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北風と太陽〜超能力バトル版〜

作者: 向日向

木枯らしが落ち葉を吹き上げる晩秋。

近くの中学からわらわらと湧き出した学生が並び歩く通学路。

テスト期間中の部活動の停止に伴って普段に増して生徒が多いのであるが、側から見ている近隣住民はまったくもって分からないだろう。

側から見られていることになんら興味を抱かぬどころか、気づくことすらない中学生たちは好き勝手青春の一行を語り合う。

その中で明らかに異質な二人組。

片方は大柄の男。整髪料で固めた赤い髪に制服の下の赤いシャツが羽織っただけの学ランの下に伺える。

所謂、不良。


「おい、風人、お前いい加減女ぐらい捕まえろや。そんな本読んでて虚しくなんねぇのかよ。……なんねぇとしても心配するダチの気持ちも察してみろや、なぁ?意中の相手とはまだ話してすらいねぇらしいじゃねぇか」


風人と呼ばれたもう片方は小柄の男。赤髪の男に見向きもせずに答えもしない。かといって怯えてるわけでもない。肩に回された赤髪の腕すらも気にせず単語帳に目を通し、小さく読み上げる。

青ぶちのメガネをかけ、青のリュックを背負い、詰襟の上までボタンを締めている。

所謂、優等生。


「……そうだね、ご忠告痛み入るよ」


風人は太陽への対応も一言で済ませ、単語帳から目をそらすことはない。


「ガリ勉君は友との話し方も忘れちまったのか?」


何度か行われたやりとりに業を煮やした太陽はその言葉とともに単語帳を手から略奪する。


「こんなものは、今いらねぇはずだろ」


軽くはなった言葉と同時、太陽の手に移った単語帳は一瞬で火に包まれる・・・・・・


手元から単語帳を失った風人は一瞬空気を読み進めるかのような姿勢を続け、

そしてーーー

文字通り、『空気が変わった』。


「僕が気が短いのは分かっているよね?」


風人の周りの空気が不自然に揺れる。風向きに関わりなく2人の制服は上へとはためく。


「あぁ、そうだ、知ってて焚きつけてんだよ、せっかくの"死闘ゲーム"だもっと燃えてくれや」


太陽はそんな超常の現象に怯えるでもなく、口角を上げて獰猛に笑う。


「御託はいい。"ルール"を言いなよ」


ルールは、女だ」


2人の間で形骸化した"死闘ゲーム"と"ルール"という単語、第三者が聞いても特別な意味を持たないそれは人知れず超常の能力を有する2人には1つの特別な意味を持つ。


「いつもいってるよね、ルールは明確にしてよ」


小さな頃から人ならざる超常の力を持つ2人が争えば必要以上に被害を受け、被害を与える。それを防ぐための2人だけの喧嘩の手段。

片方が"死闘ゲーム"と"ルール"を提起し、他方が承認する。売られた喧嘩を買うシステム。敗者は無条件で勝者の要求に従う。


「一を聞いて十を知れない中途半端優等生君は黙ってききゃいいんだよ。女ってのはテーマだ。前にお前の意中の女、旅沢ちゃんがいるだろ、あいつのパンティの色をこの道を歩ききるまでに俺が知れたら俺の勝ちだ」


太陽の言葉通り2人の5メートルほど前を学年の中でも5本の指に入る人気を誇る少女、旅沢が歩いていた。社交性も兼ね備えた彼女は、蔑視表現ではなく純然たる事実としてゴリラに酷似した女とともに会話をしながら帰路についている。


