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12.魔天七星将

 村のすべてを燃やし尽くしたのか、紅蓮の業火はその姿を完全に消した。

 それを確認したシャアラは、移動手段として城から騎乗してきた白銀の毛並みを持つ愛馬・ミシェランダに乗せてきた緊急時の為の野営道具を降ろし、先ほどレオニスと戦いを繰り広げた村の中央広場に天幕を張る為の骨組みを組み始める。今日はここで野宿をし、明朝エルフの里のある精霊の樹海に向けて出立する予定だ。

 月明かりがあるとはいえ、暗い中で馬を走らせるのは多少なりとも危険を伴うし、それにここまで休みなく駆けてくれた愛馬も休ませたいと思っての判断だった。


 シャアラが黙々と野宿の準備をしているその隙に、フィナンジェはレオニスを村の外れに連れ出していた。



「勇者さま、私は一度城へと戻ります。魔王さまにこのことを報告しなくては」



「そうか。そうだな、それがいい」



「はい。先ほどはあのシャアラという少女が居たので言うことが出来ませんでしたが、あの手紙の差出人はワッファルです」



「ワッファル? 知っているのか?」



「ええ、存じています。彼はエカレアと同じ、魔天七星将(まてんしちせいしょう)の一人でしたから」



 またしても知らない用語が出てきて、レオニスは首を傾げる。その動作でフィナンジェはレオニスの意図を汲み、説明を始めた。



「魔天七星将というのは、魔王さまの配下の中でも指折りの強さを持つ七人の魔人に与えられる官位です。エカレアが魔術騎士団の団長ということは知っていますよね。そんな風に魔天七星将は皆――――いえ、一人を除いて、それぞれに特殊な兵士を率いています。ワッファルが率いてるのは魔王軍高機動遊撃隊、その名も『穿光(せんこう)』です」



「高機動遊撃隊、穿光、か。しかし何故、魔王の配下が魔王の指示なく行動している?」



 あの魔王がそのワッファルという将軍に命令を下したとはどうしても考えられない。そう言わんばかりのレオニスの物言いをフィナンジェは嬉しく思ったが、それを表に出せる状況でもなく質問に返答する。



「お恥ずかしい話ですが、現在の魔族は統率という言葉とは無縁なのです」



 それを聞いたレオニスは、今日魔王が語っていた5年前のことを思い出した。5年前、魔王がこの世界に降臨したあの日、世界のことを何も知らなかった魔王は軍を統制することが出来なかったという。



「魔王が降臨してからもう5年が経つ、その間に体制を整えられなかったのか?」



「その通りです。これはとても単純な話なのですが、先代以前の魔王さま方は皆、全ての魔族に人族と敵対し制圧することを命じて参りました。しかし現魔王のアールメリアさまが降臨し、人族を襲うことを禁じてから、それまで統制のとれていた軍に少しずつ乱れが生じてきたのです。しかしそれは、当然で、仕方のないことでもあります」



「そうだろうな。これまで当たり前のように目の敵にしてきた相手と、明日から仲良くしなさいなんて言われたって受け入れるのは難しいだろう」



「はい。しかしそれでも魔族の半数以上は魔王さまに従いました。魔王さまが魔王という名に相応しくないお優しい方であっても、魔王としての威厳がなかったとしても、魔王であるというだけで従う者は居ります」



 それはきっと、そういうものなのだろう。人族だってきっと同じだ。国王が逝去し、新たな国王に代替わりをしたとして、新たな国王の新たな執政に賛否を唱える者はあれど、大多数の国民が結局は国の法に従う。それは物心つく以前からこの世界に居て、魂が順応し、それが当たり前だと刷り込まれているからなのだろう。それでも。



