18 賢者への道に、足を乗せよ
新しい物事をしようとする時って、出費やらも大変ですよね。それだけじゃなく、技術も磨かなくちゃならない。それなのに、しようとすることによっては、それが努力とみられない場合もある。悲しい世の中です。
「ということで。ティーゼとレアルの看病の甲斐あって、僕の風邪が完治しましたー。」
「おめでとうございまっす!病み上がりなので、無理はしないでくださいっ!」
「私のお粥とレアルさんのポーションが利いたみたいで良かったです!今日は、よろしくお願いします!」
「いやあ、お粥、美味しかったねえ。ポーションのお陰ってより、お粥のおかげかなあ」
しみじみと、目をつぶって味を思い出すように、語るファル。そんなファルの表情に、少しティーゼは照れている様子だ。
「僕のポーションにケチつけるんですか」
「僕が病床についているって時に、ルディと一緒に紅茶の話で盛り上がってた自称賢者の人は黙っててね」
「は、はァ!?自称じゃねーしっ!何言ってんのォ!?」
「レアル、キミ・・・・ウェイン卿に賢者もどきって言われたの、まだ気にしているね?」
ファルの『自称賢者』という煽りに、お腹が空いているすっぽんのように勢い良く噛みついてくる、レアル。実は、王都に居た頃ウェイン卿にも同じことを言われたことがあるのだ。ファルの課題を、修練場でこなしていた時。的に当ててみろと言われたので、ウェイン卿の言う通り魔法を打ったら、言われた言葉だ。その時、何があったかは本人以外には分からないが、とにかく、とてつもなく気に障る出来事があったという。なんとなく、ファルはジェーン・ペルバルナの時と同じようなことがあったんだと思っている。
「気にするでしょ、普通!確かに、誰かに賢者って言われたわけじゃないけど、僕はちゃんと賢者ですよ!」
「うん、確かにそうだねえ。キミは、間違いなく賢者だ。僕が悪かったから、次行こうか、次。」
「ったく、すぐそうやって話を変えようと・・・・」
「ということで、今日は、中級攻撃魔法の授業をします!」
「「おお!」」
ファルの、中級攻撃魔法宣言に、ティーゼとルディが感嘆の叫び声をあげる。まるで、新しいおもちゃを買い与えられた子供のように、目をキラキラと輝かせて、次の言葉を待つ二人。そんな二人に、ファルとレアルは若干あきれながら、次の言葉を口に出す。
「って言っても、初級魔法とあまり変わらんから。詠唱と、イメージ。それだけ変えればいいってこと。でも、決して適当にやっちゃダメ。適当にやると、思わぬ事故が起こるからねえ」
「中級から魔力のコントロールは難しくなる。ファルさんの言う通り軽い気持ちで臨むと、痛い目見るから、集中してコツをつかんでね」
「「はい!」」
初級攻撃魔法は、魔力を少量込めればいい。なぜなら、初級攻撃魔法はそんなに攻撃手段として用いらないからだ。成り立て冒険者でも、中級以上の魔法を使える魔法使いが多い。初級だと、殺傷能力が低いためだ。初級攻撃魔法は、目くらましや時間稼ぎ、相手の足止めなどに使う。
言わば、非殺傷武器。しかし、中級攻撃魔法からは、ちがう。本気で、確実に相手の息の根を止めるための、殺傷武器。新人魔法使い冒険者の最低ラインが、中級攻撃魔法。そういう意味では、魔法使いは、中級攻撃魔法を使えるようになってから、初めて”初心者”になったと言っても良いかもしれない。
「まず、詠唱。初級魔法の時教えたけど、今の魔法の大抵は、詠唱が短い。魔法名だけで良いからねえ。昔は、威力を高めるには詠唱を長く、って考えだったみたいだけど、今は違う。今は、基本的に『魔法名だけの詠唱』と、『無詠唱』がある。僕たち賢者は無詠唱でも魔法の発動ができる。ルディたちは魔法名の詠唱をしてね。無詠唱を初心者がやると、魔力暴走が起こりやすいから。」
