僕の声は届かない
僕はアレから一月かけて十匹のガレオスを狩った。
三日に一匹のペースでも在庫?がでたのか、後に狩った方は少し安くなってしまったけど、それでもお金は貯まった。
家を買って、一年暮らすのに充分な蓄えが出来た。
だから僕達は、あの狩猟買い取り所のお兄さんに保証人になってもらって、この町の住人にならせてもらうことにした。
今日はその為に、人がいない昼過ぎを狙ってお兄さんを訪ねる。
勿論、アリスお婆ちゃんとコルムも一緒。
「お兄さん。僕達の保証人になってください」
「お前は何を言ってるんだ?」
「僕、他にこの町で知り合いっていえる人居なくて……」
「はぁ、お前なぁ。保証人になるって大変なんだぞ?一定の期間が過ぎる前に保障した奴が問題起こせば責任はおっかぶさるんだから」
「お願い!この通りだから!保証人になって!」
「んー、そうは言ってもな……狩猟者としてのお前さんは応援したいが、事が事だからな。何かあった時に俺じゃ責任を取りかねるよ」
「どうしても、駄目ですか?」
「俺は断る」
「そうですか……」
多分この街で僕が一番親しいお兄さんに断られて、思わずうつむく。
でも、その後にお兄さんはだが、と続けた。
「条件次第で保証人になる奴なら知ってる」
「誰ですか!?」
「町長だよ。町長は町の為になりそうな奴を囲いたがる癖がある」
「かこいたがる?」
「身近に置いとくってことだ。町長は使える人間を求めてる」
「なんでですか?」
「この町を愛してるんだよ。ぶっちゃけこの町は片田舎だ。それでも人はここで生まれて育って、死んでく。町長はそんなのを六十年実感しながら生きてきた男だ」
町長さんを語るお兄さんの声には、ちょっと熱が入っているような気がした。
まるで僕が地球に居た頃、友達と好きなヒーローについて話すときみたいな。
「だから、お前さんみたいな優秀な狩猟者なら、町長が出す条件を飲めば確実に保証人になってもらえる」
「町長さんにはどうすれば会えますか?」
「お前さんなら役所に行って、町長さんに会いたいですって言えば向こうの方から会いたがるだろうよ。一月で十匹のガレオスには、それだけの価値がある」
「じゃあ、僕行ってきます」
役所の場所はこの一ヶ月の空いた時間にアリスお婆ちゃん達と町を見て周ってて解ってる。
だからお礼を言ってからここを立ち去ろうとしたんだけど、お兄さんは口を開いた」
「一ヶ月の付き合い……とはいえないが、ちょっとは知り合った仲だから言っておくがな。あんまり無茶な条件だったら俺のところに来い。解ったな」
「解りました。ありがとうお兄さん。まずは役所に言ってみます」
「ああ。頑張れよメタル」
頑張れよと言ってくれたお兄さんの言葉に、僕はお兄さんの名前も知らなかったことに気づく。
「ごめんなさいお兄さん。今更だけど、名前を聞いてもいいですか?」
「俺のか?俺はペルド。覚えといてくれ」
「はい。ありがとうございました、ペルドさん」
僕の言葉に、ひらひらと手を振って答えたお兄さんに背を向けて、ずっと待っていたアリスお婆さんとコルムに向かって言う。
「二人とも、役所に行こう。僕が何とかするから」
「メタルがいいならいこうかね。私は歳ばっかり取って学も無い女だからね」
「やくしょってどこ?」
アリスお婆さんは頷いて、コルムは何解らないという風に首を傾げた。
そんな二人を連れて僕は狩猟買い取り所を出て、町の中心にある役所に向かった。
役所の中に入ると、五人くらいの人が窓口で何かを話している。
まずどうすればいいのか解らないので、開いてる窓口で声を掛けてみる。
「すいません、町長さんに会いたいんですけど」
僕の声に、ベストを着たおじさんが出てきてくれた。
おじさんは僕の事を見ると、静かに言った。
「ご約束はおありですか?」
「ええと、市長さんと会うのには約束が必要ですか?」
「市長はそれなりに忙しい立場ですので」
「約束はどうすれば出来ますか?」
