第二話 謎の文字列
「あら?確か先生のお嬢様で…。アコちゃん…。」
後ろに立っていたのは大学で会ったミス・クレアだった。
クレアは鍵を取り出すとドアを開けた。
「どうぞ。ここじゃなんだし…。」
アコとヤナセは部屋に入った。
クレアがいそいそと小走りに動きながら
「いま、コーヒー入れるわね。」
そう言ってキッチンに消えた。
アコは不思議そうな顔をしていた。
「あの、お構い無く。すぐ、帰りますので…。」
クレアがキッチンから出てきた。手にはコーヒーを入れたカップ。
バロウズの入れたティーカップとは別の物だった。
「まあ、座って…。って、ここは元々は、先生の研究室だものね。それで、こんな夜にどうしたのかな?」
クレアは自分のカップのコーヒーに口をつけた。
「あの、バロウズさんは?」
アコが辺りを見回すようにして言う。
「居ないわ。彼は夜は自宅に帰るの。どうして?あの、安心して、彼は先生に何かするような人じゃない。」
クレアはバロウズを良く知るように言った。
「すみません、夜分に。ここに来たのは泊まる所がないんですよ僕逹。情けない。所持金も底をついてますし。」
ヤナセが無感情な顔で言う。
「ふふ…。彼を疑った子ね?彼が仮に悪い人ならなんで、ここへ?危険じゃない?それから、先生が何故、誰かに殺されたと?先生は病気だったのよ。それに彼も私も先生が亡くなられた時は発掘調査に加わっていて、葬儀すら来れなかったのよ。」
「疑ってすみません。ここへ来たのは、確信があったからです。まず、クレアさんが嘘を言っていないのと、バロウズ氏もシロだってね。」
「あの毒物も後から入れたものではない。クレアさんの疑惑も間違いだと、このコーヒーで更に確信しました。僕らに紅茶を入れなかったし。」
「それから、バロウズさんを僕が怒らせたのは挑発したんですよ。疑惑を消すためにね。試したわけです。」
ヤナセが眼鏡を上げる。
アコがびっくりしたようにヤナセを見る。
「ヤナセ、あんたなんて人なの!バロウズさんが父に何もしてないなら…。」
「じゃあ、アコ、キミに真実を確かめる術はあったのかい?僕は辻褄の会う可能性を考え、答えを出した。それだけだ。バロウズさんが我々にとって、敵じゃなきゃ、頭ひとつ下げれば暖かい場所で眠れるじゃないか。」
「頭ひとつって…。人を傷つけて、そんなものじゃすまないでしょ!ヤナセ。」
クレアが割って入ってきた。
「まあ、今日は二人とも疲れてるんだし、休んで。ね?ベッドは奥にあるわ。」
「クレアさん。彼を疑ってすみません。」
アコがそう言うとクレアは笑顔を見せて言う。
「それは彼に直接言ってあげて。それに私も疑われてたみたいだけど許してあげるわ♪」
「あ、すみません…。そう言えばクレアさん、何故ここへ?」
「ああ、私?いつも夜に来て、片付けをして彼の晩ごはんと朝の食事を用意するの。ほっておいたら何も食べないから。帰り道の途中だしね。」
「バロウズさん、幸せですね。」
「どうだか。」
二人はニッコリと笑った。
キッチンでヤナセが呼ぶ。
「やはりな。」
ヤナセは紅茶の茶筒を持ってアコに見せた。
「これに例の葉が混入していたよ。」
「警察に届ける?」
アコが怯えたように言う。
「アコ、キミはどう思う?僕は厄介な事は避けたいね。恐らく、僕らも長い取り調べになったり、クレアさんや間違いなくバロウズさんは容疑者になるだろうね。」
ヤナセは溜め息をついた。
次の朝、なかなか寝付けなかったアコはふらふらとベッドからはい出た。
テーブルには朝食が並び、そこには先に食事をするヤナセとクレア、バロウズがいた。
「おはよう。良く眠れた?」
クレアが優しく言う。
「あれ?みんな…。」
アコはまだ眠いと言わんばかりの顔だ。
トーストをかじりながらヤナセが
「酷い顔だな。早く食べて出掛けるぞ。」
「出掛けるって…。」
「出るぞアコ!おい!いい加減にしろ。」
あれ…。
「ヤナセ?あれ?夢?」
アコが目を覚ますと、まだ真っ暗だった。
「アコ、いいか?保身のため、話しを合わせたが、クレアもバロウズも敵かわからん。今は完全な潔白かどうか。今は話さないが、行動が不自然だしな。」
「僕はずっと寝たフリをしていたが、キミはマジで寝るなんてお気楽だな。警戒心が無さすぎる。」
アコは眠そうにベッドから起き上がる。
「じゃあ、なんのために来たのよ?」
「完全に信じるフリをしてスキをつくる。そのあと、ここを調べるためだ。」