「旅沢さんを死闘ゲームに巻き込むのか、アンフェアだね」


喧嘩は男のプライドをかけたもの。故に勝敗は当然重く、ルールの公平性は2人が最も大切にしていた。


「その分要求ベットはお前有利でいいぜ、俺の要求ベットは『お前が旅沢に告ること』」


「まあいいよ。勝てばいい話からね。僕の要求ベットは『太陽が勉強の邪魔をしないこと、そして明日からテスト勉強すること』だよ」


中学から駅前の交差点までの道はほぼ終わりに差し掛かり、残りは50メートルほどの直線のみ。


「そういえば、考えたくない話だけど、太陽が旅沢さんの下着の色を知らない根拠はあるのかい?」


「おいおい、それは悪魔の証明ってやつだろ。だがまぁ俺の勝利条件は『俺がゲーム中に知ったことを証明できること』ってのも付け足してやるぜ」


「太陽ならそういう真似はしないとは思うけどね。制限リミット隠蔽サイレント無害セーフティでいいかい?」


「問題ねぇ」


ルールの細かい部分を定めながら2人は臨戦体制へと移行していく。

風人の周りの不自然に対流していた風は今はなりを潜め、むしろあたり一帯が不自然なほどの無風に至っている。

対する太陽の周りは陽炎が漂い、揺らめく空気が季節にそぐわない熱気を孕んでいることを語っている。

数刹那の瞑目ののち、風人が一言


「ルールは絶対」


「勝者は絶対」


「「死闘開始ゲームスタート」」


2人が静かに声を揃え、死闘ゲームが始まった。

先手を打つのは攻勢側である太陽。先ほどまで発していた熱気も抑え、自らの能力、"熱支配"に意識を向ける。物心がついた頃から自らの周辺の一定空間の熱を操ることができた太陽が、自らの能力自体につけた名前である。

自らの能力を自覚して使ううちに成長させ、今では目視できれば半径100メートル程度の空間の熱を操ることができる。


「まずは、小手調べだぜ?『圧火』!」


太陽は旅沢のスカートの下、膝の裏が見える辺りに小さな点とも言える高温を発生させ、熱膨張で小さな爆風を発生させようとする。


「『カーム』。太陽そこは僕のテリトリーだよ」


しかし、絶対領域にて発生される予定であった爆発は空気の動き自体を風人によって押さえつけられ、不発に終わる。

結果、スカートは歩く振動と秋風に吹かれ緩やかに揺れているだけである。

風人の能力は"エアーコンダクター"、空気を指揮下に起き、風を操ることができる。操作範囲、精密さともに太陽をわずかに上回っているというのが本人の見解である。


「まぁ、これぐらいは防いでくれないとなぁ?」


「この死闘ゲーム、僕は負けるわけにはいかない」


太陽、風人、旅沢の三者が共に歩いているにもかかわらず、正確な能力操作を用いる2人の能力はかなり精度が高いと言える。というのも、彼等は死闘ゲームの中で基本的に隠蔽サイレント、『2人を除いた周囲に異変を気づかせないこと』と無害セーフティ『2人を除いた周囲、周辺に害を与えないこと』の2つの制限リミットを課していることがその要因である。それらによって身につけた綿密な能力操作の元、2人は死闘ゲームを行なっているのだ。


「残りの距離は35メートルってとこだが、まだ余裕はあるな、風人は実際旅沢のことをどう思ってるんだぁ?」


「精神的動揺を狙っているのか。なにかのための時間稼ぎはわからないけど付き合うつもりはさらさらないよ。『ダブル・バキュームクロース』、『カオスストーム』」


話しかけてくる太陽に異変を察した風人は能動的な防御に打って出る。『ダブル・バキュームクロース』によって二層のの真空の膜を旅沢の衣服の周りに設けることで旅沢に対する外部からの熱による干渉を遮断し、 2つの膜の間を『カオスストーム』によって局所的な暴風にする事で太陽の能力の発動を阻害する。

風人のすごいところはそれらの事象が外部から見れば、全く見えないことである。


「みみっちいことやってるみてぇだな。お前はいつも技巧的なことをしようとしすぎて本質を見逃しちまうんだ」


「どういうつもりなんだい。僕が旅沢にベールをかけてる以上君の熱でできることなんて…」


「王手だぜ?『蜃気楼』」


「なんだいその技は…もしかして…!『エアソナー』」


太陽の発した聞いたことのない技名に悪寒を覚えた風人は自らが操作できる領域内に緩やかな空気の流れを作り出し、流れの違和から一部に不自然な温度変化があることを読み取る。

