そのじゅーよん
祈りの塔は、お城の真ん中にあります、そもそも、この塔を囲うようにお城を建てたのだから、当然なのです。
古い塔なのよ、昔はたくさんの神様がいたから、この塔から遠くまで呼び掛けてたのよ、なつかしいわ。
「な、何者だ! ここから先は、うわーっ! 」
中庭へ続く扉を守っていた兵隊が、猫に放り投げられました。相変わらず、すごいちからね、重そうなヨロイを着てるのに。
「猫さん! だから、どうする気なのですか! 祈りの塔は警備も厳重だし……」
どかん、と猫さんに蹴られた扉が後ろに倒れました、中庭にいた兵隊さんが、慌てて集まってきます。あ、タヌキ大臣もいるわ、また叫んでる、でも、いまどき「であえであえー」は、ないわよね、なんだか笑っちゃうのよ。
「教えの国の騎士、猫だ、道をあけろ! さもなくば腕をちぎるぞ! 」
大きな声で叫びながら、猫さんはズカズカと進んで行きます。だから、ちぎるってなによ、生々しいからやめてちょうだい。
「猫さん! せめて彼らに、事情を説明してから……」
後ろからついてくる桜は、別の意味で泣きそうなのです。そうよね、もう、しっちゃかめっちゃかだもの、帰ったら王様に叱られるわ、戦争になっちゃうかもしれないわね、こわいのよ。
「急いでるんだ、時間がもったいない、だいたい、説明したって分かるものか、こいつらの頭ん中は、いつだって十二月なんだからな、お花畑ならぬ雪畑さ」
うまいこと言ったつもり? うまくはないわよ、というか、本当にポイポイ人間を投げてるわね、少し手加減してあげなさいよ? ほら、兵隊さん達みんなどん引きしてるじゃないの。
「みな、退がれ! この男は我らが相手する! 」
二人の男が塔の前に現れると、まるで海が割れたように、兵隊さん達が道を開けるのです。
「あれは……電光石火! 猫さん、気を付けて下さい、あの二人は道の国の英雄なのです」
なんだか、とっても強そうな二人組よ! 気を付けて! でも、少し楽しみね、白熱の戦いが幕を開けるのね、ワクワクしちゃうわ。
ぽいぽい
襲いかかる二人の騎士を、右に左に投げ飛ばした猫さんは、そのまま祈りの塔の扉を蹴破りました、塔を守る兵隊さん達も、もう追いかけては来ないようです。
……まぁ、そうなるわよね、みずへびも、やまぐまも、この二人よりずっと強いものね、でもね、期待したっていいじゃない……次からはこんな事がないように、もっと強い人を集めておきなさい、そうね、三百人くらい。
扉の向こうは、らせん階段です、高い塔の内側に、ずっと上まで続いているのです。
「ちょいと急ぐぞ桜、しっかり掴まってろよ」
がばり、と桜を抱き上げると、猫さんは三段飛ばしで駆け上がり始めました。きゃあ、お姫様抱っこよ! 女の子のあこがれね、あ、でも、桜はお姫様だから、そうでもないのかな? いや、やっぱり嬉しそうね、いいな、なんだか楽しそうなのよ。
風のように駆け上がった猫さんは、目を回した桜を床におろし、乱暴に扉をノックしました。
ごんごんごん
中から返事はありません。まぁ、それはそうよね、人間がノックしたって開けられるはずはないもの、いま、この扉を開けられるのは、そよ風の女王様だけなのよ。
「……一応、礼儀だからな、確かに、三回したぞ」
猫は、腰から刀を抜くと、大きく振りかぶりました。
「ちょっと? 猫さん!?」
「せいっ! 」
桜の悲鳴も間に合いません、思いきり振り下ろされた刀は、祈りの間の扉を、ななめに切って、四つにしてしまったのです。あらら、意外に脆い扉ね、なんだ簡単に開いたじゃないの、王様達も、最初からこうすればよかったのにね。
がらんがらんと、音を立てて転がった扉に、中の人達は、みな驚きました。あ、王女様がおっきなお皿を抱えてるわ、今から飲むところだったのね、なんとか間に合ったみたい。
「なんと、猫か、扉を壊したのか、なんと」
「そんな、あの扉には、神様のお呪いがあるのに」
王様も、日差しの女王様も、目をまん丸にしています。そんなに驚くことかしら、大したことないおまじないだったわよ? ずいぶん昔のだしね。
「悪いが、儀式は中止だ、別の方法をとってもらうぞ」
ぱちんと刀を収めると、王女様を見た猫は、ほっと息をつきました。なんだ、ちゃんと心配してたのね、ツンデレ猫ね、このこの。
「猫さま、別の方法といっても、他に手立てがあるのですか? 雪の女王は、姉様は、もう空に溶けてしまったのです……こうして力だけは集めましたが、それでも、元の半分にもなりませんでした」
芋の女王様は、悲しそうに目をふせます、そよ風の女王様も、黙って唇を噛みました。……というか、猫さまってなによ、なんか彼女きどりよね、すぐ近寄ってきたし、桜も何か言ってやりなさい。
「……半分しか取り戻せなかったのなら、なおさらです、このまま王女様に力を注いでも、うまく季節を変えられるとは思えません、みなさん、どうか、もう一度考え直して下さい、何か別の方法があるはずなのです」
両手を組んで、桜は涙ながらにうったえました。もう、桜は真面目ね、こんな時だからこそ、冗談のひとつも言わなきゃ……うん、そうね、私が悪うございました、すんまへん。
「それは、もう議論しつくした……これは、王女の意志なのだ、娘の決意を、親として無駄にはできぬ」
