狐充実
社務所の中で、ごろごろと転がる。
「つーかーれーたーのーじゃー」
年始のお飾りの為の、祈祷やら何やらを延々とやっていた「わらわ」は、ぐだりも、部下の狐たちも、そしていつものあの娘もおらんので、そりゃもう気を抜きっぱなしである。九本の尻尾もデーンと広げて、もうこれは他人にも他狐にも見せられないテキトウぷりなのじゃ。
「腹が空いたのー」
人類の英知、お手軽の結晶。お湯を注いですぐに食べられるあれを、ピリリと包装紙を破って用意する。やかんに水を入れて、尻尾から狐火を出して~ほいさ!
「どやーん!」
見事に沸騰した所で狐火を消すと、後はゆっくりと沸いたお湯を注いで待つ。
「そうじゃ確か……」
商店街の豆腐屋から献上された油揚げが、冷蔵庫にあったはず。社務所の奥はもう一人暮らし用の装備は完備なのじゃ。
もそもそと漁ると、出て来るは黄金色のまんじゅう……では無くて、お稲荷。油揚げ単品も良いが、お稲荷になっていると、もう御稲荷様まっしぐらなのである。
「相変わらずいい仕事しておるのー」
それをふと見つめながら思う。これが無ければ、実はわらわは死んでいたという事を…。
生類哀れみの令だとかが、何だかそんな物が当時広まっていたらしいが、おかげであちこち犬だらけ。山は江戸の町の為に切り崩され、追い出された狐は露頭に迷う。
そして獲物が無いから、町の残飯すら漁るモノもいる様な中で、わらわは一応こう、あれじゃ「ぷらいど」を保っていたのじゃ。
「腹減りなのじゃ……」
まだ、ただの狐が少し成長した程度で、妖力やら霊力やらも薄く、寂れた社務所にはお供え物も少なく。そして吹雪が続けば誰も来ず……。
心も身体も、お腹も寒い想いをしていた時、近くに最近店を出した豆腐屋が、売れ残った油揚げを持ってきたのじゃった。
――こんなに美味しいのに。
何故か売れない油揚げ。今でいうテイクアウトな屋台が多い江戸の町。屋台を引いて寿司やら、棒手振りの魚やらはあるのに、油揚げだけは中々売れない。豆腐は少しは売れる様じゃが……。そこでわらは気付いたのじゃった。組み合わせればよいのじゃと!
早速、その豆腐屋の夢枕に立つと、ちょっと頑張って化粧して厳かな雰囲気を出し、他の神社から白い狛狐をお借りして……。こう「あいでぃあ」を伝えたのじゃ。
それからは、わらわの名前も使って「お稲荷さん」という名前になったとかならないとか……。
「あの時は、宇迦之御魂様にも、やたらめったら褒められたものよのー」
それからこの町の守護をそのまま仰せつかり、今ではその豆腐屋の末裔には、稲荷の眷属まで派遣して見守るという甘やかしぷり。
そんな昔を思い出していると、タイマーが鳴って、即席の麺が完成する。
「ほほいーと。これで、稲荷寿司と、油揚げを乗せてきつねうどんにして~」
さていただこうとした所で、ほとほとと、戸を叩く音。
「開いとるぞー。好きに入るがよいー」
寒い寒いと入ってきた、幼馴染の狸娘が、わらわに断りもせずにコタツに入る。
「おい、そこな【ぽこや】。ちゃんと手くらい洗わんかい」
ちゃんと御手水で洗いましたーと言いながら、勝手にうどんをすすろうとするのを、尻尾ではたく。まったく油断も隙もあったもんじゃないのじゃ。
「ちゃんとさー。あんたの分のも持ってきたから、そっちもちょうだいよー」
そう言って、コタツの上に広げられる狸の顔をしたパン。
「何故じゃ! 何故たぬきパンだけなのじゃ! 狐は!」
今年度は私がマスコットだしねーと、わざわざポーズを取る腐れ縁の狸の神。
「まぁまぁ、来年度はさ。ゆずってあげてもいいからさ」
「なんで上から目線なんじゃ!」
まったくと、うどんをすすって、その温かさに思わず顔がにやけて、耳も溶ける。尻尾がてんでバラバラに勝手に動く。
「ふふー。あんたのその癖も変わらないわね」
「お主のその妙に落ち着いた態度もなー」
そう言って、目を合わせてニシシと笑う二人……いや二匹。
こんな腐れ縁もあれば、新たな縁もあり。きっと来年もまた、世は幸せなのじゃ。うむ。
年始のお飾りがスーパーで販売していて、『御祈祷済み』と記載されているのが、妙に気になりました。
大量にベルトコンベアで運ばれてきたお飾りに高速で祈り、祓う神主さんとか……。そんな想像してたら、こんな話になりました。