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放課後、きみとわたし、おなじ赤。

作者: 白野よつは

「――ねえ、廣田(ひろた)はさあ、自分の友だちが誰かに恋をする瞬間って、見たことある?」


 正確には〝友だちが〟じゃなくて〝自分の好きな人が〟だけどね。そう心の中で訂正しながら、わたしは何食わぬ様子でスマホのゲームに夢中の廣田に聞いてみた。

 放課後の遅い時間、ひと気のない教室。まったりとした空気が流れるそこには、窓からの夕陽が赤々と差し込んでいた。わたしの前の席の椅子にうしろ向きに座る廣田の頭が、その瞬間、ぴくりと動いてゆっくりと持ち上がる。ようやく顔を上げたか。このゲーマーめ。


「なんだよ、唐突だな」

「いや、うん、まあそうなんだけど。ていうのも、この前ちょっと見ちゃってさ。びっくりしたっていうか、初めて見る顔だったから、急に一線を引かれたような気持ちになっちゃって。ショック……っていうのもあるのかな。勝手に少し落ち込んじゃったんだよ」

「へー。そんなこともあるんだな。で、自分の友だちが恋に落ちる瞬間、だっけ?」

「うん。見たことある?」


 けれど廣田は、適当に相づちを打つとすぐにスマホに目を落としてしまった。……少しくらい真面目に考えてくれてもいいのに。わたしの頬は反射的に膨らむ。

 でも、廣田がわたしの前でゲームに興じるのはいつものことだ。だから今さら、話している最中なのにスマホから顔を上げないなんて失礼な、とは思ったりしない。


 ただ、今日は少し話し相手が欲しいだけ。なにもしない放課後も、時間の流れがゆっくり感じられて、それはそれで好きだけれど。今日はなにか話していないと同じことばかりをぐるぐる考えてしまいそうで、どうにかして気を逸らしたかった。たとえばそれが、滅多なことではスマホから顔を上げない廣田が相手だったとしても。


 わたしたちは文化部で、それぞれパソコン部と手芸部に入っている。廣田は先生に見てもらいながらプログラミングでゲームを作っているらしく、ゲーム好きの廣田がいかにも取り組みそうなことだと思う。

 ちなみにわたしは、ちりめんでスマホカバーを作っている。もともと和物が好きだったことと、ほかの子たちが持っているものとは一味違うものを作りたくて、おばあちゃんと一緒に生地を選んで、毎日チクチク針を刺している。


 文化部は運動部より部活が終わる時間が早いので、廣田とは、ここ一ヵ月ほどでお互いの親友の部活が終わるのを一緒に待つようになった仲だった。

 廣田のクラスは一組、わたしは三組。文化部の中でもたいてい私のほうが早く終わるから、自分のクラスで待っているところに廣田が加わる、というのが、ここ一ヵ月のわたしたちだったりする。


 クラスが違うのにそれなりに面識もあり、こうして話をしているのは、わたしたちの親友同士が付き合いはじめたからだ。

 最初のうちは、お互いに照れてしまってなにを話したらいいかわからない、と泣きついてきた親友の()()を助けるつもりで、邪魔者の自覚はありつつも一緒に帰ることにした。ところが、廣田の親友の汐崎(しおざき)君も彼に同じように悩みを打ち明けていたみたいで、あれよあれよという間に、そこに廣田も加わることになった。


 ふたりの親友同士のわたしたちは、早い話がパイプ役。一ヵ月が経ってもなかなか距離が縮まらないふたりの仲をなんとか進展させようと、一緒に帰って話を盛り上げてみたり、どこかに寄り道したり、最近は四人で過ごすことがめっきり多い。


 そういうわけで、廣田とはこの一ヵ月で急激に知り合ったことになる。

 最初は正直、なにを話したらいいかわからなくて気まずい空気が流れたりもしたし、もともと廣田がすぐにスマホをいじるような人だったから、そのことに密かに腹も立てたりした。


