第七話 ~思想~
ザットの機関から解放されたのは三日目の朝だ。キリコは疲れ果てていた。
「まさかアルツくんが犯罪を犯してたなんて。でも、最初に出会った時からおかしかったし」
自宅に車で送ってもらったキリコの前にアルツが現れた。緊迫した雰囲気の中でアルツが口を開く。
「……今までありがとう」
キリコは怖かったけど、勇気を振り絞って言う。
「アルツくん自主しよう。警察行こう?」
「それは出来ない」
「おかしいよこんなのって」
アルツは涙ぐみ静かに口を開く。
「お前は俺を信じてはくれないのか?」
「え?」
「俺は……いや、何もだ」
キリコはみぞうちを殴られ気絶する。アルツは倒れこんだキリコを自宅のベッドに寝かせると鍵を閉めて、玄関口のポストに鍵を入れて、そのまま誰かと一緒に山奥へ消えた行った。
「優しさが芽生えたのか?」
「あの女は関係ない」
「早速だけどお前を殺すよ?」
「こい、スリサン」
アルツはスリサンとの戦いに応じた。その目は優しい目じゃなかった。死んでいる目だ。人間兵器の目でアルツは最後の戦いに臨む。
「はっ」
キリコが目を覚まして、おなかを抑える。
「痛っ」
机を見ると携帯電話が光っていた。それをみたキリコは涙を流して腰を落とす。
「アルツくん、この文章一生懸命打ったんだ」
『じすしてくる』
携帯メールの新規作成の文章にはそう書いてあった。ぽっかりと穴が開いたキリコ。思えば楽しかった日々。ハプニングもあったけど……。
亡くなった彼氏といた日々が頭によぎる。
「あ~、そうか重なってたんだ彼氏と」
顔を手で蔽い泣く。涙が拭いても拭いても溢れてくる。
「私、もう生きていけない」
キリコはカッターナイフを手に取った。
その頃山中では激突を繰り広げていた。性能的にはスリサンのほうが勝っている。
「これでどうだ」
「ぐっ」
重い拳がアルツの腹を直撃するが、アルツも負けじと右フックでスリサンの顔面を捕らえる。
「なかなかやるじゃん出来損ない」
「なめるな」
ザット特務室……
「なんですって?」
「この勝負はアルツの勝利に終る。そう言ったんだ」
「どういう事なのパパ?」
「アルツは特別な装置が内蔵してある」
佐伯は眼鏡をクイっと上げて、椅子から立ち上がりおもむろに自分の手を刃物で切る。
「きゃあ」
それを見た事務員の女性が悲鳴を上げ持っていたお茶をこぼしてしまう。
「君、見ない顔だね?」
「……」
女性は顔を引きつらせ近寄る佐伯に恐怖を覚える。
「名前は?」
「杉吉です」
「新人かね?」
「はい」
すると佐伯はさっき切った左手を見せびらかす。杉吉は目の前の現実が理解できない様子だ。それもそのはず佐伯の手は傷が治っていた。
「君、これは手品さ行きたまえ」
「は、はい」
杉吉は走り去った。
「ふふ、御冗談が上手ですね室長」
「石丸くん冗談ではないよ?」
「これはね自然治癒力を高める装置を内蔵してあるんだよ。私は、ほぼ不老不死になっているんだ」
イーワンが突然、佐伯を殴る。ゴキっと鈍い音が聞こえると佐伯の首が180度傾いた。これには石丸も悲鳴を上げる。
「きゃあ、室長」
すると佐伯は首の位置を直してコキコキと首を振る。
「ふふふ、なんともないよ」
「室長あなたは?」
「もう、察しはついているんだろう。私も改造を受けている。だが兵器ではないがね」
後ずさりして壁に背中をつけ腰が砕け落ちる石丸。
「君も改造を受けないか?」
「私は……」
怯える石丸に佐伯は肩をポンと叩いて笑いながら特務室を後にする。イーワンは石丸がもたれかかっている壁のすぐ横を蹴り睨みつけて言う。
「パパは私の物だから気を付けてね?」
石丸は三回静かにうなずく。
「あら、三十歳になってお漏らし?」
恐怖で失禁していた石丸。
「ふふ、汚い」
イーワンは捨て台詞をはいて特務室から出ていく。
「できっこないよ。私は生きなきゃいけないもの」
床にうつぶせで涙を流しカッターナイフを見つめてキリコは思う。
「アルツくん、あなたがどんなに悪い人でも戻ってきてほしい」
山中では激しく戦うアルツとスリサン。互いに一歩も譲らない。
「はあはあ……意外とタフじゃん?」
「お前にはない物を俺は持っている」
「なにそれ、言い訳だったら見苦しいけど?」
「治癒能力向上装置だ」
ようやく気が付いたスリサン。与えたダメージがみるみる回復していくアルツに困惑する。
「卑怯くね?」
「俺は負けない。そして死なない」
キリコは立ちあがり亡くなった元カレの写真を手に取り語りかける。
「ごめんね、私新しい恋見つけたみたい……許してくれる?」
「生きてそいつを見守ってやれ」
そんな声が聞こえた気がした。