17 抱える物は、想いか軽いか
うまいでしょ?想いと重いをかけてるんですよ。いや、想いが重いとかそういう意味じゃないですよ?
「ファルさん。お粥、作ったんで、食べてくださいね」
「ん、あ・・・・ティー・・・・ゼ?ああ、ありがと・・・・ね。あとで・・・・食べるよ」
「ファルさん、大丈夫ですか?もし辛いなら、レアルさん呼ん――――――――」
喉がかすれて途切れ途切れになるファルの声。それに心配して、レアルを呼ぼうかと思ったティーゼだが。
「ス――――ス――――・・・・」
「大変でしたよね、色々。良いんですよ、ゆっくり休んでも。一か月前、この町に来るまで、大変でしたよね・・・・疲れましたよね。」
意外に小さな寝息を立て始めるファル。しかし、これはただの風邪と言う訳じゃない。そう、ティーゼは思う。一か月前、この町に来るまでの疲れが、体に出てしまったのだと。体の疲れで無く、精神の疲れが。一体どんな辛いことがあったんだろうか。ルディから聞いた話では、お姉さんと王都で別れたとか。戦争、身柄引き渡し、指名手配。残酷な、世界。ティーゼは、頭の中をぐるぐると廻る思考の渦に飲まれそうになり、悲しそうに顔を歪めるのであった。
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「ふむ・・・・ティーゼか。」
レアルは、物陰に隠れてその様子を見ていた。眉間にしわを寄せて、じっと見つめていたのだが・・・・
「ティーゼは、料理も出来るし気配りも出来るし、容姿端麗・・・・。これは危険かもな」
危険。ティーゼの献身っぷりを見て、一見場違いなような呟きを漏らす、レアル。普通なら、『まだ十二歳なのに気配りの出来る、しっかりしたいい子だねー』とでも呟くのではないだろうか。
「それはともかく・・・・」
さらに眉間にしわを寄せ、前かがみになるレアル。まだ何かあるというのだろうか?それとも、危険ということに関して、何か重要なことが・・・・?
「お粥、いい匂いだな。お腹空いた」
レアルの頭の中は、今日も平和である。
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「いやあ、昨日はお世話になったねえ。ティーゼはお粥まで作ってくれたそうじゃないか」
「いえいえ、毎日お世話になっているお礼です!大分回復してきたみたいで良かったです」
「いやあ、これでも『賢者』の作ったおくすり飲んだハズなんだけどねえ・・・・。おかしいなあ」
おかしいなあと、声を若干大きめにして、レアルに対して皮肉を言うファル。それを見て、長年付き合ってきた友人同士だからこそ、出来ることなのかと、ふふっと笑うティーゼ。THE・平和。これを平和と言わず、何を平和というのか、と言うほどの平和である。
「薬って、そんな即効性のあるもんじゃないじゃないですか。文句言わないで、今日はゆっくり休んでいてください」
「僕が二日連続で寝込むことになるとは。やはり、大賢者をここまで追い込む、『病』ってのは恐ろしいねえ」
顎を撫でながら、思案顔でつぶやく大賢者。大賢者も、病に罹ることもあるのである。大抵は、不注意や不摂生などが原因だったりするのだが。
「普段から規則正しい生活を送らないから、そうなるんですよ。それに比べて、僕は規則正しい生活を送ってるから、健康ですね」
「この間、魔道具製作の為に栄養ドリンクがぶ飲みして徹夜してたのはどこの誰だっけねえ。」
「そ、それは・・・・忙しかったんですよ。でも、基本僕は休んでますからね。ふっ。自己管理も出来なくて、何が大賢者か。これなら、もうすこしで大賢者の椅子は空席になりますね。悪いけど、空席はいただきますよ」
決め顔でファルに対して宣戦布告する、レアル。自分の事は棚に上げて、他人に対して口を出すとは、全く、賢者らしからぬ行動だ。何処かの賢者が『他人の事より先ず自分』といった言葉を残しているのだが・・・・。
「たしか、レなんとかって言ったっけ。レ、レ・・・・レア、うーん」