「こちらの面会希望所にお名前と住所を書いて下さい。お会いできる日が決まりましたら、住所の方へ遣いのものを行かせます」
「ええと、僕達宿屋に泊まっているんですけど。住所は宿屋の名前でいいですか?」
「結構です。では記入をどうぞ」
おじさんはわら半紙みたいな紙と、ちっちゃな壷に入った羽を差し出してくれたけど、僕はどうする事もできなかったので素直に言った。
「すいません。読み書きができないので代わりに書いてもらえますか?」
僕がそういうと、おじさんは壷と紙をカウンターの向こうに戻すといった。
「代筆料100円です」
言われたとおりに銅貨を渡すと、おじさんは壷から先が黒い絵の具みたいなもので濡れた羽を取り上げた。
「それではお名前と住所をどうぞ」
「名前はメタル。住所は銀鈴草の輝き亭です」
「はい、確かに記録させていただきました。では後日遣いの者を行かせます。ご不在の場合は宿屋の主人に日時を伝えるように申し付けておきますのでご安心を」
「ありがとうございました。それでは失礼します」
僕は何とか話を終わらせられた事に安心しながら、アリスお婆ちゃんとコルムに声を掛ける。
「今日すぐには市長さんに会えないみたい。帰ろうか」
「なんだい。狩猟買い取り所の坊主は向こうから会いたがるといっとったのに。言いのかい?」
「ここで騒いでもね。それに余裕はあるんだから帰ろう。コルム、教会に行く?友達が出来たんだよね」
「いく!おべんきょおわってから、ごはんたべて、そのあとあそんでもらう!」
「ふふふ、元気だねぇ。じゃあ教会に行くかね」
「うん。行こうお婆ちゃん」
教会へ行く途中、アリスお婆ちゃんと、面会までどの位掛かるのかな?って小さな心配事を話し合いながら歩いた。
僕はなるべく早いと良いなって言ったんだけど、アリスお婆ちゃんはまぁゆっくりしなさいって言ってくれた。
コルムは、僕の心配なんてなんのそのっていう感じで、教会で友達と会ったら何の遊びをするか考えてるみたいだった。
「あのねめたる。きょうもおそらとんでね!」
コルムとその友達は、近頃僕に抱えられて空を飛ぶのがお気に入りだ。
ゆっくり飛ぶのでジェットコースターのようなスリルはないけど、この辺りを高くから見下ろすのが楽しいらしい。
勿論高い所が苦手だと判明した子も居るので、そういう子はやらないんだけど、どうせ僕が飛んで運べるのは二人まで。
他の順番待ちの子達と元気に遊んでいる。
「いいよ。だけど順番で喧嘩しないようにね」
「うん!きのうまりーちゃんが、じゅんばんきめるのにいいのをおもいついたって!」
「そっか、マリーちゃんか。あの子ってたしか木の細工屋さんの子だよね」
「そうだよ。まりーちゃんはときどき、おとーさんにことりのかざりとかつくってもらうんだって」
「僕にもそういうのできればよかったんだけどね」
「めたるはいいの!だっておそらをとんでくれるもん!」
「私だって家さえあればご飯をつくってやるんだけどねぇ」
今のところ、僕が居ない時にコルムの面倒をみるくらいしかする事の無いアリスお婆ちゃんは、ちょっと張り合いっていうのが足りないらしい。
本当はあれこれと作ってあげたいらしい。
町では服の洗濯はできても、食事は宿屋暮らしだと台所を借りてご飯を作るわけにもいかず、すこし物足りないらしい。
だから夜に時間が空くんだ、その時に僕がアリスお婆ちゃんとコルムにお金の数え方だけは教えてあげた。
それと、いくらかのお金を渡しておいた、僕では気づかないような生活に使う物を買うときのためだ。
後、農村で家事と野良仕事ばっかりしてたお婆さんが町で働くって難しいみたいで、仕事も無いみたいなんだよね。
そんな事を思っている間に、町の北側にある教会に着いた。
役所から二十分ほどのそこは、休息日という、町のお店がお休みになる日に街の人皆が集まるからか、とっても大きい。
教会だけは石造りで、周囲に並ぶ家が三、四軒分の大きさがある。
