今の流れで、何でその捨て台詞?
ダメだ、面白過ぎる。
なんだこの忙しない気持ちの浮き沈み。
俺は今、『炎狼』とかいう大層な二つ名を持っている筈のSランク冒険者を前に、奥歯を噛んで笑いを堪えている。
やっと起きたと声をかければしっぽも耳もシャキーン!と立って、怒られるとでも思ったのか警戒心丸出し。
さぞや気まずかろうと普通に話しかければこれまたあからさまに虚脱感丸出し。
かと思いきや食い物見た途端にキラッキラの目で見つめてくるし。話にならねぇとトレイを隠せば耳もしっぽもシューンと垂れる。
どんだけ感情に正直なんだ。
まあ逆に言えば怒り始めたら手がつけられないだろう事も想像に難くないわけで、ギルドの人の懇願も理解出来る。
幸い俺は今のところ気に入ってもらってるみたいだし、なんせ彼女には返しきれない程の恩もある。今のうちに気になる事は言っておくか。酔っ払って居酒屋で爆睡したまま一夜を明かすとか、うら若い女性の割に危機感がないにも程があるからな。彼女の今後のために軽く苦言を呈してみてもいいかも知れない。
……しかし。
お節介をやこうなんて慣れない事をしようとしたのがマズかったのか。
軽いジャブの段階で、早くもカルーさんの目にはみるみるうちに涙が溜まる。え⁉と思った時には、若干小刻みに震えつつキューン……と、子犬が鳴くような声をあげられてしまった。さすがに気まずい。
カルーさん、超強い冒険者だって有名だったよな?
いっつも明るくて、むしろ豪快なタイプだったよな?
こんなメンタル弱いとか初耳だわ!
混乱と言い訳が頭を巡り、想定外の事態に彼女の顔を直視する事さえままならなくなった。こっちだって本当に迷惑したわけでも、ましてや怒っているわけでもない。むしろ親切心だったんだ。
とりあえず、怒ってない事だけでも伝えねば。
「心配?してくれたの?」
あ、涙が引っ込んだ。
「当たり前です。いくらカルーさんが強くても、うら若い未婚女性なんですから、少しは自重して下さい」
心配している事を表しつつも、ちゃんと気をつけて欲しいポイントだけはなんとか言い切ったぞ!どうだ?俺にしてはうまくやったんじゃないか?
若干緊張しつつカルーさんの様子を窺う。
すると、俺の顔をじっと凝視していた彼女の顔に、みるみる生気がみなぎってきた。瞳はキラキラ、頬はうっすら紅潮して耳がピーン!と元気よく立ち上がる。あげくにしっぽが忙しなくはためきはじめた。
なんだろう、彼女の全身から「嬉しい!」「幸せ!」オーラが全力で発されてるんだが。俺、なんか喜ぶような事言ったか?
疑問に思っているうちに、しっぽは見る間にすんごい勢いで暴れだした。さすがに本人も困ったのか、両手で自らのしっぽを抱えて押さえつけようとしているわけだが、跳ねるしっぽがこれまた逃げる逃げる。自分でも跳ねるしっぽが捕まえられないという信じがたい光景が目の前で繰り広げられていた。
ダメだ。
なんだこの光景。
「クラちゃん……」
呆気にとられたような彼女の声に、我にかえった。
「クラちゃんが笑った……!」
申し訳ない、『炎狼』ともあろう者が己のしっぽに翻弄されているあまりにも可愛い光景に、込み上げてくるものが抑えられなかった。
「すみません、あんまり可愛いくて」
言った途端、彼女の顔が真っ赤に茹で上がる。
「アタシ……アタシ、やっぱりクラちゃんと結婚したい‼‼」
「え⁉」
言うが早いか、彼女は猛ダッシュで店を飛び出して行ってしまった。
今の流れで、何でその捨て台詞……?
聞きたくとも最早その姿は視認できないほど遥か彼方だ。さすがにSランクは伊達じゃないらしい。
俺は彼女が巻き起こした砂ぼこりを、呆然と眺めるしかなかった。
あ、せっかく朝食作ったのに、食べて貰えなかったな……。