「うっざ!うぅっざ!そんなんだから、友人が僕含めて三人くらいしかいないんですよ。恋人は・・・・あ、ゴメンなさーい!この話題はNGでしたよね・・・・」
「あ!言っちゃいけないこと言った!レアルが言っちゃいけないこと言ったー!ティーゼ、レアルが言っちゃいけないこと言ったー!うえーん」
二人して、大人気もなく煽り大会をする、賢者たち。何がそこまで彼らを駆り立てるのだろうか。やはり、賢者ならではの悩みが二人にはあるのだろう。友人が少ないとか、恋人がいないとか。研究者あどは、古くからそういう悩みがあったという。しかも、研究職に女性は少ない。悲しい現実だ。悲しい現実なのである。
「弟子に言い合いで負けて、十二歳の少女に抱き着いて頭を撫でられる大賢者。百年後の人に言っても、鼻で笑われて絶対信じられないでしょうね。」
「ですかね・・・・」
あはは・・・・とティーゼも苦笑いする。確かに、おかしな光景で、ファルさんを知らない人からすると、到底信じられるものではないだろう。
「ファルさん、ゆっくり休んでてくださいよ。じゃあ、今日は僕が訓練を手伝うよ、ティーゼ。ルディは、もう庭かな」
「はい、先に行っててってお願いしといたんで」
「じゃあ、ゆっくり休んでおくように。僕の薬が効いてくるので、明日には回復しますから。ゆっくりしてればね」
「あーい」
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「ふ、あ・・・・」
「あ、起こしちゃいましたか?」
扉の閉まる音で目が覚めたファルが、あくびをしつつ起き上がる。
「いや、いいんだよ。小さな音で起きるってことは、それが自然と起きる時間ということだから。ティーゼ、今何時だい」
「今は・・・・午後四時ってとこですね」
「はあ。結構寝てたんだねえ、僕は」
ボーっとした表情で、呟くファル。『大賢者』と呼ばれるほどに賢かったファルも、寝ぼけた姿はただの人間と変わらないものである。
「そうですね。きっと、疲れも溜まってたんですよ」
「うん、熱ももうないみたいだし、体調も良くなった。さすがレアル。中々薬の作りも良かったよ」
「あ、それ後で伝えときます」
「調子に乗るから、控えめに言っといてね」
慌てて恥ずかしそうに言うファル。普段中々褒めることがないだけに、褒めていたと伝えられるのは恥ずかしいものなのだろう。恐らく。
「レアルさん、風邪薬だけじゃなくて疲労回復のポーションとかも置いていきましたよ」
「本当は風邪薬にその効果を入れると良いんだけど、二つ作っちゃったか。まあ、お陰ですっかり治ったけどねえ」
「多分、時間短縮のためですよ。風邪薬にその効果を入れようとすると、時間が余計にかかるんじゃないんですか?」
「その・・・・通りだねえ。確かに、倍以上時間がかかっちゃたりするねえ」
ハッとした表情で、気づく。ポーションは複数の効果を持たせようとすると、圧倒的に難度や時間がかかるようになってしまったりする。種類によっては、一本ずつ作ってしまった方が、早いなんて言う場合もある。風邪薬と疲労回復ポーションの効果がそれだ。軽い傷をふさぐポーションと疲労回復薬なら、相性が良いので、併せて作った方がお得なのだが。
「レアルさんなりの、気配りなんですよ、きっと」
「ふーん。中々やるじゃないか」
「ほおが緩んでますよ、ファルさん」
「え、ホント?」
「嘘です」
「・・・・中々、やるじゃないか」
頬を、さっきのティーゼの言葉とは裏腹に引き攣らせるファル。今度は、誰が見ても、頬が引きつっているのが見て取れる。こんなファルの表情を見たら、ルディですら言うだろう。
「あれ?頬が引きつってますよ、ファルさん」
「キミ、煽り方がレアルのヤツに似てきたね」
「ちょっとマネしてみました」
「うん、そっくりそっくり」
若干不機嫌気味になったファルは、投げやりな様子になるファル。それが、照れ隠しだとわかるティーゼは、笑いをこらえるように必死なようだ。
「ルディたちはまだ庭かな?」
