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序章 動き出す歯車


 煌びやかな王城は凍り付いていた。

 エルドラン王国の政治経済軍事の中心である城である。官僚、大臣、師団長の醸し出す喧騒に包まれる時間に於いても尚、ただひたすらに静寂だった。

 それは王城だけではない。

 王のお膝元である王都アイギスを始め、全ての都市、全国民が悲嘆に暮れていた。

 特に王都は酷かった。商店街は軒並み戸を下ろしている。仕事に向かう屈強な男性陣は家に引きこもり、普段は公園に集う子供たちの面影も見当たらない。

 王城を取り囲む四つの尖塔の屋上からそんな光景を見下ろす一人の女性。風に煽られる蒼穹の長髪を手で押さえながらため息をこぼした。


「仕方ないわよね……」


 建国王に比類する程の同調シンクロ率。

 名君と呼ぶべき内政手腕の高さ。

 そして、最強である魔王に一矢報いた当代一の英雄。

 第四九代国王の逝去は余りにも唐突過ぎて、誰も彼もが現実から眼を反らすために深い悲しみに沈んでいた。

 国政は滞ったままだ。

 南からの脅威は消えていない。

 近い内に評議会から詰問を受けることになるだろう。

 問題は山積みだ。喫緊の課題はいずれもエルドラン王国の興亡に匹敵する重要度である。

 喪に服して三日。そろそろ宰相は動き出す頃合いだ。そして国王の忘れ形見とも言うべき王太子殿下も。

 師団長は各々の策謀に頭を働かせ始めるだろう。官僚も国民の突き上げを食らわない程度に手を動かすに違いない。

 なのに。

 どうして。

 “アレ”は後継者を示さない。


「早く見つけないと」


 民の不安は限界に達する。

 今一度、魔王の軍勢が北上を始めれば竜王不在のまま戦争しなければならなくなる。八星魔将グラムロードなら我らだけで撃退も可能だ。

 しかし、魔王は違う。

 魔物の王と対峙できる亜人は竜王只一人だけ。星竜刀エトワールと同調できる至高の存在只一人だけだ。

 魔王軍の再建が完了する前に後継者を見つけなければならない。

 最優先すべき案件だが、肝心要の星竜刀エトワールは沈黙したままだ。普通ならば竜王の死去する一年ほど前に新たな担い手を発見、その者のいる方角へ青白い光線を向ける。そして担い手は引き継がれ、新たな竜王となって亜人の王国を導いていく手はずになっているのだが。


「──殿下でも、私でもなかった。ガイウスでも、オクタファ殿でも……」


 先代国王の寵児である王太子殿下、清竜である彼女でも、第八師団長のガイウスでも、永久の鍛錬を続けるオクタファすら選ばれることはなかった。

 竜族の中から集められた選りすぐりの強者を拒絶して、ならばと全ての竜族に星竜刀エトワール継承の儀を行わせた結果も無駄に終わる始末であった。

 ならば誰だ。

 誰が次代の竜王となる。

 このままではエルドラン王国の崩壊に繋がってしまう。

 そんなこと認められない。

 七眷属の一つ、青龍族の次期当主として断固として認めてなるもんですか!


