12 記号を作り、記号に作られ
人って、性格とか、外見とか、人から見た時の印象とか、そういう『記号』に縛られて、やりたいことが出来なかったりするんですよね。学校では『いい人』っていう記号で覆われていたから、親友が好きになった人との恋路を応援する・・・・みたいにね。
え?フィクションの話ですよ。フィクションフィクション。なーして六回もねーえ。いや、フィクションフィクション。
「え、まだ訓練続けるの?」
「「はい、お願いします」」
「勉強熱心だねえ。レアルのヤツとは大違いだねえ。アレは、最初から文句たらたらで、疲れただの痛いだの今日はやめにしようとか。」
「へー意外ですね。それ。てっきり、全てをそれなりにこなす秀才型だと思ってました」
「秀才?アレが?ハッ!」
「それくらいにしといてくださいよ、ファルさん。大体、僕に対して親の敵みたいに厳しくしたのが原因でしょうが」
「そんなこともあったっけなあ」
思えば、生意気なガキが『弟子にしてください!』なあんて頭を下げてきた初日に、魔物だらけの森に放り投げたっけかなあ。超高級のミスリルの装備一式をつけさせてさ。絶対に、死なないようにして放り投げたっけ。
「初日に魔物だらけの森に放り出す人が何処に居ますか」
「さっきルディに話した通り、僕はスタンピードが嫌いなんだよ。住んでた村は、スタンピードで壊滅させられたからねえ。で、『スタンピード』の任務だけはNGにしてたんだ。でも、ちょうどスタンピードが各地で多発しててねえ。人手が足んなかった。それで、僕とレアルが派遣されたのさ。で、村に着いてからまず酒場に行ったんだよねえ。」
『くっそぉ・・・・あのジジィ。俺ぁスタンピードはNGだっつったろぉ・・・・』
『賢者様』
『あ?なんだ、新兵。』
『困ってる人がいるっていうのに、賢者様は酒を飲んでいるんですね。昼間から。』
『・・・・俺も困ってる。』
『賢者様の仕事では?任務ではないのですか?』
『任務なんて、それなりにやってりゃいーんだよ。だーれもしななきゃ、それでいい』
『・・・・』
『それ、俺の酒』
『・・・・最低だ』
『あ・・・?わぶぁっ、げほ、げえほっ、ごふっ』
「ってなことがあってねえ。頭から酒をひっかぶった時には、もう冷静なんてどっかに行っちゃったよねえ。でも、何と言っていいか・・・・やってやるよってなったんだよ」
仲が良かったおばちゃんが、おじちゃんが、近所のお姉さんが、友人が、母が、父が・・・・魔物の群れに突進されて、踏みつけられて、喰われて、血が噴き出して、死ぬ。そんな光景を小さいときに目の当たりにした少年は、大人になった時に性格を激しくゆがませてしまった。
「そんな光景を小さいときから見たからねえ。スタンピードって単語を聞いただけでも脈が速くなって苦しくなってきてしまうんだ。そんなことも知らないガキンチョが、何をほざいてんだ、ってね。そんなに言うなら、やってやる。やりゃいいんだろって、ヤケクソになったのさ」
「そんなこと思ってたんですか」
「僕はそっから躍起になって、三日間でスタンピードを収めた。6000匹を超える魔物を全て魔法で殺して、辺り一帯を血まみれにして・・・・。疫病が発生するかもしれないから、金になる部分以外は燃やしたよ、もちろんねえ。」
我武者羅に殺して、殺して、殺して、殺した。それで燃やして、殺して殺した。三日間、一睡もせず、日と息もつかず、殺して殺して殺しまくった。
「そして、大賢者マファールは倒れた。」
「「え・・・・?」」
「精神的なものだったんだろうねえ・・・・今まで、それ以上の激務を平気でこなしてきた。でも、倒れた。魔物の群れを見てると、気が遠くなってきて・・・・思い出す。あれをフラッシュバックって言うんだろうねえ。血の匂いも、音も、触感も、最後の言葉も。全部、蘇った。目の前に」
「それを見た僕が、弟子入りした。」
「え?どういうことですか、レアルさん」
「僕は・・・・甘く見てた。賢者っていう人を、軽く見てたんだよ。で、その仕事っぷりを見たら・・・・感動したんだよ。自分のちっぽけさに、情けなくなった。そんで、憧れた。」
「だから、弟子入りですか?・・・・なんか、わかる気がします」
「ルディとティーゼも、そういう気持ちでファルさんに弟子入りしたんだろう?」
「そうです。一瞬でゴブリンを殺して、治療した魔法を見て、魅力に引き込まれたって言うか」
「人の為にその力を使いたいと思った。自分のためにも!」