腕組みして目を閉じた王様も、何かこらえているのでしょう、桜の意見を聞くつもりは無いようです。
「ふたりとも、ありがとう、でも、これはわたしがやらなきゃいけない事なの、力は半分だけれど、それでも全部の力を使えば、きっと冬を終わらせられる、そうすれば、みんなが助かるの……来年からは冬が来なくなるけど……凍える季節がこなくなっても、誰も困らないから……」
「……そうか、お前の母親は、いらない女だったのか」
猫さんの言葉に、みなが息をのみました。そうよ、そうよね! 季節は四つでひとつなのよ、寒いからって、冬をのけ者にしちゃ、雪の女王様がかわいそうよ。
「姉様を悪く言わないで! 姉様は悪くない、全部、ぜんぶ私が悪いの! 」
「当たり前だ、悪いと思うなら協力しろ」
そよ風の女王様は、それ以上何も言えません、ただ、ぷるぷる震えるしかないのです。なんだかかわいそう、もう許してあげたいわ、猫は早く名案を出しなさいよ。
「……ねえ、わたしのことは気にしないで、いまの私は消えてしまうけれど、みらいのわたしは……」
「みらい、未来とうるさいやつめ、今の俺は、今のお前を助けるつもりだ、未来のお前なんか知ったことか」
猫は王女様から聖杯を取り上げると、王様に放り投げました、王様は慌ててそれをキャッチします。ちょっと、乱暴に扱わないで、なんだか高そうなつぼ? おさら? なんだからね。
「……どうして? どうして、猫はそんなにしてくれるの? 」
「ん? 言わなかったか? 俺は、笑わないガキは嫌いなんだよ……お前、ずっと泣いてるじゃねーか」
猫はそう言いましたが、王女様は泣いていません、ですが、三人の女王様は、何かに気付いたのでしょう、下を向いてしまいました。
「……おお……おお、すまない王女よ、わしは、わしは、なんという愚か者だ、雪の女王との約束を忘れ、お前を、守ろうとしなかったのか」
がっくりと膝をついた王様は、雪の女王様が入った聖杯を抱え、涙を流しました。
みなが気付いたのです、ずっと、ずっと、王女様が、心の中で泣いていた事に。
そうよね、つらかったのよね、誰にふきこまれたのか知らないけれど、こんな小さな子が、みんなのために犠牲になろうとするんだもの、きっと、すごくがまんしてたのよ、怖かったのよ。
「……ぐすっ、おと、おとうさまー! 」
膝をついた王様にすがりついて、王女様は、わんわんと、ほんとうに泣き始めました、聖杯をかこんで、親子三人なのです。
「そっか……ずっと、我慢してたのですね、だから普段、あんなに表情を見せずに」
猫の袖をつかんだ桜が、鼻をすすります。わかるわよね、桜だってがまんしてるものね、帰ったら、もっと甘えてもいいんじゃないかしら。
「……さて、それでな、これは俺の考えなんだが……」
ゆっくりと、猫は口を開きましたが、その口は、芋の女王様の白い指に塞がれます。
「……猫さま、色々とありがとうございます、私たちは、また間違いをおかしてしまうところでした、ですが、もう答えが分かりました、優しいあなたの口から、言わせはしません……ね、皆も」
「そうですね、もう、三百六十五年も生きていますもの、楽しい思い出も、充分です、ほんとうに、楽しかった……こうして、最後に笑顔で別れられるなら、上出来ですね」
「私も……ごめんなさい、お空で、もう一度、姉様にあやまらなきゃ……うう、許してくれるかな」
心配いらないわ、雪の女王様は、とっても優しいもの、ううん、ここにいるみんながそうね……なんて素敵な人達! また、みんなで集まりたいわ、そうね、そうしましょう。
「……妖精の女王達よ、今まで道の国に尽くしてくれた事、感謝する……これからは、この世界すべてを見守ってくれ、わしはこの塔で毎日祈りを捧げよう、いや、この先も、その先も、ずっとだ……毎日、会いにくるよ」
三人の女王様の姿が、少しづつ、うすくなり始めました、空に溶けているのです。
「達者でな、まぁ、俺が死んだら会えるのかな? そん時は、なんか美味いもの用意しといてくれよ」
「もう、猫さんは……皆さんの事は忘れません、教えの国でも、このお話は、必ず後世まで伝えることを約束します……ありがとうございました」
真面目な桜が、ぺこりと深く頭を下げた隙に、芋の女王様は猫にキスしました。まぁ、最後まで油断のならない! ……でも、まぁいいわね、イモ女も元気でね。
「みんな、ありがとう……こんなみらい、知らなかった……わたし、がんばるから……まいにち、がんばるから! 」
涙で濡れた顔を両手でこすると、鼻をすすった王女様は、もうすっかりぼやけてしまった女王様達に、とびきりの笑顔を見せました。
「さようなら……おばさまたち」
あっ!
ちょっと王女様! なに最後に爆弾落としてるのよ、ほら、三人とも微妙な顔に。
「ぷふぅっ」
あ、みんな笑い出した、もう、イモ女はこれだから、でもいいわ、そうよね、別れは笑顔でないとね、王女様と桜は、なんだか分かってないみたいだけど、まぁ、そのうち分かるでしょ。
そして、そのとき、また思い出すのよ、今日のことを。
なんだか素敵じゃない?
うふふ
お空には、まだ雪が降ってるけれど、なんだか不思議ね、寒くないの。
あったかい雪よ。
あったかい世界なの。
素敵よね。




