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月光If(番外編+if劇場版)  作者: 藍染三月
完結後一年記念番外編
4/32

宮下と河内の話1

     ▽


 朝ごはんとお弁当を作ってテーブルの上に置き、あたしは自分の支度を始める。腰まで伸びた髪を櫛でとかして、二つに結おうとしていたら、同居人が欠伸をしながら起きてきた。


「おはよう。……どっか行くのか?」


「おはよ。ちょっと、友達と遊びにね」


 寝巻きであるジャージ姿の朽葉は、椅子に腰掛けて、あたしが作った朝ごはんを食べ始めた。卵とウインナーを炒めただけの簡単なものだけど、美味しそうに食べている顔を見て、こっそり笑う。


 あたしと朽葉が一緒に暮らすようになったのは、二年前だ。あたしが高校を卒業する頃。


 祖父母に貰っていた小遣いもだいぶ貯まっていたし、アルバイトで稼いだお金もあったから、一人暮らしなんて余裕で出来た。内装と外観で決めた一軒家に住んでみたものの、一人ではあまりに寂しくて、寂しさを埋めるように朽葉に声を掛けたのだ。


 高校でも、一緒に住みたいと思える友達は出来なかったし、一緒に住んでも楽しいだろうなと思える相手は、彼くらいしか浮かばなかった。


 だから、部屋が余ってるから一緒に暮らさないか、と言った。彼も実家を出たいとは思っていたみたいで、了承してくれて、今に至る。もちろん、家賃や生活費は二人で割っている。


「友達って、お前友達いたっけ? 大学で彼氏でも出来たか?」


「失礼ね。中学生の頃からの友達よ。女の子だから安心しなさい、浮気じゃないわ」


「安心も何も、別に付き合ってねぇだろ俺たち」


「冗談に決まってるでしょ」


 眠たげな声と軽口を飛ばし合い、あたしは髪を結び終えた。着替えも化粧も既に済ませていたし、時間も丁度良い。


「じゃ、行ってくるわね」


「早くね? この時間じゃ店空いてないだろ」


「ねぼすけさんだから、家に行って起こしてやるのよ」


「うわ……起こしに来る友達とか嫌だな」


「はぁ? 見る目ないわねあんた」


 朽葉が座っている位置の、正面にある椅子に置いておいた鞄を持ち上げて肩にかける。「美味しい?」と問いかけてみたら、朽葉はご飯を咀嚼しながら頷いた。


「お前、料理上手くなったよな。始めは何を作っても焦がしてたし、クソ不味かったのに」


「あんたに、美味しいって言わせようと思って頑張った結果よ」


 ふふん、と得意げに胸を張ってみせたら、笑声が耳を打つ。馬鹿にしたようなものではなかった。ただ、おかしくて笑っているみたいで、朽葉は優しく目を細めていた。


「なんだそれ。彼女かよ」


「……ただの同居人でしょ。ばーか」


 深い意味はなかったのだろうし、悪気なんてもっとなかったと思う。けれどもその言葉は少しだけ、あたしの胸を刺した。


 こいつの彼女には、多分ならないと思う。仮にあたしがこいつのことを、そういう意味で好きだったとして、こいつがあたしをそういう目で見ることは多分ないから。きっと、あたしみたいなのはタイプじゃないだろう。友達として一緒にいる分には、気が楽だというだけで。分かってはいるし、別に好きなんかじゃないのに、無性に苛立つ。


 唇を尖らせたまま、暗い赤色のワンピースの裾を翻した。廊下へ向かうあたしへ、朽葉が呼びかけてくる。


「蘇芳」


「なに。もう行くんだけど」


「そのワンピース、新しく買ったのか? 似合ってるな」


「はっ……?」


 一体どんな面をしてそんなことを言っているのか、振り返って確認してやりたかった。しかし、そう出来なかったのは、自分の頬がやけに熱を帯びていたからだ。顔が、熱い。確実に今は振り返れない。


 これから外に出るというのにこんなムズ痒い気持ちにさせて、本当に、なんというか、馬鹿という言葉しか浮かばないくらい語彙が失せる。馬鹿じゃないの、と唇の内側で呟いた。深呼吸して、背中を向けたまま声を張る。