「良いんじゃないのかな。僕みたいに、自分の為に使いたいでも、他人のためっていうのでも。そういうんじゃなくてどっちも。どれも、いいんじゃないのかねえ。自分の思うように思えばいいよ」
結局持っているちからを誰の為に使うのかは一番重要と言う訳じゃない。どれをえらんでも、必ず公開をすることになる。『~を選んでおけばよかった』なんて、ざらにあることだ。だから、それでもいいんじゃないかなと。あまり重要な問題ではないからと。大賢者マファールはそういいたかったのかもしれない。
「いっちばん重要なのは、自分の中で目的を持つこと。それがあれば、前が見えない激しい吹雪の中でも進んでいける。それでいつか、晴れる。僕のテーマは『平和』。自分の周りが平和であるためにはどうすべきか。それを目標として魔法を使っていきたいねえ」
「因みに、僕のテーマは『安全』です。既存の魔法や、危険だからと禁忌に指定されている魔法を研究して、安全に改良して使いやすい魔法にする。それが、目標」
「僕は・・・・僕は・・・・『楽しむ、楽しませる』をテーマに。魔法を使っていきたいと思います!」
「良いんじゃないかな!楽しめないと、人生損するからねえ。君が大きなったら、作ってもらいたい魔法が浮かんだよ!」
「私は・・・・何を目的に魔法を使ってけばいいのか・・・・ルディだって決まったのに」
「すぐに決めなくたっていいんだよ。僕だって、追われる寸前になって決まったテーマだし」
「僕も、ファルさんが決めてから、なんとなーく適当に考えてたら思いついたって感じだし」
「とにかく、一生研究していくテーマなんだし、すぐに決められないのなんて、当然!僕たち三人は道を歩きながら三秒以内に決めちゃったけど、僕たちと正反対なしっかりもののティーゼには、是非ともしっかりとテーマを決めてほしいと思う。悩んで、悩んで、悩みまくって。何か月かけて決めたって良い。そんで、決まったら一番乗りに教えてほしいねえ」
人生の中で自分の『目標』を決めておけば、途中で悩みつつも最終的にはゴールに辿り着くことができる。悩んでも、迷っても困っても。ゴールさえ明確に分かっていればいつかは、絶対に。
『賢者』『大賢者』というのは、ただの記号だ。マファールという人間の上に張りついただけの、ただの記号。記号は人間を作らない。人間が記号を作っていく。記号に振り回されないように、『自分の芯』を作って、今度は大賢者という称号に振り回されないようにしよう。そう、決めた。大賢者だから、賢者なら。人を救わなきゃならない。そう思って、自分が救われないなんてことは。あってはならない。
「人を救って、自分が救われないなんて有っちゃだめだからねえ。僕みたいな思いは、絶対にしちゃだめだ。まず、自分の身を大事に。次に一番大切な人。その次に友達。その次に知り合い。その次が、困ってる人。人間は自分が一番かわいい生物なんだ。でも、それは悪い事じゃない。じゃなきゃ、産んでくれた親に失礼だからねえ」
「そうそう。自分を大事に。あ、これは命に関してってことだからね。フツーに困ってる人がいたら助けてあげてね」
困ってる人がいたら、助けてあげると良い。自分を犠牲にしないように。その程度、頑張ったらいい。人を救うのは
「命に関しては、自分と大切な人優先に、大切な人との時間とかも大切に。でも、もしそのとき困ってる人がいたら魔法でチャチャっと解決して時間に遅れないようにすればいい。そうやって、僕とレアルはやってきたからねえ」
「・・・・そう、ですよね。ゆっくり決めて行けば良いですよね」
「そそ、昔は魔法なんて日用品程度でしかなかったんだから。それの為に自分を犠牲にしてまで悩む必要なんてないんだよ」
「ああ、それで一か月前はその話を頻繁にしてたんですね」
「まあねえ・・・・俺、こんなになるまで何やってたんかなあーなんて、考えちゃったりしてねえ」
「いやいやスタンピードの解決なんかしたりして、戦争も・・・・なんでもかんでも。」
「僕は戦争にはいかない方がよかったねえ。広域型殲滅魔法も・・・・僕が何て呼ばれていたか知っているかい?ま、知らない方がいいか」
ふっ、と自虐的に笑った後、ファルは俯いて溜息を吐いた。何か、思い出すようなことがあったのだろうか。周囲にそう思わせるには十分足りるほどの情報が詰まった、その表情。実際のところ、ファルが、『大賢者』マファールが何を想い、何を悩んでいるのかを理解出来る者は、この場にはいない。ファルを理解してやれるものは、この場にはいないのだ。