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13.月光の夜

「あ、どこに行ってたの?」



 レオニスが戻るとシャアラは既に天幕を張り終え、その近くに敷いた正方形の、四人くらいは余裕で入りそうな広さの布に座りひと息ついていたようだった。レオニスはシャアラの近くまで歩きながらフィナンジェのことをどう説明するか悩んだ末に、最初に思いついたことをそのまま口にした。



「いや、フィナンジェが野宿は嫌だと言ってきかないから燃え残った家がないか探していたんだ。かろうじて一軒だけあったから、フィナンジェはそこに泊まるそうだ」



「ふうん」



 とっさについた嘘にしては上手くやったと、レオニスは心の中で自画自賛した。――――のだが。



「それ、嘘でしょ?」



 シャアラの予想以上の鋭さに、レオニスは否定も言い訳も出来ずにフリーズしてしまう。しかしそんなレオニスにシャアラは更なる追い打ちを掛けた。



「ていうかあの人、魔族よね?」



 バレている……。誤魔化すまでもなくバレているじゃないか。何故だ、一体どこで失敗した。


 フィナンジェに後で

怒られることを思うとレオニスは肝が冷える思いだった。


立ち尽くすレオニスのことをじっと見つめ、シャアラは返答を待っているようだった。

 レオニスは腹を括った。この状況でシャアラを煙に巻くことはほとんど不可能だと悟り、レオニスは本当のことを話すことにした。要するに降参だった。



「えっと――――」



「まあ、とりあえず座りなさい。話はちゃんと聞くわ」



理解のありそうなシャアラの言葉に安堵を覚えながら、レオニスは促されるままにシャアラの隣に腰を下ろす。



「どうしてフィナンジェが魔族だと分かった?」



 直球的に話を振ってくるレオニスに対して、それほど驚くこともなくシャアラは答える。



「どうしてって、普通の人族があんな威圧感出せるわけないじゃない。魔族の魔の部分がだだ漏れだったのよ、あの人」



「そうか……そうだな」



 良かった……どうやら俺のせいではない。これでフィナンジェに何か言われたらミスしていたのはお前の方だと言ってやろう。


 そんな小さい優越感を抱えて俯くレオニスを見ながら、シャアラは隣に膝元に置いてあった袋からパンを取り出すと、それをそのままレオニスの眼前に差し出した。レオニスは不思議そうな顔でパンを眺め、そしてシャアラの顔に目を向けた。



「これは?」



「見れば分かるでしょ、パンよ。今日の晩御飯」



「くれるのか?」



「私はそんなにケチじゃないわよ。携行食だからそんなに美味しくはないかもしれないけど、ないよりはマシでしょ?」



「すまない」



 そう言ってパンを受け取ろうとしたレオニスだったが、パンを握ろうとした手が掴んだのは空気だった。

 ふざけているのかと思いシャアラを見てみるが、シャアラはいたって真剣な表情でレオニスをじっと見ていた。



「ありがとう、よ。こういう時はね」



 なるほど、とレオニスは頷き、謝罪の言葉を感謝の言葉に置き換える。



「ありがとう、シャアラ」



「ん」



 一文字で返事をしたシャアラはどこか満足げな顔をして自分の分のパンを一つ取り出すと、小さな口で(かじ)り付く。その様子を見て、レオニスもパンを口に運んだ。そのパンはレオニスが食べたどのパンよりも美味しかった。



「それで、どうして魔族と一緒に行動をしているの?」



「少し長い話になるが……」



「構わないわ、どうせ夜は長いのだし」



 シャアラの許諾を得たレオニスは、それでもなるべく手短になるように意識しながら話し始めた。


 5年前、魔王が降臨したあの日に、魔王を倒そうと決意したこと。90日ほど前に初めて魔王城に出立したこと。何度も何度も挑んだこと。そしてやがてフィナンジェが案内をしてくれるようになり、魔王と邂逅を果たし、そしてまた何度も敗れたこと。そして魔王とレオニスの願いが同じであったということ。協力して願いをかなえることにしたこと。そして――――。