「従わないものも、やはり居るか」



「魔族の三分の一程度は、アールメリアさまに疑念を抱き、異論を唱えて離反していきました」



「三分の一もか、多いな」



「そうですね、多いです。でもその理由は分かっています」



「そうなのか?」



「はい。先ほど話した魔天七星将、その内の三人が魔王さまの元を離れていきました」



「なるほど、部隊を率いている統率者が離反すれば、それに付随してその部隊も離反する、か」



 どうして魔王ではなく幹部でしかない魔天七星将に付いていくのか、というような疑問をレオニスは抱くことはなかった。なぜならそれは当然の理屈だからだ。一兵士は恐らく魔王に謁見するようなことは滅多にないのだろう。将軍の元で鍛錬をし、将軍の指揮の元でそれまで戦ってきたのだ。それこそ顔すら知らない新たな魔王に対し、忠誠を誓っている将軍が反旗を翻すというなら、兵士が将軍と道を同じくするのは当然のことだろう。



「ワッファルは、その離反した魔天七星将の内の一人です。特にワッファルは先代の魔王さまの寵愛を受けていて、まるで子犬のように先代に懐いていたのです。その先代に異を唱えるような今の魔王さまに忠義を尽くせないというのも、理解は出来ます」



「そうだな」



 人の感情というのは、複雑だ。そうしなくてはならないという法や、規律や、空気があったとしても。それが間違っていると理解してもなお、その道を選んでしまうこともある。しかし本当は、それは間違っていないのだとレオニスは思う。


 大多数にとって正しいことが、自分にとっては正しくないだけ。

 自分にとって正しいことが、大多数にとっては正しくないだけ。

 それだけのことなのだ。


 ほとんどの村人に理解されることなく魔王を討とうとしていたレオニスには、その気持ちが痛いほどよく分かった。批難されようが、誰に迷惑を掛けようが関係ない。その考えはきっと自分勝手で、独りよがりなのだろう。それでも、例え世界を敵に回したとしても、成し遂げたいことがあるのだ。

 そこまで理解出来てなお、いや、理解出来るからこそ。



「それでも、村人を人質に取っているワッファルを放ってはおけない」



「それは私も同じ思いです。同じ魔族として、彼を止めたいと思っています。ですから私はこのことを魔王さまにお話しし、対策を考えようと思います」



「分かった」



 そう言って首肯するレオニスに、フィナンジェは心配そうな目を向ける。



「本当でしたら、勇者さまにもご一緒いただき、今夜は自室でお休みいただきたいのですが……」



 フィナンジェの言おうとしていることはレオニスにもすぐに分かった。



「ああ、シャアラを一人にするわけにはいかない。ここは俺に任せてくれ」



「燃え尽きてしまったとはいえ、一応村を囲う柵はあるので、魔獣に襲われる可能性は低いとは思います。ですがそれよりも心配なことが……」



 そう言うとフィナンジェはレオニスの顔をじっと見つめた。



「どうした? 俺の顔に何か付いているのか?」



「いえ。勇者さまはお鈍いので、ここはハッキリと言っておきましょう」



 するとフィナンジェは咳ばらいをし、半歩ほどレオニスとの距離を詰めた。



「あのシャアラという少女に、変なことをしては“めっ”ですからね?」



 そんなことを言ってくるフィナンジェは上目遣いで、言葉の可愛さに反して目付きは妖艶だった。そんな大人びた魅力を持つフィナンジェにレオニスの鼓動は否応なく早まってしまう。しかしレオニスはどうにか平静を装って言う。



「するわけないだろ。あれでもシャアラは王族だ。下手なことをすれば俺の首が危ないからな」



「もしあちらから誘惑されても、ダメですからね?」



「そんなこと、あるわけないだろ」



 フィナンジェの念押しに、レオニスはさすがの鈍さを発揮する。フィナンジェは尽きない不安をどうにか溜め息で追い払う。



「それでは、私はそろそろ行きます。シャアラという少女には、上手く誤魔化しておいてください」



「まあ、やってみるよ」



 レオニスの返事ににこりと笑みを返すと、次の瞬間フィナンジェの艶やかな肢体は、夜の闇に溶けて消えた。

 一人になったレオニスはふぅ、と一つ息を吐くと、シャアラの元へ戻るべく踵を返したのだった。




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