16 かぜっぴき賢者の看病
「えっと、確かコルンフィリア草と・・・・スタミナマッシュルームと、強靭草・・・・あとはピーチローリエ。これでよし。あとは、お粥でも作って持ってくか。・・・・しかし」
製薬室で、一人ぶつぶつと呟きながら、薬を作成している、レアル。ファルの事に関してここまで真剣な表情というのは、中々に珍しい。もしこの表情をルディたちが見たら、驚いてどう反応していいかもわからないだろう。それぐらい、ファルに関してレアルが見せる表情というのは、柔らかいものだったのだ。
「あの、今入っても大丈夫ですか?」
「ティーゼかい?入ってもいいよ。丁度、今困っていたところなんだ」
コンコン、と軽い音の後、遠慮しがちな声でティーゼが問いかけた。製薬室は密閉状態にしておかなくてはならない場合もあるので、ノックをすることが義務付けられているのだ。以前ティーゼが間違って確認無しに開けてしまったときは、ファルが強力な睡眠ガスを生成中だったので、とんでもないことになりかけたのだ。
「それで、困っていたことって何ですか?レアルさんが困ることで私にできることって、少ないと思うんですけど・・・・」
「丁度、その少ないことなんだよ。ファルさんのためにお粥でも作ってやろうと思ったんだけどね、いかんせん僕は料理が出来ないんだよ。実験器具で調理すればあるいは・・・・ともおもったけど、さすがにね」
「なんだ、お粥を作ればいいんですね?」
「うん、よろしく。どうやら、思った以上に酷いみたいでさ。怖いね、風邪ってやつは。抵抗力が下がると、こうも怖い病気になるんだ」
『賢者』が困っていることで私が力になれるか――――――などと思っていたようだが、それが料理と聞き、ティーゼはすぐに納得したようだ。と、いうのも、ファルとレアルは『焼く』『煮る』ぐらいしかできない。これは料理ではなく、料理の手段なのだが。・・・・調薬や調合、製薬なら二人ともプロフェッショナルなのだ。レアルも一瞬、『実験器具で調理すれば、僕にも料理が・・・・?』とも思ったらしいのだが、流石にそれはまずいだろう。
「で、僕に何か用があったのかい?」
「私も、お粥でもつくろうかなと。ドコで料理すればいいですか?キッチンとかって・・・・」
「そうなんだ。本当に丁度よかったんだね。キッチンは確か――――――向かいの部屋・・・・だね。うん。自分で使わないと、一か月暮らしてても覚えてないもんだね」
自分をとがめるような表情で、自虐的につぶやくレアル。一ヶ月もこの家で生活しているのに、使わない場所に関しては、全くと言っていいほど覚えていない。キッチンの場所が分かったのも、消去法によるものだった。キッチン以外は場所が大体わかるから、残った一部屋が、それだと。
「風邪が治っても疲労は取れないから、僕は風邪薬のほかに栄養ドリンクとかを作ってから行くよ。じゃあ、よろしくお願いします、料理隊長」
「よろしくされました、調薬管理副隊長。」
「ははっ、中々ノリがいいね、ティーゼは。じゃ、よろしくね」
「はい!じゃあ、行ってきます」
行ってきます、そう言って調薬室を出ていくティーゼ。直ぐドアの開く音がしたことから、早速キッチンで料理を始めるんだろう。
「いやあ、料理ができるって羨ましいな・・・・。マリエルさんが言うには、焼き菓子とかも作れるとか。ああ、僕も一口サイズのカップケーキとかを食べながら、紅茶を優雅に飲みたい。薬草や魔力回復薬、体力回復薬の論文を、少し日が差す窓辺で、おしゃれな椅子の上に座って足を組みながら・・・・。それで『やはり、紅茶は良い。脳がクリアになって、思考が研ぎ澄まされるようです』とかなんとか言ったりして」
「それ、分かります。それで、『この紅茶はダージリンか。フッ。明日はミリムアッサムのミルクティーなんかも良いですね』とかなんとか言ったりして」
「そうそう。って、おお!?ルディ、いつの間に調薬室に入ってきてたの!?」
急に自分の左側から話しかけてきたルディに、動揺してビーカーをガチャガチャさせてしまう、レアル。実際には、突然ではなく、しっかりとノックをしたのだが・・・・ともかく、扱っていたのが危険薬品じゃなくて、良かった。もし、『ガラス以外何でも溶かせる薬品』がかかったりしたら、とんでもないことになっていたところだ。
「ついさっきです。いやあ、良いですよね、紅茶。焼き菓子とかで甘くなった口内を、芳醇な香りと風味で満たしてくれる。」