「で、中級攻撃魔法の、魔法名詠唱。火魔法が『ファイアランス』水が『ウォーターランス』雷が『ライトニングランス』。ここら辺三つは全部ランスだから、覚えやすいかな?あとは全部特殊。土が『ピットフォール』風が『フェアウィンド』闇は『ダークショック』光が『ライトアロー』。それで、空間が『エアクラック』。じゃあ、それぞれ練習してみて。少しづつ、込める魔力を増やしていく感覚で」
「「はい!!」」
中級攻撃魔法は色々あるが、まず最初に覚えるべきは、『ランス系』。今日はそれをやることにしたらしい。
「じゃあ、まずルディ。ウォーターランスを打ってみて」
「は、はい」
「ははは、そこまで緊張しなくていいから。力を抜いて、詠唱をして。的に向けてうつ。それだけやればいい」
「・・・・はい。行きます。『ウォーターランス』」
ルディが魔法名の詠唱をすると、ルディの目の前の空間から細い水の棒が飛び、1m程で地面に落ちた。
「うん、良いねえ。発動自体は問題なく行えてる。この調子で、少しづつ魔力を込めていくと良いと思うよ」
「あの、なんで少しづつ行うんですか」
「ん?気になるかい」
「は、はい!」
「ヒミツ」
「ええ!?秘密ですか!?」
「うん、ヒミツ。最終試験までにはわかるんじゃないかなあ。まあ、それまでついてこれたらの話だけどねえ。クックック」
ファルは、ルディに対してしょうもない意地悪をしながらちらりと横目でレアルの方の様子をみる。丁度、ティーゼも『ファイアランス』の発動を終えたみたいだ。ルディと一緒で、どこか納得しないような微妙な表情をしているのがうかがえる。そんなのはお構いなしに、賢者二人は、ずんずん進行していく。
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「うん、二人には全部やってもらったけど、一つ分かったことがある。魔法が安定してないかな」
「それは、魔力が少ないからじゃ」
「いや、それは違うねえ。じゃ、見てて。僕が見本を見せよう」
見本を見せる。そういうと、ファルは的に向けて一歩踏み出す。大賢者が、魔法を放つ。その瞬間を見逃さまいと、二人とも目を見開いて待ち構える。
「『エアクラック』」
「な!?」
「えっ!?」
大賢者が選んだ魔法は、空間属性中級攻撃魔法の、『エアクラック』。空間にひび割れを引き起こし、そのヒビが重なった物に損傷を与えるという、恐ろしいワザだ。当たり所が悪いと、即死もありうる危険な魔法でもある。大賢者が放ったそれは、木でできた的を粉々に粉砕していた。的を、一瞬で一片辺り五センチほどの木くずへと、変えてしまったのだ。
「・・・・この魔法が中級攻撃魔法な理由がわかるかい?」
「わ、分かりません」
「私も」
「この魔法は、足や手に当たった場合は致命傷にならないんだよ。すぐ、強力な回復魔法で傷口がふさがるからね。でも、頭や腹に当たった場合は、致命傷だ。内臓は、強力な回復魔法でも治りが遅いし、頭は即死。恐るべき威力だけど、射程距離も短いからね。それに、扱いが簡単。だから、中級攻撃魔法。」
威力は高いけど、射程距離が短く、扱いが簡単で、覚えやすい。ゆえに、中級攻撃魔法。威力だけなら、上級に負けず劣らずな、『エアクラック』。しかし、上級魔法は、さらにその上。扱いにくいが、威力と射程は伸びる筈。魔法とは、恐ろしいものである。
「ちなみに、この魔法にかけた魔力量は、かなり少ない。ルディが一番最初に打ったウォーターランス。あれと、大体同じくらいだよ」
「えええ!?」
「それ、本当ですか!?」
「本当さ。嘘を言っても、どうにもならないでしょ」
若干どや顔気味に、そう言ってのけるファル。ちなみに、普通にファルがやってのけたので、これが普通と思うかもしれないが、全然そんなことはない。普通は、あの程度の魔力量で的を木っ端みじんにすることなど、到底できないものだ。この足元に転がる木っ端は、血の汗と涙を滝のように流した努力と、執念があってのものなのだ。
「残念ながら、ファルさんの言っていることは本当だよ。あの『エアクラック』は、ルディが最初に打った水魔法と同じくらいの、ごく少ない魔力しか使っていない」
