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15 頑丈賢者の風邪っぴき




ファルは今、自分の家の地下室で、毛布にくるまって温まっていた。もうすぐ夏になるという温かさなのに、毛布を四枚も使って。毛布を四枚も使うなんて、いつ以来の事だろうか。レアルが言っていた通り、魔力さえあれば、大抵のことが出来る『賢者(いじょうしゃ)』だから、吹雪の中でも、薄いマント一枚で済んでいたのだ。しかし、風邪というのは恐ろしい。どんなに異常(頑丈)でも、対策を取っていなければ、この通り。暖房はレアルたちが『暑いから』とつけて貰えず、毛布にくるまって震えることしかできない。かつて、大賢者をここまで追い詰めた存在があるだろうか?


そして、今まさに風邪という未曽有の脅威によって、強制的に屈服させられようとしていた。ファルは、抗おうという意思を捻じ曲げられ、目を閉じ、静かに時を待つ。


「っくしょ!」

「これが、大賢者のくしゃみ・・・・」

「おお・・・・大賢者でもくしゃみは普通」

「・・・・ふたりして何をやっているか聞いてもいいかな」


ティーゼとレアルだった。風邪を引いた大賢者を、面白がってからかいに来たのだろう。レアルはもちろん、ティーゼも一か月間、ファルが困っているところを見たことが無かった。それが、これである。見物したくもなるというものだ。


「賢者に至るまでの参考になるかと思いまして!」

「まして!」

「なるわけないやん。僕、くしゃみふつーでしょう?ってか、ましてじゃないよ。なにやってんの、レアルまで」

「ルディ君を誘っても断られたそうで、代わりに僕がと」

「ノコノコ応じるんじゃないよ、全く。で、ルディは何故?」

「多分、くしゃみの原因が彼だからでは」

「そうなのかい、ルディ」


ファルは、涙目で鼻をかみつつ、部屋の隅のソファで哀愁を漂わせながら体育座りしているルディに向かって、問いかける。


「き、昨日はすみませんでした!もうすぐ夏とはいえ、まだ肌寒いのに・・・」

「いいっていいって。すぐ着替えずボケーっとしていた僕のせいだし。それに、ぼかぁ大賢者だよ?当然、【錬金術師(アルケミスト)】の技術を習得しているからねえ。こんなの薬でちょちょいのちょいだよ。ルディも習得してみるかい?便利だよ」

「あ、僕は良いです。頭髪が薄くなったら考えます」

「ハゲ薬だけ!?錬金術の使いみち、ハゲ薬だけなの!?」


錬金術は本当に便利なのだが。製薬だけではなく、魔道具を作ったり、土塊人形(ゴーレム)を作ったり、通常の土魔法よりも高位の魔法を使うこともできる。例えば、通常の土魔法が浴槽一杯分なのに対し、錬金術を極めれば、25mプール一杯分にも及ぶほどの土を魔法で使うことが出来る。巨大な壁の建造、巨大ゴーレム・・・・様々な用途で使えるだろう。魔法陣を使うことになるだろうが、巨大な城を一瞬で建造することも可能だ。便利。しかし、ファルが最初にハゲ薬としての用途を紹介してしまったために、そのイメージが強く残ってしまっているのだろう。


「本当に錬金術は便利なんだけどなあ。そういえば、昨日の続きになっちゃうかもしれないけど・・・・『ゴーレム・錬金術師(アルケミスト)』っていう賢者も居ましたよね」

「ああ、居たねえ。確か、錬金術をゴーレムにしか使わない変わり者だっけねえ。いや、土に影響を与える錬金術しか使わないのか。難しい・・・・」

「へえ、そんな賢者様もいたんですね」

「まあ、土魔法の強化版みたいなところはあるから、覚えるとしたらティーゼかなあ。因みに、ポーションも作れるよ。極めたら、ポーションづくりだけで潤沢な資金が・・・・それで、覚えてみるかい、ティーゼ」

「はいっ!覚えますっ!」

「ファルさんがお金のことを言った後だと、お金に目が無いみたいに聞こえるなあ」

「違うよ、何言ってんのルディ!錬金術、必要でしょ?」


苦笑いでつぶやくルディに、頬を若干赤くしたティーゼが、怒る。ティーゼの問いかけに、しばらく考えた後にウンウンと頷くルディ。一体何に使うことを想定していたのかは知らないが、きっと何かに必要なのだろう。