 だって、ほとんど無理やり引き合わされたようなものだったけれど、間が持たないとはいえ、無言でスマホをいじられたら誰だっていい気はしない。

 いくら汐崎君のためとはいっても、わたしだって紗菜のため――もっと言うと、ふたりのためにパイプ役をしているのに、そのパイプ役同士が部活終わりまでお互いに無言ってどうなの? 早く仲良くなれるように作戦とか練ったりしないの? と、最初のうちは紗菜に泣きつかれて一肌脱いでしまったことを本当に後悔したものだった。


 それが今では、主にわたしが話しかけて、廣田がそれなりに答える、という関係が出来上がったわけで、腹が立つこともなくなったけれど。でも、だからといってすぐにスマホに目を落とされると、機械に負けたような気がして、それはそれで面白くない。


 とはいえ、わたしたちはきっと、これでも仲がいい部類に入るんだろうと思う。

 まるっきり会話がなかったわりには、廣田は初めからわたしの席の前に座っていたし、邪魔に思われているとか、話しかけるなオーラを感じたりしたこともない。慣れれば廣田のそばはなんだか居心地もいいし、お互いに気は使っていないと思う。


 それを〝仲がいい〟と言ってもいいものなのか、わたしにはよくわからないけれど、前にわたしたちを見かけたクラスメイトからは、そんなようなことを言われた。……もっとも、わたしの中での廣田との関係は、ただの〝友だち待ち〟という共通点がここ一ヵ月で頻発するようになっただけの間柄、という程度なんだけれど。そこになにかを見つけようとしたり、結び付けたがったりするのは、なにも不自然なことじゃない。


「それなら俺は見られたほうだな」

 そんなことをぼーっと考えていると、いつもと同じ淡々とした調子で廣田が答えた。


「え? そうなの? てかわたし、廣田はゲームにしか興味がないと思ってたんだけど」

 窓の外をぼんやり眺めていたわたしは、思わず前のめりになってしまう。

 重ねて質問はしたけれど、スマホに目を落とした時点で会話は続かないと思っていただけに、とても意外だった。でも相変わらず顔は上がらないけれど。


「失礼だなおい。俺だって一応、男だぞ。好きなやつくらいいるわ」

「てことは、現在進行形なんだ?」

「まあな」

「へぇ……」


 これまた、意外だ。

 ゲームにしか興味がないと言ったのは失礼だったと認める。それよりも、わたしみたいにはぐらかしたりしないで好きな人がいることを話したことが意外だった。


 てっきり照れたり、いないって言うかと思ったのに……。

 本当は、相手は誰なのか聞きたい気持ちもあったけれど、特に開き直っているふうにも見えないそれは、なんだか逆に、これ以上の質問はさせない雰囲気があった。


 ――あ。赤い。


 だけどふいに、スマホの大きさでは隠れきれていない廣田の耳たぶが赤くなっているのを発見して。ああ、廣田もちゃんと男の子なんだな、なんて妙に納得してしまった。

 そりゃ、好きな人がいるって話すのって勇気いるよね。ましてやわたし、女子だし。なんでも話せる仲かって聞かれたら、全然そういうのでもないし。


 でも、逆になんとも思っていない相手だから、話せることもあるかもしれない。あんまり淡々と話すから、廣田はこういう話でも普通に話せてしまえる人なんだって、ちょっと思ってしまったけれど。今のを見ると、それはどうやら、わたしの勘違いだったらしい。

 廣田の赤い耳たぶから彼の照れくさい気持ちが伝染してくるようで、なんだかわたしまで耳たぶが熱くなる。こんな廣田は初めて見るからか、目のやり場にとても困った。


「つーかおまえ、ヘタすぎ。『友だちが』なんて探り入れてきたけど、あれ嘘じゃん。友だちだったらべつに、一線を引かれたような気持ちになったりショック受けたりしなくね?」

 そんな中、ちらり、スマホの横から切れ長の目がわたしを捕えた。

 野暮ったい前髪の奥に隠れていてもなお真っすぐに突き刺さってくるようなその瞳に、ぎくりとしたのと恥ずかしいのと、今までとは違う意味で耳たぶが急激に熱を帯びる。


 なんでばれたの? ていうか、もしかして廣田はわたしが誰を好きかわかってる? いつから知ってた? どこでわかった? ……ってわたし、考えすぎ?

