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月光If(番外編+if劇場版)  作者: 藍染三月
-if劇場版-偽物の月は僕達だけに光を見せていた
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eclipse18

     ▲〈視点・甲斐崎朽葉〉


 深夜零時を過ぎた頃、室内にいた篠崎さんの姿が消える。本当の世界にいる彼女の前では俺と東雲さんが眠りについたことだろう。


 篠崎さんのこれからの行動は零時前に東雲さんと話し合っていたから問題は無い。人気が更になくなった室内で、俺は東雲さんに問いかけた。


「夕方来てた、山吹さんって保護協会の人なんすよね?」


「ええ。この待宵支部で一番偉い人です。今は本部の方で仕事をしていますが、我々と連絡をこまめに取ってくれますし、今日みたいに様子を見に来てくれることもあるんですよ」


「へぇ……」


 夕方、呉羽が退室したあと、山吹さんはとても真剣な顔付きで東雲さんと話していた。そうぞうの能力者がまた能力を使用していると報告が入った件について咎めに来たのだという。だが事情を知った彼は、今晩常磐を拘束しに向かった篠崎さんに協力してくれるらしく、それを聞いて東雲さんがほっとしていた。常磐の意識がないとはいえ、何があるか分からないため、心配だったのだろう。


「にしても俺、聞いちゃいけない話を聞いちまった気分でした。呉羽、俺とか東雲さんたちには聞かれたくなかったんじゃねぇかな」


「そうかもしれません。それでも山吹さんが私達に席を外せと言わなかったのは、私達を大人だと見なしてのことでしょうね」


「確かにからかうような事言ったりはしないっすけど……俺はまだまだ、ガキですよ」


 東雲さんも篠崎さんも成人していて、しっかりもしているからちゃんとした大人だと思う。だが俺は、自分のことばかり考えてしまう俺は大人になんてなれていないだろう。


「俺、呉羽のお兄さんに、俺が俯く理由に呉羽を使うなって言われたのに、結局悔やんで下ばっか見てるんすよ。蘇芳のことも、俺のせいだって思って俯いて。こんなんじゃいつまで経っても、クソガキのままっすね」


「人なんて皆そんなものですよ。私もそうですから。子供のままでいたくないなら、君が思う子供な部分を少しずつ直していけば良いんです。自分を子供だと思えるなら、君は大人になっていけますよ」


 東雲さんの言葉は優しく響いてくるが、甘やかされている気もして頬を掻く。東雲さんが資料を整理する音だけが暫し響いていた中、いきなり扉が音を立てて壊れた。昨夜は何者かが攻めてくることなど無かったため、息を飲んでそちらに目を向けたら人兎が斧を持って立っていた。ソファに座っていた俺は思わず逃げようとしたが、東雲さんの鋭い声に身を固める。


「動かないでください」


 俺が立つのをやめた直後、目の前を何かが素早く横切った。俺の方を見たまま固まっていた人兎の頭部にナイフが深々と刺さる。東雲さんの能力によるものだろう、人兎は自らそのナイフを抜いて、自身の体に何度も突き刺し、やがて倒れ伏した。


 東雲さんが立ち歩いてそちらに向かうと、人兎の胸元に刺さっているナイフを回収する。


「ふむ……人兎がわざわざここに足を踏み入れてくるとは。常磐くんはもしかすると復讐を急いで終わらせようとしているかもしれません」


「急ぐ理由があるんすかね?」


「どうでしょう。玉城若菜さんについての情報を得るために情報を知っていそうな人物に接触をしようとしている、という可能性も高いですね。私なら知っていると思い、能力者保護協会に人兎を向かわせたのかもしれません」


 玉城若菜が常磐に会いに来ないことで常磐が勘づいたのだろうか。だが夕刻、玉城の携帯に届いた常磐からのメールに、篠崎さんが『今日は急用が出来てしまい行けそうにない』といったような内容のメールを返信したらしい。玉城は常磐の協力者とはいえ、予定が出来たら行けなくなることだってあるだろう。それでも怪しく思うなにかがあった、ということになるが、篠崎さんは玉城の普段のメールの文面を真似て返していたし、怪しまれる要素はなかったはずだ。もしかすると急用など滅多に入らないタイプの人間であったのかもしれない。


 壊れた扉の向こうの、廊下の方から革靴の音が響いてくる。東雲さんが、懐に仕舞い込んだばかりのナイフをくるりと回して開いた。普通のナイフかと思っていたが、それは呉羽が使っているやつみたいな、所謂バタフライナイフだった。


