僕の遊覧飛行
僕とアリスお婆さんは、出会ってから何度繰り返したか解らない、お互いの家族の話をした。
もう会えない人の話をするの辛い。
でもその辛さの中にはたしかに暖かいものもあるんだ。
二人でそんな後ろ向きな時間を過ごしている間にも、コルム達は明るく遊んでいる。
今はコルムとアイム君が子供がお父さんに遊んでもらう。
そんなごっこ遊びをして、結局アイム君は追いかけっこをしている。
シャムちゃんは辺りの雑草を適当に千切って、ペーパーナイフで料理の真似事をしている。
ジェムちゃんは……本当に寝てるんじゃないかな?猫っぽいといえばそうだけどさ。
「アリスお婆ちゃん、僕ちょっと濡れ手ぬぐいを用意しに町に戻るから、皆をよろしくね」
「ん?そうかい。お前さんの上は結構寝心地がいいんだがね」
「ありがとう。でもあの子達もそろそろ小腹が空くころだろうから何か果物でもさ」
僕はお婆ちゃんが体を起こすのを待ってから体の硬度を戻す。
そして飛んでいこうとした僕にアリスお婆ちゃんは言った。
「コルムとアイムが走り回ってるから、そうさね、水気の多いナミの実を持ってきてやるといいと思うよ」
「うん。解った」
アリスお婆さんに背中を向けて町の門に向かう、とはいってもここは門番に立っている人達から見える範囲の場所だ。
ここしばらく良く遊んでいるのでそれなりに顔も見慣れてる。
僕はとりあえず門の中までは走って入ったけど、その後は西門から飛んで南門に近い市へ向かう。
南側はどちらかというと、あまりお金の無い人の集まる地区で、市場に並ぶ者も安い物が多い。
ナミの実は桃くらいの大きさでほとんどが果肉で、たっぷり果汁が詰まっている柔らかい果物なんだ。
果汁たっぷりな代わりに味は薄いけど、結構栄養があるから食の細い人が良く買う食べ物なんだって。
僕はとりあえずそれを探して空からセンサーホーンを働かせる。
そしてすぐに僕はナミの実を売っているお店を見つけてそこに降り立つ。
「すいません。ナミの実を五つください」
この一ヶ月ですっかり町では有名になったらしい僕の姿に、お店のおじさんは驚かず千二百五十円だと言った。
僕は銀板と銅貨に銅版で支払いを済ませて果物を受け取って、背嚢に仕舞いこむ。
それからは町の各所に掘られた井戸の中から適当な所を選んで、背嚢の中から取り出した大きなタオルに水を含ませる。
後はそれが乾かないうちに一飛びして門まで戻って、そこから駆け足で皆の所に戻る。
僕が戻ると、おままごとは遊び終わったお父さんと子供が、お母さんのご飯を食べるというシーンった。
猫役のジェムちゃんにもきちんと餌役の草の切れ端が出ているのが細かい。
「おいしい?おとーさん」
「ん、うん。おいしいよ」
「おいしい!」
「にゃー……」
微妙にジェムちゃんがやる気無いように見えるけど、あの子はいつもあんな感じだ。
僕はそんな皆に声を掛ける。
「遊んでる途中で悪いけどさ、ナミの実を買ってきたから皆で食べない?」
そう言いながら濡れたタオルを差し出す僕を見ると、皆立ち上がって僕の方に寄って来てタオルの取り合いになる。
今まで僕はおやつの果物を食べるのは手を拭いてからを徹底してる。
汚れた手で食べてお腹壊したらだめだから。
「へへっ、ふきおわった!めたるにーちゃん、ちょーだい!」
まずいちばんに拭き終わったアイム君に、背嚢の中から出したナミの実を渡してあげる。
するとエイム君はナミの実を手で擦った後、がぶりと噛み付いた。
口いっぱいに含んでご機嫌そうだ。
「めたる!ちょーだい!」
次にタオル争奪戦に勝ってきたのはコルムだった。
同じようにナミの実を渡すと、アイム君のように擦る事もなく頬張る。
口の端からちょっと果汁が飛んだ、しょうがない子だなぁ。
「シャムにもちょうだいな」
ちょっと大人ぶろうとしながら三番目に来たのはシャムちゃん。
実を渡すとスカートのポケットからハンカチを取り出して綺麗に実を拭いてから、小さくお上品に食べ始めた。
やっぱり一番女の子らしいのはこの子だなぁ。
「ちょーだい」
そういいながら汚れた濡れタオルを渡してくるジェムちゃん。
