に、イリスは首を傾げてしまう。レオニスは何か自分がおかしなことを言ったのかと不安になった。



「うん、方法っていうほどのことでもないんだけど、精霊の力を借りれば出れると思うよ?」



「せいれい……?」



 レオニスは記憶を辿る。確かにその言葉をどこかで聞いたことがある気がする。

 そうして思い至ったのは、やはり幼少の頃母に読み聞かせられていたエルフ族の出てくる御伽噺だった。その本で確かに、エルフ族は精霊と心を通わす、というようなことが書かれていた。



「精霊など、本当に居るのか?」



 曰く精霊とは、『目には見えず、されど確かなる意思を持ち、大自然の中にその御身を宿している』と人族間では伝えられている、ある意味伝説的な存在だった。



「え、精霊は居るよ、どこにでも。あそっか、人族には感じ取れないんだっけ」



 イリスは一人で納得する。どうやらエルフ族の中でも人族は精霊と心を通わせないと伝わっているようだ。



「よし、百聞は一見に如かず、だね。レオニス、後ろから私の腰に抱き付いてみて」



「は、はあ?」



 イリスの意図を理解出来ないレオニスは訝しげにイリスを見る。しかしどう見ても純粋なこの少女が嘘を言ってるとは思えない。



「大丈夫だから、ね? 嫌ならおっぱいでもいいから」



「あのなイリス、俺がおっぱいなら喜んで掴むと思うなよ?」



「えへへ、とか言って、レオニスの腕が私のおっぱい持ち上げてるけどー?」



「不可抗力だ!」



 イリスの腹に回されたレオニスの腕は、確かに重力の掛かる豊満なバストを下から支えていた。

 それが不可抗力かどうかは、本人しか知らない。



「もう、レオニスって結構むっつりさんだよね。嫌いじゃないけど」



 嫌いじゃないどころかご満悦そうなイリスこそむっつりなのかもしれなかっったが、さすがのレオニスも自分のことを棚に上げて糾弾する気はなかった。



「それじゃあ、行くよ?」



 そう言うとレオニスの返事も待たずに、イリスは何かに祈るように胸の前で手を組む。そして目を閉じ。



「風の精に祈り奉る。その果断なる力を我が身に纏わせ、彼の蒼空へと我が手を触れさせん――――【不可視なる両翼(アテリア・ラ・ヴァルターレ)】」



 それだけの言葉の羅列が、レオニスにはどこか荘厳なものに聞こえた。

 直後、二人の足元を中心に旋風が巻き起こり、そしてそれが次第にその範囲を狭めてイリスの足元に収まると、イリスの身体が浮上するのをレオニスは感じた。腕にあった重量が、綺麗になくなっている。



「レオニス、ちゃんと捕まっててね」



「あ、ああ!」



 目の前で起きる超常的な現象に戸惑いながら、レオニスはそれでもイリスに言う通りその細い身体にしがみついていた。

 それをイリスが確認すると、その浮上速度は一気に加速し、ぽっかりと穴の開いた天井がすぐ眼前に迫り、そしてあっという間に通り抜けた。

 それでもまだ上昇は止まらず、レオニスの感覚としては空へと投げ出された気分だった。


 外に出ると辺りはやはり樹海で、いままで入っていた食糧庫のあるところだけ、ぽっかりと空間が開けていた。周辺の木の頭頂部を少し超えたところでイリスは上昇をやめ、



「ほら、レオニス。見て」



 と下を指差しレオニスに促す。恐怖はあったが好奇心が勝り、レオニスは言われるがままに下を見る。

 するとそこには例の食糧庫、その外観が見えていた。それは――――。



「蕾、か……」



「うん、蕾だね」



 植物の持つ壺の形状の物といえば、考えてみればそれしかないが、レオニスもイリスもここに至るまで思い至っていなかったようだ。



「どう? これが精霊術だよ」



 別段得意気にするでもなく普通に言うイリスに、レオニスは感嘆の息を漏らす。



「精霊術、か。すごいな……」



 レオニスな素直な反応に笑みだけを浮かべ、イリスは今後のことを提案する。



「それじゃあ、このまま里の入り口まで行く?」



 それは願ってもない申し出だが、しかしレオニスは二つの理由で戸惑った。



「それはありがたいが、そんな簡単に人族を里に連れて行っていいのか?」



 それが一つ目。



「え? うん、大丈夫だと思うよ、私も一緒だしね」



「そうか……いやでも、樹海の中で適当に下ろしてくれ。シャアラが、仲間がまだどこかに居るかもしれない」



 それが二つ目。



「そっか、レオニスは仲間が居たんだっけ。シャアラ……って女の子?」



「ん、ああ、そうだが?」



 イリスはどこか遠くを見て考え込み、そして。



「ふうん、なるほどね。よし、分かったよ、私もその子探してあげる」



「え、良いのか? どこに居るか分からないんだぞ?」



「だからだよ。レオニスは樹海の地理に詳しくないでしょ? だから私が案内してあげる。ついでに私の目的に付き合ってもらうことになるけど、それでもいいなら」



 それを聞いてレオニスは、イリスも目的があって樹海に入っていたのだと思い出す。



「願ってもない。よろしく頼むよ、イリス」



「ん、それじゃあ契約成立だね」



 嬉しそうに笑うイリス。レオニスも釣られて笑い返す。

 そうして二人は、蕾の麓へと、ゆっくりと降りていった。




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