「いや、多分今頃二人でお茶でもしているんじゃないんですかね。『賢者になるためには、お茶の勉強も必要だよ、ルディ』とかなんとか言って」
「絶対そんなこと言ってるよ、レアルのヤツは」
「それで、お茶をルディに淹れさせて、『ふうむ・・・・いいね。大分上達してきたんじゃないかな。美味しいよ。でも、まだ改善の余地がある。淹れ方にまだムラがあるね』とか言ってそうです」
ティーゼは、表情や身振りまでもマネして、レアルの言いそうなことを再現する。それは、実にうまくレアルという人物を再現していて、まさに今、本当に同じことを言っているんじゃないかと思わせるようなものがある。
「あっはっは!似てる似てる!ティーゼは、もしかすると僕よりもレアルの本質をとらえてるかもしれないね!」
「・・・・本質?」
「実は、アイツの師匠・・・・と言っていいかもわかんないんだけど、まあ師匠になってから本音を聞いた事が無いように感じてさ。いや、僕に色々ビシビシ言っては来るんだけど、何か他にすべきことがあるっていうのかな、そう感じさせる表情をしてる時があるんだよね。ちょうど今の、ルディとティーゼみたいな。」
「え?」
突然、自分たちの事を言われてビクっと体を強張らせる。急に表情を変えてこちらを見つめるファルの、大賢者の静かな目は、『お前たちの事は、全て見透かしている』という意味を孕んでいそうで、そこが知れない何かを感じるような気さえしてしまう。
「なんていうのかなー何か、隠し事をされてるんだよね。僕も、人間だから隠し事なんかするんだけどさ。」
「あの・・・・それは」
「レアルのヤツ、何かボーっとしてはいられない事情があるんじゃないかなってさ。僕に弟子入りしてきた時も、どこか切羽詰まったような様子だったし・・・・」
時々、レアルが見せる、焦りのような表情。それは、ファルに弟子入りしてきた時もだった。何かにおびえ、何かから逃げようと、もしくは、対抗しようとするかのような、表情。それが、今も時々見えるのだ。
「あ・・・・でも、レアルさんが弟子入りしたのは、感動したからって言ってたじゃないですか」
「言っていたね。確かに、それも嘘ではないんじゃないかな。でも、なんていうかね・・・・スタンピードの任務も、どこか急いでる様子はあった。まあ、人々が危険にさらされているっていうのも、あったんだろうけど・・・・何かを抱えてるような気がしてね。」
「何かを、抱える」
抱える。何かを、抱える。何かを思って、何かの信念を抱き、何かの行動を起こす。人はそうやって進歩している。今までの歴史を紐解いても、それは変わらない。しかし、数百人に一人。いや、正確な数は解らない。時々、重い物を、重すぎる物を抱え込みながら走りだそうとする人たちがいる。人は、重すぎる物を抱えながら走り出すと、大体転んでしまうのだ。
「そう。何か、重いことを考えたり抱えていたりするのは、悪い事じゃあないよ。向上心につながることもあるからね。でも、危険な面もある。抱え込んでいると、それが重くなった時に倒れこんでしまうからね。まあ、僕はレアルから言い出してくれるのを待つよ。とりあえず、僕はもう元気になりました!ティーゼも、もう帰っていいよ。ありがとね、僕の事看病してくれて」
パッパと話を一気にまくしたて、話を終わらせるファル。その口調には、早くこの話を終わらせたい。ティーゼにはこの話を長く聞かせたくないと思っているのではないかと感じさせるような、雰囲気が含まれていた。
「は、はい。明日は、訓練よろしくお願いします!」
「うん、任せて!僕は大賢者だからね。明日からはビシバシ厳しく行くよ!」
「お願いします!」
その、ファルにしては不自然な行動に不信感を抱きつつも、ファルがした行動を尊重しようと、あいさつをして部屋を退室する、ティーゼ。途中で自分に向けられた目線が、どういう意味を孕んでいるのか。そんな、考えをめぐらせながら、ルディを呼びに調薬室へと足を進めるティーゼであった。
最近、セリフと文章の比率を見直し始めました。そしたら、全体的に文字数が多くなった気がします。うーん、これで良いんだろうか。