「……やっぱり、この国にはいないのかもしれないわね」


 他の国に竜族がいるとは思えない。とうの昔に絶滅していると教わったことを思い出す。たとえそれでも、可能性として挙げられるのはその一点のみ。

 星竜刀エトワールの継承者探知の限界は恐らくエルドラン王国の国土全域程度だろう。そうでなくては現時点でこの世界に継承者はいないことになる。

 魔族の王は“魔王”だ。

 人類の剣は“勇者”だ。

 ならば亜人はどうだろうか。

 そんなもの決まっている。太古の昔から虐げられてきた亜人の希望こそが“竜王”である。


「もしも外の竜族が本当に生き残ってたら、それはそれで気に入らない、けど」


 それ即ち、エルドラン王国に刃向かった竜族ということだからだ。


「でも今は四の五の言っていられる状況じゃないわね」


 今は王国再建の最短を突き進むべき。

 星竜刀エトワールを持ち出して外国探索。取りあえずだが方針は掲げた。

 次はどうやって国宝を持ち出すかである。バレずに出国できるかどうか。第一師団の幹部連中が爆睡してくれているならどうにかなるだろう。


「って──流石にそれはないわね」


 師団長ならまだしも、真面目一筋頑固一徹な副団長は涙を流しつつも、王都守護に全力を尽くしているに違いない。

 王総府直轄に属する親衛隊の面々も馬鹿にできない。囲まれたら厄介だ。

 そもそも確か今は王都に大将軍がいなかったか。

 彼の指揮で全軍を動かされたら竜族最速の青龍でも王都から逃げ切ることは不可能だ。


「でも説得してる場合じゃないわ。そもそも頭の固い宰相ジジイが頷くわけないし……」


 愚痴をこぼしつつ、逃亡ルートを幾多にも模索した彼女は三秒後に嘆息した。

 無理だ。不可能だ。できっこない。

 誰かを仲間にしない限り“星竜刀国外脱出継承者探知作戦”は失敗に終わる定めにある。


「ああ、もう! 見事なまでに八方塞がりねこんちくしょう。わたしに一体どうしろっていうのよ!」

「何を騒いでいるのですか、ユエ様」


 頭を抱えて叫ぶ女性──ユエは、ノックも無しに現れたメイドに棘のある言葉を発した。


「貴女ねぇ、ノックぐらいしなさいよ」

「五回しました。ユエ様と六回呼び掛けました。それでも返事を戴けなかったので仕方なく──。しかし罰は受けます」

「うっ……。な、ならいいわよ別に」


 古くからの馴染みとして信頼しているメイドが冗談を口にする性格でないことを熟知しているユエは悪びれた様子で顔を背けた。


「それでユエ様。何を取り乱していたのですか? 青龍族の次期当主たる御身に何か不都合でも? それともいつも通りの癇癪でしょうか?」


 返ってきた台詞はユエの放った棘よりも数倍多く、また苛烈だった。触れただけでズタズタに引き裂かれてしまいそうな程だった。


「い、いつも通りって何よ!」

「言葉の通りですが何か?」


 小首を傾げるメイド。可愛らしい仕草を見せる従者とは裏腹に、主人であるユエは苛立ちを募らせた。

 

「わ、わたしが癇癪持ちだとでも言うつもり!?」

「自覚を持つのは良いことです。総統閣下も仰っていましたよ。我が娘ながらもう少し落ち着きと礼節を持ってくれないかと」

「余計なお世話よ! わたしは落ち着きのある礼節も兼ね備えたレディーなんだから!」

「取りあえず冷静になってください」

「貴女がそれ言う!?」


 昔からこうだ。

 小さい頃は姉代わりとして。教養を身につけた後はお手本として。主従関係になってからは気の置けない人物として。

 黒髪のメイド──ラウラはユエと年月を重ねた。だからこそ交わせる軽口。最近は何故か以前よりも適当極まりないのが不満なのだが。


「で、どうしたの? わたしは用が無い限り入ってくるなと命令したはずよね」

「用ができました、ユエ様」

「?」


 ラウラは頷き、冷静な表情のまま爆弾を投下した。


星竜刀エトワールが目を醒ましました」



 ★



「お父様!」


 ノックも無しに開かれた扉。許可もなく部屋に踏み込む不出来な娘の姿に内心嘆息しながら、王総府を束ねる総統は眼を細めた。

 王城の一角。それも後継者と国王の住まう“裏”の近くに置かれた王総府の執務室。無断で立ち入る者など宰相や大将軍、そして七眷属の長ぐらいなものだろう。彼らならば王国に対する功の代償として許される。