僕は汚れたタオルをウェストポーチのベルトに挟んでから、彼女に実を渡す。
するとジェムちゃんはさっさと最低限だけ拭くとカプリと実にかぶりつく。
この子もなんだかんだ言って、あまり女の子女の子したものとは縁がない子だと思う。
「はいアリスお婆ちゃん。ナミの実」
「おお、ありがとうねメタル」
そういって僕から実を受け取ったアリスお婆さんはワンピースでごしごしと実の表面を擦る。
それで艶やかさを持った実を小さく齧って、溢れる果汁をチュウチュウと吸う。
「そろそろ皆を家に帰す時間かな?」
僕の言葉に、アリスお婆さんは首を振った。
そして実を口から離すと言った。
「まだもう少しはいいんじゃないかね。約束どおりアイム坊を飛ばせてやったらどうだい」
「あ、そうだったね。それならちょっと飛ぼうかな」
さてどう声を掛けようか、と思ったら。
アイム君とコルムしか食べ終わってない。
でもこれは丁度いいかなと思って二人に声を掛ける。
「二人とも、丁度いいし飛ばない?」
僕の言葉に、アイム君は飛び上がり、コルムは僕に向かって突進してきて抱きついてくる。
「とぶ!おひさまのところまでとんでね!」
「びゅーっておとがするくらい、はやくとんでくれよな!びゅーって!」
それぞれ飛ぶのが大好きな二人は思い思いの言葉をだしたけれど、コルムのお願いは聞けないなぁ。
「コルム、お日様の所には飛べないんだよ。お日様はとっても熱くて、近づくものは何でも溶かしちゃうんだ」
僕の言っている意味は解っているんだろうけど、コルムは納得しなかったみたいだ。
「やー!お日様!お日様!」
「コルム。アイム君も居るんだから駄目だよ」
僕が強い口調で言うと、しょんぼりした様子のコルムが、はぁいと言った。
そんな僕らの事に気を使ってくれたのか、アイム君は早く飛ぼうぜ!といつも以上に元気を出している。
小さい子に気を使わせちゃってなんだか悪いな、と思った。
だから今日はぐっと飛ばしてあげようと思った。
「それじゃあ飛ぶよ。心の準備はいい?」
「だいじょうぶ!」
「早く早く!どーんといけメタルにーちゃん!」
僕は二人をしっかり抱えると、車が走るくらいの速度で空を飛ぶ。
町の上を回るように徐々に高度を上げていき、二人を暖かい空気で包むのも忘れない。
「ひゃあ!はやいはやいいぃ!」
「すげー!すげー!もっとはやく!もっと!」
アイム君はもっと早くなんていうけど、僕は風でアイム君達が冷えないようにする事くらいしかできない。
速い速度を出しすぎると持ち上げている人は風の強さで目を開いていられなくなるんだ。
だから僕はこれ以上無理だよ、と言っておく。
するとアイム君は聞き分けがいいのか、それ以上速く飛んでほしいとは言わなくなった。
ただ、町の上だけじゃなくて森の上スレスレを飛んで欲しいと言われたけどね。
上からじゃ森の中なんて殆ど見えないだろうに、アイム君もコルムも大声を上げてはしゃいでいた。
こうして三十分くらいの二人のジェットコースターみたいな飛行を終えた後は、シャムちゃんとジェムちゃんの番だ。
コルムとアイム君を降ろして、シャムちゃんとジェムちゃんに近寄る。
「シャムね、ちょうちょうさんちのおにわがみたい」
「あんまりたかくとばないならどこでもいい……」
「解った。じゃあ二人とも行こうね」
コルム達の時とは違い、ふわりとなるべく優しい感じで、飛ぶというより浮かぶという感じで空を行く。
とりあえず、シャムちゃんの希望通り町の北東側にある町長さんの屋敷を目指す。
速度はそよ風が吹く程度、あまり早く飛ぶとジェムちゃんが怖がる。
それでも真っ直ぐに進めるために地上を歩いていくよりはずっと早く目的の場所にたどり着く。
町長さんの屋敷の庭は昼間の間、町の人にも開放されてる。
ちょっとした学校の校庭くらいの広さがあって、そこには冬にも咲く色んな花や木が植えられてるんだ。
「ねぇめたる。シャムあのきのうえにのりたいー」
シャムちゃんが指すのは、庭の中でも一際高い木だ。
ジェムちゃんはそんな彼女を信じられないものを見るような、いつも眠たげな目を見開いた目で見ている。