 頭の中をさまざまな憶測が飛び交い、なにを言っても墓穴を掘りそうで、なかなか声が出なかった。


「……ひ、廣田はさ、わたしには最初から望みがないって思ったりしてた?」

「え、」


 でも、ボロが出ないうちになんとかして逃げ切らなきゃ、という思考回路にだけは、どういうわけかならなかった。それは先に廣田が好きな人がいることをオープンにしたからなのか、それとも単にわたしが誰かに話を聞いてほしかったからなのか。


「廣田の言ったとおりだよ。『友だちが』なんて嘘。あれ、汐崎君の話なの。わたし、ずっと汐崎君が好きだったんだ。部活も全然違うし、クラスも違うけど、かっこいいって思ってたんだよ。だから、もっと仲良くなって、地固めをして、それから――って。方法なんてひとつも思い浮かばなかったし、もし思いついたとしても、実際に行動に移せるかって言われたら、できなかったとは思うけど。それでも……そう、思ってたんだよね」

「……」

「でも、汐崎君が恋に落ちる瞬間をたまたま見ちゃって。ほら、そういうのって、好きな人ならどうしてもわかっちゃうものじゃん。その瞬間、告白しなくてセーフだったって普通に思った自分が信じられなかったし、めちゃくちゃヘコんだ。それで今、自分でもどうしたらいいかわかんなくなるくらい、どうしようもなくなっちゃってるんだよね……」


 どちらにしても、一度口を開いてしまったら、真っすぐに瞳を向けてくる廣田を相手に取り繕うことなんてできなかった。隠れるようにぎゅっと机に額を押し付けると、今まで胸の中にため込んできたさまざまな色の感情を、取り留めもなく吐き出した。



 ――わたしが汐崎君を好きだと思ったのは、笑った顔が子犬みたいでかわいいと思ったからだ。それだけじゃなくて、昼休みの廊下をクラスの男子と鬼ごっこをして走り回る横顔や、本気で鬼から逃げる顔、タッチされてめちゃくちゃ悔しそうにしている顔、どれをとってもすごくかわいくて、同時にかっこよく映って。どうしようもなく胸が鳴ったから。


 そんなふうに急激に意識しはじめたものだから、それからは目が勝手に汐崎君の姿を探して、見つけると、ほかにはなにも目に入らないようになっていった。

 そんなとき、ふっと気づいてしまった。知りたくなくても、好きだから。


 紗菜と歩いていると、廊下の向こうから汐崎君の姿。中学二年生に進級した頃には、わたしの頭の中は汐崎君でいっぱいで、だからすれ違うだけでも、ものすごくドキドキした。

 ちょうど桜の花が真っ盛りで、春にしては夏を思わせるような陽気に、廊下の窓は全開だった。そこに狙ったように春風にさらわれた花びらが校舎に迷い込んできた。まるでワルツのようにふわりと踊って紗菜の頭に乗ったピンク色に……汐崎君の目は奪われた。


 それからは、廣田も知ってのとおり、ふたりは付き合いはじめた。

 二学期がはじまった九月頭に汐崎君のほうから告白して、それから一ヵ月。

 そろそろ慣れてきたかなと思いきや、まだまだわたしたちの手助けが必要なくらい、ぎこちないふたりだけれど。それがかえって、お互いを想う気持ちの大きさを物語っている。



「……質問の答えだけど」

「うん」

「俺は応援できなかったよ」


 廣田の答えに、一拍遅れて「……そっかぁ」とだけ返事をする。

 ということは、汐崎君の親友の目から見たわたしは、箸にも棒にもかからない存在だったということなんだろう。彼の親友である廣田が〝応援できなかった〟と言うくらいだから、廣田はきっと相当、無謀な相手に恋をしていると思っていたに違いない。


 でも、しょうがないじゃない。恋は突然降ってくる、なんてよく聞くけれど、本当にそうだったんだから。しかも汐崎君は、生まれて初めて胸がときめいた男子。些細なことがかわいくて、かっこよくて、初めて知った恋のドキドキに、毎日胸が躍っていたんだから。

 これが恋じゃなくてなんだというんだろう。それとも、勘違いしていただけ?


