3 一夜明けても解けない誤解
「うっ!・・・・あれ?」
浅い眠りの淵から目覚め、体を起こした僕は、昨日の出来事を思い出し、激しい痛みを待ち受ける。だけど、そんなことをする必要はなかったみたいだ。というのも、傷口なんて存在していなかったのだ。おまけに、全く痛みも感じない。
「夢だったのか」
良くある話だ。これぐらいの年になると、冒険者にあこがれる僕みたいなやつが多いという。そのあこがれが夢に出て、ケガをする幻想をみる。
「・・・・夢じゃないことは、周りを見たら明らかだと思うんだけどねえ」
「師匠、そんな言い方をするもんじゃありませんよ」
「別にいいじゃないか」
「ここは・・・・?」
起きたばかりの僕は、周りの状況を把握できずに、少し混乱する。
「ここは、洞穴の中さ。吹雪がやんだはいいが、積雪がひどくてねえ。もすこし待ったらべルールの町に帰ろう。と、言っても私たちはこれから始めていくんだがねえ」
「なんで僕たちの町を知ってるん・・・・ですか?」
僕は、なんとかなれない敬語で疑問を言葉にする。普段から敬語を使っていないと、こういう時に苦労するのかもしれない。
「ここら辺にはべルールくらいしか町はないだろう?」
「まさか、遠くから来たわけではないでしょう?」
確かになぁ。なんて思いながら、昨日ゴブリンをうち斃したおじさんと、そのおじさんを師匠と呼ぶお兄さんの言葉を、ぼんやりと聞き流しているのだった。
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「この喋り方も、久しぶりだねえ」
「そうですね。大賢者と呼ばれていた時は、ずっとその喋り方でしたからね」
「もう、大賢者と呼ばれなくなって久しいね」
「四年ぐらいですか?」
「もうすこしで五年たつねえ」
もう五年もたつのか。時の流れはゆるやかなようで、はやい。そう考えて、大賢者は煙草に火をともす。五年・・・・ということは、あの忌むべき事件からももう少しで五年。一体あれからどうなってしまったのか。全てを投げ出し、追われる身となった二人は何も知らない。
「その喋りかたを聞いて、『なんだこのヒョロヒョロのオッサンは』とか言ってた副隊長をぶっ飛ばしたときはめちゃくちゃ笑いましたね」
「懐かしいねえ。そのころ、君ってば軍属だったから、始末書書かされてたよねえ」
「ようやく肩の荷が下りたって感じですよ」
「大出世だったもんねえ」
「ええ。ただの下っ端兵士が、魔導騎士の副長になったんですからね。しかも、王宮護衛の」
「不思議なもんだよねえ。魔導士とか、騎士とか。強くなって、手柄を打ち立てて出世すると、逆に安全な王宮の中に居ることになるんだから。一番強い人たちが戦場に出ないで、何してるんだ、って話だよ」
大賢者は自分なりに、「強いのであれば、戦場で力をふるわなくてはならない。誰をも圧倒する力をもつ軍属であるのに、それを戦いに役立てないのは浪費である」という考えを持っていた。まあ、その正反対である、『やなら参加しなくていいんじゃね?他に役立てることがあるんなら』という考えも持っているのだが。この大賢者、めちゃくちゃである。
「王を守るのが一番大事なんですよ」
「相手を後退させないと、補給やらなんやらも大変だと思うんだけどねえ。私一人でも十分引っ掻き回せると思うよ?」
「大賢者を失うことは大きな損失ですから、絶対出撃を認めないでしょうね」
「面倒くさいねえ」
「我々にはもう関係ないことですよ」
「だねえ」
大賢者は、煩わしい戦争や政治の事を懐かしむと、口の中にたまった煙をゆっくりと燻らせる。
「スローライフ最高」
「煙はいて終わりだったらかっこついたんですけどねえ」
「私らしいだろ?」
「ですかね」
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「ふ・・・・ぅん」