温度変化が起こっている領域はいくつかあり、それらは太陽の10メートル程前と、旅沢の10メートル程前の地点を転々と結んでいる。


「さすが風人だ。俺の起こしてる現象には気づけたようだが、どちらにせよあと10メートル、残り10メートルの地点で勝負は決まりだぜ?」


太陽は自信に満ちた笑みを浮かべながらも、自分と旅沢の位置関係を確認し歩き続ける。


「屈折率の変化ってところかい」


「正解だぜ」


対する風人は嫌な予感が当たったことに身震いし、額から汗を垂らす。

太陽は風人の予想通り温度による屈折率の変化を用いて太陽自身の体制や、旅沢の衣服には変化を与えず、太陽の目から旅沢のスカート内へ直通の光の道を設けたのである。

スカートをめくれないのならば覗けばいい。

そんな言葉を思い起こさせる戦術の突破は簡単なようでいて困難であった。


「本当は設置型になんかせずに覗けりゃそれで終いなんだがよ、屈折角ってのは湿度やアスファルトの蓄えた熱、時期によって変わっちまう。精密な屈折角の変化を温度変化で実現する技にゃ準備時間が必要ってこった。でもまぁ、一度発動する角度を見つけちまえばこっちのもんよ」


太陽は余裕綽々といったように能力の内情を語り出す。そして、その言葉を聞き風人は1つの策を見つけた。


「そういうところが甘いんだよ太陽。そこまで条件が厳しい技なのなら風で一度リセットすればそれで終わりのはず!『ブリーズ』」


風人は太陽と旅沢の間にそよ風を起こし、その風によって温度をリセットするよう試みる。

温度の変化した空気を押し流し、『陽炎』による温度調節を乱すのが狙いだ。


「甘いのはお前の方なんだよ!『蜃気楼』!」


「どういうことだ!」


「風が吹いてようがなんだろうが温度変化が同じ位置でできてりゃ俺は『蜃気楼』で物が見える!お前が温められた空気を流そうが何しようが同じ地点の温度を操作するだけで発動は継続できるんだよ!」


太陽の能力"熱支配"は熱自体を操ることができる。故に熱で温めるという工程と時間を省略してその物自体の温度を上げることができる。

太陽がその場にある空気に1000度であれと言えば、その空気がたとえ元々20度であろうと、500度を経ずに1000度となるのだ。

当然、この性質を幼馴染の風人が知らないはずもなく、その性質を思い出し、対応策を考える。

しかし、太陽の設置した『蜃気楼』のレンズが太陽と旅沢のスカート内が繋がるまで残りが2メートルほど、風人には時間が足りない。


「……チッ、『サポートブリーズ』」


策を考える時間が風人が起こした風によって確かに生まれた。

風人の風はあろうことか旅沢のスカートをめくろうと旅沢の背後からなで付ける。

しかし、その力によってスカートは持ち上げられることはなく、むしろ臀部から股の間に至るまでをタイトスカートのようにぴったりと体へと押し付け、スカートの中身を隠している。

めくり上がりかける前部は旅沢が両手で押さえつけることで、スカートによって内部と外部の光が遮断されたのである。


「おいおい、ありゃあ制限違反リミットオーバーじゃないのか?」


「害は与えていないし能力を隠せていないわけでもないよ?」


「まぁ、あんぐらいは見逃してやってもいいけどよ、でもそれ、時間稼ぎに過ぎないぜ?」


太陽の言葉通りであった。風によってスカートの中を隠すことには成功したと言えるが、旅沢の足は止まってしまっているために勝利条件である道の終わりにたどり着くことはできない。

さらにスカートの内外について光が完全に遮断されているということはなく、多少複雑になるとはいえ時間をかけさえすれば『蜃気楼』をもってして中を覗くことは可能である。


「ふっ、その通りだね…」


風人は諦めたように能力を解除する。俯いている姿に表情はうかがえない。

旅沢は突風に首を傾げながらも進行し、太陽が『蜃気楼』を設置しているエリアに足を踏み入れる。


「終わりだぜ、風人」


「『ダストミスト』、『プレッシャー』」


太陽が『蜃気楼』でスカートを覗く直前風人が呟き、視界を遮るように塵屑が展開される。


「見苦しいぜ、『炎消』」


巻き上げられた塵屑は太陽によって一瞬にして焼却され、開かれた太陽の視界には白地に熊さんのプリントがされた可愛らしいパンティが写されていた。道の終わりまで旅沢残り10メートルの地点であった。


