放置されてるんだが
あの衝撃のプロポーズから早5日、俺は若干イラついていた。
なんでって、あれからカルーさんが店に来ないからだ。あれだけ好き好き言って何回もプロポーズした癖に、それから放置ってどういう事だ。
しかもあのびっくりプロポーズはもはや街中の旬な噂になってしまっている。店にくる常連さんはともかく、街中を歩くだけでもからかわれたり絡まれたり、ぶっちゃけかなり面倒くさいし恥ずかしい。
だいたいあれからというもの、やたらとプロポーズされるし。あれか、カルーさんに倣っていきなりプロポーズが巷で流行ってでもいるのか?でもそれにしては「あの人が帰ってくる前に、二人で一緒に逃げましょう!」とか、ちょっと物騒なテイストでくるのが不思議なところだが。
いきなりそんな重いテイストで「はい」とか言うヤツ居るんだろうか。そもそもなんでやっと軌道にのった大事な店を捨てて逃げなきゃならんのだ。訳がわからん。近頃のジョークは心臓に悪い上にダークだ、はやくこの変なブーム、去って欲しい切実に。
もし本気の人がいるんなら、出来れば俺も普通にお付き合いから始めたいんだけどな。そんな普通の人、どこかにいてくれないだろうか。
……カルーさんは、少なくとも本気で言ってくれたと思うんだが。何しろあれ以来姿見せないし。
返事しなかったのがいけなかったのか。
でもさ、いきなりプロポーズはないだろう。
「クラウドさん、無視するなんて酷いわ」
腕を軽く引かれて、我に返った。
俺らしくもなく若干うじうじと考えながら歩いていたら、どうやら話しかけられた事に気付けなかったらしい。
「ああ、ライラさんすみません。考え事をしていたもので」
定期的に俺の店でハープを奏でている彼女に街中で会うとは珍しいが、シカトしてしまったとは申し訳ない。なんせ彼女が来る日は男客が鈴なりな上、その男客達の金払いもメチャクチャいい。俺にとってはありがたい、お世話になっている一人だ。気を悪くしてないといいが。
「このところ大変そうだものね」
口元に手をあてクスッと笑う姿も美しい。この人はホント、自分が綺麗に見える角度を知り尽くしている感がある。
「随分たくさんの方から求婚を受けていらっしゃるんでしょう?誰にも靡かないって噂になっているわ」
「皆さん面白がって声をかけているだけですよ」
「まぁ、そんな風に思っているのね。皆本気で求婚しているのよ?」
そんなバカな。話した事もない人だっていっぱいいたぞ?
「信じてないわね。でも本当よ?あなた凄くもてるんだから。それに……」
そこで少し息をつき、彼女は意味ありげに微笑んだ。
「あの暴力女に無理やり迫られて、怖くて断れないんじゃないか、って皆心配しているのよ?」
暴力女って……まさか、カルーさんの事か?
「別にカルーさんは怖い人じゃないですよ」
むしろ可愛い人だと思うけど。
「第一、カルーさんが理不尽に暴力を振るったなんて話、聞いた事ないですし。暴力女なんて……」
「当たり前だわ、Sランクの冒険者なんて誰も逆らわないもの、暴力を振るう必要がないでしょう。でも、Sランクなんて普通の人間じゃなれないって、冒険者の皆さん口を揃えて仰るわ。あの方はただの戦闘狂だって」
なんだよそれ。
「それは……酷いんじゃないですか?」
思わず冷たい声が出てしまった。そのせいか、若干ライラさんが怯えた目をした。
……ん?
あれ?目線が、俺じゃないとこ見てる?
ちょっと上か?
「だなぁ、よく知りもしねぇで人の悪評まくなんざ、そのキレーな顔が泣くぜぇライラさんよぉ」
後ろから重厚な声が聞こえて振り返れば、でっかいゴッツいおっさんがニヤリと笑っていた。
……こわっ!
「う、嘘じゃないわ、本当に沢山の冒険者の方が」
おお、言い返した!
こんな強面のおっさんに言い返すとか、意外とライラさん強いな。
「あんたにそれを言ったのは男だろう?しょうがねぇ野郎どもだ」
苦笑いしながら顎を撫でているが、おっさんから怒りの雰囲気はなぜか感じない。
「まぁ野郎どもの気持ちも分からんじゃないがなぁ、察してやってくれや。そりゃああんたみたいな美人に、女より弱いと思われたくないっちゅう、可愛い男心だ」
「そんな……」
そんな、って言いたいのはむしろカルーさんだろう。
ただ強いだけで悪く言われる事もあるなんて。俺はいつも豪快で、明るく振る舞っているカルーさんが意外と苦労している事を、この時初めて知った。