 ユエは未だ青龍族の長ではない。次期当主に選ばれただけだ。本来なら厳罰ものだが、処断するべき後継者や国王不在の今は罪を記載しておくしかできない。

 

「何用だ。許可もなく総統の執務室へ来よって。我が娘でなければはり倒しているところだぞ」


 勿論、その後に罰を下す。信賞必罰できなくして国政管理など不可能である。

 歳を取るにつれて深みを増した青い髪を不作法に掻きながら、ユエの父──アルザスは厳格に娘を睨みつけた。

 しかし、ユエは父親の冷眼など文字通り無視した。大股で部屋を縦断。年頃の少女に相応しくない動作宜しく執務机を両手で叩いた。


「そんなこと言ってる場合ではありませんお父様! 星竜刀エトワール覚醒の件、知らない筈ないでしょうにっ!」


 やはりその件か……。

 予想通りの展開に頭が痛くなる。

 少しは落ち着きを持てばいいのに、と今年になってから何度思ったことだろうか。幾度願っただろうか。叶っている様子は皆無である。実に嘆かわしいことであった。


「無論だ」

「なら、今すぐにでも後継者を!」

「お前に言われずとも既に行動に移っている。宰相、大将軍、そして儂すらも許可した正式な案件でな。お前の出る幕はないぞ」

「わたしの出る幕は、ない? 何を仰るのですかお父様。後継者殿下に説明、そして王城へ運ぶ名誉はわたしの筈です」


 冷水を被せられたように眼を見開いたユエ。まるで懇願するように、掴み取った栄誉を再確認するように口にした彼女の姿は年相応の表情だった。

 エルドラン王国の国家元首たる竜王と成る為には、絶対条件として星竜刀エトワールから選定されなければならない。その基準は未だ不明。青龍族の中から選ばれたこともあれば、極端な例として第二五代国王のように物乞いの竜人が選出されたこともある。政治経済、果てには喧嘩すらしたことのない者さえ選ばれてしまうのだ。

 そんな人物に王国の重鎮が大勢で殺到するなど言語道断。混乱するのは必至である。故に第六代目の後継者から事態の説明と登城へエスコートする者も選出されるようになった。

 これは大変名誉な事だ。獣人ならば未来の国王と騎乗の儀を、竜族なら騎竜の儀、例え他の種族でも後継者と深い繋がりが得られるのだから。謂わば後継者の見届け役である。

 今代に選ばれたのはユエだった。だからこそ彼女の言葉は的外れではない。むしろアルザスの口にした、お前の出る幕はないという台詞の方が見当外れだと言えよう。

 しかし彼は間違っていなかった。間違えようがなかった。何しろ宰相、大将軍と共にその現場に居合わせたのだから。


「まさかお父様とも有ろう人が王国の伝統を蔑ろにするわけ……」

「するか馬鹿者。儂とて不本意だ。しかし現実は変わらんよ。今代の見届け役は有翼族ハーピィの娘に奪われたのだからな」

「そんな──! どうして!!」


 ユエは慟哭するように絶叫した。

 社交界の場ではお淑やかな振る舞いを見せる反面、親しい者の中なら落ち着きのないお転婆娘だが、ここまで感情に振り回された顔を見せるのは久し振りだった。

 やはりな、と顔をしかめる。

 それ程までに許せないのだ。見届け役を奪うのは国家の決定に逆らう違反。本来なら一族諸共処罰もの。しかし今回に関しては仕方のないことだった。


「本来なら我らが後継者を彼の刀の前に導く手筈だ。現に千年間、我らはそうして後継者と星竜刀エトワールを引き合わせてきた」


 だが、と一拍置く。


「今回は違った」

「どういう、ことです……か?」

「信じられん話かもしれんがな。落ち着いて聞け。星竜刀エトワール自ら後継者を召還してしまったのだ、この地にな」



 

 


 



 



 

 

 

 



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