「あ、ったり前でしょ! あたしはセンスが良いんだから!」


「まぁ、悪くはねぇと思う。……ご馳走様、美味かったぜ」


「お口に合ったなら何よりよ! じゃあもう行くから! 今日も一日事件解決とか諸々頑張りなさいよね! 怪我とかするんじゃないわよ! 行ってきます!」


 捲し立てるように早口で紡いで、勢いに任せ、玄関から飛び出した。自分が言った言葉全てが恥ずかしく思えて、熱くなっている頬を手の平で包む。


 春の風が、とても心地好く感じた。この熱が冷めるまで、あたしは暫く家の前で佇んだ。


     ▽


 住んでいる市は同じだから、電車に乗る必要はない。十五分くらい歩いて、あたしはその家のインターホンを鳴らした。宮下、と書かれた表札の下で、インターホンから声が響く。


『はい』


 休日の朝早い時間だからか、その声はやけに冷たい。気怠げに聞こえるのはいつも通りだが、普段よりも不機嫌そうだった。ただ、あたしが会いに来たのはこいつじゃないし、機嫌の悪さに気付かないふりをして、返事をする。


「あたしよ、河内蘇芳。宮下センパイ起こしに来たから、入れて」


『あぁ、河内さんか。姉さんが起きなくて困ってたからさ、ちょうど良かったよ。鍵開けるから勝手に入って』


 少し離れた位置にある玄関から、鍵が開けられた音が聞こえた。静かだから、小さな音でも響いて聞こえる。あたしは門を開けて敷地内に入り、玄関の扉を開いた。靴を脱いで、二階に向かう。


 何回か来ているから、宮下センパイの部屋の位置は記憶している。といっても、覚えていなくても扉を見れば分かる。浅葱、とローマ字で記されているプレートが扉の前に掛かっているからだ。ノックしないで扉を開けて中へ行くと、小さな寝息を立てながら、宮下センパイが幸せそうな顔をして眠っていた。布団を剥いでみたら、携帯電話を抱きしめている姿が露わになる。寝る前まで携帯を弄っていたのかもしれない。そんなことしてるから朝起きられないのよ、と胸中に吐き捨て、その肩を揺らした。


「ちょっと、起きなさいよ。今日はあたしと出掛ける日でしょ。いつまで寝てんの? おーい、起きて。起きろってば」


「んー……」


 微笑んだまま寝返りを打ち、あたしに背を向ける。あたしの声は全く届いていないのだろう、起きそうにない。体重を掛けて強く揺すってみたけれど、返事はないし体も起こさない。


「もう、起きなさいってば!」


「んん…………ふふ、紫苑先輩……えへへ」


 なるべく優しく起こしていたつもりだし、起きるまでそうするつもりだったけど、聞いてしまった寝言であたしの予定は変わる。片手をそっと持ち上げて、あたしは手の側面を横腹に叩き込んだ。


「あたしとの予定より! 夢の中で呉羽先輩と! 遊ぶことの方が! 大事なの!?」


「ん……――う……痛っ! え、ちょっ、なんで蘇芳ちゃ……待っ、ごめん! ごめんね!? 起きたから! チョップやめて!!」


 数度叩きつけただけでは物足りなくて、何回も叩いていたら流石に手首を掴んで止められた。横腹に手を当てながら、宮下センパイはようやく身体を起こす。


 困ったように笑ってから、宮下センパイはあたしの頭を撫でてきた。


「ごめんね、起こしに来てくれてありがとね。起こすの疲れたよね。お茶とかお菓子とか出してもらうから、一階行こ」


「……せっかく髪整えたんだから、あんまり撫でないでよ」


「あ、ご、ごめん」


「別に良いけど」


 ベッドから下りている宮下センパイを一瞥してから、あたしは先に廊下に出た。宮下センパイは多分着替えてから来るだろうと思い、先に階段を下りてリビングへ進む。宮下センパイの朝食をテーブルに並べていた、同い年の彼女に、注文を出しながら席に着く。


