突然のプロポーズ
「ねぇクラちゃんさぁ、マジでアタシの嫁にならない?」
最初その言葉を聞いた時には、何の冗談かと思ったもんだ。
「……全くもう、呑み過ぎですよ。バカなことほざいてないでそろそろ宿にお帰りなさい」
目の前にはべろんべろんに酔っぱらったグラマラスな美女。しかしこの甘言にうかつに乗っかってはならない。今は単なる酔っぱらいに見えても、彼女は凄腕の冒険者だ。そう、この街でたった一人のSランク、簡単な回復魔法も使えるからかソロを貫く孤高の冒険者だったりするわけだ。
「え~~ダメ?アタシお得だと思うんだけど。こう見えて結構従順よ?」
どこがだ。アンタ巷で『炎狼』とか危なそうな二つ名もらってるだろうに。しつこく言い寄る男は腕力で沈め、気に入らない仕事はどんだけ金積まれても梃子でも動かねぇって有名だし。俺、ギルドでアンタ紹介される時、「頼むから怒らせないで」って何度も念押されたぞ?
「あ、酷い。信じてないでしょ」
止めて、上目遣い反則だから。真っ赤なふわふわショートヘアから飛び出した犬耳がへにょっと垂れたりするの、あざとすぎるだろ。獣人特有の感情表現の豊かさには、いつだってちょっとクラッとくるんだよ。
「酷いな~、アタシいっつもクラちゃんが喜びそうな美味しげな食材ゲットして来てるでしょ?」
「はい、感謝してますよ。普通ではなかなか手に入らない素材ばかりで、腕がなります」
そう、本当にそれは感謝している。ちょっとした依頼で出かける度に、一介の料理人では手に入りにくい食材をいとも簡単にゲットしてきては「ただいまぁ!はいこれお土産~」と気軽に置いて行ってくれる彼女には、感謝してもしきれないくらいだ。ウチが繁盛してるのも、彼女の持ち込む素材の美味さと珍しさあったればこそ。
タダ酒とタダ飯くらいじゃ到底対価には値しないほど素晴らしい食材ばかりなのに「お土産なんだから」と、頑として謝礼を受け取ってくれない。俺に出来るのは、彼女が喜びそうな酒と、暖かくて美味い飯を用意する事だけ。
「これ、どうぞ」
「あ、もしかしてこの前獲って来たバーニングボア?あっ!凄い美味しい!ジューシ~!!」
耳がピーンと立って、しっぽが嬉しそうにふわふわ揺れる。申し訳ない気持ちも大きいが、料理を出した時の彼女の幸せそうな顔を見たら、まぁいいか、とも思えてしまう。
「あはっ、やっぱりいいなぁ」
急に上機嫌でニマニマと笑い出した彼女は、ゆっくりと肉を食みつつトロンとした目で俺を見つめていた。まぁいつもの光景だ。幸せそうでなにより。
「アタシが食べるの見てる時のクラちゃんさぁ、超嬉しそうだよねぇ。その顔、大好き~」
え!?
ちょっと待て。嬉しそう?俺が?
これまでの人生、悪いが無表情としか言われた事ないぞ?
「嬉しそう……でしたか?」
なんだろう、若干恥ずかしい。
「そう!いっつも仏頂面なのにさぁ、こんな時だけ天使の微笑みとか!ヤバいって~」
「天使って……俺、男なんですが」
「分かってる分かってる!でもさ、クラちゃん全然表情変わんないから『氷の美姫』って呼ばれてるじゃん?」
なんだそれ知らねーよ!初めて聞いたよ!
そもそも美姫はねぇだろ、こんな下町のしがない飲み屋のオヤジ……いやまぁ、オヤジは言い過ぎか。そう、飲み屋の兄ちゃんをつかまえて。
俺の心のツッコミを知るよしもなく、彼女はグラスをゆるくまわしながら得意げに言葉を連ねる。
「こんな美人で、店持っちゃうくらい料理もうまくてさぁ、何気に気遣い上手でしょ?クラちゃん狙ってる人、男も女も山ほど居るんだからぁ」
何それ怖いわ!
せめて女性の皆さんで限定してくんねーかな。
ていうか、完全に買い被りだと思うけど。言い寄られるどころか目も合わせてくれない人がほとんどだし。こんなにフレンドリーに接してくれるのは、ぶっちゃけ彼女くらいだ。
「カルーさんの思い違いでは?俺、話しかけられる事すら稀ですよ?」
「あははっ分かってないなぁ!高嶺の花ってヤツよぉ。皆そのキレーな顔見てるだけで幸せなんだからぁ。証拠に閉店まで入り浸ってクラちゃん眺めながら晩酌してる客ばっかじゃないの」
そんなバカな。俺が高嶺の花ならカルーさんはじめ大体の美女は夜空の星レベルの高所にいる羽目になるっつうの。
「そうですね、カルーさんが来てくれた日は閉店までのお客さん、特に多いですけどね」
暗に、男性陣のお目当てはご自身では?と言ってみる。実際そうじゃないかと思うんだよ、鉄拳制裁が怖くて声がかけられないだけで。
「それに」
コトリ、と彼女の前に新しい皿を置く。今日持ってきてくれたばかりのサンダーバードの串焼きだ。
「俺としてはこっちを楽しんで欲しいんですがね」
「うわあぁぁぁ美味しそう~!……あれ?いつもとタレ、違う?」
「サンダーバードは他の鳥種より淡白な味ですから。タレもちょっと工夫してあります」
「……うん、美味しい。凄く好きかも」
味の余韻を楽しむように、彼女は幸せそうに目を閉じる。ゆっくりと揺れるしっぽがその言葉に嘘がないことを表しているようで、こっちまで幸せな気分になるのが不思議だ。
あんまり幸せそうな顔だからついつい見蕩れていたら、ふと目があってしまった。途端、彼女の目尻がへにょんと垂れ下がり、ついでに耳までへにょんと下がる。
「ふふっ、ただいまって帰ってさぁ、こんな美味しいご飯があってさぁ。クラちゃんがそんな嬉しそうな顔で居てくれたら、毎日幸せだろうなぁ」
恥ずかしいセリフに思わず固まった俺の手を大事そうに両手で包み、彼女は潤んだ瞳でじっと俺を見つめる。そんなに見つめられると目がそらせないんですが……ヤバい、なんだこの突然湧いて出た未だかつてない雰囲気。
潤んだ黒目がちの瞳を見つめて数秒。
彼女の唇が、ゆっくりと開く。
「ねぇクラちゃん、結婚しよ?」
……危ねぇ!
うっかり「はい」って言うとこだった!