「滑稽だなぁ、わたし……」

 なんにせよ、それが今では、ぎこちないふたりの世話まで焼いているんだから、これを滑稽と言わないで、なんて言えばいいんだろう。まるで道化役みたいで、涙も出ないや。

 確かに好きだった。今でも、こんなにも胸が痛い。わたしじゃダメなんだと気づいてしまったときのあの気持ちは、時間が経っても癒えなくて、きっとずっと胸に残るだろう。


「おい、勘違いすんな。望みがあるとかないとかは関係ない。今言ったのは〝俺が〟応援できなかったんであって、べつに滑稽だとかなんだとかは、俺は思ったことはない」

 すると、頭の上からまた淡々とした声が降ってきた。

 どういうこと? と思わず顔を上げそうになるけれど、いつの間にスマホから手を離していたのか、廣田の手に軽く頭を押さえられて頭の位置を固定されてしまう。


 戸惑う間もなく、五本の指先だけで押さえてくる廣田の手の感触が。

 その、やけに熱い体温が。

 髪の毛越しにわたしに伝わり、その瞬間、汐崎君に感じていた胸の圧迫感も、汐崎君が誰かに恋をした瞬間を見てしまったときの苦しさも、根こそぎ〝廣田〟に持っていかれた。


「……それなら俺は見られたほうだ、って言ったのには続きがあって」


 そんな中、廣田がぽつりと声を落とす。

 その声には端々から緊張感がにじみ出ていて。相変わらずわたしの頭を押さえたままの廣田の手の感触や温度も相まって、こちらにもその緊張が感染していく。

 廣田はなにを言い出すつもりなんだろう? わからないから、なんだか怖い。


「見られたのは、汐崎にだったんだ。それから少しして、俺もおまえみたいに自分の好きなやつが自分以外の誰かに恋に落ちる瞬間を見た。そのときもおまえと同じで告白しなくてセーフだったって思ったし、そんな自分にヘコんでどうしようもなくなった。でも俺は、諦めも悪いし、ずるくて卑怯なやつだから。そいつの恋が終わるのを待って、こうして弱ってるところに付け入ろうとしてる。ほんとはあいつ……汐崎は、俺らの手助けがなくても上手くやれるやつだけど、一芝居打ってもらってたんだ。そっちの親友にも聞いてみたら? 最初は誤魔化すかもしれないけど、全部わかってるからって言えば、打ち明けてくれるだろ」


 やがて覚悟を決めたように一気に言いきった廣田は、はぁ……と長いため息をついた。こんなに長く喋ったところは見たことがなくて、ぽかんと口を開けてしまう。それでなくても、一気に情報を与えられたわたしの頭は、それを整理するだけで精いっぱいだ。


「そ、それ、って……」

「協力してたつもりが、そうじゃなかったってこと」

「じゃあ、廣田の好きな相手って……」

「目の前にいるお前以外に誰がいる?」

「――っ!」


 まるで懇願するようなその問いかけに、瞬間、ドクンと心臓が大きく脈打った。

 廣田がわたしを……? うそ、そんな……まさか。

 だって、わたしの前じゃ廣田はいつもスマホから顔を上げないじゃない。話しかけてもだいたい素っ気ない返事しかしないし、紗菜や汐崎君の部活が終わるのを待っている間も何度もふたりきりで過ごしたけど、ちっともそんな素振りなんて……。


 でも。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 ――もう廣田のことで頭がいっぱいだ、わたし……。


「どうだ、失恋なんて吹っ飛ぶだろ?」

「……う、うん」


 吹っ飛ぶどころじゃないよ、もう今は廣田のことしか頭にないよ。

 なんだか得意げな調子で聞かれて、ちょっと悔しくて。でも、喉の奥がきゅっと詰まってどうにも苦しくて、思ったことのひとつも言えずに、仕方がないから心で文句を言う。


 卑怯だとは思わないけど、廣田はずるい。さっきまでは全然震えていなかったのに、どうして今になって廣田の手が震えはじめちゃっているの。

 こんなの、ずるいじゃん。

 ちょっと胸がきゅっとしちゃうじゃん。


「悪かったな、頭押さえつけたりして。あと、騙したりもしてて。――だけど、ちゃんと好きって言うから、顔……上げてくんない?」


 ふいに廣田の手の圧迫感から解放されて、頭の上が軽くなる。やけに熱い手の温度も急に冷えて、頭の上が寒い。でも、そう予告されたところで、ほとんど告白しているようなものだから、こういうときに素直に頭を上げていいものなのか、ものすごく迷ってしまう。