「ようは、魔力を効率的に使えるか、なんだよ。何て言うか、ルディとティーゼは、魔法にならずに空気中に放出されてる魔力が多いんだよねえ。」
ファルがきちんと理由を説明をするが、ルディとティーゼの二人は、正直頭に入ってきていない。目の前で見せられたそれが、信じられない。さっきティーゼが放った『エアクラック』は、的に小さなヒビを入れるのが精いっぱいだというのに、それと同じかそれ以下の魔力量で、的を木っ端みじんにして見せたのだ。
「す、すごいです!」
「ファルさん、っごいです!」
「でしょ、でしょ?もっと、褒めてくれてもいいんだよ?」
「大賢者様サイコー!」
「ファルさんサイキョー!」
何と言うか、褒め方が安直である。テキトーと言ってもいいか。ファルじゃなく、レアルだったなら、もう少し褒めるところもあるかもしれないと思えてしまうのが、不思議だ。
「ふっふっふ。よし。エネルギー充填完了。いっぱい褒められるのはうれしいけど、今日はこれくらいにして。さあ、これで詠唱は覚えたかな?この時間で覚えられなかったら、家で暗記してきてね」
「「はい!」」
「さて次は・・・・とりあえず、一魔法10回ずつ打ってみて。一回ごとに僕たちがアドバイスするから」
「じゅっ」
「かい・・・?」
初心者にとって、魔法を10回というのは結構な負担である。普通は魔力量がそんなにないのだ。それを、各属性ごとに、10回である。ルディは、水、風、雷、闇。ティーゼは、火、土、光、空間。それぞれ、40回も、魔法を打てというのである。無茶を通り越して、アホである。アホ。しかし、ファルもそれが分かっていないわけではない。
「大丈夫。本当の本当に限界が来たら、魔力回復ポーションを用意してるから、好きなだけ飲んで、回復しちゃって」
「魔力回復ポーション!?」
「それって、結構な値段するんじゃ!?」
魔力回復ポーション(低)。一本1000G。回復量は少なめ。駆け出し冒険者にとってはそこそこ高い。ポーション補給代だけで、収入の4分の一程度が消えることも珍しくないという。
「そこのところは、何も心配ないよ。僕たちが育ててるハーブから作ったものだから」
「そ、そうだった。ファルさんたちは、調薬に使う様々なハーブなどを自家栽培してるんだった!」
「茶葉はさすがに育ててないけどねっ!」
「ルディ、それはどうでもいい」
「え゛っ」
紅茶マニアのルディが、ティーゼにどうでもいいと言われて驚愕の表情を浮かべている。さすがのレアルも、自分で茶葉を育てていないのだ。気候条件や湿度、気温も品種には作用するのだ。それを熱く語り始めようとしたところに、ティーゼのどうでもいい。末恐ろしい少女である。
「ルディ、ティーゼの言葉で心にひびが入ってるところ悪いんだけど、早くこっちで訓練始めるよ」
「うっ、うっ、うっ。魔法のエアクラックは不安定なのに、言葉は常にこころにひびを入れてくる。さすが、ティーゼ」
「あまりにうるさいと、頭に向かって本物打つからね」
言葉の通り、手に魔力を集中させるティーゼ。先ほどエアクラックについての危険性については、マファールとレアルから教わったので、本気で打つつもりはないだろうが、ルディを素直にさせるには十分すぎるほどだった。
「ファルさん、まずは水魔法からですよね」
「う、うん。さっきの順番通りで構わないよ」
「じゃあ、水魔法から行きます」
「はあ。変わり身が早い・・・・」
「はは・・・。じゃあ、こっちも始めようか」
態度が急に変わって、魔法について真剣に話し始める、ルディ。そんなルディを見て、呆れるようにティーゼはため息をつく。
「【ウォーターランス】!」
「【ファイアーランス】!」
魔力を回復するポーションを飲もうとも、疲労感は治らない。それは、ルディとティーゼも知っている。ファルとレアルから事前に説明を受けたから。魔力回復ポーションを何本も飲んで回復すると、例えようのない疲労感と頭痛、そして吐き気が襲う。さあ、賢者への道は此処から続く。二人は今、その道に足を乗せた。