「ふふ、今夜は朝まで兎狩りコースですかね」


 姿を現した途端人兎が動きを固める。気が付くと東雲さんはその懐に踏み込んでいて、刃物を持っていた人兎の手首から先を切り飛ばした。


「兎さんは切りつけても声を上げてくれないのでつまらないんですよねぇ……せめて顔を歪めてくれれば良いのに」


 聞いているこちらの背筋が凍るような台詞に俺は全身が石になったようだった。余計な動きをしたら今の東雲さんを敵に回しそうで冷汗をかく。


 東雲さんはナイフでめちゃくちゃに切りつけた人兎を能力によって室外に吹き飛ばした。


「朽葉くん、君はのんびりしていて下さい。私が全て片付けますから」


「なんか済みません……でも、ヤバそうになったら退くんすよ!」


「ふふふふ、私を誰だと思っているんですか? 久しぶりに良いストレス発散になりそうです……!」


 本当に、東雲さんがヤバくなる展開なんてなさそうなくらい愉しそうな声が上がる。人兎に切りかかるその姿を見て、俺は額を押さえた。


     ◇〈視点・宮下浅葱〉


 偽物の世界に招かれてすぐ家を出た私は、そこに居た人物に息を呑んでいた。確か、常磐という名前だったはずだ。蘇芳ちゃんを攫って利用して偽物の世界を造らせている人物。その人が、罪や悪など知らないような優しい笑顔でこちらに手を差し伸べてきた。


「こんばんは。浅葱ちゃん、だったよね? 俺と一緒に来てもらえるかな?」


 澄んだ声質も柔らかな物腰も、この人が善人であると錯覚させる。けれどこの人は、昨夜紫苑先輩を容赦なく傷付けた敵だ。のこのこと付いていけるわけがなかった。震えそうな唇の薄皮を軽く噛んで、一歩後退した。


「嫌、です」


「それは困るなぁ。じゃあ昨日の紫苑ちゃんみたいにボロボロになる?」


 常磐さんの能力は聞いたから知っている。触れた人間に能力を使わせることが出来、血液を摂取すればその能力を奪うことが出来るというもの。捕らえた蘇芳ちゃんの能力を奪っているのだろう、彼は私を脅すために日本刀を造り上げた。長い刃の切っ先は首元に向けられて、顎に触れそうなほどの距離で止められた。


「少しくらい良いでしょ? どうせ君の王子様が助けに来てくれるんだろうし、ね?」


「……紫苑先輩の方が本命ですか」


「そうだね。呼び出そうと思えば電話して簡単に呼び出せるけど、脅す道具があった方が良い」


 弓張駅の方へ、私は後ろ歩きでじりじりと進んでいく。いつ彼に背を向けて走り出したら良いか、機会を窺っていた。逃げることしか出来ないのだから、戦うことなど考えず、紫苑先輩と合流することを考える。


 けれど彼は私から目を逸らさないし、隙すら見せてくれない。距離を離してもすぐ埋められて、突きつけられる刃との距離は離れなかった。


 どうしよう、という言葉が頭の中に溢れていたが、それは数秒後に霧消していた。


「え」


 間の抜けた声が私の喉から不意に飛び出す。首に向けられていた刃が引かれたと思った直後、それは私の腕を貫いていた。全身を震わせながら右腕を見下ろして、二の腕に深々と沈んでいる刃を瞳に映した。途端に、気付かないフリをしていた痛みが溢れ出す。


「ぁ、あ、ぁぁぁぁぁ!」


「ははっ、君くらい泣き叫んでくれると楽しくなるね」


「いっ……!!」


 容赦なく刀を引き抜かれ、思わず膝から崩れ落ちる。転んだような態勢の私の影を、彼が踏み付けた。右腕の痛みに呻いていれば、今度は足の激痛で叫ぶこととなる。悲鳴を迸らせ、地面に縫い止めるよう突き刺されている刀を歪んだ視界内で捉えていた。脹脛に刺さったままのそれを彼が捻じる。


「あ、う……!」


「ほら、これでもう逃げられない。どうせ囚われるなら大人しく付いてくれば良かったのに」


 私から抜いた刀を投げ捨てて、常磐さんは私を抱き抱えた。抵抗しなきゃと思っても、痛みに泣くことしか出来ず、体を動かせなかった。身を強ばらせていたら、耳に常磐さんの息がふっとかかる。


「部屋に着いたら優しくしてあげるよ。安心して」


 私を傷付けたのが嘘みたいなくらい優しい声が耳朶に溶けた。けれど安心なんて出来るはずもなく、体は冷えきっていく。自分がこれから何をされるのだろうと考えたら全身が強張る。それに、私のせいで紫苑先輩が傷付けられてしまったらと思うと、逃げ出したくなる。