 それでも廣田が「ちゃんと目を見て好きって言いたい」なんて、またナチュラルに告白しながら、ちょっとかわいい口調で言ってくるものだから。わたしはどうしようもなく……それを正面から受け取るしかない気持ちにさせられてしまう。


「……じゃあ、遠慮なく言わせてもらうな」

「……は、はい……」


 やっぱり廣田はずるい。

 なんて思いながら、おずおずと目を合わせる。普段はスマホにしか向いていない目がしっかりわたしを捉えていることが、この期に及んでも、まだ少し不思議に思う。


「――津々見亜弥(つつみあや)、おまえが好きだ」

「そ、そんなはっきり言わないでよ~……」

「なっ。これしか言うことがないんだから、仕方ないだろ」

「で、でも……どうしたらいいか……わかんないし」

「しっかりしろよ。まあ、返事はすぐじゃなくていいから、納得いくまで考えて」

「……うう、はい」


 同級生。クラスが違う知り合い。失恋相手の親友。ついさっきまでは、ただの〝友だち待ち〟という共通点が発生していただけの、周りからは仲が良く見えるらしい男の子。


 だけど、目の前の廣田がびっくりするくらい赤い顔で言うから。

 そんな顔で真っ正面から告白されたわたしだって、びっくりするくらい顔が熱くなって。


「……おまっ、顔、赤すぎなんだって」

「ひ、廣田こそっ」

 お互いに文句を言い合って、目を逸らして。どちらからともなく目を合わせて。でも、一秒も持たずにまた目を逸らして。わたしたちはしばらく、そんなことを繰り返した。


 やがて、部活を終えた紗菜と汐崎君が教室に顔を出した。けれど、雰囲気がまるで変わったわたしたちを見て察したらしく、すぐにふたり揃って帰ってしまった。

「……」

「……」

 教室は再び、廣田とわたしだけになる。当たり前だけど、あれから会話もなかったから、今ふたりで残されると、ほとほと困り果ててどうしたらいいかわからない。


 でも、ひとつだけ確かなことは、廣田の顔が赤いのは、わたしのことが好きだから。

 じゃあ、わたしの顔が赤いのは?


「……そ、そろそろ帰るか。暗くなってきたし」

「あ、うん。そそ、そうだね。ふたりとも帰っちゃったし」


 ガタガタと机や椅子を直してぎこちなく会話を繋げながら、わたしは考える。

 だけどそんなの、頭で考えなくても、もう心が勝手に判断しはじめている。


「ねえ、じゃあどうして、いつもスマホから顔を上げないの?」

 ぎこちなさがそのまま距離に現れたような、微妙で絶妙な間隔。それでも並んで校門を出ながら、隣の廣田に聞いてみる。すると廣田は、ぶわりと顔を赤らめて言うんだ。


「そんなの、亜弥が好きでじっと見てらんなかったからに決まってんだろ」

「……っ」

「なんか言えし。つーか、またりんごみたいに真っ赤になってるぞ、亜弥も」

「うう、だって……」

「面白いくらいに墓穴を掘りやがって。ばーか」

「う、うっさいなあ、もう」


 手芸道具を入れた手提げ袋の持ち手をぎゅっと握って、赤いと言われた顔を隠すようにうつむく。手はびっくりするくらい汗ばんでいて、体中が熱かった。

 ……ほんと、廣田はずるい。

 それをこれでもかと痛感しながら、もう一度、わたしはわたしの心に問いかける。

 じゃあ、わたしの顔がりんごみたいに赤いのは?


「ふは。そう怒んなって。お互い様なんだから」

「……ほんとだよ。あと、べつに怒ってない」

「その言い方が怒ってるんだって」

「じゃあ、どういう言い方をすればいいの。もうわけわかんない」

「だから――」

「――」

 ああだこうだと言い合っていると、胸の奥がどうしようもなくトクトク鳴った。


 ――ほら。その答えはきっと、もうすぐそこにある。



【了】

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