「落ちたら危ないからだダメ。飛んでるだけで我慢してね」
「えー、だいじょうぶよ。シャムがおちそうになったらめたるがたすければいいの」
「だーめ」
僕の言葉に、シャムちゃんは不満そうに自分を抱え込む僕の腕をぺちぺち叩く。
そんなやり取りをしていると、ジェムちゃんが言った。
「しゃむちゃん。あぶないよ。めたるおにいちゃんだってきゅうにおちたりしたらきっとたすけられないよ」
声の中に必死に友達を危ない目から守ろうと、お願いする感じでわずかに震えている。
その声にシャムちゃんは渋々といった感じで要求を引っ込めて、大人しく遊覧飛行に戻る。
「ねぇめたる。シャムおもうんだけどね、もっととおくまでとんでくれてもいいとおもうの」
「コルムやアイム君みたいに森の上まで飛びたい?」
「もりよりも、りょうしゅさまがいるっていう、もーぶまでいってみたわ」
「モーブってどのくらい遠いの」
「……もーぶはここからずっととおいところにあるって、おとーさんがいってた」
「ジェムちゃんのお父さんは商人なんだっけ?モーブにも行った事あるのかな」
「おかーさんがもーぶのひとだったって……」
「そうなの!?シャムはじめてきいたわ!」
「あたしもしゃむちゃんがもーぶにいきたいなんてはじめてしった」
女の子二人が顔を見合わせながら話が弾む。
「もーぶはとってもおおきくて、このまちがよっつくらいはいっちゃうんだって……」
「そんなひろいんだ……いいなぁ、いってみたいなぁ」
「でもおとーさんがもーぶはあぶないって」
「えっ、なんで?りょうしゅさまのまちなんでしょ」
「ひろすぎて、へいたいさんのめがいきとどかないんだって」
「へー……ひろいのはすごいけど、あぶないのはやだなー」
お喋りを続ける二人の話の邪魔をしないように、そっとコルム達のいる西門の方へと戻る。
そこで二人を降ろして今回の飛行は終わり。
コルムとアイム君も寄ってくる。
「おかえり」
「めたるおかえり!」
「おお、帰ったね三人とも」
僕達を出迎えてくれるアリスお婆ちゃん達。
僕も地に足をつけてシャムちゃんとジェムちゃんを降ろす。
「ただいまー」
「ふぅ……なんともなかった」
シャムちゃんとジェムちゃんも切り替え早くコルム達三人の元へ向かっていくが、それもすぐお別れ。
すこし早いかも知れないけど、僕がこの世界来てから一ヶ月で本格的な冬を迎えた季節は、雪こそ降らない物の確実に寒くなっている。
冷え込みが本格的になる前にお母さんの待ってる家へ帰してあげたほうがいいと思う。
陽ももう傾いてきてる。
「皆、そろそろ家に送るよ」
僕の言葉に、皆不満げな顔をする。
「えー、シャムもっと遊びたい」
「おれも!」
「わたしももっとみんなといたいよ!」
「あたしももうちょっと……」
四人はまだ遊びたいっていうけど、アリスお婆ちゃんが皆の前に進み出て。
「まぁまぁ、婆はちょいと寒くなってきちまったよ。帰らせてくれないかい?」
アリスお婆ちゃんがそういうと、子供達も渋々って感じで頷いた。
僕は来た時のように一人ずつ家へと送っていく。
そして最後にアリスお婆ちゃんとコルムを抱えて宿に戻ると、宿屋のおじさんが僕に声を掛けてきた。
「メタルさんよ。役所から使いが来てたぜ。明日の朝、朝一番の鐘がなる頃には役所に来て欲しいとさ。一人でだぞ」
「はい。伝言ありがとございます」
「いいって事よ。あんたは金の払いがいいからな」
僕とおじさんの話を聞いていただろうアリスお婆ちゃんを振り返りながら僕は言った。
「お婆ちゃん。明日は僕一緒に教会に行けないから先にお金渡しておくね」
「ああ、解ったよメタル。お偉い人だから悪いようにはしないと思うけど、変な事されそうになったらとっちめてやるんだよ」
「う、うん。変な事はされないと思うけど……お婆ちゃん達がこの町に住めるかどうかだから、僕頑張るよ」
「めたる、あしたはあそべないの?」
ちょっと寂しそうに言うコルムに、お婆ちゃんが居るからねといいながら、僕は少し考えていた。
ペルドさんが言うような条件が出されるなら、僕にはどんな条件が出されるんだろう、って。