「起こしたお礼にお茶とかお菓子をあげるって言われたから、宮下萌葱、あたしにお茶とお菓子をちょうだい」


「……全く、姉さんは余計な仕事増やして……。というか、フルネームで呼ぶのやめてって何回言ったらやめてくれるの?」


 宮下センパイとよく似ているけれど、凛とした顔立ちの宮下萌葱が、身に付けていた黒いエプロンをソファへ投げ付ける。これから出かける予定でもあるのか、そこにはスーツのジャケットも乱雑に置かれていた。それを見て気付いたが、彼女が履いているズボンはスーツのものだ。


 じっと観察していたら、宮下萌葱はもともと鋭い瞳を細めた。


「話聞いてる?」


「聞いてるわよ。フルネームで呼ぶのやめろって話でしょ? 宮下じゃ紛らわしいし、あんたのこと下の名前で呼ぶほど親しくなりたくないから、呼び方くらい気にしないで。良いからとっとと紅茶とお菓子」


「麦茶じゃ駄目かな」


「甘いお菓子には紅茶でしょ」


「我儘なお姫様だな……なんなのさ……」


 大きな溜息を吐きながら、宮下萌葱は台所の方へ戻った。あたしが座っている位置からでもその仏頂面は窺える。やかんを火にかけて、湯を沸かし始める。


 あたしは別に、宮下萌葱のことが嫌いなわけではない。むしろ、好感は抱いてる。中学の時やけに気にかけてくれたし、すれ違うと声をかけてくれたし。多分彼女は、あたしと友達になりたいと、少なからず思ってると思う。だけど、友達になりたいって思ってくれている同い年の相手にどう接したら良いか、あたしには分からなかった。だから、こんな風にしか接することが出来ずにいる。


 台所の棚から紅茶パックを取り出している彼女から視線を外したあたしに、「河内さんってさ」と投げかけられる。あたしは手元を弄ったまま、言葉の先を待った。


「看護の学校行ってるんだっけ」


「ええ、まぁ」


「……お兄さんのことがあったから?」


「……まぁね」


 宮下センパイあたりから聞いたのだろうか。


 兄のことを思い浮かべて、あたしは薄らと笑った。少しの間、食器が響く音だけが鳴っていた。沈黙は、そこまで気まずくない。甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「河内さんなら、なんだかんだで人に好かれる看護師になれると思うよ。――はい、お待たせしました」


 あたしの前に、紅茶とスコーンとイチゴジャムが置かれた。もう一回台所へ戻ると、今度はブルーベリージャムとアプリコットジャムまで持ってくる。


「好きなのをどうぞ」


 促されて、あたしは「いただきます」と両手を合わせる。イチゴジャムを付けようとしていたら、階段の方からバタバタと、やけに騒がしい足音が響いてきた。リビングに駆け込んで来たのは宮下センパイだ。ベージュのブラウスに深緑色のスカートを履いて、お洒落に決めてきましたと言った立ち姿なのに、髪の毛がひどく乱れている。


 手にしていた櫛と髪ゴムを、宮下萌葱に突き出した。


「萌葱! 上手くいかないの! やって!」


「……はいはい。わたしも暇じゃないんだけどなぁ」


 あたしの正面の椅子を引いて着座した宮下センパイは、宮下萌葱に髪をとかされながら、朝ごはんを食べ始めた。あたしと会う日でこれなのだから、呉羽先輩と会う日はもっと大変そうだ。もちろん、宮下センパイが、ではない。宮下萌葱が、だ。


「そうだ、萌葱、冷蔵庫にプリンあったよね? 食後のデザートに食べたいなぁ」


「わたしの時間だけじゃなくてわたしのおやつまで奪うんだね、別に良いけど」


「えっ、ごめんね!? 怒ってる!? ごめ――」


「動かないで。怒るよ」


「ごめん……!」


 本人達はお互いをどう思っているのか知らないけれど、あたしにはこの姉妹のやり取りが、少し羨ましく思えた。あたしも、兄さんとこんな風に生活したかったな、なんて思いを、スコーンと一緒に飲み込んだ。


「……美味しい」

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