表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/32

番外編 初日の出

呉羽兄弟幼少期のifのお話です。

     ■


「兄さん!」


「……朝っぱらから何騒いでるの……俺まだ眠いんだけど」


 紫苑が傍に寄ってきた気がして、眠い目をこすりながら身体を起こす。思った通り、紫苑はすぐ近くにいた。まだ六時だというのに、眠さを一切感じさせないその瞳は輝いている。なにか嬉しいことでもあったのか、弧を描いている唇。それが大きく開かれた。


「初日の出、見に行こうよ」


「……そっか。年明けたんだ」


「カウントダウンもしたかったのに、兄さんすぐ寝ちゃったしね。だからさ、初日の出は、一緒に見に行こう?」


「お前寝てないの?」


「そうだけど?」


 きょとんとしたような顔で言われては、小突きたくなる。「馬鹿」と零して指で額を弾いてやった。俺はベッドから降りて、目を丸くしている紫苑の腕を引く。


「いい? 日の出見て帰ってきたら、すぐ寝るんだよ。……というかそのカッコで行く気? これ着て」


「別に寒くないけど……まぁ、ありがとう」


「お前さぁ……まぁいいや。行くよ」


 部屋を出て、階段を降りる。いつもなら起きている両親はまだ寝ているのか、リビングも廊下も電気が点いていなかった。きっと紫苑と一緒にカウントダウンをして、寝る時間が遅くなったからだろう。


 先に外に出た俺は、扉を開けたまま紫苑が出てくるのを待つ。楽しそうな足取りで飛び出してきた紫苑の顔を伺ってみた。日の出を見るのがそんなに楽しみなのか、満面の笑みだ。たかが太陽を見て何が楽しいのか俺には分からない。


 どこで日の出を見るつもりなのだろうと思っていたら、紫苑が俺を引っ張った。


「公園行こう。山の上なら綺麗に見えると思うんだ」


 紫苑の言っている公園は、家から徒歩十分ほどのところにある。ちなみに山というのは、その公園にある滑り台だ。大きなプリンにも見えるから、プリン山と呼ぶ人もいる。もちろん、黄色でも茶色でもなく、ただの石の色だ。


 紫苑はよく友達とその公園に行っているが、俺は小学生になってから行ったことがない。もちろん友達はいるけれど、学校が終わるといつも家で絵を描いているから、放課後に誰かと遊ぶなんてしないのだ。そのため、公園までの道のりもなんだか懐かしく思う。紫苑が小学生になる前までは、よく一緒に公園で遊んだ気がする。


 そもそも最近は紫苑と話す機会も減っていたし、一緒にどこかへ行くこともなくなっていた。だからだろうか。紫苑が俺と初日の出を見たいと言ってくれたことが、少しだけ嬉しい。


「兄さんはさ、初日の出に何を願うの?」


「え? 初日の出にお願いなんてする?」


「友達が言ってたんだ。初日の出に願い事をすると叶うって」


「そんなわけないでしょ、流れ星じゃあるまいし」


「そっか……」


 余計なことを言わなければ良かった、と思うくらい、紫苑は残念そうな顔をしていた。どう機嫌を直してやろうか悩んでいると、俺が何かを言うまでもなく、その顔は笑顔に戻る。


「けどさ、叶うかもしれないから、願い事するよ」


「そんなに叶えたいことがあるの?」


「うん。けどまだ言えないよ。願い事してからなら言っても良いけど」


「へえ、別に聞きたいとか思ってないけどね」


 本当は、気になっている。悩み一つなさそうなこの弟が、いったい何を願おうというのか、想像もつかない。


 冷たい風が吹いて、寒さに思わず手を握りしめる。紫苑が小さく唸ってから、手を繋いでいることを思い出した。


「あ、ごめん」


「大丈夫。兄さん寒いの?」


「寒いに決まってるでしょ。なんでお前手冷たいくせに寒くないの?」


「元気だから、かな」


 無邪気な笑顔に、俺は思わず顔を逸らした。弟のこういう顔を見ていると嫌になる。なんでこんなに綺麗に笑えるのか不思議だ。


 逸らした視線の先には、公園があった。もうこんなに歩いたのか、と思いながら敷地内に入る。滑り台の上に登って、俺達は空を見つめた。


 ちょうど良い時間に来れたみたいだ。明るくなっていく空に、陽の光が差し込む。眩しいなと思って目を細めた。紫苑が願い事をすると言っていたことを思い出し、俺も一応願い事をしてみる。咄嗟に浮かんだ願いは、自分のことではなかった。


 紫苑が持つ、原因不明の病のようなものだと言われた不思議な力。それがなくなりますように。そう願った。あれのせいでこれから紫苑に不幸なことが起こったら、嫌だと思ったのだ。弟には、いつまでも明るく元気でいてほしい。いつまでも、笑っていて欲しい。


 瞼を伏せて祈り続けていたら、袖を引かれた。紫苑が微笑んでこちらを見上げてくる。


「兄さんは何を願ったの?」


「紫苑の頭が良くなりますようにって」


「なにそれ。確かに兄さんよりは馬鹿だけど馬鹿じゃない」


「そんなに怒らないでよ。……で、紫苑は?」


「……兄さんが、笑ってくれますように、って」


 消え入るような声だった。それでも、静かだから俺の耳に届いている。きょとんとしてから、俺は苦笑した。


「俺はいつでも笑ってるよ? まぁそんなことはいいから早く帰ろう。風邪ひかれても困るし、早く寝てもらわないとね」


「風邪なんかひかないよ」


「あぁ、そうだった。馬鹿だもんね」


「うるさい」


 後ろを歩く紫苑の顔を想像して、笑ってしまう。


 ふと、気付いた。俺は、母さんといる時も父さんといる時も、無理に笑顔を作っている。完璧に繕っているつもりだった。けれどきっと、紫苑に気付かれていたのだろう。


 紫苑が、作り笑顔を浮かべる俺をどう思っていたのか知らない。だが、よく思っていなかったのだと思う。だからあんな願い事をしたのか、と勝手に考えて、俺は振り返った。


 すぐ傍にある小さな頭を雑に撫でる。動揺したらしい紫苑の手を引いて、再び歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