 にもかかわらず、この手足は固まったままで動いてはくれなかった。


 常磐さんから顔を背けたら、ふわりと羽が舞い、景色が遠ざかる。まるで天使のように、彼は翼を創造して飛んでいた。


 部屋、と彼が言っていたビルの一室には十分もかからぬうちに着いており、薄暗い室内の床に落とされる。その衝撃によって先ほど受けた傷がずきんと痛んだ。ゆっくりと体を起こし、室内を見回す。ソファとテーブルが一つずつ、少し離れたところにある部屋。ソファの上に両手足を縛られた蘇芳ちゃんが横になっていて、私はそちらへ詰め寄ろうとした。


「蘇芳ちゃん!」


 眠っているのか、彼女は反応を示さない。立ち上がった私の足は痛みのせいですぐに折れる。もう一度立とうとしたけれど、両腕を後ろから引かれた。


「彼女には偽物の世界に入ってから睡眠薬を飲ませているんだ。夜明け前には起きると思うよ。夜の間は他の能力者から血を奪うかもしれないから、眠らせるのが一番良い」


「……眠らせたり血を奪ったりしているだけですか? 蘇芳ちゃんに、酷いことしていませんよね?」


 手首に布をきつく巻いてから、彼は私の前に片膝を突く。人の良さそうな笑みを浮かべる彼を睨み付けたら、頬に手が添えられた。


「血を吸わせてもらってるだけ、だね。痛めつけ始めちゃったら殺しちゃうかもしれないから、まだ堪えているんだよ」


「……こんなこと、やめませんか」


「さて、紫苑ちゃんに電話しないと。少し待っててね浅葱ちゃん」


「っこんなことやめましょう!?」


 悲痛にも聞こえる声に背を向けて、彼は私から数歩遠ざかると携帯電話を耳に当てた。沈黙の後に、狂気混じりの笑声が室内を占める。


「紫苑ちゃん、元気かな? それとも大切な彼女が見当たらなくて心配? ……ふふ、機嫌悪そうだね。君が今どんな顔をしているのか見てみたいな。安心してよ、殺してはいないから。ちょっと痛め付けて、拘束しただけ。でもこれから何をするかは分からないね」


 彼の声音に寒気がした。紫苑先輩に対して挑発するように言っただけかもしれないけれど、この後先輩が来るまで私は何をされるのだろうか。


 紫苑先輩に迷惑をかけたくないし、自分でなんとかしたいとも思うのに、何も出来ない自身に腹が立つ。


「……そうだね。若菜が今どこにいて、何をされたのか聞かせてもらいたいし、彼女がされたことをやり返してやりたい気分だよ」


 私が一人悩んでいる間も常盤さんと紫苑先輩は話をしていた。若菜、とは誰のことなのだろう。話によれば常磐さんは恋人を亡くしていて、その人の記憶も失くしてしまったから復讐を始めたという。


 若菜さんは名前からして女性だろうけど、会話の内容を聞く限りその恋人ではない。仲間だろうか、と考えていたら、常磐さんがこちらに向き直って歩いてくる。


「三日市にあるクレセントビルって所の最上階。待ってるよ」


 携帯電話をテーブルの上に置くと、彼は屈んで私の胸倉を掴んだ。仕草は乱暴なのに、顔付きはどこまでも優しくて、それが怖かった。ブラウスの一番上のボタンが彼の手で外されて、動揺する。


「君の服がひどく乱れていたら、彼、怒るかな?」


「……やめて、ください」


「別に必要以上は触らないよ。そんなに怯えなくても、生憎君みたいなのはあんまり好みじゃなくてね」


 ボタンを四つくらい外すと、彼は私の右肩を露わにした。先程刺された傷口に直接彼の手が触れる。麻痺していたように鎮まっていた痛みが蘇って、体が震えた。


「うっ……」


「……脆弱な子ってどの程度加減したら良いか分かんないね」


 私を蹴り倒し、つまらなさそうな瞳を逸らした彼はテーブルへ向かって、机上に腰を下ろした。上半身を起こそうと試みるも、上手く起き上がれず、私は寝転んだまま声を上げた。


「あのっ、復讐なんてやめましょう? そんなことをして誰が喜ぶんですか! あなたの恋人さんだって、こんなことをするあなたなんて見たくないはずです!」


「うるさいな。俺の気分を晴らすためにやってるんだよ。彼女はもう何も思えないんだから、勝手に彼女の気持ちを想像しないで」


「っでも!」


「次余計なことを言ったら殺すよ?」


 こちらに虹彩だけを向けた双眸は、これまでと違って優しさなど欠片もない。心臓が握られたような感覚に陥るほどぞっとする瞳は確かな殺意を孕んでいた。


 死にたくない思いから、私は上下の唇を合わせて黙り込んだ。



挿絵(By みてみん)


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