小さく寝言をつぶやくと、少女・・・・ティーゼは、寝返りを打つ。知っているだろうか?寝返りを打つタイミングは、意識がうっすらと目覚めかけているときらしい。このタイミングで起きると、すっきりと良い目覚めができるとか。
「あ・・・・朝?」
そして、自然に目覚める時は大体このタイミングだ。この少女も、例にもれずそうだったらしい。薄い毛布が三枚掛けられているという、傍から見ればおかしな状態から、ゆっくりと起き上がる。おそらく、あの賢者たちは、自分たちは全然平気だからと薄手の毛布しかもっていなかったのだろう。何故真冬なのに、夏使うようなうっすい毛布しかもっていないのか。なんだかんだ言い合ってたって、両方とも十分異常なのだ。
「ん、起きたんだね、ティーゼ」
「ルディ?あれ、大けがしたんじゃ。もしかして、夢かも?」
「それ、もう僕がやった」
ルディと呼ばれた少年が、苦笑しながら言う。しかし、苦笑というには少し笑顔が過ぎるか。むしろ、満面の笑みといった方がまだ近いだろう。その笑顔は、まるで心底安心したような、そんな笑顔だった。
「あ!あのおじさんたちは・・・・」
ガタガタと震えながら、昨日の事を思い出す。怪しい顔でオジサンたちが近寄ってきたのを最後に、ティーゼの意識はぷっつりと途絶えていたのだ。だから、あの後何があったのかも、知らない。
「ああ、心配いらないよ。あの人たち、実はいい人だから」
「洗脳ずみっ!?」
「いや、そうじゃなくて。ほら、僕のケガもあの人たちが治してくれたんだ」
「・・・・本当に?」
昨日のあのシーンだけを見ていたら、洗脳を疑うのも無理はない。・・・・無理はないか?ともかく、ルディはケガを直したのはあの大賢者だということを説明する。
「でも、目撃者は邪魔だから消すって」
「ああ、それは」
「すまないねえ。私の教え子がふざけてしまったみたいで。あれは、目撃者二人くらいしょうがないよね、って意味で言ったんだよ」
それはお前が言ったんだろ、と心の中で思うルディであったが、この空気で突っ込めるほど彼は肝が据わっているとは言い難い。
「それに、消すとは言ってない。僕は『そうだねえ。ま、目撃者は危険だ。仕方ないよねえ』といったんだ。そのあと言った『痛む』っていうのも、回復魔法をすると、少し痛むってだけだし。」
「わざわざそんな言い方をしなくても」
「いやあ、報告の義務を怠ると・・・・ねえ?」
ルディは、本能的に理解した。「ああ、この人、悪戯と意地悪が大好きな性格だな」と。治療をするところはまだまともといえるのであろうが、しかし意地悪なことに変わりはない。その証拠に、今大賢者の顔に浮かんでいるのは、満面の笑みだ。
「ん、さて。風もやんだし、日も出てきた。そろそろ出発しようかね」
「あ、はい」
「・・・・はい」
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「で、出発前に教えてほしいんだけど。」
「はい?」
「この洞穴って、べルール側にないと思うんだけど、どうやってこっちに来た?もしかして、山を越えたのかい?」
「ああ、この洞穴、貫通してるんです。天然のトンネルになってるんですよ。発見したのは僕たちなんですけどね」
「ふーん。すごいじゃない。便利で良いね。じゃあ、そこから行こうか」
「準備しますね」
どうやら、この洞穴は両側をつないでいたようだ。この少年少女たちにとって、素晴らしく運がよかったと言えるだろう。この洞穴がベルール側ではない、大賢者たちがファイアーグリズリーを倒した側につながっていなければ、どんなに異常な魔法力をもってして悲鳴を聞きつけても、場所がどこか分からなかっただろう。・・・・それすらもどうにかしてしまいそうではあるが。