入り口は建物の大きさに比べるととても小さい。
でも小さな子は一人じゃ開けられないだろうな、っていう程度の重厚さっていうのかな、そういうのはある。
僕はその扉を静かに開いてアリスお婆ちゃんとコルムを中に入れると後に続いた。
コルムも、この一ヶ月でここは静かにする場所だと解ったのか元気一杯駆けていくようなことはしない。
アリスお婆さんは手近な長椅子に腰を下ろしている。
そんな僕らに気づいたのか、聖堂内に並ぶ長いすの列の前のほうで子供達に授業をしていた神官さん。
名前はポールさん、どっしりとした体つきで、もさっとヒゲを生やして、白い五角形に見える帽子を被って白いローブを着ている。
そんな人が僕達に挨拶をしてくれる。
「いらっしゃいアリスさん、メタルさん、コルムさん。今日もお祈りですか?」
ポールさんの声にアリスお婆さんは深く頭を下げながら答えた。
「お邪魔しています神官様。今日も祈る場所をおかしくださいな」
「勿論よろしいですとも。アリスさん達はテトの生まれだとか。鎮魂の為の祈りを止めるようなむごい事などどうしてできましょうか」
「ありがとうございます神官様」
「コルムさんも、お祈りをすれば心安らかになるでしょう。今はその意味が解らずとも、その内必ずわかってくれると信じていますよ」
「はい!」
「すいません、授業の邪魔をしてしまって」
「いいんですよメタルさん。貴方達は静かにしてくれますから。挨拶くらいは、してもいいでしょう」
そういって笑顔のまま、子供達の授業に戻るポールさん。
ちっちゃい子達はコルムの登場にちょっとそわそわしているみたいだけど、静かなポールさんの諭す声にすぐ集中力を取り戻した。
ポールさんは教え上手で評判なんだ。
その後、授業が終わるまで僕とアリスお婆さんはコルムを挟んで長いすに座って、コルムのお父さんとお母さんへの祈りを見守る。
祈りといっても、小さい声で昨日こんなのを食べた、やっぱりお野菜は嫌い、アリスお婆ちゃんは優しい、メタルと空を飛ぶのが楽しい、友達ができた。
そんな、居ない人に対する報告だけど、コルムがこれを始めてから夜寝ているとき、布団の中でお父さんとお母さんを呼ぶ事が少なくなった。
悪魔の呪いが村に広がってから三週間、そして僕と合ってから一ヶ月、祈る事を覚え始めたコルムは、少し大きくなってる気がする。
少なくとも、神様に祈る気が起きなくて、お父さんお母さんの事が忘れられない僕よりは。
その時僕は気づいた。
次元を超えられる力を夢見れば元の世界に帰れたんじゃないかって。
お父さんお母さんからはもう子ども扱いされないかもしれないけど、それでも近くに居られたんだじゃないかな。
でもその時頭の中に神様の声が響いた。
『与えるとは言ったが、無制限にとはいっとらん』
……やっぱり、無理だったのかな。
選ばれちゃった時点で、僕はどうしようもなかったんだろうか。
「アリスお婆ちゃん、コルム。僕ちょっと外出てくるね。すぐ戻るから」
そういって僕は教会を出る。
出た所ですぐに、速く空へ向けて飛ぶ。
ぐんぐんと僕は昇っていって、いつしかイブンの街が、アリスお婆ちゃんとコルムの居る星が見える所まで来ていた。
ここまで来れても、僕はもう地球へ行けない。
音の無い世界で、僕は思い切り叫んだ。
「お父さん!お母さん!僕、今頑張ってるんだ!アリスお婆さんとコルムっていう子を助けてね、とっても頑張ってるんだよ!」
答えは返ってこない。
センサーホーンには宇宙を漂う細かいちりみたいなものしかひっかからない。
「でも、会いたい!会いたいよ……おとーさん!おかーさん!わぁぁぁぁぁあぁぁ!」
僕は滅茶苦茶に体をばたつかせて、もっと小さい頃、欲しい玩具を買って欲しくて、駄々をこねた時みたいに体を動かした。
でも、結局答えは返ってこなかったんだ。
僕は泣く代わりに落ちる様に、アリスお婆さんとコルムの待つ教会へと帰った。
僕にはもうあの二人を助ける、それしか無かったから。