やってしまった……!
やってしまった……!
昨夜の酒がすっかり抜けて、正気を取り戻したアタシの脳裏に最初に浮かんだのは、もちろんそんな言葉だった。
目覚めて周りを見回せば、どう見ても宿屋の雰囲気じゃないし。朝の爽やかな光が射し込んで印象違うけど、これって多分クラちゃんの居酒屋だ。肩に大量の毛布がかけられていたところを見るに、自分はきっと酔いつぶれて寝てしまったんだろう。愛しのクラちゃんの店でなんたる醜態、昨日の自分が恨めしい。
なんか他にもやらかしてないだろうな、頼むよ昨日の自分……。
そこからぼんやりとした昨日の記憶を掘り起こし……生まれて初めて自分の血がひく音を聞いた。
ヤバい、アタシったら酔いに任せてクラちゃんに超しつこくプロポーズした気がする……!
「ああ、起きましたか」
ビックーーーーンと体が跳ねる。
「く、クラちゃん」
昨日の事は覚えてない体でいけばいいの⁉
それともむしろ改めてプロポーズする⁉
頭の中でくるくると忙しなく究極の選択肢が躍り狂う。
「良かった、あまりにも起きないから心配しましたよ」
なんとも平常運転のクラちゃんの抑揚のない声。
どうやらクラちゃんは、酒の上の戯れ言と片付けてくれているらしい。ホッとしたような、残念なような……とりあえず、強張っていた全身の力が抜ける。ぺしゃ、としっぽが力なく落ちた音が聞こえた。
相当本気だけど。
あわよくば結婚したいけど。
さすがに、酔っ払ってプロポーズはないもんね……。
一人でこっそり反省し、振り返って愛しのクラちゃんを見てみれば。
朝食のトレイを手に佇むクラちゃんは、朝日を纏って尋常じゃなく美しい。いやむしろ神々しい。その手にもつほんわかした湯気が揺らめいているスープもきっと神々の食べ物のように美味しいに違いない。
「こら、全くもう、あなたという人は。目をキラキラさせてる場合じゃないでしょう」
ああっ、神の朝食トレイが見えないところに置かれてしまった!
悲しい気持ちで目線をあげたら、クラちゃんの美しくも無表情なご尊顔が。
「そんな悲しそうな顔してもダメです、少しは反省して下さい。何度起こしても起きないし。うわごとみたいに帰らないって駄々こねるし」
うわぁ、プロポーズだけでなくそんなご迷惑まで……。
クラちゃんの呆れたような視線がチクチクと身体中に突き刺さる。表情は変わってないのに、瞳だけでひしひしと何か伝わってくる……嫌われてしまったかも知れないと思うと、とても、とても悲しくなってきた。
クラちゃんに嫌われたら、生きていけない……。
胸がキュッとしまった途端、喉からキューン……と切ない声が出てしまった。クラちゃんが、珍しく困ったように目をそらす。
「もう、こっちが苛めてるみたいじゃないですか。俺は心配してるんです」
「心配?してくれたの?」
「当たり前です。いくらカルーさんが強くても、うら若い未婚女性なんですからね?少しは自重して下さい」
絶対零度の怖い顔じゃない!
クラちゃんのこの顔は……若干だけ眉毛が下がったこの顔は……
良かった!
本当に良かった‼
少なくとも嫌われてはいなかった‼‼
安心感とともに、抑え難い衝動でしっぽが右へ左へハタハタと揺れ動く。お説教中だというのにこれはマズイ。
鎮まれ!鎮まれアタシのしっぽ!
空気読んで!