「そうだね・・・・ファルさん、魔道具ってどんなものを作れるんですか?」

「・・・・うーん、僕が作ったもので言うと、これかなあ・・・・爆炎玉(ばくえんだま)。投げて地面に落ちた瞬間に、結構な範囲を爆発する。相手は死ぬ」

「・・・・うげ。他には?」

「じゃあ僕が作ったのを。爆炎玉を参考にして、こんなのを。聖なる矢(セイントアロー)。この魔石球に魔力を入れて魔物の群れの真ん中に放り投げると、球を中心に光の矢が飛び散るっていう魔道具。相手は死ぬ」

「うっ。なんだか、物騒ですね。便利な魔道具はないんですか」

「ああ、そういう方面のを期待してたのね。つぎは山を消し飛ばす魔道具見せようかと思ったよ」

「それも気になりますけど・・・・平和な方面でお願いします」

「じゃあ、これかなあ。風の膜布(ウィンドベール)。雨をよけることが出来るんだよ。風で、水滴を吹き飛ばすのさ。大きなものは弾き飛ばせないけど、紙程度なら可能。雨を吹き飛ばす魔道具だね。」

「どうやって使うんですか?」

「こうやって、羽織るだけでいいのさ。ルディ、水魔法を、雨のように僕の上に降らせてくれないかい?」

「え、いいんですか」

「いいからいいから」

「じゃあ【アクア・ショット】」


ルディが抑えめに放った水の針が、ファルの頭へ向かって飛んでいく。ピッッ。そんな、水を手で勢い良く払ったような音が響き、水の針はすべて霧になってしまった。


「す、すごい。ちょっと威力の調整間違えたと思ったのに」

「その代わり、魔力の消耗が激しい。失敗作だよ」

「素材は!?何で出来てるんですか!?」

「これは、魔石の粉を練りこんだブリリアントスパイダーの糸で編んでるんだよ。雨は完全に防ぐことが出来る。あくまで上と横からに対してだから、水溜まりを踏んではねた水では濡れちゃうけどねえ・・・・。そして、書類もばさあっと。羽織るマントのようなタイプにして、室内では着ないようにすればいいけどね」

「そうそう、こういうのですよ!いいですね、テンション上がってきました!!!」


ファルの出した便利アイテム、風の膜布の効果を見たルディは、目を輝かせて手に取って観察する。風の膜布。『雨などに用事を変更されるなど、時間の浪費だ』などとファルが言って、作った魔道具だ。これを着ていると、水を吹き飛ばすことが出来る。それなりに強い風が、布から上方へと吹くため、周りの人は少し濡れてしまうが。


「じゃあ、僕も。これを吹くと、半径二十メートル以内に居る全ての人に、ファルさんの声で、『どこを見ているんだい、後ろだよ』って声が聞こえます」

「何を勝手に作っているのかな、君は。ってか、無駄に魔石を使うのはよせよ・・・・」

「違いますよ。これは、ウィスパースケルトンの頭蓋骨を加工した、(フエ)ですよ。最初はささやくような音色を期待して作ったんですが、耳元で不気味なささやき声が聞こえるヤバい笛になっちゃって。で、面白くなっちゃって、試行錯誤していたらこんな笛に・・・・」

「勝手に作っといてこんなとはなんだ、こんなとは。っていうかどう楽しくなったら僕のこえが出る笛ができるんだよ。」

「いつの間にか、相手をかく乱させる怖い笛になっちゃいましたよ・・・・」

「僕のささやき声か・・・・なんで『後ろだよ』なのかねえ・・・・。不気味すぎるだろう」

「じゃあ、試しにそれ吹いてみてくださいよ」

「え?いいけど・・・・。気味悪いよ」

「人の声を指して気味悪いとかいうんじゃない。じゃ、吹いてみなよ、レアル」

「じゃあ・・・・スゥウウウっ」


フゥゥゥゥウ、フゥゥゥゥウ


まるで、細い筒に息を吹き込んでいるかのような、音。もちろん、ただの筒に息を通しても音何てしないため、この笛からも『笛の音』は聞こえていない。単に、息が細い道を通っているかのような、音。


