11 お風呂と言えばハプニングらしいじゃないか。私が許さん。
そんなテンプレは私が排除してやる!ラッキースケベ断固反対!!!
「じゃあ、まずはティーゼから入ってなよ。僕が服を取ってくるからさ」
「はい、分かりました」
「え、僕は?」
ちょっと期待したような目をファルに向けてくるルディ。・・・・一体何を期待しているのだろうか。ファルが師匠だからと言って、何でも命令を聞かせられるかと言えば、そうではないのだが。
「・・・・ルディは後で入りな。残り湯は飲まないこと!」
「のっ、飲みませんよ、そんなの!」
「温泉の湯とかって商品化されてるの知らないのかい?」
「へえ・・・・」
「へえ、じゃないんだけど。いいかい、ティーゼ。ルディに一緒に入ろうとか言われても、絶対応じちゃだめだよ」
「はーい?」
ファルの言葉の真意を理解していなさそうに、首をかしげるティーゼ。もう12歳だというのに、本当に危機感を覚えてしまうファル。いつか騙されて誘拐とかにあってしまいそうで怖い。これは、誘拐されないためにも、保護するための護衛魔導術式を備えなければ・・・・なんて、ぶっそうなことを考えるファル。コイツに好き勝手させていたら、世界が簡単に壊れてしまいそうだ。
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「あ、マリエルさん。ティーゼとルディ君が泥だらけになってしまったので、
着替えを受け取りに来たんですが」
「泥だらけですか?毎日なんかすみませんね、魔法の練習なんかに付き合ってもらっちゃって」
「いいんです、いいんです。暇ですからねえ。弟子がオッサンじゃなくて、小さい子供だと、ちょっとした日常の刺激になりますよねえ。ちょっとしたことではしゃいでくれるので、こっちとしても中々楽しいですよ。あのメガネときたら、教えるたびに『なるほど・・・ここの術式はこれを応用しているわけですね。それによって、一つプロセスを減らせて、必要魔力量も減る・・・・』とかなんとか、冷静に分析しやがるんですよ。ティーゼやルディみたいに、『流石お師匠様です!』とか『すげえ!教えてください!』とか言われると、大賢者みょうりに尽きるというか。」
「すこし、喜び過ぎじゃあ」
ふふっ、とマリエルが笑いながらファルに向かってそんなことを言う。しかし、ファルの目は全然冗談ではなく、まるで新しいおもちゃを買い与えてもらった子供のようにも見える。
「いやあ、中々いいもんですねえ。最近は魔法の威力も上がってきたので、ここら辺の魔物なら余裕で勝てますよ。まだ実践訓練はしないけど」
「へえ・・・・まだ一か月しかたってないのに。」
「ふたりとも覚えが早いんですよ。そのうち、どちらか片方・・・・いや、どちらも大賢者になってしまいそうで」
「大賢者・・・・どうなんですか、大賢者としては。大賢者は、いいものですか?」
「『元』大賢者ですけども・・・・元大賢者から言わせてもらうと、良い事ばかりじゃないですねえ。酷い役目を押し付けられることもあれば、戦争に出陣しなきゃいけないこともある。人の死は慣れてしまうほどに見ることになるし、救えない命だってある。辛いもんですよ。」
「そう、ですか」
ファルの言葉を聞いて、表情が少し陰るマリエル。やはり、賢者というのは良い事ばかりの職業ではない。医者と同じで、救える命もあれば救えない命も多い。人の死を幾度となく見る。そういう職業は、心を病んでしまう場合も多いという。
「でも、大賢者は高給取りです。一年王宮で働けば、一生暮らしていける程度の金が稼げます。税金関係もありますけどねえ・・・・そして、『知識の探求』と称して、世界中を旅できる権利が与えられる。新たなことを発見すれば、莫大な金も手に入ります。新たな知識、新たな景色、そして、命を救う。救えない命よりも、救える命の方がはるかに多い。そんな『職業』なんですよ、賢者、大賢者っていうのは」