 全てを話し終わった時には、一刻ほどが経過していた。


 そして黙って耳を傾けていたシャアラは、全てを聞いて複雑そうな表情を浮かべていた。



「なんというか……とりあえず思ったこと言っていいかしら?」



「ああ」



 レオニスが頷くと、シャアラは大きく息を吸ってから思いの丈をひと息に吐き出した。



「魔王を一人で倒そうとかあなたってバカなの? それもし魔王がお人好しじゃなかったらあなたもうこの世に居ないわよね。ていうか魔王がお人好しってなによ、それが一番驚きなんですけど。本当なの? 騙されてるとかじゃなくて? まあ本当だと仮定して協力して魔王を倒すって何? それもう倒すとかなくて魔王の自害をあなたが手伝ってるだけよね。つまるところあなたも魔王もその眷属も頭がおかしいわよ」


 そこでようやくシャアラは何度か呼吸をし、そして。



「けど、悪い話じゃないわ」



 そう言って笑った。その顔を見てレオニスは話して良かったと思った。シャアラじゃなければ受け入れてくれない話かもしれなかった。今ここに居るのがシャアラで良かったと、レオニスは心の底から思った。



「そう。魔族は悪い人ばかりじゃないのね。そんなこと、露ほども思わなかったわ」



「シャアラ、お前はなんでそんなに信じてくれるんだ?」



 正直レオニスが話した内容は荒唐無稽なものだっただろう。それはレオニスも自覚しているし、もしレオニスが逆の立場だったら信じれないかもしれないとすら思う。それに加えてシャアラは頭のいい少女だということも分かっている。無条件に何でも信じるようなことはしないだろう。ならば何故、ここまで信じてくれているのか。



「ん? 別に私は誰の言うことも信じるわけではないわよ」



 夜風に揺れる白金の髪を鬱蒼しそうに細い指で右の耳に掛けながら、レオニスに視線を向けてシャアラは言う。



「レオニス、あなたのことを信じているからよ。あなたを信じているから、あなたが信じる人のことも信じることが出来るの」



「シャアラ……」



 シャアラのその海のように青い瞳は、未だかつて海を見たことのないレオニスにも深海を覗かせた。

 それほどに真っ直ぐで、それほどに透き通っていた。



「どうして、私がこんなにもあなたのことを信じているのだと思う?」



 悪戯っぽく笑いながら言うシャアラに、レオニスは戸惑った。その答えがどこにも見当たらないのだ。なにせレオニスとシャアラは先ほど出会ったばかりなのだ。信じてもらえるようになるだけの時間を、まだ過ごしていないはずだ。



「ふふ、私だって不思議なのよ。まさか王城を飛び出してきてここであなたに出会って、こんな気持ちになるとは思わなかった。それこそ城で過ごしていた毎日ではこんな感情を覚えることもなかったのかもしれないわね」



 レオニスにはシャアラが何を言っているのかがよく分からない。しかしそれは当然だった。シャアラはレオニスが分からないように大事な言葉を伏せて話しているのだから。だがシャアラは別に、心を隠すつもりはなかった。ただ、遠回りをしているだけだ。



「何を、言っているんだ?」



 だから、レオニスのその言葉にも、シャアラはちゃんと答える。

 大事な言葉で、そこに辿り着く。



「レオニス、好きよ」



 次の瞬間、レオニスは手からパンを落としてしまった。

 それはシャアラの言葉に驚いたからではなく。

 気付けばシャアラの顔がすぐ傍にあって、長い睫毛が月光に冴えていて、唇に柔らかな感触と、確かな熱を感じ。


 それが離れるまで、レオニスは動くことすら出来なかった。



「ふふ、悪くないわね。口づけというものは」



「シャアラ、お前……」



 困惑するレオニスに、シャアラは優しく笑いかける。



「少し冷えてきたわね。レオニス、天幕に入りましょう」



 シャアラはゆっくりと立ち上がると、レオニスに向けて手を差し出す。

 すっかり思考する力を失ったレオニスは呆然とするままにシャアラの手を握る。

 レオニスも立ち上がったのを見て、シャアラは15歳とは思えない妖艶な笑みを浮かべると、レオニスの手を引いて、二人天幕の中へと入っていく。


 外に敷かれた布の上には、月光に照らされた食べかけのパンが二つ、置き去りにされていた。




 


 

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