「なあんだ、何にも聞こえないじゃないか」

『』

「ん、今誰か何か言ったかい?」

「いや、だれも言って」

『』

「どうしたんですか?ファルさん。ルディも急に固まって、どうしたの?」

『』

「いやあ、今どこからか変な気配が――――――――レアル、目を閉じて何をしているんだい?キミ、なにかやっただろ」

「僕はただ、笛を吹いただけです」

(どこ)

「お、おい・・・・今誰か喋ったよねえ」

「あ、あの・・・・もうやめませんか?」

「そ、そうですよ。そろそろ、いいでしょう」

「途中で止まんないんだよねー」

「ま、まだ終わってないんですか?」

「そうだねーまだお」

『どこを見ているんだい、キミのうしろだよ?』


「び!ば、ぬむのん!?あやうく広域型殲滅魔法撃ちそうになった。」

「心臓が、飛び跳ねるかと思いましたよ・・・・」

「ファルさんの声って、こんなに不気味だったっけ・・・・」

「いやあ、ただ聞こえるってだけじゃなくって、耳から1cmも離れてないところで聞こえるから、分かっててもビックリするんですよねー」

「っていうか、僕こんな声出したことないと思うんだけど」

「え?薬の調合とか、実験とか、魔道具でヤバいのを作り上げた時、興奮してああいう口調になるじゃないですか。気味悪いって思ってるんですよ、僕は」

「ま、まあ。それはともかく・・・・なんという凶器を発明してしまったんだ、レアル・・・・。」


考えても見てほしい。低くて独特のイントネーションな不気味な男の声が、耳のすぐ後ろ1cmのところで聞こえるのだ。びっくりしないという方がおかしいだろう。因みに、『どこを見ているんだい、キミの後ろだよ』これが、爽やかに言われているならまだあまり驚かないだろう。それが、狂ってるように声が震えているささやき声なのだ。まるで、狂ってる殺人犯が逃げ惑う人を、後ろから追い詰めたようなときに掛ける声なのだ。


「話が脱線してしまったねえ・・・・とにかく、錬金術は便利だってこと、理解してもらえたかな?」

「はい。でも、僕には無理そうです・・・・」

「うーん、確かに、土魔法が使えないルディ向きではないかもしれないねえ。やはり、ここはティーゼだろうねえ」

「分かってます!指導、お願いします!」

「しばらくはお休みだけどね。タダの風邪とはいえ、十数年罹ってなかったんだ。耐性があまりなくなってるかも・・・・。まあ、お薬作れるからいいんだけどさ。その間は、魔力容量を高めるため、自主練習で。魔法の発動は僕の家の庭使っていーよ。その都度許可もとらんくてもいい。ってか、いつでも使ってよし。」

「え、いいんですか」

「良いって言うか、ここ以外の場所で魔法をバカスカ撃つわけにもいかないでしょ。それに、毎回許可を取ってからなんて、ものすごく面倒くさくないかい?例えば、僕が本屋さんとか魔道具屋さんとか薬屋さんとかに行っていたら、探している時間がもったいない。だったら、いつでも使える方がいいってね」

「確かに、そうかもしれないですね」

「ルディ、ファルさんの言うことは、全部正しいってわけじゃないからね。何でも面倒くさくしてると、ダメになるから。人として。」


雨になったから、魔道具を作るなんて、本末転倒も良いところである。時間がとられないようにと、作り始めたはずなのに、雨が上がってからもせっせ、せっせと。それだったら、身体強化でダッシュした方がよっぽどいい。一部簡単にするのは良いとして、全てを面倒くさがったらだめなのだ。そのうち、魔法を発動させることさえも面倒くさがり出しそうだ。


「ともかく、僕はもう寝るよ。レアル、薬作っといて。苦くないヤツで。良薬口に苦しとか、知らんから。苦すぎて吐いちゃったら、意味ないからー」

「なんかここぞとばかりにダラけてる気がするんだよなあ・・・・」

「おやすみー」

「おやすみーじゃないですよ、全く」


やれ、やれ。そんな風に首を横に振ったレアルは、辛そうに寝息を立て始める大賢者の顔を一瞬見て、調合室へと足を運ぶのであった。




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