「一か月前からすっかり紅茶オタクだね、ルディ。」
「そうなんですよ。すっかりはまっちゃて。いやあ、茶葉が違うと、あんなにも変わるもんなんですね、紅茶って!」
「淹れ方によっても、だいぶ変わるよ」
「そうですよね!僕も気になっていたんです・・・・僕とレアルさんの紅茶、同じ種類でも、香りが違うって。それに、淹れ方が重要というのは知ってます。だけど、細かい手順まで本に書かれてるわけじゃなく・・・・そもそも、お茶について詳しく書かれている本が近くになくて」
一か月前、ファルたちがこの町に来てから、すぐの事だ。まだ来てから一週間しかたっていないというのに、レアルが、遠慮なくマリエル宅で紅茶を入れてくつろいでいた。そこにルディが来たのだ。そして、
『それ、紅茶ですよね?』
話しかけてきた。
当時は、ファルには恐る恐る。レアルにはほとんど話しかけないという、気まずい状況だった。そのため、レアルも最初は困惑したが、話せるのなら、良しとして紅茶のことを熱く語ったのだ。魔法の話よりも、紅茶の話の方に熱を入れる賢者・・・・想像もしていなかったことに、ルディは思わず笑ってしまい、紅茶の話に夢中になっていった。そして、紅茶オタクが一人増えたのだ。
「確かに。種類はたくさん教えたし、茶葉もたくさん渡したけど、君が僕の淹れた紅茶を飲んだことは無かったね。いいでしょう。僕が、手取り足取り紅茶の淹れ方を教えてあげよう。紅茶の真の美味しさを、教えてあげるよ」
「本当ですか!?紅茶歴が長いレアルさんに淹れてもらえるなんて・・・・!一体、どんな素晴らしい紅茶が出てくるか楽しみです!」
「いやあ、プレッシャーがすごいね。あまり期待しないでくれよ?僕も、本を参考にしたまでなんだからさ」
ポリポリと照れ臭そうに頭をかくレアル。いままでファルと一緒に居たせいで、頼られることがあまりなかったから、純粋にうれしいのだ。
「紅茶、いつか習いたいですね」
「紅茶って習えるのかな・・・・まあ、いいや。とりあえず、今調合中だからさ、丁度いいから手伝ってよ。錬金術の練習にもなると思うよ。錬金術の一つ、『調薬』のね」
レアルは、照れくささを隠すように矢継ぎ早にまくしたて、提案をする。調薬。それは、複数で行うことは少ない。複数人で行うときのほとんどは、効果の実証や実験だったり・・・・あとは、レシピを弟子に教えたり、弟子の調薬を監督する時だ。そう、レアルにとっては、初めての『教える』という行為。教えられることはあっても、教えることはなかったレアル。何か、感じるところがあるのだろうか。
「あ、じゃあお邪魔します」
「なんだそれ、はははは」
「あははは、すみません、ちょっと緊張して」
普段基本一人で調薬しているため、調薬室がにぎわうことはない。それが、どうだろうか。子部屋が作られて以来、笑い声が響かなかったこの部屋に、暖かな笑顔が二つ。こういうのも中々良いのではないだろうか。
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『なんだそれ、はははは』
『あはは、あははは!すみません、ちょっと緊張して』
『まあ、初めての調薬だから、無理もないね。僕も初めての時は緊張したなあ。急に危険薬品の調合をさせてくるからさあ』
『ええ!?大丈夫だったんですか!?』
『危なかったけど、無事だったよ。ガス吸っちゃって目の前が白くなりかけた時は、死を覚悟したね』
『え、本当ですか、それ――――――――』
「なんか、レアルさんとルディ楽しそうだなあ。私も混ざりたい・・・・けど、これもファルさんが早く復活するため!もう少しで完成だから、急がなくちゃ。ええと・・・・あとは、リモンと、ルリスィンの葉と、スタミナマッシュルーム、通称元気茸をいれて、と。これで、完成!はやく、ファルさんのところに持って行ってあげないと」
私が小さいときに風邪をひいてた時、いつもお母さんがそばにいてくれた。寂しくて涙目になる私を、いつも背中を撫でて安心させてくれた。だから、子守歌を歌ってくれて、安心して寝ることが出来た。
「きっと、ファルさんも疲れてるはず。風邪の時は寂しくなるし・・・・とにかく、私が励ましてあげなきゃ!」
お粥くらい僕にだって作れますよ。本当ですよ?あのー炊飯器でね。あの、多く水をね。すみません、炊飯器じゃないと作れないです。コゲます。焼く、煮るだけなら出来るんですけどねえ・・・・。ゆでもできますよ?