第6話 箱の中と
あのメモ書きの暗号が解読できた。
恐らくはこういう事だろう。
Ba
Uqt
Re
Te
Hg
Es
Sn
Md
Uut
Ag
Cm
Tl
は元素記号ってことは確実だ。
つまりはこうなる。
56 Ba バリウム
143 Uqt ウンクアドトリウム
75 Re レニウム
52 Te テルル
80 Hg 水銀
99 Es アインスタイニウム
50 Sn スズ
101 Md メンデレビウム
113Uutウンウントリウム
47 Ag 銀
96 Cm キュリウム
81 Tl タリウム
元素番号をその箱に入力するんだ。
沢山の数字が刻まれている部分を順番に押していくんだ。
多分そうすると箱は開く。
やってみようアコ。
ヤナセの言葉に不安と好奇心でいっぱいだった。
「でも、なぜ並び方がバラバラなの?」
「それが核心だよ。いいかい?並び方がきっと君のお父さんの伝えたかった事の1つなんじゃないかな?」
「もしかして、12星座?」
「アコ、君にしては上出来。」
「ヤナセ?どぉー言うーいみ?」
「はは、すまない。ではいくよ?
牡羊 Aries Ari56
牡牛 Taurus Tau143
双子Gemini Gem75
蟹 Cancer Cnc52
獅子Leo Leo80
乙女Virgo Vir99
天秤Libra Lib50
蠍 Scorpius Sco101
射手Sagittarius Sgr113
山羊 Capricornus Cap47
水瓶 Aquarius Aqr96 魚Pisces Psc81とこんな感じかな?」
アコは順番に箱の数字を打ち込む。
カチカチと押すたびに音がなる。
アコは真剣な表情で丁寧に押していった。
ヤナセもいつになく緊張した面持ちだ。
パリーンッ!
最後の数字を打ち込むと
箱は一瞬にして小さなサイコロ状に
分解され、地面に散らばる!
「あっ!」
二人が同時に叫んだ。
どんな事をしても開かない
prodigiumの箱が音を立てて崩れた…。
中から小さなカプセルが出て、アコの手のひらに残った。
「 なにこれ…?」
ヤナセが頷く。
アコはカプセルを開けた。
中から小さなペンダントと紙切れが入っていた。
紙切れを広げるとこう書かれていた。
[親愛なる私のアコ。これが君に届く事を祈り贈ります。]
[私の事は恨んでいるだろうね。すまない事をした。家族をかえりみず、研究に没頭した自分を正当化したくて論文を完成させようと躍起になっていた。]
[母さんが病気になった事すら知らず、たまに家に戻れば敷居を跨がせぬと門前払いを食った。こんなのはいいわけだね。]
[発掘現場で空を見上げたら、私は自分の愚かさを知った。そして、家に帰りたいと。研究なんてどうでもいい事だと。]
[それから、誤解のないように言っておかなければいけないね。アコにはどうでもいい事だが。]
[研究の成果は江戸川君にゆずった。データも私のパソコンから消すように頼んだ。黙っていたのは江戸川君のプライドを潰さないために。そして、すでに自由に動けない私に代わって。]
[バチが当たったのかも知れないね。本当にすまない。最後にアコに会いたかったよ。]
[中に入っていたペンダントは母さんに私が贈ったものだ。]
[prodigiumという名のレストランで母さんと出逢い、初めて贈ったプレゼントのペンダントをアコにもらって欲しい。]
父ペイトン
読み終えたアコは俯いたまま、溜め息をついた。
上げない顔には涙を堪えているのがわかった。ヤナセは何も聞かずにただ、黙っていた。
「こんな物のために振り回されていたなんて…。馬鹿みたい。ごめんヤナセこんな事に付き合わせて。」
「いや、これは僕の意志だし後悔もなければ無駄だとも思ってないさ。あとは真相を確かめに行こう!」
そう言った時、扉が開いた。
「失礼するよ。」
そこにはルッソの姿があった!