「・・・・そんなこと聞くと、どっちがいいかなんて分からなくなりそうです」
「まあ、戦争への参加は自由だし。『私は賢い方の賢者ですから。マファールとか言う犯罪者と一緒にしないでください』って王に向けて怒鳴れば、参加も強いられないでしょ。第一、あの子たちが賢者を目指すとは思えないけどなあ・・・・」
「あ、そういうものなんですか」
「そーいうもんなんです。」
ファルの言葉を聞いて、少し力が抜けるマリエル。脳内では戦場で回復魔法を仲間に使ったり、敵に向けて魔法を放って殺してたりしていた映像が流れていたのに、急に研究室に引きこもって実験をしている、不健康そうな二人の映像に切り替わる。う~ん、なんでこんな二極化するんだろうか。などと、マリエルは自分って極端なんだなあと思案する。といっても、賢者や大賢者のほとんどはそのどちらかだというのは事実なのであった。
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「おーい、二人と・・・・も?戻ってきたんだけど」
「え、や、あの・・・・」
なんだこれは。思わず、手に持っていた衣類を床に落としてしまいそうになり、慌てて持ち直す。まだ衣服を取りに行こうと出て行ってから、三十分ほどしかたっていない。だから、ティーゼはまだ出てきていない。それは解る。問題なのは、なんでルディが赤面してしどろもどろになっているか、ということだ。
「き、君」
「あ、いや、その・・・・」
「もしかして」
「ち、ちがうんです!ティーゼのヤツが」
「覗いたな?」
「覗いてないですよ!?急に何言いだすんだ、このオッサンは!?」
「お、ナイスツッコミ」
「脱衣所がせっかくあるのに、ここで脱ぎだしたんですよ。『え?ここにはルディしかいないでしょ』とか言って」
「まあ、地下室だからキミらしかいないのは当然だけど・・・・」
「もう12歳になるってのに、全然気を付けないんですよ、ティーゼのヤツ。」
ああ、なるほど。なんでそんなに危機感がなかったのか分かった気がする。これは、姉弟の間でよくあるやつだ。分かるぞ、分かるぞ、ルディ君。なんてことを考えながら、ファルはうんうんト頷く。
「君・・・・男として見られてないねえ」
「ガーン」
「姉弟の間ではよくあることなんだよねえ。なんか、風呂上りに下着でうろつくとか。やめろっちゅーに。友人が家に遊びに来てた時は、軽く絶叫しかけたね、ホント。友人は固まるし。赤面で。それ見てにやけるし。近づいていくし。耳元でなんかボソボソっとやるし。」
「ファルさん、お姉さん居るんですか?」
「ああ、言ってなかったっけ?血が繋がってない、幼馴染みたいなもんかねえ・・・・。近くに住んでたんだけど、半狂乱の魔物群で色々あってねえ。」
「一緒に暮らしてたと。」
「ちょっと、遠いとこでね。今は王都から脱出したと思うんだけど・・・・再会できるといいねえ。」
そういうと、大賢者はウィンディーダムの王都、グランペリオン。そこに移住してきたころ、自分は大賢者になるなんて思ってもいなかっただろう。ましてや、こんなに長生きすることになるななんて。
「いつか再会できるのかねえ・・・・」
「出来ますよ、きっと。絶対に」
「そうだと良いねえ。さ、ティーゼが脱衣所に居る音が聞こえる。そろそろ、準備したほうがいい。お風呂、早く入りたいだろう?」
「そうですね。じゃあ、ティーゼが出たら脱衣所に行きます」
「あ、着替えこれですかー?」
「あー、うん。そこに置いといたんだけど・・・・」
「あ、有難うございますー!」
そんなのったりとした会話をしつつ、あのころに比べれば、何てのどかで平和な時間なのだろうと。そう思い、大賢者は幸せそうに目を閉じるのであった。