「キミが寝てる間にクレアさんも帰って行ったが、それと同時に紅茶の茶筒が消えたよ。」
アコはびっくりしたように叫んだ。
「なんで?そんな…。クレアさんは…。」
ヤナセはアコの気持ちなど意に返さぬ様子で言う。
「それから、面白い物を見つけた。謎のメモとボランティア名簿だ。とにかく、バロウズかクレアが戻ってきたら不味い。ここを出よう。」
アコはゴミを払うように、頭の赤毛をバサバサと片手でやると、ひとつ溜め息をついて「疑い出したらキリがないけどでも、真実が知りたい。行こうヤナセ!」
ヤナセは相変わらずの無表情だが、口の端を少しだけ上げて答えた。
アコとヤナセは少し離れた公園のベンチに座って話していた。
「その文字列は何だろう?」
BaUqtReTeHgEsSnMdUutAgCmTl
ヤナセが見つけたメモを開いている二人。ヤナセは黙っている。
「ねえ、名簿見せて。これ、発掘調査のボランティアと研究員名簿だよね。バロウズさんの名前もある。」
「ヤナセ!もしかして!」
アコが急に声を上げた。
Baバロウズ
Uqtアンバー・クイーン・トーン
Reリサ・ブラームス
Teテッド・ブラームス
Hgハリー・ゴールディー
Esエドワードか江戸川…。
Snサンジェルマン…。
Mdマット・ダンフォード
Uut…。
Agアラン・グラハム
Cmクレア・マリエール
Tl武田勇雄
「て、なるんじゃない?」
「まてまて…。発想はおもしろい。
だが、Re、Te、Es、Snがおかしいだろ?他の法則に反する。
それからUutはなんだよ?それにイニシャルに当てはまらない人が15人もいる。」
アコは頭を掻いて不機嫌そうに溜め息をつく。
「これは元素記号だよ。おそらくね。何の法則かはわからないけどね。キミの親父さんの専門じゃないね。」
「名簿を一人ひとり当たって解決法を見つけるのもいいが、時間がかかり過ぎる。で、僕が思ったのは江戸川を捜す事、それから箱の行方を追うのがいいと思う。この元素記号はゆっくり考えよう。」
ヤナセはそう言うと眼鏡を上げる。
「クレアさんやバロウズさんは?」
「何らかの関わりがあるのは確か、どこかで必ずぶつかる。それまで泳いでいればいい。黒か白か確信がもてるだろう、いずれな。」
「なんだ。ヤナセの推理も憶測に過ぎないのね?」
アコは首を振るとニヤリとした。
「 僕をなんだと思ってるんだ。名探偵ってわけじゃない。ただの一般人だ。」
ヤナセ イチジョウ…。
日本人は名前、漢字で書くんだっけ?
ヤナセの字、忘れたな。
今更だけど彼、頭がキレるし頼りになる。私より年上で、何歳だっけか?
25才って言ってたかな?
出会ったのは父の葬儀だった。
私は悲しみと言うより、母や私を捨てたうえに、勝手な事をして病気の事も言わず、この世から居なくなった父を怒りを感じていた。
涙ひとつ出なかった。
私の知らない人逹が大勢いた。
誰と挨拶したかなんて忘れた。
色々と事務的な挨拶や言葉を交わした。
そんな中、ヤナセが一人泣いていた。
父には大学時代にお世話になったらしい。ヤナセは理由があって中退したらしいから、父とは半年足らずの付き合いだったとか。
そんなヤナセと少しだけ言葉を交わしただけ。
でも、他の誰よりも人間らしかった。
もっと話したかったが、何の約束も交わさず別れた。
その後、私の通う学園でヤナセは食堂の調理師していた。
そこで再会し、話した。
そして、色々と成り行きで今回の旅に出た。
「アコ?おい!アコ!」
ヤナセが声をかけていた事に気付かなかった。
少し不機嫌そうにこちらを見ている。
「あ、ああ、ごめん。考え事してた。]
にっこりと愛想笑いをするとヤナセは溜め息をついた。
「何を考えたか知らないが、一度、僕の家に行く。色々と用意が必要だ。30分ほどで帰れるからアコは待っていてくれ。」
「私も行くよ。」
「いや、僕のアパートもキミのお婆様か、
もしくはもっと危険な奴の手が回っていたら厄介だから。
噴水広場に30分後。いいな。」
そう言ってヤナセは足早にその場を去った。
「なんだよ!ヤナセの奴!女の子一人にするなんて‼」
ふとアコの背後に気配を感じる!
「お嬢様!やっと見つけましたよ!お婆様が心配なさっておりますぞ!」
振り向くとそこには、お婆様の執事の[ルッソ・テンプルトン・マードック]が立っていた。
「マードックさん!」