「マードックさん!なぜ…。」
「貴様!」
アコは驚きで声を震わせ、ヤナセは怒りで今にもルッソに殴りかかる勢いだ。
しかし、ルッソは穏やかな口調で二人を制した。
「待って下さい。別に何かしようというわけではありません。黙って着けてきたのは、謝ります。説明させて下さい。私の知る全てを。」
「わかったわ。」
アコはルッソを睨むように見つめた。
……。
私の父、ジョン・ジャックス・ブルーノ…。本名、ジャーバス・アイヒマン
もう知っているかと思うが、ベルナリオル家の前執事。
彼はベルナリオル家に長く仕えた。
ミスも何もなく。
素性を隠したままで。
昔、小さいながらもパン屋を営んでいた。母も産まれたばかりの妹の世話に小さい私の面倒に。
裕福ではないが幸せだった。
しかしある日、一人の男がやって来た。
怪我をして誰かに追われている様子だった。
そう、ギャンブルに手を出しマフィアに追われる身となっていた若い江戸川だった。
その後マフィア、コルネオ一家にすべて奪われ、家族はバラバラになった。
母も病に倒れる事となった。
こうして私達一家の幸せな日々は終わりを告げた。
父は母が亡くなると同時に消えた。
私達は身寄りもなく、盗みなどを働いて命を繋いだ。
そして捕まり、私設に送られる事となった。
私はルーデン・アイヒマンの名を捨て
ルッソに妹のクレアはリビアナ・アイヒマンの名を捨てた。
その後、父と再会した私は父の紹介でベルナリオル家に入る。
私達を捨てた父に不思議と恨みも湧かなかった。
父は最初、人のいいベルナリオル家を騙し乗っ取るつもりでいたらしい。
しかし、ベルナリオル家の人間を知り
ここに生涯を捧げようと決意した。
私も同じようにそう思った。
お嬢様の境遇と私の境遇を重ね、ベルナリオル家は命をかけて守らなければと。
しかし、妹のリビアナは違った…。
リビアナは父と江戸川への復讐は忘れなかった。
しかし、旦那様(ペイトン様)に会って変わったと思われた。
しかし、結局は江戸川に例の毒の茶葉を送り、旦那様も殺害した。
旦那様に叶わぬ恋をし、屈折した心の彼女は…。
あの庭に咲く、西洋アブラナの花で。
皮肉な事に父はこの花が故郷に咲く花と同じだとはしらなかった。
持ち込まなければ咲かない花は、恐らく父の荷物か何かについていたんだろう。
私が執事を代わった時、咲き誇るこの花を見て嬉しく思った。妹に復讐を止めるようにプレゼントとして故郷の花を…。
毒があるのを知っていたら、私も懐かしさだけで妹に花を贈っていない。
これは全て、私のミスなんだ。
謝って許されるとは思っていない。
だが、あの箱をお嬢様から遠ざけ、少しでもこの呪縛や危険から守りたかった。
ルッソいや、ルーデンの目から沢山の涙が溢れた。
アコとヤナセは黙ってルーデンを見つめていた。
一ヶ月後…。
「アコ、じゃあまたな。」
「うん。色々とありがとう!」
空港のエスカレーターに消えて行くヤナセの背中をアコは見つめていた。
頬をつたう涙が、アコの本当の気持ちを表しているのかは自分でもわからない。
今はただ、ただ別れが、かなしい気持ちだった。
すぐに戻ると言ったヤナセの「すぐ」がいったい何時なのか、それに対して何も聞けもしない自分に後悔しながら。
ルーデンはベルナリオル家を去り、何処かに消えた。
リビアナはペイトンの家でバロウズによって発見された。
キッチンで倒れていたらしい。
彼女の望んだ最期だったのか…。
二人の父はギリシャの修道院で見かけたと風の噂で聞いた。
「アコ!」
「なあに?ファル?」
「あ、あの、このあと暇かな?って…。」
「うーん。」
「どうしょう…。フフッ…。」
「何処に連れていってくれる?」
第一部 終