「はっはっは!可愛らしいパンティじゃねえか!なぁ、風人!!」


「……」


太陽の言葉に俯いたままの風人は答えず。足を早めて太陽の前を歩み始める。


「おい風人、流石の俺でも別に今すぐここで告れとは言わねえって」


「…僕の勝ちだね」


風人は太陽の前に立つと、顔をうつむかせたまま旅沢に背を向け勝利宣言を行った。


「どういう意味だ風人。たしかに旅沢は今道を歩ききったようだが、俺はパンティをたしかに覗いたぜ?」


「ああそうだね。たしかに太陽はパンティを覗いて言い当ててみせたね」


「だったら俺の…!」


ゴリラに酷似した女・・・・・・・・・のパンティをね」


「なんだと…?」


風人は顔をあげ、満面の笑みを見せる。


「狙い通りに動く太陽を見てて最後は笑いをこらえるのに必死だったよ」


「どういう手品か説明しろ!」


「『蜃気楼』には確かに驚かされたけど、あんな不安定な技を信頼してる様子だったからね、利用させてもらったんだよ」


「そういうことか…!」


「そう、太陽の技は不安定だった。自分でも言ってたけど、屈折角は熱や湿度で変化する。もちろん気圧・・によってもね。僕は太陽が温度差で屈折させてる光を途中で気圧差によってさらに屈折させたんだ」


気圧を操作する『プレッシャー』によって屈折率を変えることは太陽の『蜃気楼』並かそれ以上に難しいことであった。風人はその準備のための時間を稼ぐためにさまざまな技を使い太陽を少しずつ妨害していたのである。

もちろん風人は風を操ることによって湿度を変えたり、雨を降らせることによって『蜃気楼』をジャミングすることも可能であった。しかし、敢えて太陽の技成功させたように見せかけることで、太陽の勝利の芽をも摘み取ったのである。


「でもそれを証明することは…!」


「『アップドラフト』」


風人は技名を語りながら片手を天高く振り上げた。

そしてスカートが捲り上がる。


「天国と地獄…」


呟く太陽の目にはめくり上がったスカートの下にあった旅沢の黒と紫の蠱惑的なパンティと、ゴリラに酷似した女の熊さんのパンティが写っていた。

太陽は敗北感に膝をつき頭を項垂れ、風人は勝利の余韻を噛みしめる中、不意に悲鳴が上がった。

ふたりはとっさに悲鳴の方に顔を向ける。

太陽は旅沢の方を見ていなかったが、風人はスカートがめくれた直後の旅沢と目があった。

悲鳴が上がるようなことを自分たちで起こしたにも関わらず、それに対して思考を巡らせることができなかったのは、スカートをめくるという行為が2人にとって勝敗の確認の意図しかなかったためである。

しかし、めくられたものにそんなことは関係なく、目が合えばそれは自らの痴態を見られたことを意味する。

旅沢と話したことのない風人にとってここでの失敗は最悪のファーストコンタクトとなる。そのことに追い詰められた風人は普段ならとらない大胆な行動に出る。旅沢に駆け寄り、積極的に話し始めたのである。


「旅沢さん!ごめんね!いや、本当に事故なんだけど、申し訳ない。なにか僕にお詫びの……」


追い詰められた風人はそこからの旅沢との会話に尽力した結果、驚くことに打ち解けることに成功することとなった。

幸いにも交差点を過ぎても帰路が同じであった2人、それを太陽は後ろから少し眺め、別方向へと歩き始めながら呟く。


「今回の死闘ゲームは狙い以上ってとこかな。帰って勉強でもするかなぁ」


太陽は死闘ゲームをする事で新技の『蜃気楼』を風人に見せるという、自らの目的と同時に旅沢を巻き込むことで風人と旅沢の関係が進展する可能性を考えていたのである。

太陽は秋風に対抗できるよう、自分の周りの温度を調節し、先程火に包まれていた風人の単語帳に目を固定しながら、帰り道を歩き始めた。


帰り道では先程風人が旅沢と目を合わせた時、太陽が同時に目を合わせ、会話を余儀なくされた人物の、ゴリラと酷似した声が楽しそうに太陽に話しかけていたことを追記しておく。


読んでいただきありがとうございます。

熱で風を起こす、光を曲げる、以外に安全なスカートめくりの方法があったら参考までに教えてください。

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